「納得いきませんわ!」
机を叩き勢いよく立ちあがるこのクラスメイトは『セシリア・オルコット』。金髪ロン毛の所謂お嬢様、な感じの風体をした少女だ。何でも、イギリスの代表候補生としてこの学園に入学してきたらしい。入学試験で唯一教官を実技の際に倒したとか自慢していた。でも、俺も倒したから本当に唯一かは怪しいけどな。まぁ、俺の場合教官の自滅(回避したら壁に激突)だった訳だから、正しく倒したかと言われると微妙なんだけど。
「クラス代表は実力で選ばれるべきです!」
セシリアの怒声は止まることを知らない。クラス代表、学級委員長的な役職(たぶん)を決める際、千冬姉が自薦他薦を問わないとしたせいで、俺の事を推挙した奴がいたのだ。正直冗談じゃない。そんな面倒くさそうなこと絶対にやりたくない。
ということで頑張れ、セシリア!
「物珍しさで代表を選ぶなんて信じられませんわ! そういうのは動物園の人気動物ランキングとかでやってください!」
そうだそうだ! ……あれ? 微妙に俺が人間扱いされなくなってる?
しかしプライドの高い女だなぁ。
「こんな世界の最果ての島国くんだりまで来たのは珍獣を見るためではありませんのよ!」
あ、こいつ人のこと珍獣って明言しやがった。何だよ、偉そうに。大体祖国のイギリスだって島国じゃんか。
溜まっていく俺の鬱屈した感情なんか気付くはずもなく、セシリアは調子に乗ってきたのかクラス代表に関係ない自分語りまで始めていく。
「だいたい、私がこんな未開の島国で暮らさなければならないというだけで苦痛だというのに――」
あ……。今のはカッチーンと来ましたよ。だったら帰れよと是非言いたい。日本に文句があるんなら祖国へどうぞお帰り下さい、だ。
「……イギリスがそんな大した国かよ。飯の不味い国ランキングで何冠した?」
思わず、本心の一部を口に出していた。まぁ小さい声だったし、これも一種のストレス解消ってやつだ。やっぱり精神的な負担が大きすぎるのは良くないからな。
「それはどういう意味ですの!」
うおっ聞こえてた!
デビルイヤーを発動したセシリアが、その剣幕を俺に向けてきた。もうこうなったら俺も我慢する必要はないな。正直ムカついてるし。
俺もセシリアに負けじと立ち上がった。
「そのままの意味だよ! フィッシュ&チップスがお国自慢だなんてな!」
「な、な、な!」
怒りのあまり絶句してしまったセシリアを、俺は全力で睨みつける。喧嘩の基本は精神的に相手の優位に立つことだ。少しでも退く所を見せてはいけない。
「……………………決闘ですわ」
震えるほど拳を握りしめ、セシリアは静かに宣言した。
「私の祖国を侮辱して! 決闘を申し込みますわ!」
「ああ! 受けてやる!」
ほら、手袋を投げつけて来いよ! ……あれはイタリアだったか?
「良い度胸ですわ。それに免じて、ハンデを付けてあげてもよろしいですわよ?」
「いるか! 正々堂々と対等に勝負だ!」
余裕の笑みを受けべ俺を見下すセシリアに、はっきりと言いきってやった。こう、指まで突きつけて!
「え~、それは無理だよ織斑君」
「大人しくハンデ貰っときなよ」
口々に俺の宣言を否定するクラスメイト達にも、俺は少し苛立った。
「男が女にハンデなんて貰えるか!」
『え…………あははははははははは!』
一瞬の沈黙の後、クラスが爆笑の渦に包まれた。俺はそこまで恥ずかしいことを言っただろうか?
