シャルロットの正体が一夏にばれてから時間は過ぎ、今は午前二時。古典的な言い回しをすれば、草木も眠る丑三つ時である。そんな時間にシャルロットは起き出した。
「…………はぁ」
溜息を零す。正確に表現すれば、シャルロットは起き上ったと言うべきだろう。隣のベッドで、呑気に寝息を立てている織斑一夏とは異なり、消灯後も睡魔が一切襲ってきていないのだ。
「……本当、一夏ってさ」
恨めしげな声音のシャルロットだったが、その顔は笑っており、心からの中傷ではないことは傍目にも明らかだ。しかし、それでも愚痴の一つも零したい心境であった。自分が眠ることもできないなか、元凶が熟睡をしているのだからそれも当然だ。
「……守る、か」
思わず呟いてしまった言葉は、シャルロットが久しく聞いたことのない言葉だった。母の死から二年が経つが、その間はシャルロットにとって、間違っても幸福とは呼べない日々だったのだ。周囲から疎まれ、妬まれるのは日常茶飯事で、実の父にとってシャルロットの存在価値はそのまま利用価値と等しかった。唯黙して周囲の悪意をやり過ごすだけの孤独な日々。
IS学園への転入は、そんなシャルロットにとっては朗報だった。如何に自身を偽るとはいえ、周囲から悪感情に晒されることのない日々とは、それだけで気が休まる。シャルロットは否もなく、男と偽り転入することを受け入れた。
そして、織斑一夏と出会ったのだ。母に愛された自分と違い、両親に捨てられた一夏に、シャルロットは何処か親近感を覚えていた。いや、寧ろ勝手に同情的な感情を向けていた部分もあったのだ。自分よりもかわいそうな男の子をイメージしてしまっていた。
ところが、本物の一夏は自身の境遇などどこ吹く風。明るく楽しげに人生を謳歌していた。少なくとも、シャルロットの目にはそう映った。友人に囲まれ、超えるべき目標を持ち、日々邁進努力するその姿は、言われるがままに生きてきた二年間の自分を否定し、以前の母と過ごした日常を想起させるに十分だったのだ。
それを自覚したとき、劣等感と羞恥心がシャルロットを襲った。自分の醜さと傲慢さが恨めしくなり、一夏の真直ぐさが眩しく感じられる。そんな自己嫌悪に苛まれていた為注意不足となり、シャルロットは一夏に正体がばれるという失態を犯してしまったのだ。
唯でさえ自己嫌悪に陥っていた中で、IS学園から追い出されるには十分すぎるミスをしてしまった。シャルロットの心は負の感情で満たされていたのだ。それは自分の境遇への不満、周囲への怒り、そして、自分への恨み。
そんなシャルロットを、一夏は〝守る〟と言ったのだ。力強くシャルロットを肯定する言葉を投げかけた。それはシャルロットが二年前に失ったもの、母の死と同時に周囲から消え去ってしまったものだった。
「…………守る」
もう一度、その言葉を噛みしめるように呟くと、自然と頬が緩んでいく。一部の現実は脳のフィルター機能で削除されているが、この言葉は、恐ろしく真直ぐにシャルロットの心の奥底へと落ちて行った。孤独だった二年間で、ずっとシャルロットが求め続けたものだったのだから。
「なんか…………」
王子様とお姫様みたいだったよね、という部分は口にせず――口にできず、シャルロットは呟いていた。考えただけでも顔が熱くなる言葉を、口にしようとしただけでシャルロットは恥ずかしくなって悶えるのだ。
堪らなくなって一夏の寝顔を覗き見る。静かな寝息を立てている一夏を、もっとよく見たいという衝動がこみ上げてきた。心臓の鼓動が加速する。破裂をしてしまうのではないかと思いながらも、シャルロットはこっそりと一夏のベッドに近寄った。
頭の中で反響する心音が、一夏にも聞こえてしまうのではないかと考えつつも、シャルロットは鼻先十五センチの所まで顔を近づけていた。
(一夏……意外と睫毛長いんだ……)
閉じられた目を見て、そんな感想を抱く。自己評価の低い本人が聞けば否定するだろうが、その整った顔立ちを見て、シャルロットは小さい頃母に読み聞かせて貰った絵本の王子様を思い出した。
その王子様は、白馬に跨って颯爽と現れ、お姫様に手を差し伸べてこう言うのだ。
――お美しい姫君。さあ、私と共に。
恥ずかしがりながら、しかしお姫様はその手をしっかりと取り、はにかんで。
――はい。
お姫様のその言葉を聞くと、王子様は白馬の後ろにお姫様を乗せる。そして、お姫様の手を自分の腰に回させて、振り返りながらこう言った。
――しっかりと掴まっていて。大丈夫、君は私が守るから。…………シャルロット。
――はい、ずっと私を守ってください。…………一夏。
二人の顔が、一夏とシャルロットのそれに置き換わっていた。
(あああああああああああああああああ!)
