IS武闘伝   作:Crank

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レイン敗北!? 決めろ必殺の一撃Ⅴ

 レインは強いショックを受けて、呆然と渡された日本刀を眺めていた。未だ激闘の余韻が残る林には二本の木が横たわっている。

 だがレインがショックを受けたのは、敗北をしたことでも圧倒的力量差を見せつけられたからでもなかった。

 〝未熟〟

 繰り返し言われたその言葉が、耳の奥に残ってリフレインされている。最初は理解しきれなかったその意味が、今は胸の奥に刻まれてしまったのだ。

 

(本当に……未熟だった……)

 

 自身がまだ半人前であることは十分に理解しているつもりだった。師の東方不敗マスターアジア、死神キラル。遥か高見に存在する武闘家たちのことも理解しているつもりだった。

 しかし、強者と触れ合うことのないこの環境が、意にそぐわない現状が、レイン自身の知らない間に慢心という形で武闘家としての心を蝕んでいた。シュバルツの実力を見誤り完敗を喫したこと、未熟呼ばわりを受け感情的になってしまたことがその証拠だ。

 

(くそ……!)

 

 あまりの無様さに、レインは泣きたくなった。肉体だけでなく魂を鍛えることも流派東方不敗の修行の一環だったはずだ。それを忘れ、驕り高ぶったことが正に未熟の証明となった。

 強く日本刀を握る。錆びた鈍刀が大木を両断したという事実は、レインの中で衝撃的な出来事だった。

 奥義を尽くせば大木を折ることはできる。しかし、それをしようと思えば鈍刀は折れてしまう。

 レインの中では鍛え上げた肉体と磨き上げた技。これ以上の武術は有り得なかったのだ。だがシュバルツが使ったのはそのどちらとも違う、理屈を超えた何かだった。

 その何かに触れることが、きっとレインにとって次のステージになるのだろう。

 

「…………レイン」

 

 恐る恐る声を掛けてきたのは一夏だった。一夏はレインの様子を伺うように静かに傍へと歩み寄る。

 

「……その、すごいな、レイン」

 

 折れた木を指差す。

 

「あの手から出たのが〝気〟ってやつなのか?」

 

 それは話題逸らしの為でもあったが、一夏にとって今最も気になることでもあった。箒とシャルルも口を開きこそしないが、好奇心の光が眼に宿っている。

 レインも感情を鎮めたくて話をすることにした。

 

「そうだ。掌から最大威力で気を放つ流派東方不敗の奥義だ。名を超級覇王日輪弾」

「あの光る指もか?」

 

 一夏の言う光る指とは、レインの必殺技シャイニング・フィンガーのことだ。単純な破壊力では超級覇王日輪弾に劣るものの、小回りの良さと一点にかかる破壊力と貫通力では勝っている技だ。

 掌に集まる気を三本の指に集め、気を越えた神気へと高めて放つ。岩を豆腐のように砕くだけでなく、加減をすれば頭蓋骨を一切傷つけることなく脳震盪を起こさせることもできる。

 レインがそのことを説明すると、三人は興味深そうに頷いた。特に一夏はその反応が顕著で、どこか興奮気味に瞳を輝かせる。

 

「それ、俺にもできるようになるのか?」

「…………修行次第だ」

 

 今のレインに人を導く余裕はない。だからどうしても濁した言い回しになってしまう。

 だがそんなレインの言葉に箒も興奮していた。

 

「では、修行をすればできるようになるんだな?」

「…………たぶんな」

 

 理由はそれぞれだが元々上昇志向の強かった二人だ。一夏は〝誰かを守りたい〟という願いから、箒は〝本当の意味の強さを身につけたい〟という目標から。レインという分かり易い目標を見つけ、この一ヶ月修行を積んできた二人からすれば、今漸くレインの全力を、目標の形を見ることができたのだ。興奮をするなという方が無理だった。

 だから、若干レインの気持ちを見落としても仕方がないのかもしれない。

 

「…………ねぇ、これからも組み手続けるの?」

「……………………」

 

 この場で最も冷静だったシャルルの言葉に、レインは黙ることしかできなかった。中途半端に引っ掻き回して投げ捨てるようなことはしたくない。そのぐらいにはレインは一夏達を気に入っている。しかし、今のレインは自身の奢りをこれでもかと見せつけられた後だ。とても誰かに物を教えるという気持ちにはなれない。

 だからレインは答えられない。

 

「…………すまん!」

 

 それだけを絞り出して、レインはその場を駆けだしてしまう。

 脇目も振らずに走り続けると、流れていく景色を見ながらも一夏と箒の視線が頭を過る。

 レインにはあの目を真直ぐに見ることができそうにない。純粋な成長だけを考えていた、憧憬の籠ったあの目を。

 

「あれ? レインじゃない。一夏達はどうしたのよ?」

 

 不覚にも我武者羅に走っていて気付かなかったが、すれ違った鈴に声を掛けられた。隣にはセシリアもいる。

 

「お前達……」

 

 この二人はレインの満身の象徴と言っても過言ではない二人だった。箒や一夏とは異なり、レイン自身の望みとは全く一致しない方向への上昇志向は、レインにとってある種不真面目に映ってしまっていた。

 だがそれは、あくまでセシリアや鈴の望む物に差がある故に、レインと同じことをする必要がないというだけのこと。それは十分に理解していたつもりだった。けれどその理解は理性での話で、感情はどこか納得しきれていなかったと、今のレインは内省する。