確かに現在、女性しか扱えないISという超兵器の存在で女の優位が決まってしまっている。仮に男女間で戦争が起これば、男は三時間もたないという者までいるくらいだ。
でも俺はどんなに不利であろうと、男として女相手に喧嘩でハンデを貰うなんてできない。
「……ハンデはいらない!」
俺ははっきりと宣言した。
「よし、話は決まったな。では一週間後の月曜日、放課後第三アリーナで織斑とオルコットのクラス代表決定戦を行う。以上」
教壇の千冬姉はそう言ってこの話を終了させた。当然異議を唱える者も唱えられる者もおらず、この話し合いは終了。まだ授業は終わってはいないが、自習を告げて千冬姉は教室を後にした。
セシリアは優雅に席に着くと、既に激昂は収まっているらしく、こちらを嘲笑するように一瞥して目を逸らした。
「面白いことになったな」
背後から声をかけられ驚いて振り向くと、そこには昼見た特徴的な深紅の鉢巻をしたレインが立っていた。
「面白いって何だよ?」
俺は溜息をつきながら席に着く。レインは今度は俺の正面へと移動してきた。
「あそこまでの啖呵を切る奴は久しぶりだった。少し、見直したよ」
「え?」
興味ないとか言っていたのに? そう思ってマジマジと顔を見つめてしまう。するとレインは頬を赤く染め、目を逸らした。
「少しだけだ。私も女の優位なんて風潮は嫌いだから」
「女、なのに?」
「関係ないだろ。ISの強さを背景に偉ぶれるのはISを使える奴だけだ。女なら誰かれ構わず強い訳じゃない」
正論だ。というか寧ろ、本人が武闘家を名乗る以上、自分で手に入れた力以外認めたくないのかもしれない。威を借る狐は虎から見れば無様なんだろう。
「後はお前が一泡吹かせればいい」
「そう簡単にはいかないぞ」
俺の肩を叩くレインの言葉を遮ったのは箒だった。
「箒?」
「代表候補生とは、文字通り国家の代表の候補という事だ。専用機を持ち、搭乗時間も数十時間、もしかしたらそれ以上かもしれん」
それは拙い。俺は今になってセシリアと俺の間に在る差を理解し始めた。今日の授業でやったことだが、ISの中枢であるISコアは搭乗者の機動その他の情報を収集し成長する代物であるらしい。だから搭乗者の技量もそうだが、IS自体も搭乗時間がそのまま能力の差に繋がると山田先生は言っていた。
まさか予習不足をこんな形で味わうとは……。
「ちなみに、お前はどれくらい乗っているんだ?」
「入試の一回きりだよ……」
レインの追いうちに俺は重い声で答えることしかできなかった。どうすんだよ、マジで……。
いや、でもまだ一週間ある。それだけあれば最低でも基礎を身に付けられるはずだ。まともに動かせればまだなんとかなるかもしれない。
レイン……は駄目だ。ISに興味ないと言っていた。
「箒、俺にISの使い方を教えてくれ!」
俺は机に額をぶつける様に頭を下げた。この学園で知り合いって言ったら、もう目の前の二人くらいしかいないんだ。だったら是が非でも箒に習うしかない!
「むぅ……しかし私は……」
「なあ頼むよ箒! お前しかもう頼れないんだ!」
「わ、私だけか?」
「ああ!」
お、ちょっと目尻が下がった。これはいけるか? そう思って追い打ちをかけようとした俺を、廊下からの声が遮った。
「織斑く~ん、ちょっといいですか~?」
こののんびりした声は……。
「山田真耶……」
レインが言った通り、教室の入り口で山田先生が手を振っていた。どうやら俺に用事らしい。しかしレイン、先生を呼び捨ては問題あると思うぞ。目上の人には敬意を払おう。
「何でしょう?」
俺は二人をその場に残して廊下へと出る。そこでは山田先生がニコニコ笑いながら数枚の用紙を渡してきた。
「来週まで練習することもあるかもしれないから、それに必要事項を記載して提出して下さいね」
「これは?」
「教習用ISの利用申請と、アリーナの利用申請、武装の使用許可申請に使用後の消耗品の報告書類です。これらを、ISでの練習をする都度提出する必要があるんですよ」
「げ……」
面倒臭い。一週間毎日これを書かなきゃならないのか……。利用目的とか希望とか欄が滅茶苦茶多いぞこれ。
「あと、今日から織斑君が暮らす寮についても説明しますね」
「あれ、俺入寮できるんですか?」
