「じゃあ、シャルロ――シャルル。セシリア達が先に行ってるから、俺達も行こうぜ」
危ねぇ……思わず本名を呼ぶところだった。昨日から頭の中で女の子ってのがインプットされてるから、シャルロットって言いそうになる。だが、他の生徒にばれるのは拙いんだよな。気をつけないと。
「そ、そうだね」
俺が思わず本名を呼びそうになったから、シャルロットも動揺してしまったようだ。
これは早急に対策が必要だな。しかし対策といっても今更俺のデフォルトをシャルルに戻すことはできないし、したくはない。友達を偽名で呼ぶことにはやっぱり違和感があるからだ。
「おー、いっちーはまた特訓?」
片付けをしてアリーナに行こうとする俺達に、クラスメイトののほほんさんが声を掛けてきた。後ろに谷本さんと四十院さんもいる。放課後女子会か何かだろうか。
「ああ。学年別トーナメントも近いからな」
「いっちーは真面目っ子だねぇ。ねぇでゅっちー?」
「でゅ、でゅっちー?」
話を振られたが突然さと謎の呼称に意表を突かれて、シャルロットは困惑している。早く慣れた方が良いぞ。のほほんさんのネーミングセンスは独特過ぎるからな。のほほんさんも、相手が自分の(勝手に)付けた渾名で驚くことに慣れているからか即座に解説を入れる。
「そうだよー。デュノアだから、でゅっちー。良い名前だよねー」
「そ、そうだね……」
おそらく今までの人生で付けられたことのない渾名にどう反応したら良いのか分からなくっているシャルロットを見て、俺も初めてのほほんさんと話したときを思い出した。ある意味誰よりも平等だよな、のほほんさんって。
そのとき、俺の頭の中にある妙案が浮かんだ。シャルロットが同意さえしてくれれば、もう俺がシャルロットの本名をうっかり呼んでしまうこともなくなるはずだ。冴えてるぞ、今日の俺!
「じゃー、これから乙女のだけのお食事会だからー」
そう言ってのほほんさんは長すぎて垂れ下がった袖を大きく振る。後ろの二人が呆れ顔で、いやクレープ食べに行くだけだからと言っているが、まあのほほんさんには意味がないよな。
そして教室を後にする三人を見送って、俺もシャルロットと教室を出ていくことにする。
「あれ? 一夏、こっちじゃないの?」
アリーナに向かう俺達だったが、俺は敢えて遠回りだが人の少ないルートを選んだ。シャルロットは怪訝な顔をしているが、俺が視線でついて来るように訴えると、黙って誘導に従ってくれた。俺達はいつも以心伝心だな。
校舎を出て周りに人がいないことを確認すると、俺が話すよりも先にシャルロットが聞いてきた。
「ねえ、一夏。その、何かあるの……?」
顔に朱色が差している。やっぱり二人きりだと男女ということを意識するんだろう。俺もちょっとドキドキしてるし。
「ああ、大事な話があるんだ」
「大事な、話……?」
俺の言葉で更に顔の赤みが増すシャルロットだった。あれだな、こういうのって伝染するらしい。特に意味はないけど相手の顔が赤いとこっちも恥ずかしくなってくる。
「その、シャルロットに頼みがあるんだ」
「た、頼み……? うん、いいよ……その、言ってみて?」
お互い相乗的に血が上ってきているのが分かる。う~、なんか恥ずかしいことを言ってるみたいなかんじだ。
特にそんなことはないはずなのに。
「あのな……」
「うん……」
一息挿む。深呼吸で心臓の鼓動をフラットにする。
そして――。
「渾名で呼んでいいか?」
「こちらこそよろしくお願いしま――――――――え?」
急に頭を下げるシャルロットだっとが、目を大きく見開いて首を不思議な角度で捻じって見上げてくる。女の子は首も柔らかいのか?
「………………渾名?」
不思議な角度のまま、シャルロットはそう問いかけてきた。
「ああ。ほら、今のままだと皆の前でうっかり本名を呼んじゃいそうになるからな。渾名で呼ぶようにすれば問題ない」
いざ口にすると、意外と冷静になっていく。やはり行動に移すことが大事なんだなあ。
「断られたらどうしようかと思ってたんだ。シャルロットはどんな渾名がいい?」
「……………………はは、は」
上体を戻すシャルロットは乾いた笑顔を張り付けていた。……俺は何か悪いことをしただろうか?
「……シャルロット?」
「はは……一夏って、やっぱりそういうキャラなんだ」
どういうキャラだ?