 自分の道を至上としてしまっていたことこそ、シュバルツが最初に指摘した未熟、他者を見下していたということだ。

 そんな考えが根底にあるから、他者を見下していると言われたとき、セシリア達を自分と同じステージに上げることを考えてしまったのだ。

 IS訓練を嫌がる理由は他にもあるが、それでも、レインがセシリア達と本当に対等に付き合うなら、先にレインが歩み寄るべきだったのだ。お互いの道に上下はないのだから。

 そう考えると、レインは二人の前にいるのが無性に恥ずかしくなっていく。

 

「あの、レインさん?」

 

 流石に様子がおかしいと気付いて、セシリアと鈴はお互い顔を見合わせて窺うように話しかける。

 

「何かあったの?」

「ああ、まあな」

 

 だがそれに答えたのはレインではなかった。レインにとってはまた不覚としか言いようがない。

 一夏がいつの間にか近寄っていたのだ。

 既にISは解除している。走って来たのか息は上がって、額にうっすらと汗をかいている。

 

「見つけたぞ、レイン」

「一夏……」

 

 呼吸を整えつつ、一夏はゆっくりとレインに近付いた。走り去ってしまった手前、レインから目を合わせるのは気が重い。

 

「……? どうしたの?」

「えっと……とりあえず後で説明するってことで構わないか?」

 

 状況を把握しきれていない鈴達に、一夏は申し訳なさそうにそう提案した。言われた側の二人は一度顔を見合わせると、アイコンタクトでお互いの合意を伝え合う。

 

「分かりましたわ」

「ちゃんと後で説明しなさいよ」

 

 そう言うと二人共その場を後にした。内心は複雑ながらレインなら一夏と二人きりにしても大丈夫だろうという判断を下したのだ。

 二人の姿が完全に見えなくなると、一夏がレインに頭を下げた。

 

「ごめん!」

「………………は?」

 

 突然の事態にレインはパニックになる。自分が頭を下げるならともかく、その逆をされる心当たりが全くなかった。

 

「時間を置くべきだった。レインにだって落ち着く時間が必要だったのに……」

 

 深々と頭を下げたままの一夏の謝罪を聞いて、レインはやっと一夏が勘違いをしていることに気付いた。

 一夏は敗戦直後の人間に対してデリカシーのない行動をした為にレインが走り去ってしまったと思っているのだ。

 だが事実は違う。

 レイン・カッシュは普段の強気な言動以上に、根は責任感が強く自分を追い詰めやすい人間であった。先程の行動も、一夏達にとても顔向けできないという気持ちが強かったからである。

 

「ち、違うんだ、一夏……」

 

 弱々しいレインの声で、一夏はやっと頭を上げた。

 

「その、あれだけ偉そうに普段指導してたから……」

 

 言葉に詰まってしまう。言わなければいけないとレイン自身分かってはいるが、口にするにはあまりに情けない事実。奢り高ぶった自分のことを語るのは辛かった。

 

「俺は、それでも良かったんだぜ?」

「え…………?」

 

 恥じ入るレインを、一夏は笑って肯定した。

 

「強いレインは、俺も憧れたんだ。その強さは、誰かに貰ったものじゃない。修行して、そして今みたいに自分と向き合い続けた結果じゃないか」

 

 消えてしまいたいとレインは思った。修行を始めてからマスターアジアとギアナ高地で修行している間は、自分に憧れを抱く人間など居なかった。そもそも人と接触が少なかったから、レインは常に憧れ追いかける側。それがこのIS学園に来て、初めて反対の立場に立たされた。

 〝自分が見られる〟ということを初めて肌で感じたのだ。

 

「だからさ、明日からも稽古つけてくれよ」

 

 一夏の右手が差し出される。

 だが、レインはその手を握れなかった。

 自分の言動が誰かに影響を与えてしまう。そのことに初めて恐怖を覚えたからだ。師となる存在の大きさはレイン自身がよく知っている。彼女も自分の中のマスターアジアから受けた影響を自覚していた。正式な師弟ではないにしろ、その責任を感じずにはいられないのだ。

 

「………………一日、考えさせてくれ」

 

 そう答えを伸ばすことが精一杯だった。明らかに及び腰になっているその言葉に、それでも一夏は笑顔を向ける。

 

「分かった。じゃあ明日、な」

 

 しかしレインは一夏と目を合わせることもできない。

 新しいことだからこそ、レインはそれと向かい合わなければならない。あまりに小さすぎた己の世界を打ち壊すための通過儀礼だ。

 しかしそれは、言葉ほど容易いことではなく、また苦痛を伴うものである。相手を導くということは常に自分の過ちを考え続けなければならないということ。

 自己を清く、相手を正しく。

 レインに望まれることはそういうことなのだ。少なくとも、レインはそう考えている。

 

「師匠……重いです。貴方はいつもこんな思いだったのですか?」

 

 今はどこにいるのかも分からない師に問いかける。答えなどあるはずもないが、それでも問わずにはいられなかった。

 

「心を……鍛える……」

 

 胸の内に圧し掛かる課題を反芻して、レインは五月晴れの空を見上げたのだった。




皆さんお待ちかねぇ!
シュバルツに敗北し傷心のレイン。
ラウラにつけ狙われ気が休まらない一夏。
しかし問題はこれで収拾されたわけではなかったのです。
次回IS武闘伝「見た! 貴公子の秘密」にReady~Go!
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