全寮制のIS学園ではあったが、当然ISが女性しか動かせない以上女子高の体を成していて、寮も女子寮だ。つまり男の俺が使うようには設備を規則も整えられていなかった。俺もだからしばらくは自宅通学を通達されていたんだが……。
「それが――」
山田先生は声を潜めて口に手を添えると俺に耳打ちをしてきた。吐息が耳にかかってちょっとドキドキ。
「政府から入寮を優先するようにと通達が来てしまったんです」
まぁ納得できる話だった。世界で唯一人ISを起動できる男となってからしばらくはマスコミは押しかけてくるわ、どっかの研究所は俺を対象にした研究がしたいと言ってくるわで恐ろしいほど注目が集まっていたからな。保護を最優先にしたとしても不思議ではない。
「話は分かりましたが、でも荷物はどうしましょうか?」
「それは織斑先生が用意してくれるらしいので、大丈夫だと思いますよ」
全然大丈夫じゃない気がします。学校では確かに凛々しかったけど、家では案外だらしないんです姉は。俺が寮に入ったらちゃんと家事するのか心配で仕様がない。
とはいえ、俺にノーを言える権限がないことも火を見るより明らかだった。
「……分かりました」
そう頷くしかない。
「良かった! じゃぁ寮の部屋は一〇二五号室になります。諸注意ですけど、食事は一年生用の食堂を利用して下さい。大浴場と部屋に備え付けのシャワーがありますが、大浴場は使用できないので我慢して」
なんと。風呂好きとしてシャワーだけとは辛い。折角なんだからこのIS学園の大浴場も満喫しておきたかったのに。
「あぁそんな残念そうな顔しないで下さい! 女生徒とトラブルが起きるかもしれないので、という配慮なんです!」
しまった、顔に出ていたらしい。山田先生が慌てて手をバタつかせながらフォローしてくれる。でも、確かに何らかの事故でバッティングしたりしたら問題になるかもしれない。ここは我慢するしかないか、はぁ~。
「……ありがとうございます」
「え! あ! いえいえ、どういたしまして! それでこれが――」
再び渡される紙の束。なにこれ?
「入寮の際の同意書と、細かい寮の規則に関しての冊子です。どうせ読んでないだろうから渡しておけって織斑先生が」
見切られていた。さすが我が姉。どうせしばらく自宅通いと高をくくって目を通してなんかいなかったぜ。しかし何だよこの厚さ、また電話帳……。
「えっと、お話は以上でしょうか?」
「はい。じゃぁクラス代表決定戦に向けて頑張ってください!」
「……ありがとうございます」
何だか山田先生の小さなガッツポーズに活力を吸い取られたような気がした。どうやら俺には眼鏡萌属性はないらしい。
「なんだったのだ?」
山田先生から受け取った紙を持って席に戻ると、箒が一番に口を開いた。レインはあまり興味ないんだろうが、こんな電話帳みたいな紙渡されていたら気にもなるよな。
「ああ、入寮が急に決まってさ。それで規則関係の冊子。それと放課後の特訓用に必要な提出書類一式」
俺の手からIS関係の書類を取っていって、箒はじっくりと目を通し始めた。寮の冊子は箒は当然読んでいるはずだから興味がないのは当然か。
「しかし一夏。お前はどれくらいISに乗っているんだ?」
「あ~~二十分くらい、かな?」
レインの問いに、入試の時のことを思い返して答える。壁に激突した教官のISが脳裏をかすめて思考の邪魔になった。
「む……」
顎に指を添えて、レインが何かしら黙考を始めた。俺が勝つための策でも考えてくれているんだろうか? とりあえず、ISをちゃんと動かせるように必要はあるんだから、今日から放課後は、ISの特訓の時間か。そう考えると、通学時間を考慮しなくていい入寮はありがたいな。
「あ……!」
そんな風に考え事していたが、箒の声で自分も思考に没頭していたことに気がついた。思わず視線を向けた先には、箒から書類を受け取ったレインの姿が。いや、箒が思わず声を上げてしまっていたことから、奪い取ったのかもしれない。
「おい、どうし――」
――た、と言おうとして、その言葉は封殺された。
「………………」
ビリビリという音が辺りに響く。
レインが書類を破っていた。
俺の思考は完全にフリーズ。箒も恐らくそうだろう。黙ったままレインを見つめる。
「ふん」
細かい紙片が投げ捨てられ、紙吹雪になっていた。