「………………」
「………………」
沈黙のまま時間だけが過ぎ去っていく。静けさが耳に痛い。
俺とシャルルはお互いベッドに腰掛けて向かい合ったまま、目線を合わせることもできずに、ただ黙った座っている。
しかし、そんなのが長く続く訳がなく、俺はこっそりとシャルルの様子を覗き見た。
シャワーを浴びたシャルルは、今は寝間着代わりのジャージを着こんでいる。金髪はしっとりと濡れていてどこか色気を漂わせ、愁いを帯びたその伏せ目は向けるべき場所を探して彷徨っていた。
女の子……なんだよな。
今はジャージを着ているが、さっきの遭遇で奇しくも見てしまったのだ。……………………その、全裸を。
「――――!」
駄目だ! 思い出すな!
頭を振って記憶を飛ばそうとする俺。いや無駄だとは分かっているが、思い出すのは失礼すぎる。
あ……気持ち悪……。
「い、一夏……?」
「へ? え、ああ……」
俺の奇行に驚いたのか、シャルルが恐る恐る話しかけてきた。
いかん。こんなときこそ冷静に対処せねば。唯でさえ不安げな顔をしてるシャルルを追い込んじゃいけない。
「その……もう、ばれちゃったよね?」
「……女の子、だったんだな」
消え入りそうなシャルルの言葉には、その場限りの誤魔化しなど口にできるわけがない。俺は何とかその一言が精一杯だった。
またお互い黙り込んでしまう。
「………………そ、そうだ! シャルル、お茶でも飲むか!」
「え…………うん、そうだね」
耐えかねた俺は、思わずそんなことを口走っていた。空気読めよ、俺。
しかし言ってしまった手前今更取り消すこともできないので、言葉通りお茶を入れることにした。電気ポットの中に既にお湯は入っているので、自宅から持参した茶葉と急須、二人分の湯呑を取り出すと九すと湯呑にお湯を注ぐ。暫くすると急須と湯呑は温まるので、そのお湯は捨てる。そして再び湯呑にお湯を注ぎ、そのお湯を茶葉を入れた急須に移す。普通の煎茶の温度は九十度が目安なだが、この電気ポットは九十八度に保温設定がされていたので、一度湯呑を経由して温度を下げた。高級な煎茶を買えるほどの贅沢はできないが、千冬姉に少しでも美味しいお茶を飲んでもらおうと勉強したんだ。そして一分がたった。並の煎茶の抽出時間は一分だ。俺は急須から二杯の湯呑に、少しずつ交互に注いで均等な味になるように注いだ。
完成。
最後の一滴まで完全に注いでから、それをシャルルに持って行く。
「あ、熱いから気をつけろよ」
「う、うん……」
コクンと一口、湯呑を受け取ったシャルルは口を付けた瞬間にそ表情を変える。
「……美味しい」
「そ、そうか。まあ紅茶と同じでゴールデンルールがあるからな。それに則ればこんな風になるもんだ」
「へぇ……本当に美味しいよ」
照れる俺に、シャルルはにっこりと微笑んだ。きっと心からそう言ってくれているんだろう。
「…………なあ、シャルル」
「シャルロット」
お茶のおかげでなごんだ場であったが、俺はあえて再びその話題を繰り出そうとした。きっと重い空気の中では、俺は何も言えなくなってしまうだろうと思ったからだ。
しかし、そんな俺の言葉はシャルルが遮ってしまった。
「……シャルロット?」
「それが、ママが僕にくれた名前。シャルロット・デュノア。僕の本当の名前だよ」
そうか。シャルルは男に化ける為の偽名だったのか。
しかし、シャルル――じゃないシャルロットは、〝ママ〟と言ったときに一段と目が優しく、そして悲しげになった気がした。
「何で男のふりを?」
俺はようやく話の確信に斬り込むことができた。シャルロットも聞かれる覚悟はできていたんだろう。淀みなく答える。
「父の命令さ。一夏の……世界で唯一の男性操縦者と接触しデータを収集すること。可能なら君の本国への引き抜きも」
「そんな無茶な」
自分自身のことだから良く分からるが、ISに男性が乗れるということは、それ自体で国際的な騒動になっているはずなのだ。俺にもよく分からん外国の研究機関とやらが接触してきたことがある。そういったものから逃げる為にIS学園に入学した面もあったのだ。
だから、シャルロットのお父さんの命令は、洒落や冗談、ましてや間違いで済むレベルではない。
「……デュノア社は、今経営が苦しいんだ」
「え? でも世界で三番目のシェアを誇るって……」
「四六七しか需要がない物の、ね。予備のフレームを含めたって絶対数が少なすぎて、商売として成り立たないんだ。唯でさえ、IS開発は費用がかかる。なのにデュノア社は、未だ第二世代型のフレームまでしか作れていない。このままじゃシェアを他企業に奪われるのは目に見えているんだ。国からの援助も、いつまであるか」
いつも通りの分かり易いシャルロットの説明だった。特訓のときに俺に操縦方法を教えてくれたように。ただ、明らかにその声には、初めて見る、唾棄するような雰囲気が込められていた。
「未来の新しい兵器として着目されていたISの開発に、父はデュノア社の方針を転換したんだ。それまでは特に大きな企業って訳でもなかったんだけどね。その結果デュノア社は大きくなった。でも、何の下地もなかったから技術力と情報力のなさが常に課題としてあったんだよ」
体力のない子が先にスタートした……ということか。走れるうちは良かったが、息が切れたらもう後は後続組に抜かれ、先発組に置いていかれるしかない。それがデュノア社の現状なんだろう。
「そんな状況だからね。男のIS操縦者がいれば良い広告塔になるし、一夏を連れ帰れれば嘘も本当になる。他国の機体の情報も手に入れば言うことなしってことで、僕がIS学園に送り込まれたんだ」
シャルロットの話は終わりらしい。そこまで言うと、深く溜息を吐いて目を伏せた驚くやら呆れるやらだ。会社経営なんて分からないが、リスクが高すぎる。失敗したら世界の笑い者だぞ。
そして、俺が何よりも許せないことが一つあった。
「……それじゃ、シャルロットが利用されてるだけじゃないか。実の父親が、娘にやらせることか?」
「……僕は父が外で作った子供だったから」
「え…………?」
それって、シャルロットの母親が愛人だったってことか…………?
