「二人揃って完敗か」
後からやって来た箒は、座り込む俺とシャルルを見てそう言った。事実過ぎて俺は一切反論できないし、シャルルはそもそもそんな余裕がない。
「まあ、昨日の段階で予想できてたし」
「箒さんも含めて三連敗でしょうし」
見学組の鈴とセシリアの冷静な分析に少しイラッとするが、悲しいかなそれが現実だ。今は俺達の誰も、生身の格闘戦でレインを倒すことは、というか一矢報いることすらできない。
だが箒はそれに不満げに反論をする。
「だから! 今日こそは目に物を見せてやると言っているだろう!」
「いや無理ですわよ」
「蟷螂の斧よね」
セシリア・鈴の再反論に歯噛みをして、箒は木刀を手にした。
「箒、準備運動は良いのか?」
「もう終わっている!」
あら、だから遅かったのね。ランニングでもしてたのか?
箒はレインと対峙する。今日は何分持つか……。
「……レイン、強いね」
「半分人間やめてるからなあ」
シャルルの呟きに、俺はそう答えた。比較対象が軍隊とかだったりするISに生身で挑むなんて個人の戦闘能力じゃない。
ああ、伝えたいけど緘口令が……。
「でも、シャルルも結構強いと思うぜ?」
「あっさり負けちゃったけどね」
苦笑いをするシャルルだったが、俺はそうは思わない。シャルルのボクシングスタイルはなかなか堂に入っていたし胆力もあった。
「でも凄ぇよ。少なくても俺はそう思った。ボクシングやってたのか?」
「え~と、二ヶ月くらいだよ。代表候補生だから格闘技の訓練はずっと受けてたんだけど、ボクシングは最近始めたの」
それであれか。いくら格闘技の下地があったとはいえ、驚異的な進歩だよ。代表候補生ってこんな天才がなるものなんだろうな。セシリアとか鈴を見てると実感湧かないけど。
「それであれか……」
「やっぱり、付け焼刃じゃどうにもならないね」
「いや、多分付け焼刃じゃなくても相手にならなかったと思うけどな」
実際、幼少期からずっと剣道をやっていて、全国一位の箒ですら赤子の手を捻る同然に負けたのだ。というか今目の前でボコボコにされているんだけど。
「あんたも勝ち目がないのによく挑むわよね。私には理解できないわ」
呆れた口調だ。多分これは鈴の本心なんだろう。鈴は気が強い割に結構クレバーな部分があるからな。でも、俺はその言葉を認める訳にはいかない。
「鈴、勝ち目は関係ないぞ。要はやるか、やらないかだ。俺はいつかレインに勝ちたい。なら、挑み続けるしかないじゃないか」
そう言うと、鈴は黙り込んだ。何故か顔を逸らしてチラチラと目線だけこちらに向けてくる。
「ふ、ふん! じゃあ好きにすれば? まあ? 確かに最近は、以前より多少はまともに動けるようになってるしね」
「本当か? 鈴が言ってくれると自信持てるよ」
顔を真っ赤にしながらの鈴の発言に、俺は本気で喜んだ。鈴はあまり人を誉めるということがないから(特に俺の場合)、こうやって偶に誉めると顔を羞恥心で真っ赤にしているんだ。でもその分、煽ての無いもの純粋な気持ちだ。こちらは素直に受け取れる。
喜んでいる俺に、待っていたかのようにセシリアが話しかけてきた。
「でも一夏さん、いくら生身を鍛えてもISには直結しませんわよ。ISの格闘戦は純粋な生身と違って、踏み込みもできませんし、PICや瞬時加速《イグニッション・ブースト》等の独自の機動が必要ですもの」
それは身に染みて分かっているさ。俺の白式は格闘戦しかできないから、その辺りは常に課題として頭の中に入っていた。
「だけど基本は一緒なんだから、これも十分に価値があると思うぞ?」
「私も無意味とは言っていません。ただ、ここまで過酷である必要があるのか、と
いうことですわ」
理解できなくはない。IS学園に通う以上、第一の目的はISの操縦技術の向上であるはずだ。特に俺みたいに専用機を持ったらそれは急務のはずなんだ。そういう意味でセシリアの認識は正しい。
