IS武闘伝   作:Crank

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見た! 貴公子の秘密Ⅲ

 十分程して片付けを終わらせると、俺もシャルルと同じように林から出て部屋へと帰ることにした。その前にアリーナの更衣室に戻って着替えをしないといけないな。

 急ぐことでもないし、俺はのんびりと歩いて行く。景色なんかを見ながらだと、意外と自然の多い学園内の敷地に癒される。林であったり花壇であったり池であったりだ。

 

「あれ……?」

 

 俺は池の畔で向かい合う二人の人影を、人の女と小柄な少女の姿を認めた。片方は即座に判断ができる。千冬姉だ。どうやら呼び止められているらしい。手には教材と思しき本の束を持っている。

 

「教官! いつまでこのような場所に居られるのですか?」

 

 糾弾する……というより不満をぶつけるような声で相手の少女が訴えた。ラウラ・ボーデヴィッヒの声は、俺が今までずっと投げかけられてきた敵意のあるものと全く違っている。

 二人を認識した俺は、思わず傍の植え込み身を隠して様子を伺ってしまった。ストーカーじゃないっての。

 

「それはどういう意味だ、ボーデヴィッヒ?」

「教官はこんな場所にいらっしゃるべき方ではありません!」

 

 そう断言すると、ラウラは今にも詰め寄らんばかりに胸の前で拳を握って千冬姉に捲し立てる。対して千冬姉は静かに沈黙していた。

 

「上昇意識もなく、認識も甘い! どいつもこいつもISをファッションアイテムか何かと勘違いしているような連中ばかり! こんな所さっさと辞めて、是非再びドイツで教鞭を――」

「もう良い」

「――――――!」

 

 発言を遮られたラウラの体がビクリと大きく震えた。だがそれは隠れて見ている俺も同じで……。

 千冬姉の顔がどうしようもなく無表情だった。

 

「偉くなったものだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。その年でもう選ばれた人間気取りか?」

 

 静かな声音であったが、それは間違いなく糾弾だ。ゆっくりと相手の精神を追い込んでいく、言葉だけで圧倒的なプレッシャーを与える千冬姉に、あれほど饒舌だったラウラの口が固まってしまった。傍から見ている俺でも息を呑むくらいだ。直接晒されたラウラの心境は推して知るべし、だろう。

 だがラウラは、俺の予想とは違う反応を返した。

 

「やはり…………あの男のせいですか?」

「ん……?」

 

 喉の奥から滲みだしたようなラウラの声には、これでもかと負の感情が満ちていて、千冬姉もその様子をいぶかしんでいる。

 

「あんな軟弱な弟のせいで教官が!」

「ボーデヴィッヒ!」

 

 背を向けて駆けていくラウラを呼び止める千冬姉だったが、ラウラはそれに反応を返すことなく去って行った。横顔に鬼を見たのは、俺の気のせいだろうか。

 

「まったく、あいつは……」

 

 千冬姉は制止することを諦めて溜息をついた。

 

「……で? お前はいつまで隠れているつもりだ?」

「う……」

 

 お、俺に言ってるんだよな?

 

「……ばれてた?」

「最初からな」

 

 観念して出て行った俺に、千冬姉は当然のようにそう告げる。俺なんかがいくら気配を消したって意味がなかったようだ。

 

「お前はまた女から目をつけられたようだな」

「……誰のせいだよ」

 

 そりゃセシリアは俺が原因だったけど、ラウラは千冬姉の責任だろ。完全にとばっちりだ。

 どこか楽しげな千冬姉に視線で非難をするが、さすがそんなものはどこ吹く風である。寧ろ楽しげな笑みすら浮かべていた。

 

「少しは特訓の成果は出ているか?」

「ぼちぼち」

 

 成長はしていると思うが、如何せんスタートに差があるため実感できていない。ま、だからといって腐って止めたりはしないけど。

 

「現状ではボーデヴィッヒにお前が勝つのは難しいぞ」

「…………やっぱり?」

「昔の私の教え子だからな」

 

 それはラウラ上げなのか自分上げなのか。しかし千冬姉はこんなときに意味の無い嘘は吐かない。今の俺では本当にラウラに勝てないんだろう。

 まあ、元々戦う気もないからいいんだけどさ。

 

「まったく……。私は今の自分に特に不満はないんだがな」

「あはは。確かに」

 

 思わず笑いが込み上げる。少しでも織斑千冬という人間を知っていれば分かることだ。現状に納得いかなければ力尽くで、不満があるなら遠慮なく、自分の思い通りにことを進めるだけの力を持つのが千冬姉なんだから。

 

「まあ、お前は昔から女子からちょっかいを掛けられるのには慣れてるからな。問題ないだろう」

「酷いな~。俺、そんなに女慣れしてるように見える?」

「見えるな」

 

 断言する千冬姉の言葉には一切同意ができない。年齢=彼女いない歴の男子を捕まえて酷い言い草だ。もし仮に千冬姉の言葉通りだとしたら、俺にだって彼女の一人ぐらいいてもおかしくないはず。いや、別に欲しいと思ったこともないけど。

 

「千冬姉は俺をどんな目で見てるんだよ……?」

「自業自得で女難の相に見舞われる馬鹿」

「……酷」

 

 馬鹿とまで言われた。

 

「ボーデヴィッヒはな、ある意味お前と同じだ。あいつを変えるのは、私以上にお前が適任だと思っている」

「…………うん」

 

 俺とラウラが、同じ? 年齢以上の共通点なんて見出せないんだが。

 分からないながらも何とか理解しようとする俺に、千冬姉は真面目な口調で言葉を続ける。冗談は一切ないらしい。

 