「ママが死んで父に引き取られたんだけどね。はっきり言えば厄介者扱いだったんだ」
つまり、愛人に産ませたいらない子供に利用価値があったから利用しているだけ。
それが、実の親のすることか! 俺も両親に捨てられている。だから親ってのがどんなものかは分からない。でも、千冬姉は絶対にそんなことはしない!
俺にはとてもじゃないが許せなかった。
「一夏、怒ってるの…………?」
「え?」
しまった、顔に出ていたらしい。
「……俺、そんな風に自分の子供を利用するや――人は、嫌いだ」
「…………ありがとう、一夏」
小さな、聞き逃してしまいそうな声で俺に礼を言うシャルロット。その顔は、どうしてか少しだけ晴れ晴れとしたものだった。
「あ~あ、これで任務失敗だね」
「これからどうするんだ?」
「そうだね、本国に呼び戻されると思う」
あまりにあっさりとシャルロットは答えるが、それがどれだけ危険なことかは俺にも分かる。少なくとも、話を聞く限りシャルロットを守ってくれるような環境ではないだろう。
そんな所に、シャルロットは帰るというのか。
「……そんな顔しないでよ、一夏。仕方がないんだから」
「仕方ない?」
そんなの嫌だ。納得できない。
「お前の気持ちはどうなんだよ?」
「どうって言われても……」
戸惑うシャルロットに、俺は畳みかけた。
「シャルロットはこのまま帰りたいのか?」
「僕は……」
シャルロットは答えない。そこにはきっと大きな葛藤があるのだろう。父の命に背くことか、祖国の代表候補としての立場か、もしかしたら俺達に嘘を吐いていたことかもしれない。
声は出ていなかったが、唇が僅かに動いた。
「――――――――」
しかし俺は唯じっと黙って、シャルロットの答えを待つ。どんな選択をしても俺はそれを応援してやりたかったから。
「――――ここに、残りたい」
「じゃあ、ここにいろ!」
やっと聞こえた小さな、しかし確かなシャルロットの希望を、俺は力一杯肯定した。
頭の中が明瞭になっていくのを感じる。実際に読んでいるかのように文面が脳内で再生されいく。
「〝IS学園特記事項第二十一項。本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする〟。だから三年はここにいられる!」
だがシャルロットの表情は晴れない。
「凄いね、一夏。五十五項もある特記事項を暗唱してるなんて。でもね、そんなものは建前なんだよ。IS学園の独立性そのものですら、国家の影響を無視することができないんだから」
現実は多くの例外や規約違反で成り立っている。そんなことは当り前だ。シャルロットは現実を受け入れてしまっているんだ。
「知らない! 建前でも何でも、そこにそういう規約があるんだ。ならそれを行使することに問題はないはずだ!」
「一夏……」
頭の良いシャルロットには、俺が馬鹿な事を言っているように映るのだろう。でもそれがどうした。世の中賢いだけじゃ駄目なんだ。自分の意見を、どんなに愚かしいことでも押し通さなきゃいけないときもある。それが、今だ。
「シャルロット、俺にお前を守らせてくれ」
「え……?」
驚いた表情のシャルロットに、俺は精一杯の気持ちをぶつける。
「まだISの操縦も未熟だし、唯の学生でしかない俺が言うのは変かもしれないが、俺はお前を守りたいんだ。お前が不幸になると分かっていて放っておくなんてできない、したくない。守ってやる、とか、助けてやる、なんて偉そうなことは言えない。だから、頼む。俺にお前を守らせてくれ」
「一夏………………」
俺の台詞があまりにも臭い上に青臭いからか、シャルロットは顔を真っ赤にしている。きっと俺も真っ赤だ。でも、本心だから目を逸らすことはしない。気持ちと同じように、目線を真直ぐにシャルロットに向ける。
そして、シャルロットは視線を逸らした。
「…………………………………………じゃあ……………お願い…………しよう、かな?」
驚く。
てっきり拒絶されると思っていた分、まさかの肯定を受けたことで、脳がパニックを起こしている。シャルロットはチラチラと視線を向けて、俺の様子を伺っていた。
驚きが去った後、俺の胸を満たしたのは喜びだ。シャルロットは現実よりも俺の言葉を信じると言ってくれた。こんなに嬉しいことはない。
〝守る〟。言葉にすると短いのに、とても重い意味を持っている。千冬姉が俺を守るためにどれだけの苦労をしたのか、それを俺は把握しきれていない。そういった苦労を千冬姉は俺には見せないようにしていたし、俺も千冬姉が見られたくないものなら見ないようにしてきた。しかし、感じるものはあったのだ。だからこそ、俺は憧れ、目標にしてきた。
今俺は、とうとう守ることを誓ったのだ。
「一夏…………」
俺の名前を呼び掛けるシャルロットは、心なしか顔をさっきよりも赤らめているようだった。
「ちゃんと……守ってよね…………?」
「…………ああ、勿論だ!」
力一杯に答える。それを聞いて、シャルロットは笑顔になった。これを、この笑顔を、俺は守るんだ。
「友達だからな!」
「……………………………………………………………………………………え?」
シャルロットの表情が消えた。