「で、ですから……その、これからは、私と組み手を……。こう、お互い密着して――」
「ごめん、セシリア。やっぱり俺、続けるから」
「――え?」
「俺、強くなりたいから。IS操縦者としてだけでなく」
そうだ。俺は別に国家代表になりたいとかそういう目標を持っている訳じゃない。
俺は〝守りたい〟。それが目標なんだ、千冬姉みたいに。
俺の憧れる千冬姉は確かに強かった。でもそれは、ISの操縦だけじゃない。もっといろいろと、体も心も。だから俺は、こうやって鍛えるんだ。体も心も。
こうやって俺が組み手で身につけているものは武術じゃない、武道なんだ。戦いを通して心を鍛える。それが目的。
だからこそ、強大な相手を避けられない。そんな弱さは欲しくない。
「残念だったわね、セ・シ・リ・ア」
鈴がにやにや笑って囁きかけている。そんなに面白いことがあったんだろうか。でもセシリアがキッと睨み返すあたり心当たりはあるようだけど。
「でも、レインは本当に強いよね。どんな訓練をしてきたのかな」
「確か……流派東方不敗とかなんとかを修めたとか。シャルルは知ってるか?」
首を振るシャルル。やっぱりフランスで知られてる武術って訳でもないらしい。〝気〟を使うとか言ってたけどこの組み手では見たことがない。使われたら死にかねないからな。
「流派東方不敗は天と地の霊気を父母とし、天地自然の大いなる力をうけて生まれた拳法だ」
「レイン。終わったのか」
見てみると、箒に肩を貸しながらレインが歩いてくる。話してたから見逃したけど、今日も完敗か。お互いまだまだ未熟だな。
ぐったりしている箒を壁に寄りかからせると、レインはこちらの話に参加してきた。
「補足すると、私はまだ流派東方不敗を修めてはいない。修行中の身だ」
「あれでか! 凄いな、東方不敗……」
「流派、東方不敗だ。流派をつけろ」
「……なんで?」
真面目によく分からない訂正をされたぞ。
「東方不敗は私の師匠の名前だ」
「師匠? IS学園に入るように言ったという」
「そうだ」
箒の言葉に力強く頷くレインだった。
「流派東方不敗の師匠、東方不敗……」
「そうだ。流派東方不敗を完成させた偉大な武闘家。それが私の師匠、東方不敗マスターアジアだ」
繰り返して呟いたシャルルに補足説明を加えるレイン。その顔はどこか自慢気だった。
「マスターアジア……大げさな名前ね。しかも流派名と同じ名前なんて自意識強すぎ――」
「鈴! 鈴!」
いつも通り素直に自分の感想を言ってしまう鈴だったが、俺は小声で必死に止める。気付け、気付いてくれ、鈴!
「――何よ、一夏?」
よし!
俺は必至にレインを指差す。その手に気付いて鈴が目線をレインに移した。
「え……ヒッ!」
そしてレインの顔を見て息を呑んだ。そりゃそうだ。だって怒ってるもん。ガチで目がつり上がってるんだもん。
「鈴…………」
「な、何よ…………」
「組み手、やるぞ」
「ちょ、ちょ!」
抵抗する間もなく襟首を捕まえられた鈴を引きずって、レインが道場の真ん中へと移動していく。鈴も必死に抜け出そうとしているが、如何せん実力差が違いすぎてどうにもならない。
「鈴……」
合掌。
「始まるな」
箒の言葉通り、鈴も泣く泣く構えを取っていた。レインは絶妙な手加減で、無抵抗でもボコボコにしてくるから、せめて一矢報いようという鈴の気概だろう。
「鈴さん、意外とちゃんとした構えをしますのね」
驚くセシリアだが、俺はそれ程でもなかった。昔から気の強い鈴は喧嘩も強くて、何度か泣かされかけたことがある。いや、泣かなかったけど。
「中国拳法、だね……」
腰が引けているような独特な構えにシャルルを見てシャルルがそう言った。確かにカンフー映画なんかに出てきそうな構えだ。だが、それ以上の解説をする者はいない。細かくは分からないからだ。
先に仕掛けたのは鈴だった。