「でも、僕は渾名で呼ばれたこと…………あんまりないから、一夏決めてよ」
間があったのは〝でゅっちー〟を思い浮かべたからだろう。安心しろシャルロット。俺もいっちーは未だに違和感がある。
「と言ってもなぁ。俺も女の子を渾名で呼んだことなんてないからなぁ」
「え!」
首を捻って悩んでいると、シャルロットが驚いたような声を上げた。俺はその声に意識を引っ張られてシャルロットを見ると、さっきまでとは違い、俺の顔を食い入るように見ている。
「一夏って、女の子を渾名で呼ぶの初めてなの?」
「おお。そんなに女子と仲良くなることもなかったしな」
素直にありのままを話すと、シャルロットは「そっか……」とにやけていた。いったい何なんだろう。やっぱり異性の友達が少ないってのはフランスでは恥ずかしいことなのか?
「じゃ、じゃあやっぱり一夏が決めてよ!」
「そっか。そうだな~」
シャルロットの許可も出たので必死に考える。呼び易くて咄嗟に間違って呼んだりしなくて、しかも周りから不自然に思われない名前か……。シャルル……シャルロット……シャルル……シャルロット……シャルル……シャルロット……シャルル……シャル――。
「シャル…………はどうだ?」
これなら修正もあんまりいらないし、偽名からでも納得してもらえるよな。うん、我ながら良くできてるぞ。
「シャル……シャルかぁ……。ねぇ一夏、ちょっと呼んでみてよ」
「おう。シャル!」
何度か反芻した後、シャルが俺に頼んできたのでそれに答える。こうして使っても全く違和感がないな。これならいける。
「…………良い。良いよ、一夏!」
「お? 気に入ったか、シャル?」
「うん!」
好評のようでなによりだ。
「じゃあ、シャル。そろそろアリーナに行こうか」
「うん、そうだね!」
弾けんばかりの笑顔になったシャルに俺も満足する。今にもスキップをしそうだが、まあ別に悪い事じゃないよな。……本当にやられたら恥ずかしいけど。
「先に行ってるのはセシリアとレインだったよな?」
「あ、でも鈴も行くみたいだったよ?」
そうか、鈴も待ってるのか。じゃあ早くいかないと蹴られるな。
「どこのアリーナだったっけ?」
「それは――――」
「第三アリーナだ」
『!』
答えかけたシャルを遮った女の声。あまりにも突然過ぎるそれに驚き、おれとシャルは同時に後ろに振り返った。
そこにはポニーテールの幼馴染の姿があり、何故か仁王立ちをしている。
「なんだ、箒か」
正体が分かり安堵する俺の台詞に、箒は眉を逆立てた。
「なんだとはなんだ。お前たちこそ真直ぐにアリーナに向かわずに、こんな所で何をしていたんだ?」
「あ……あ~」
しまった! 何も思い浮かばないぞ!
だが窮する俺を助けてくれたのはシャルだった。
「ごめん。ちょっと学園の敷地内を歩いてみたくて僕が誘ったんだ。レインのこととかでドタバタしてたから」
「……そうか」
おお! 箒が納得したようだ。これで一安心だな。
箒はどこか不満顔だが、とりあえずこの場は済ませるらしく、黙って前を歩き始めた。無言だが着いて来いというオーラが凄まじい。
「……しかし、レインはあまり昨日の一件、引き摺ってなかったな」
話題を変える為か箒がそう言った。俺とシャルは箒と並んで、その件について話をする。
「俺としては助かってるぞ。まだ一本もとってないのにレインに抜けられると悔しい」
「む……それは私もだ」
謎の対抗心を箒は出してきた。まあこのままレインが特訓を止めたら、俺達負け犬同盟になっちまうからな。
「は~……」
何故シャルが溜息を吐く?
「目標が目の前にある。これ程目指しがいのあるものはないな」
箒はシャルの溜息には気付かなかったらしく、俺にそう話を続ける。ちょっと気にはなったが、一瞬のことですぐに元の表情に戻ったので、いったんシャルのことは置いておいて箒との話題を続けることにした。
「俺もだ。絶対レインに追いついてやる! …………今回の件で、レインは更に自己鍛錬に力を入れるだろうけど、な」
「…………ちゃんと人間の枠に収まって欲しいね」
シャル、それは言ってはいけない。根拠はないがそんな気がする。
そんなことを喋りながら歩いていると、第三アリーナに到着したので中に入ろうとするが、入口で止められる。なんでも、中で激しい摸擬戦が行われていて、危険なのでしばらく立ち入り禁止らしい。
どうしよう、超心当たりがある。
「セシリアと鈴だよな、たぶん」
「だろうな」
「あはははは……」
俺の推測に箒は完全同意をし、シャルは笑って誤魔化した。
「とりあえず、客席に回ろうか?」
提案してくれたシャルの言葉には一切反論する余地がなかったので、俺達三人は連れだって客席に行く。噂を聞きつけたのか、俺たちみたいにアリーナを利用しようとしたのかそこにはそこそこの人間が入っていた。
そして、フィールドで戦っていたのは鈴とセシリア……そしてラウラだった。
いったい何がどうなってラウラとあの二人が戦うことになったんだ?
