朝食は一日の活力につながる。しかも運動した後に食べるとなるといっそう美味しく感じられるものだ。
「むかつく~~!」
鈴はそうでもないらしい。朝食中華を食べる蓮華に異様に力が籠っている。ちなみにメニューは泡飯《パオファン》というお粥だ。
「一夏も少しは悔しがりなさいよ! あんたもボコボコにされたんでしょ!」
「……もう慣れたよ」
他の生徒達も起き出し、それなりに混雑している寮の食堂で大声を出されると、一緒にいる方も恥ずかしくなる。激昂している鈴は気にならないのかもしれないが、箒やセシリア、シャルルも周りの目を気にしていた。周囲は若干引いている。
「なに? ヘタレ?」
「別に勝つのを諦めたわけじゃねぇよ」
いちいち感情的にならないだけだ。怒ったり悲しんだり出来ないほどの圧倒的な実力差があると、それこそ身に染みて理解している。だから冷静に少しずつ力をつけていくだけだ。
ま、鈴との組み手でまだまだだと見せつけられたわけだが……。
「見てなさいよ~。放課後のIS特訓で仕返ししてやるんだから!」
拳を握りしめる鈴。ノリは試合前のプロレスラーだ。原因が自分に合ったことはきれいさっぱり忘れ去ったらしい。
「そう言えば、シャルルも放課後参加するのか?」
「うん。僕も専用機持ちだから練習しておきたいんだ」
ならシャルルも入れて、俺、箒、セシリア、鈴、レインで六人か。結構な大所帯になってきたな。その内四人が専用機持ちって、下手したら一国の軍隊に匹敵する戦力かもしれないな。
IS学園の特殊な状況がなければ絶対に出会えない面子だと思う。ISは個人が持つには強大過ぎる力だから専用機の所有者はその活動を厳しく制限される。これだけの専用機持ちが一緒に行動なんかしてたらクーデターを警戒されて強制的にバラバラにされるからな。
今の状況を許しているのはIS学園特記事項第二十一項〝本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする〟というもののおかげだ。
つまりは三年後もこうしていられるかは分からないということだが、それでも今を楽しまない理由にはならない。
「そう言えばレインは?」
「あいつはまだしばらく自主練だろう」
周りを見回すシャルルに箒が答えた。箒の言う通り、レインは俺達との組み手の後で一人修行を続けるのだ。
「本当に修行の虫ですわね」
そう評すセシリアはレインと同室で、お互いの生活リズムをある程度把握しているからか呆れ気味だ。一度部屋に招待されたことがあるが、セシリアは天蓋付きのベッドや高級そうな家具を大量に持ち込んでいて驚いた。同室のレインのスペースは三分の一もなかったのだ。本人達がお互い全く気にしてなかったから何も言わなかったが、普通なら喧嘩になってるぞ、あれは。
「雑魚が足掻いたところで雑魚に変わりはない」
突如、そう声をかけられた。傲岸不遜なその声は明らかに聞き覚えのある声で、鈴以外の四人は即座に思い当たる人物の顔を思い描く。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
俺はその名を呟いていた。
「え? 誰?」
「転校生ですわ。一夏さんを打とうとした」
「あ~、こいつが……」
不思議がっていた鈴もセシリアの説明で理解したらしく、ラウラを上から下まで舐めるように見始める。いくら話で聞いていたからって、初対面ではかなり失礼な態度だと思うぞ。
だがそんな鈴の視線は一切無視して、眼帯をしていない右目が俺を睨みつけている。そこには明らかに嘲笑の感情が宿っていた。
「で、何の用だよ?」
「あまりに低レベルな話をしていたからな」
俺も負けじと睨み返してみるが、俺程度の眼力では全く威圧はできなかった。
「素人との格闘訓練で音を上げるとは程度が知れるというものだ」
『……………………』
まあ、話だけを聞けばそうなんだろうが、現実はそんなに甘くはない。それを知っている俺達は顔を見合わせて黙り込む。
ラウラはそれを、自分の発言が的を射たものだと思ったのか、鼻で笑って更に言葉を重ねていく。
「私が本当の格闘戦を教えてやろう」
「いや、やらないから」
断るとラウラの目がつり上がった。
「何だと? 逃げるのか?」
いや、逃げるというか……無意味? 他はともかく格闘戦を態々ラウラとする理由はない。あ、でもいつも格上のレインとの組み手だけだから未知の相手と戦って自分の実力を測るのはありかもしれないな。
「嫌よね~身の程知らずって」
「まったくですわ」
聞こえるように鈴とセシリアが揶揄を始める。その気持ちは分かるんだが敢えて喧嘩を売るようなことをしないでくれ。
さすがに今度はラウラも無視しきれなかったらしい。
「実力の伴わない代表候補生は口がよく回るな」
「自分を過大評価なさる方よりマシだと思いますわよ」
「戦力差を分析できないなんて三流の証拠じゃない?」
止めてください。いやもう本当に。
三人が激しく火花を散らす。セシリア・鈴VSラウラ。大怪獣襲来、東京は壊滅する!