「だからあいつがお前に絡むのを、私は止めるつもりはない。別にどうしろと言うつもりはないが、変な偏見だけは持たずに接してやれ」

「…………分かった」

 

 そう返事をするのがやっとだった。

 きっと千冬姉はラウラの現状に問題を感じている。……いや。ラウラに問題があるのは、多分誰でも分かることだ。そして高圧的な態度を取るラウラに、問題を解決しようと近付く者はいない。

 千冬姉は自分では手が出せないと考えているんだ。

 今、心酔する千冬姉から直せと言われれば、ラウラは表面上は抑えるだろう。だが、結局根本的な問題は解決しない。だから千冬姉は、ラウラが積極的に(どんな形であれ)接近を試みる俺にその問題の解決を求めているんだろう。

 大変なことだ。あれだけ敵意剥き出しの相手に手を貸さなければいけないんだから。

 

「ラウラは俺の方でも気を付けておく」

「頼むぞ」

 

 ……頼む、か。千冬姉にそう言って貰えると、嬉しい半面全身がくすぐったくなる。

 

「もう片付けは終わったのか?」

「え? ああ、終わったよ」

 

 突然の話題転換に一瞬何のことか分からなくなったが、そもそも俺はレインの決闘の後片付けをしていたんだった。

 

「派手にやったものだ」

「や、あれは俺じゃないし」

 

 片付けの疲労が一気に戻ってくる。そもそも、あれはレインが樹を折ったりシュバルツが斬ったりしたんだから、俺は関係ないはずなんだけどな。

 心の中でそう弁明をする俺に、見透かしたような顔で千冬姉は口を開いた。

 

「知っている。カッシュと侵入者だな」

「……え?」

「何故意外そうな顔をする。防犯カメラに記録されていたぞ」

 

 さすがIS学園。セキュリティは思った以上にしっかりしていたらしい。

 でも、だったら何で俺とシャルルが片付けをさせられたんだ。理不尽じゃないか。

 

「文句ならカッシュに言うんだな。非常識過ぎることをするから工作せざるを得なくなるんだ」

 

 俺が質問するのに先駆けて千冬姉が答えてくれた。

 結局は、またレインの非常識さのせいで皺寄せが来たということなんだな。確かにあんなハイスピードカメラでも使わないと見えない攻防が公表されたら、レインも普通の学生生活なんて送れなくなるだろうしな。

 

「当然だが今日のことも――」

「秘密、なんだろ? 分かってるよ」

 

 今度は俺が千冬姉の機先を制することができた。

 

「て、痛っ! 何で叩くんだよ!」

「その得意気な顔がムカつく」

 

 理不尽な理由で軽く頭を叩かれる。久しぶりに姉弟の他愛のない会話をしたような気がするな。お互い、最近は忙しかったから。千冬姉は新入生の担任として、ISの操縦の第一人者として。俺は皆との特訓の為。

 

「さっさと寮に帰れ。もうすぐ夕食の時間だろうが」

「分かった」

 

 千冬姉に促されて、俺はその場を後にする。俺がきちんとその場を去ることを確認するまで、千冬姉はその場を動かないつもりらしい。

 こちらを見ている千冬姉を背を向けて歩いていると、ふとさっきの会話の一言が頭の中を過った。

 〝ボーデヴィッヒはな、ある意味お前と同じだ〟

 そうだ……俺もラウラも、千冬姉が大好きなんだ。

 納得した俺は気持ち早足で寮へ戻る。シャルルが気にして晩飯を待っているかもしれないからな。気にしないで食べて貰っても構わないんだが、シャルルは義理堅そうだからな。

 部屋に着いたので扉をノックしてみたが返事は無い。シャルルはいないのだろうか? とりあえず鍵を開けて部屋の中へ入ってみると、やはりそこにはシャルルの姿は無く、代わりにシャワールームから水音が響いている。

 

「シャワー……か」

 

 だったらもう少しゆっくり戻ってくるべきだったな。そうしたらすぐに入れ替わりで入れたのに。いくら男同士と言え、狭いシャールームに乱入して二人で……なんて流れにはならない。

 

「あ……」

 

 そこでふと、シャンプーが切れていたのを思い出した。昨日俺がシャルルの後に入って、そのときに使いきったんだった。

 

「渡してやった方が良いよな」

 

 換えのシャンプーは洗面台の下に置いてある。たが転校してきたばかりのシャルルはそんなことは知らないだろう。

 俺は扉を開けて洗面所に入ると、下からシャンプーを取り出そうとした。シャルルは鼻歌を歌いながらシャワーを浴びている。

 

「あれ? どこだ?」

 

 すぐに分かるかと思ったのに、シャンプーが見つからない。積んである洗剤や小さな水回りの掃除用具を掻き分けて中を探す。意外と物を入れてしまっていたんだな。今度掃除しよう。

 暫くゴソゴソ探していると、やっと目的の物が見つかった。そう言えば中があまり散らからないように箱に入れて纏めておいたんだった。見えない訳だよ。

 

「……え?」

 

 そのとき、後ろから声が聞こえた。いつの間にかシャワーの音が止んでいる。どうやらシャルルが出てきたらしい。シャンプーを取りに来たのか、それとも物音に気付いたのか。

 

「おお、シャルル。これ換えのシャン…………」

 

 俺の言葉は途切れてしまった。

 

「……………………え?」

 

 そこにいたのは転校生。

 そこにいたのはルームメイト。

 そこにいたのはシャルル・デュノア。

 そこにいたのは――。

 

「お、女…………?」

「きゃぁああああああああああああああああああああああああ!」

 

 甲高い悲鳴に吹き飛ばされるように、俺は洗面所を飛び出した。

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