遂にこのときがやってきました。
そうです、レインの専用機がとうとうその姿を現すのです。
今日の対戦カードはレインVSラウラ。
ドイツ軍の最新機とその専属操縦士に、レインはどの様に挑むのでしょうか?
それでは、IS武闘伝、Ready~Go!
後の第三アリーナに三人は誰よりも早く到着していた。彼女達一年生がIS学園に入学してから初めての取り合わせである。
鈴とセシリアはそれぞれの専用機を展開して起動しており、レインは貸し出しを受けた打鉄を纏っていた。
「なんか、昨日落ち込んでたわりに、今日は普通だったじゃない?」
それは鈴がレインに向けた言葉だった。レインは体を軽く動かして、打鉄の調子を確認しながら返事をする。
「まあ、思うところがあったんだ」
まだ悩みは尽きてはいないが、レインは朝の訓練に参加をした。一夏はそれを喜んでいたが、鈴とセシリアはあまりにいつも通りだったために首を傾げて不思議がっていた。箒とシャルロットは複雑な顔をしていたあたり内心の不安を隠しきれていない。二人はお互いの顔を見合わせて苦笑いをしていた。
そして放課後のIS訓練。自分の見せ場と意気込んだ二人と、早く準備をして少しでも操縦に時間を割きたい修行の虫が、他の面々より一足先に集まっているのだ。
「それでは、私は一夏さんを見ますから、鈴さんは箒さんとレインさんを――」
「ちょっと! 何勝手に決めてんのよ!」
自然と抜け駆けをしようとしたセシリアの発言に、鈴が真正面から噛みついた。第三者であるレインから見ればボケとツッコミのような関係の二人だが、元々口下手なレインは余計な事を言ったりしない。しかし、それは逆に二人を止めないということなので、二人のテンションは時間に正比例して上昇していった。
「だから! あんたが箒かレインを見れば良いでしょ! 接近戦に特化した専用機持ちに、射撃特化型のセシリアが何を教えるってのよ!」
「対射撃型の練習は私が一番ですわ! 鈴さんこそ、がさつな戦い方が一夏さんにうつって変な癖でもついたらどうしますの!」
「が、がさ……!」
罵倒の応酬が始まりレインが呆れ始めるが、二人の昂ぶりは収まらない。レインは一夏達が来る前にこの不毛な話し合いが終わることを祈るだけだった。
しかし、レインの祈りが通じたのか二人の応酬は一夏達の到着より早く終結する。だがそれは、最悪の形であった。
「ふん。雑魚が集まっているな」
明らかな侮蔑の言葉を叩きつけながら、ラウラがその場に現れ空気を一変させる。今までは騒がしいだけだった空間に、張り詰めて緊張感と敵意がはっきりと表れたのだ。
「あ~ら、デジャビュですわね。どこかで見たような喧嘩の売り方をしてきた方がいますわよ、鈴さん」
「奇遇ね、セシリア。私もよ。誰かさんが喧嘩を売って来て偉そうなこと言ったわりに、あっさり撃退されたような気がするわ」
挑発で返す二人。レインは沈黙を守っている。直接的に関係がないので参戦するつもりがないのだ。
鈴とセシリアの挑発を受けてラウラはレインを睨みつけるが、当の本人が反応を示さないので二人に向かい鼻で笑う。
「他人の尻馬に乗らなければ挑発もできないのか? まあ、自力では勝負にならないのだから、仕方がないか」
「ドイツのジャガイモ娘は口だけは達者ですわね。軍隊では格闘技ではなく、悪口を身に付けられたのですか?」
セシリアが頬を歪めながらも、何とか口だけで済ませる。一夏との一件からも分かる通り、セシリアの堪忍袋の強度は一切当てにならないのだが、今回はしっかりと自制心を働かせている。
「そりゃあ? 不意打ちを二回も防がれちゃ~ね~? 恥ずかしくて訓練を積んだなんて言えないわ~よね~?」
自分でも勝てないであろうことをあげつらう鈴であった。そこには、プライドに賭けてそのことを指摘してはくないだろうという打算がある。しかし、今回のラウラは三人の想像を遥かに超えて強硬な態度に出た。
右肩部の大型リボルバーカノンを発射したのだ。八八ミリ口径の液体火薬とローレンツ力で加速した弾丸が、三人の間を走り抜ける。
全員が臨戦態勢に移行した。
「いきなり撃ってくるか…………」
そう呟いたレインの言葉を聞いて、漸く反応があったことに気を良くしたラウラは得意顔になっている。そして、当然ながらそれを見た鈴とセシリアの剣幕は凄いことになっていった。
「何? ドイツ軍は武力行使が信条なわけ?」
「野生動物でももう少し理性的ですわね」
だが、この二人を完全に格下扱いしているラウラにとってはどこ吹く風だ。寧ろ逆に鼻で笑って嘲笑する。
「あの程度挨拶だ。お前達も専用機持ちの代表候補生なら、あれぐらいで委縮することもなかろう。…………ああ、イギリスと中国のレベルがそこまで高くなかったということか」
純粋な挑発行為であることが分かっているが、二人の怒りの琴線に的確に触れる言葉だった。代表候補生になるために、二人共相応の努力と他者からの誹謗と戦って今の立場にいるのだ。唯でさえプライドの高い二人には十分すぎる。
それでも、二人は耐えた。これもまた、二人のプライド故にだ。
「うふふふ。ドイツに郵送するとしたらいくらぐらいかかるのでしょうか? ちょっと調べさせますね?」
「あら、セシリアは優しいのね。ジャガイモ畑に植えてあげれば故郷を思い出して勝手に帰るわよ」
