今日は〝3〟という数字についてお話しましょう。
〝3〟というのは調和のとれた重要な数字なのです。例えば我々が生きている世界は〝3〟次元。二次元も全ての多角形は〝3〟角形の集合で、この世の全ての色も〝3〟原色から構成され、宗教にも〝3〟位一体を重視します。
では武術にとって重要な〝3〟とは何でしょう?
そう。それは心・技・体。それをレインは学ぶこととなるのです。
今回の対戦相手は謎のゲルマン忍者シュバルツ・ブルーダー。いったいどのようなファイトを見せてくれるのでしょうか。
それでは、IS武闘伝Ready~、Go!!
「一夏! 起きてよ、一夏!」
「…………う~、シャルルか?」
俺は目をこすりながら上体を起こす。眠気は未だに残ってはいるが、とりあえず俺を呼ぶ声に従って背伸びで覚醒を促した。ふと時計を見ると、時刻は午前五時半。
「――て、こんな早くになんだよ」
昨日から同室になったシャルル・デュノアに、俺は不満を口にする。昨夜は十一時には寝たから睡眠時間的には問題ないが、これ程早く起きるなら三文どころか十文は得をしないと割に合わない。
「レインと朝稽古なんでしょ?」
「…………そ、そうだった」
シャルルの参加が決まって、開始時間が早まったんだった。急いで着替えて道場に行かないと。
「え? うひゃぁあああああああああああああああ!」
「な、何だ?」
突然シャルルが悲鳴を上げた。顔を見ると何故か真っ赤になっていて、手で覆い隠そうとしている。
「ど、どうしたんだ、シャルル?」
「ど、どうって……。い、一夏がいきなり服を脱ぎ始めるから!」
「いや、だって寝間着のままじゃ稽古できないし」
狼狽して訳の分からないことを言い始めるシャルルだった。何か俺が痴漢でもしたみたいじゃないか。もしくは露出狂。
「き、着替えるなら一言言ってよ!」
「え? いるか、それ?」
「いるよ! デリカシーの話だよ!」
デ、デリカシー? デリケートなテーマになってきたな。
……て、そんな場合じゃなかった。
「シャルルはもう着替えたのか。早いよな」
昨日も俺の知らない間に着替え終わっていたのを思い出す。同時に更衣室で着替え始めたのに、気付いたらISスーツから制服姿になっていた。
「えっと……コツがあるんだよ」
「そうなのか。じゃあ俺にも教えてくれよ」
「今度ね。ほら、早く道場に行かないと」
おっとそうだった。
俺は脱ぎ散らかした寝間着を畳むと、シャルルと連れだって部屋を後にした。昨夜の天気予報ではまだ梅雨明け前らしいが、珍しく晴れ間が顔を出していた。こういう梅雨時のちょっとした晴れ間を〝五月晴れ〟と言うらしい。
俺達が道場に着いてみると、そこにはレインしか着ていなかった。セシリアや鈴は見学だから途中参加も多いのだが、箒が遅刻とは珍しい。まあ女子は準備に時間がかかるものらしいから、早くなった分、俺よりダイレクトに辛いんだろう。
「時間も惜しい。お前達から先に始めるぞ」
道場の真ん中からレインが俺達に呼びかける。
「じゃあ、俺から先に。シャルルはレインの組み手、初めて見るだろ? どれ程か一度見ておいた方が良いだろ?」
「……そうだね。一夏、お願いできる?」
「任せとけ」
少し考え込んだようだが、シャルルは俺の提案を受け入れてくれた。正直、レインと初見での手合わせは辛い物がある。それは例え代表候補生として厳しい訓練を受けてきたシャルルであってもだ。
人間の領域から半歩踏み出した奴を相手にする訓練は受けてないだろうからな。生身でISは殴り飛ばせないから、普通は。
「お願いします」
レインと相対し、礼をしてから木刀を構える。レインは相変わらず無形の位。いつか、俺は構えを取らせることができるだろうか。
視界の端に、驚きの表情を浮かべるシャルルの姿が映った。素手の相手に木刀を構えていれば当然かもしれない。
最初は俺の箒も竹刀だったのだが、レインが「いざというときに全力で凶器を振り切れないのでは意味がない」と木刀に強制的に交換させられた。暫くは恐怖感や躊躇いがあったけれど、結局当たらないし、当たっても完全に防御されて効果ないし、おまけにこっちは極限まで弄られたりするもんだから、余計な事を考える余裕が一切なくなったのだ。今は本気で木刀を人(レイン)に向けて振っている。
だがそんな事情を知らないシャルルからしてみれば、俺が狂気に走ったと思ったのかもしれない。
しかし俺には、弁明をしている余裕はない。レインの気迫が増したのを感じる。
始まる合図だ。
「はぁああああああああ!」
俺から斬りかかる。
先手必勝! 一意専心!