掌打と拳打の入り乱れた速い攻撃。単純な速度ではシャルルが上だが、両手で打つ点と種類の多さで鈴も負けてはいない。
「通背拳か」
連続攻撃を捌きながらレインは鈴の技を見抜いたらしい。俺達に聞こえるようにわざと独り言を言っている。
鈴はそれを隙と見て更に攻勢を激しくするのだが、涼しい顔をして受け流し続けるレイン。悲しい程に突き付けられる実力差だ。
だが、それで諦める鈴だとは思っていない。
俺の予想通り、鈴の攻撃は緩まない。寧ろむきになっている気がする。回転の遠心力を利用し、腕を鞭のように撓らせて威力と速度を上げていく鈴の猛攻。
しかしそれでもレインは崩れなかった。
「手数でレインに挑む奴は初めて見たな」
箒は鈴の闘い方をそう評した。言われてみれば、俺や箒、シャルルもコンビネーションで相手を崩す戦い方をメインにしていた。我武者羅な攻撃というのは実は初見だ。
「レインさんはカウンター使いですから、あれだけ一方的に攻められたらカウンターは狙い難いかもしれませんね」
「それはあるかも。それに攻撃の軌道も直線より曲線が多いのも一因だね」
ヨーロッパ出身コンビが研究をしている。でもシャルルはともかくセシリアは見てるだけだろ。
とは言え、内容には文句はない。俺や箒はあれだけの連続攻撃をできなかったから、この新しい試みには興味があった。
そんな話をしている間でも鈴の攻撃は衰えなく続いている。流石代表候補生。女だてら体力は人並み外れいて高いようだ。
膝を狙った蹴りも放つ。正しく上下左右から迫る怒濤の攻撃を前に、それでもレインの表情は変わらなかった。
「覇!」
冷静に一手を選んで掌底が鈴に炸裂した。
「あの嵐のような攻撃からカウンターを!」
「しかも、私の眼がおかしくなければ鈴さんより速かったような……」
シャルルとセシリアの眼が丸くなっている。左右の腕の引きと突きが同時に行われる攻撃、その間隙は正に一瞬と言って過言ではない。だがレインは、その一瞬に掌底を繰り出していたのだ。
両手で放つ速度重視の拳は、俺が相手なら力尽くで破るしか対策思いつかない。
しかし威力が弱いのか、掌底は鈴を僅かに後退させるだけに止まった。
再び動き出す鈴の攻撃は、一切衰えることなく連打を繰る。
だが、即座にカウンターを合わされた。
「……レインの奴、師匠のことで言われて本気で怒ってないか?」
また立ち上がる鈴を見て俺はそう思った。いつもならもう鈴は立てない。俺や箒やシャルルはそうだった。なのに鈴は未だ健在。これは寧ろ倒さないように手加減している気がする。
「圧倒的な力の差を見せつけるつもりか」
箒もそう答えた。俺と同じ見解らしい。
やはりレインは、鈴のプライドをへし折るぐらいの気持ちでいるらしい。普段なら対戦相手を立てるようにするのだが。
しかしそのおかげでレインが普段見せない実力がわかる。俺を相手にしているときと技の速さ・キレが増している。それでも威力が下がっているのは寸止めがされているからだろう。つまり、男の軍人と遜色ないと言われる代表候補生を歯牙にもかけないということだ。
「鈴、これが流派東方不敗だ」
「く、馬鹿にしないでよね!」
苦々し気に顔を歪める鈴に対してレインが動いた。
初めて構えを取ったのだ。
その手が柔らかく輝いた。
「あれは光輝唸掌!」
「知ってますの、一夏さん!」
「気を掌に集めて掌打を放つ技らしい」
セシリアの振りに俺は答えた。やっぱり本当に光ってるな。見間違いじゃなかったんだ。
「破!」
そして輝く掌打が鈴の腹部に当たる。
鈴の体がそのまま倒れた。床にぶつかるかと思ったがレインはしっかりと受け止めてくれたので、ほっとする。
腹部への一発で鈴は気絶してしまったらしい。いったいどんな攻撃だよ。
「今日はここまでだ」
レインの一言で朝の訓練は終わった。シャルルにとっては衝撃的な朝になっただろうな。