「もう、止めなよ三人共」
間にシャルルが入って場を収めようとする。あんな空気の中に入っていくなんて、なんという胆力だ。しかもいつもの貴公子スマイルを崩すことなくとは恐れ入る。
これが代表候補生同士の戦いか……。迫力が違う……。
「何の騒ぎだ?」
「あ、レイン。もう鍛錬は終わったのか?」
ラウラの後ろからトレイを持ったレインがやって来た。和食メニューらしく、焼き鮭が香ばしい。
「ラウラ・ボーデヴィッヒか」
「レイン・カッシュ……」
二人の視線が交わった。レインは特に意識はしていないが、ラウラの方は明らかな敵意を持って睨みつけている。また喧嘩を売るのだろうかと思っていると、意外なことに先に口を開いたのはレインだった。
「……シュバルツ・ブルーダーは知り合いか?」
「…………何だそれは」
「……そうか」
否定の答えだったが、レインは満足したらしくラウラから視線を外して空いた席に座ろうとした。
瞬間、ラウラが動く。
「……………………」
ラウラの右拳がレインの顔面直前で停止していた。
寸止めだ。
「ふん。反応できなかったか……」
「当たらない拳を避ける奴はいない」
嘲笑おうとしたラウラの表情が固まった。
喧嘩を売った訳ではないのは分かる、理解できる。素直な感想なんだろう。でももう少し言い方があるんじゃないか?
「ほう? この私が拳を止めると分かっていたような口ぶりじゃないか。負け惜しみか?」
引き攣った笑みを浮かべてレインを睨めつける。背の低いラウラは、女子にしては背の高いレインを見上げる形になっているのは微笑ましいが雰囲気は大分悪い。
そして、再びラウラが拳を繰り出した。
宙に舞うトレイ。
レインは片手片足で、繰り出されるパンチやキックを全て防ぐ。
パンパンと軽い音が響くがその速度はかなり速い。
そして、トレイは味噌汁の一滴さえ零さず、レインの右手の上へ落ちてきた。
昔のカンフー映画を観たような気分になる。
「クッ……」
ラウラが悔しそうに顔を歪めた。鈴とセシリアがその様子を見てにやにやと笑っているが、もう何も言うまい。
右手のトレイをテーブルに置いて安全を確保する。
「いきなり何のつもりだ?」
「…………馬鹿にして」
そう言ってラウラは背を向けた。どうやら一度退くらしい。憎々しげな顔は夢に出てきそうな程、悪鬼か羅刹のようだった。
「とりあえず昨日、打鉄の使用許可を申請しておいた。昼休みに確認してくる」
席に着きながらこちらに話しかけてくる。レインがこの時間に一緒に朝食の場にいるのは珍しいことだ。普段ならぎりぎりまで朝の修行をしているはずだった。
「本格的に修行をしようと思ってな。その為には食事も大切だ」
そう言って大盛りの白米を食べ始めた。さっきからずっと気になっていたのだが、あれ、俺より大盛りにしてないか?
「……うわぁ」
「……ないわ」
「……体重が」
「…………」
全員が引いている。朝から食べる量じゃないからな。俺も朝は多く取る方で、鈴なんかは爺臭いとか言うんだが、その俺より多い。言っちゃ何だが、女子の食事じゃないだろ。がっついたりしてないから下品ではないんだけど。
「よく食うな……」
「エネルギーを取らないと動けないからな。食事も一つの修行だ」
年頃の女の子の発言じゃないぞ。
それに対して――。
「シャルルはそれだけで良いのか?」
「え! ああ、僕は少食だから」
話しかけられると思ってなかったのか少しシャルルは驚いている。その前にあるのは茸のリゾットとスープと、かなり軽めの朝食だ。女子と比べても少ない。
「朝はしっかり取っておいた方が良いぞ。一日の活力になるからな」
「う、うん。大丈夫、ありがとう」
一口リゾットを食べてシャルルは笑って見せた。男は筋肉が女子より発達しているから、必要なエネルギー量は多いはずだ。いくらシャルルが華奢だからって、あんなに少なくて途中で倒れたりしないか不安になる。
かと言って、無理に食べさせる訳にもいかないんだが。
………………そうだ、良いこと考えた。
「シャルル、今度俺が飯を作ってやるよ」
「え? 一夏が? 一夏って料理上手なの?」
意外そうな顔でシャルルが聞き返してくる。男が料理できるのってそんなに珍しいのか? フランスとかそういうのは男女平等なイメージがあったけど。
「まあ上手かは分からないけど、家事はずっとやってたぞ」
「そうなんだ。でも、良いの?」
「俺から言い出したんだぞ。良いに決まってるだろ?」
「あははは。そうかも」
シャルルは笑顔を見せた。よし、これで食べさせる大義名分ができた。最近は男もスタイルを気にし過ぎてるからな。ちゃんと必要な分は食べないと体調を崩すぞ。
そう思っていると、複数の視線を感じた。どうも箒とセシリアと鈴がジト目でこちらを見つめているようだ。
「えっと……どうした」
すると三人はすっと目を逸らし、口を不機嫌そうに尖らせる。
「男同士で……」
「不健全ですわ……」
「どんだけ~……」
「待て!」
慌てて三人を制する。
「勘違いするな! 俺にそういう趣味はないから!」
『………………』
三対の冷めた瞳が向けられた。こいつら本気で疑ってやがる!
「……おかわり」
ああ……。レインは我関せずで飯を食ってやがる。
シャルル! シャルルは! シャルルなら! この窮地を救ってくれるはず!
「あ…………」
何故頬を染める! 目が合ったからってそんなはにかんだ表情をされたら、暗に肯定してるようなものだろう!
『やっぱり……』
「違ぁあああああああう!」
どうして……こうなった……。
俺は始業ぎりぎりまで三人を説得することになったのだった……。
はぁ……。