自分の妄想にシャルロットは悶え苦しむ。あまりにあんまりな空想の世界を思わず展開していたことに、顔に赤いペンキでもぶちまけたかのように染め上げ、頭を抱えて恥ずかしがった。
「…………ん」
「――――――!」
そのとき、一夏が吐息をもらした。起きたかもしれないと思ったシャルロットは反射的に飛び退り距離を取ったが、一夏は軽く寝返りを打つだけで起きる様子はない。
「……………………ほ」
胸を撫で下ろすシャルロットだったが、一度冷静になってしまうと、二度目のチャレンジを実行する勇気はなかった。だが興奮は増してしまいとてもではないが眠れそうにない。
「…………散歩でもしよう」
そう決めて、念の為に男装用の特殊なコルセットを身に付けて部屋を出る。月明かりの下では、六月とはいえ多少は涼しげに感じられた。
「あれ?」
当てもなくIS学園の敷地内を歩いていると、昼間の森の中から物音が聞こえてきた。不審に感じたシャルロットは、専用機のラファールを携帯しているので大事にはならないだろうと考え、診療に森の中へと入っていく。音が徐々に大きくなっていった。
「ふっ! はっ!」
月光の下、一心不乱に刀を振るう人物の姿が目に入る。本来であれば通報物の異常事態だが、シャルロットは寧ろ納得をしてしまっていた。それは、刀を振るう人物が知人だったからだ。
「レイン」
そって声をかけると、レインは素振りを止めることなく返事をした。
「シャルルか」
「うん。夜の特訓?」
「鈍とはいえ真剣だ。昼間抜き放てば騒ぎになる」
レインの答えに成程と納得する。同時に、得体のしれない人物の教えを実行しているその姿に深く感心した。
「成果はどう?」
「…………はあっ!」
素振りから一太刀だけ樹に向かって放たれる。レインの斬撃は十分過ぎるほどの鋭さを見せたが、刀身の錆びついた刀では切断には至らず、樹の表面を傷付けるに止まった。
「…………くっ!」
悔しげに歯噛みするレインを見て、シャルロットは一夏を思い出した。純粋に強くなりたいと願うあたり、この二人は似ていると思うと、シャルロットは嫉妬を覚えてしまう。
「……そういえば、明日の――もう今日だね、の、一夏との特訓はどうするの?」
その言葉は、前回の特訓で見せつけられた一夏とレインの信頼と絆に対してのやっかみであった。今はまだ師弟のようなそれだとしても、いつ男女のそれに変わるかなど、本人達にも分からないのだ。
「…………………………決めてない」
再び素振りをしながら、レインは短くそう答えた。そして、シャルロットはその言葉の意味をしっかりと理解できたのだ。レインが、未だ自分が他者を指導できるのか迷っていることを。
「僕は、一夏にもっと強くなって貰いたいって思ってる」
だから、隠すことなく自分の気持ちを伝えることにしたのだ。それをどう判断するのかは、レイン次第だと考えて。
「一夏は、強くなろうとしてるんだよ。なら、あまり遠回りはしてほしくはないかな」
待ってる方も辛い、という言葉は呑み込んだ。
するとレインは反論をする。
「だが、遠回りが必要なこともある。それに、そもそも近道なのかどうか……」
「それを決めるのは一夏だよ。レインは、自分が最善だと思う方法を選ぶだけ。それを判断するのは、一夏の権利じゃないかな」
シャルロットの再反論にレインは沈黙する。責任感の強さは感じてはいるが、シャルロットはレインがそれをはき違えているように思うのだ。それはレインの性格なのか、それとも詳細の分からなかった経歴に依るものなのかは判断がつかない。しかし、悩みの根本が間違っていることは確実だった。
「教える資格は強さじゃないよ。だとしたら、ISの操縦は世界中で織斑先生しか教える資格がないことになるよ、世界最強のね」
レインの素振りをする手が止まる。剣先を降ろし、しかし何か話すでもなく黙ってじっとシャルロットを見据えていた。その様子を、シャルロットは話の続きを聞こうとしているのだろうと判断し、先を口にする。
「教える資格って、相手に真剣に向き合えるかどうかだと思う。教えを請う相手を育てようと思えるかじゃないかな」
返事はないが、目線が続きを促している。シャルロットは一呼吸置いて、ゆっくりと、レインにしっかりと伝わるように慎重に話した。
「レインには、その資格が十分にあると思う」
「………………あるか?」
とうとうレインが口を開いた。短いが確かにレインにとっての今の悩みだ。僅かではあるが零したのは、それだけシャルロットの言葉が的を射ていたからである。
だからシャルロットは、はっきりと、力強く答えた。
「うん。だって、一夏のこと、それだけ考えてるんだから」
目を見開いてレインが驚く。シャルロットの言葉ではレインの悩み自体は一切解決していない。しかし、シャルロットはその悩みそのものが、レインの後押しをしていると言っているのだ。一人で考えていては、およそ辿り着けたかったであろう結論に、レインは自分の手の中の刀を見つめて黙考する。鈍刀が静かに聞いていた。
そして、もう一度刀を構えると、傍の樹に斬りかかる。その樹は先程つけた表面の傷が、まだ真新しい。
ガスッという鈍い音がして刀が止まる。シュバルツのような両断など、まだできるはずがなかった。しかし――。
「…………斬れてる」
同じ樹だったからこそできる比較。シャルロットの目には、今つけた傷は、その前の傷より深く、傷口も鋭くなっているように映ったのだ。
その傷を見るレインの顔もどこか満足そうで、刀を鞘に納めると、シャルロットに振り返って咳払いをした。
「……明日も、道場で待ってると一夏に伝えてくれ」
「……うん、分かった」
目に光の戻ったレインの表情を見て、シャルロットは一夏がレインに惹かれるのではないかと不安になるのだった。
皆さんお待ちかねぇ!
さらなる強さを求めて動き出す一夏とレイン。
時を同じくしてラウラもまた動き出し、IS学園には嵐が巻き起こるのです。
次回IS武闘伝「レインvsラウラ! 起動する専用機」にReady~Go!