だが、レインは僅かに体を逸らすだけで、かわしてみせた。
けれども、それはいつものこと。俺は連続で攻撃を繰り出しす。
風斬り音を上げながらレインに迫る斬撃は、全て一撃必殺の力を込めたものだ。直撃なら勝利もあり得る。
俺の横薙ぎを、レインが半歩下がって避けた。
チャンスだ。
横薙ぎは囮。僅かでも後退したレインに俺は突きを繰り出した。
最速、最短の必殺剣が顔を狙う。腕力と脚力を総動員した全力の一撃だ。
迫る剣先を、レインの眼は冷静に見つめていた。
(かわされる!)
そう思った俺は、踏み込んだ左足を踏み込んで突きを止める。
体重すら含めた全身の力が籠った速度を止めようとすると、左足が悲鳴を上げた。
そこから右足を引きながら腰を落とす力で斬撃を放つ。
木刀を避けるために、レインのカウンターはない。
振り切ると同時に、俺は左足を引き寄せて距離を取った。
開始直後のカウンターで終了だけは免れたようだ。だが、俺の方は攻めあぐねる。ま、考えるだけ無駄な実力差なんだが。
「はぁああああああ!」
再度の特攻。
今度は本命の一手の為に、その前の二、三手を目くらましのフェイントとして捨てる。
レインはそれを冷静に見ていた。
俺はそこで奇手を打つ。
虚の太刀を両手持ちながらも左手の力のみで放つ。
当然かわされるが、それは想定済み。寧ろそっちが狙いだ。
力加減で左右をスイッチし、右手で下から突き、狙いは胸。続けて袈裟斬りに繋ぐ。
しかし、レインは冷静に突きを片手で払った。力の半減する片手打ちであることを見破ったのだろう。
そこからの袈裟斬りも避けられてしまった。
まったく。人間離れしてるよ、この女は。木刀の速度なんて普通ははっきりと視認できるものでもないのに、見た後で反応している。普通は視線や体捌きから予測して対処するってのに。
「覇!」
瞬間、俺の顔を掠めるように掌底が通り過ぎた。
辛うじて反射的に顔を傾げて回避する。
見えたということは、手加減をしたな。攻め続けろってことか。
レインの無言の誘いに乗って、俺はまた性懲りもなく斬りかかる。
風斬り音を聞きながら木刀を振るい続ける。
汗が止めどなく流れ落ちていった。だが全く気にならない。俺の意識が集中で研ぎ澄まされていくのが分かる。周りの動きが遅くなったように感じる。空気さえも重さを持っていそうだ。
「破!」
放たれるレインの掌底をかわすと、その頭上に隙があると分かる。
ここに振り下ろせば……。
「面ぇえええええええん!」
唐竹割りを繰り出す。
――決まった。
「げっ」
「覇!」
俺の会心の一撃をあっさりかわしたレインの掌底が腹部に炸裂した。どうやって避けたのか全く分からないが、手応えの無さが事実を伝えている。
「ぐ…………」
たった一撃で俺の体は吹っ飛んで立ち上がれなくなる。何をどうすればこんな威力が出せるんだよ。
木刀で体を支えて立ち上がろうとするが、痛みで力が入らずに崩れ落ちる。内蔵にだけダメージを与え、肋骨は損傷させない。そんなダメージがあった。
「一夏、しっかり!」
シャルルが駆け寄って肩を貸してくれる。
「悪い…………」
好意に甘えて、俺は肩を借りて立ち上がった。痛みは酷いがふら付きながらも壁際まで移動する。崩れ落ちそうになる度にシャルルが体を支えてくれて、あって二日目のルームメイトに心の底から感謝した。
「大丈夫、一夏?」
「ああ。怪我した訳じゃないからな」
壁に凭れかかって座り込んだ俺に、シャルルは心配そうな顔で覗き込んでくる。初めてこの組み手を見た人間のリアクションとしては予想通りなのだが、そんな涙目一歩手前の顔をされると心苦しくなってしまう。
「いつもこんな感じだから」
「いつも……これを?」
「平日は毎日な」
目を白黒させるシャルルだが、こちらはもう慣れたもので、こうやって心配顔をされるのは久しぶりだ。ちょっと嬉しい。
「ここまでやらないといけないの?」
「まあ、俺は他より遅れてるからな。その分こうやって補っていかないと」