火花を散らす三人を、レインは我関せずで見守っている。ラウラの挑発が気にならない訳ではなかったが、師の教えに反するような騒動に関わりたくはないのだ。
「ふん。お前達が私に勝つつもりか? カタログスペックにも達しない操縦で? 身の程を知らん奴らだ」
「へ~? よっぽどボコられたいんだ? 大したマゾっぷりね?」
「鈴さん、人の性癖に口を出すべきではありませんわ。生温かく見守ってあげるのも優しさですわよ」
完全にラウラ対鈴・セシリアコンビの様相を呈してきた中、それでも最後の一線は越えないという緊張状態が続く。この先は直接的な武力衝突しかなく、その結果はどうあっても不毛なものであることが鈴とセシリアの共通見解であったからだ。
しかし、その一線を踏み越えさせたのはやはりラウラだった。
「どこぞの種馬に尻を振る下品な売女らしい言葉だな。あの種馬に教わったのか?」
周囲の緊張が、完全な敵意とともすれば殺意ともいえる空気へと入れ換わった。相手を見下すような笑みを浮かべていた鈴とセシリアは、完全に相手を殲滅せんとする笑顔になり、レインですらその顔を歪めている。
「…………は? ああ、全力でボコって欲しい訳ね? 良いわよ、やってやろうじゃないの」
「…………いえ、鈴さん。それは私がやりますわ。このままではヨーロッパの恥を晒すことになってしまいますわ」
開戦を避ける手段はない。それは鈴とセシリアが本当に大切に思っている男子を、最低の言葉で侮辱したからだ。恋する乙女にとって自分への侮辱以上の発言は許容できるものではなかった。
だが、ラウラは更に二人の怒りをあおる。
「同時に来い。三対一でも相手にならん。量産機程度に無様を晒す奴らではな」
この一言が完全に鈴とセシリアの堪忍袋を両断した。
「ふふふふふふ、そう…………。泣いてごめんなさいと言わせてやるわ」
「絶対に許しませんわ」
それと同時に二人が動き始めた。
セシリアはビットを展開し、左右から同時に攻撃を仕掛ける。
その間、鈴が背後に回り込んだ。
「ふ……」
だがラウラは鼻で笑うと上空へと回避する。ビットの攻撃は外れるが、鈴は上空に向けて衝撃砲を放とうとする。
しかしラウラが手を翳した瞬間に衝撃砲が不能になった。
〝AIC《アクティブ・イナーシャル・キャンセラー》〟、慣性制御結界である。ISに標準装備されているPICを発展させたもので、第三世代特有のイメージ・インターフェイスを採用した兵器だ。これは使用者の任意の空間の慣性を零にすることで活動を停止させることができる。衝撃砲はもPICの応用で、空間に圧力を掛けたその反作用で衝撃を放つ兵器である。AICを作られるとそもそもの空間への圧力すら掛けられなくなってしまう。
三人のISは、それぞれIS学園に登録されていたこの情報を即座に伝えた。相性的には最悪であることを三人は理解する。
「レイン・カッシュ。お前は来ないのか? それとも逃げるか?」
今の攻防で自分の優位を確信したラウラがレインを挑発する。
「三人がかりなんてまねできるか」
「ふん。まあ、そんな量産機では相手にもならんか」
そう言ってラウラはレインから注意を外した。レインも邪魔にならないようにアリーナの隅へと移動する。そして、鈴とセシリアはラウラと同じ高さまで上昇してきた。
(私が注意を引くから――)
(私が狙い打ちますわ)
コア・ネットワークのプライベート回線で作戦を練る。鈴が前衛で隙を作り、後衛のセシリアが止めを刺すことにした。
コア・ネットワークとはISコア同士が繋いだデータ通信ネットワークである。元々宇宙空間での運用を想定して作られたISが、宇宙空間で相互的に位置情報等を共有するためのものだった。現在ではこうして無線代わりに使われることも多い。
鈴は双天我月を呼びだして、一気に距離を詰める。円を描くように旋回しながらの接近にセシリアはタイミングを合わせてスターライトmkⅢで狙い打つ。
曲線軌道と直線軌道が入り混じった。
だがラウラは、冷静にAICで鈴の体を空中に固定して狙撃を回避する。
しかし、それは鈴達の作戦通り。鈴の軌道に隠してビットが展開されていた。
ブルー・ティアーズのビットから放たれるBTレーザーを、AICの解除と同時に回避するラウラ。
鈴はそのラウラに斬りかかる。
ひっきりなしに続くビットとセシリア本体からの狙撃の中、プラズマ手刀でラウラは双天我月を受け止めた。
巧みなポジショニングで鈴を壁とし、一瞬援護射撃が止まったのを確認して、ラウラは至近距離からリボルバーカノンを発射する。
「くっ!」
攻撃を受け止められた一瞬の行動の停止時間に、至近距離から撃たれたため、鈴は必死で回避する。だが完全にはかわしきれず、肩アーマーが損傷してしまった。
反射的に衝撃砲で反撃しようとするが、AICで防がれてしまう。
「どうした? やはりこの程度か?」
ラウラは二人を尚も挑発する。この場で完膚なきまで叩き伏せるつもりだ。
それはフラストレーションが堪った故の八つ当たりもあったが、もう一つ、織斑一夏が戦いたくなるようにという意図があった。
「冗談! 勝負はこれからよ!」
「絶対に負けませんわ!」
戦意の衰えない鈴とセシリアではあったが、ラウラの目には二人はもう映っていない。ラウラは、二人の向こうの織斑一夏と、さらにその先の人物――織斑千冬しか見ていなかった。