「くっ!」
鈴が衝撃砲を放つ。
観客に聞こえるように拾われている声が、鈴の苦しさを伝えていた。
「ふん……」
ラウラが手をかざすと、衝撃砲が何故か発射されない。
しかしそれを分かっていたのか、既にセシリアのビットがラウラを包囲しようとしていた。
「…………ん?」
今、ラウラと目があったような……笑った?
挟撃するビットにラウラが今度は両手をかざすと、ビットが空中に縫い付けらたかのように停止した。
そして腰のワイヤーブレードが切断する。
どうしてセシリアはビットを二機しか使ってないんだ? ……もう破壊されているのか?
「ああ、もう相性悪過ぎ!」
衝撃砲を封じられた鈴が双天我月で斬りかかる。
そしてそれをラウラはプラズマ手刀で捌いた。
同時に肩のワイヤーブレードが鈴に絡みつく。
気付いて距離をとる鈴を、大口径リボルバーカノンでラウラが狙い撃った。
「させませんわ!」
鈴を助けるべくセシリアがラウラにスターライトmkⅢで狙撃を行おうとした。
だがラウラは、射撃攻撃を受けて一瞬動きが止まった鈴をワイヤーブレードで砲丸投げのようにセシリアに投げつける。
かわせずぶつかった二人は、揉み合うように地面を転がった。
「ここまでだな」
倒れた二人を見下すように、ラウラは大口径リボルバーカノンを構えて近寄る。
「それは……どうですかね!」
近寄るラウラにセシリアはミサイルを発射した。あれは俺もやられた戦法だ。
「……あんたも危ない女よね。至近距離でミサイルなんて」
「苦情は後ほど。いくらなんでも……」
起き上がりながら悪態を吐く鈴に軽口で返しながらセシリアも立とうとする。
しかし――。
「やはりこの程度か」
ミサイルの爆煙を切り裂いて四本のワイヤーブレードが襲いかかる。
そして絶対防御を発動しないように装甲のみを破壊しつくした。
武装がなくなって手も足も出なくなった二人。試合はここで終了のはずだ。
だがラウラは攻撃の手を緩めなかった。
ISの絶対防御は命を守ってくれるが、怪我はシールドバリアの分しか保証してくれない。
ラウラの蹴りで二人が苦しみながら大地を転がった。
「やっぱり!」
三度ラウラと目が合う。間違いない。あいつは俺を挑発している。その為に二人をいたぶるつもりだ。
動けない鈴とセシリアにワイヤーブレードを向ける。
これ以上は摸擬の域を超えるぞ!
「…………!」
そのとき、一太刀の刀がラウラに向かって飛翔した。
刀はラウラが手を翳すことで空中に制止、ラウラはそれを掴み取る。
「……何のつもりだ?」
問いかけるラウラの視線の先には、いつからいたのか打鉄を装備したレインが立っていた。
「ファイトはそこまでだろう? 次の相手は私のはずだ」
「ほう……?」
ラウラはレインに刀を投げ返す。レインは飛行する刀の柄を当り前のように握って掴み取った。
「そんな量産機でか? 身の程知らずだな」
「…………さて、な」
挑発をするラウラは、恐らく俺との戦いの前哨戦、もしくは俺が向かってくるように仲間をいたぶるつもりだろう。そして、レインがそれに気付いていないわけがない。あいつは俺以上に、戦いに関しては敏感だ。
「ちょっと………………まだ、終わってませんわよ………………」
息も絶え絶えといった風にセシリアが体を起こす。後衛に徹したが故に鈴よりもダメージが少なかったんだろう。
「セシリア、ここからは私のファイトだ。鈴を連れて下がっていろ」
視線をラウラから外すことなくレインが告げる。セシリアは酷く悔しそうな顔をした。あいつのプライドの高さは良く分かっている。この敗北を認めたくはないだろう。
だが、丸腰になった自分と気を失った鈴を見ても、無謀な強がりを言うことはなかった。鈴を担ぎあげるとアリーナの端へと移動していく。
「行くぞ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前にファイトを申し込む」
人差し指を突き付けてレインがそう宣言した。
「ファイトだと? これから始まるのは一方的な殲滅戦だ……」
しかしラウラはどこまでもレインを見下す発言を繰り返す。
そのラウラに、レインはしっかりと戦いを始めるサインを示した。
「レディ」
レインが腰を落とし、構えを取る。
「ゴォオオオオ!」
ラウラとレインの戦いの火蓋が、切って落とされた。