大分息も整ってきた。動くのはまだ無理だけど、大人しくしてる分には痛みも殆どない。
「シャルル!」
レインがシャルルを呼ぶ。俺と始めたときと同じように、悠然と道場の真ん中で次の相手を待っている。その雰囲気は、正に絶対王者といった風だ。
その姿を見て、シャルルは息を呑む。そりゃ、さっきの組み手を見てれば俺でもこうなる。
重い足取りでシャルルがレインの正面に移動した。
「お……お願いします!」
やけくそ気味に叫ぶシャルルと、対照的に静かに礼をするレインが向かい合う。
シャルルの表情ははっきりと分かる程沈んでいた。あれは軽々しく参加を表明したことに対する後悔だな。レインの実力は実際に見ないと理解できないだろう。話で聞いただけだと悪い冗談の類だから。
緊張しながらシャルルが構えを取った。脚を前後に開いて軽くステップを踏み、右拳で顎を守りながら左を前に少し出す。
「……ボクシングか」
レインがそう呟いた。俺でも分かる構えなのだからレインなら当然か。
華麗なステップで前進し、同時に左ジャブが連続で繰り出される。
鋭く速いジャブがレインを襲う。しかしレインはそれをポジショニングとヘッドスリップでかわしてしまった。
絶妙に距離を取って頭部へ攻撃を集中させ、それを頭を僅かに動かすことで避けきってしまう。
「ク……!」
顔を歪めながらシャルルはジャブを繰り返し放つ。
気持ちが引けてしまっているんだろう。直前に一切の攻撃が通じない俺の組み手を見てしまって、攻め手に回りきれていない。
攻めなきゃ勝てない。
「シャルル、思いっきりかましてやれ! …………痛てて」
大声を出すと、流石に痛むか。
一瞬だけシャルルの視線がこちらに向いたが、レインの掌打が顔を掠めて、すぐに視線を戻させられた。
シャルルの表情が変わる。あれは覚悟をした顔だ。
「ハァ!」
距離を一気に詰めたシャルルは、ワンツーから右のアッパーを打つ。
綺麗な、隙のない連携だ。
だがレインはそれさえかわしてしまう。
しかし、シャルルは前進を止めない。
果敢に跳び込みながらボディブローを繰り出した。
後退が間に合わないと判断したのか、レインは片手でそのパンチを受け止める。
ほぼ同時のショートフック。ボディは防御させることが目的の捨て技だったのか。
フックがレインの顎を打ち抜く。
――――――と、思った。
「破!」
掛け声が響き、シャルルが吹き飛ばされる。腹に掌底を受けたのだ。
シャルルの拳は、レインの眼前を通り過ぎた。
目測を誤ったのか? いや、あの距離でそれは有り得ない。恐らくレインはコンマ数秒の世界のパンチを完全に見切り、それ以上の速さで最小のヘッドスリップを行ったんだ。離れて見ている俺ですら、動いたことに気付けないなんて……。
「シャルル!」
動くと痛む体に鞭打って、未だ起き上れないシャルルの下に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「う、うん……平気……」
完全なカウンターを貰った割に、俺よりもダメージは少ないようだ。あの刹那のタイミングで手加減をされたらしい。
「立てるか?」
「う、うん…………あっ」
立ち上がろうとしてシャルルは崩れ落ちる。倒されることになれちまったのかな、俺。シャルルを見てると、自分の耐久値が上がったような気がするぞ。
しかし、自力で歩くのは難しそうだ。
「動くなよ……よっと」
「へ? ひゃあ!」
俺はシャルルを抱き上げた。俗に言うお姫様だっこというやつだ。
「い、一夏……!」
「おい、大人しくしてくれよ。しばらくは歩くのもきついんだから」
真っ赤になってシャルルは縮こまる。男同士でこれは確かに恥ずかしい。
「一夏ってさ……」
「あん?」
「逞しい、よね」
「そうか?」
シャルルを運んで壁に寄りかからせると、外から姦しい声が聞こえてきた。箒とセシリアと鈴だ。正しく女三人で姦しいだな。
さて、俺も一休するか。