IS武闘伝   作:Crank

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特訓の一夏 鍛えよ勝つために!Ⅱ

 教室へと到着し扉を開けようとすると、中から怒声が響いていた。十分考えられる事態だった分、驚きはないがどうやって終息させるかを考えると頭が痛くなる。

 

「断固抗議ですわ!」

「本当よ!」

 

 ちょっとだけドアを開けて隙間から覗く。教室の真ん中では握り拳を作ってセシリアと鈴が仁王立ちしているのが見えた。なかなかハイテンションな二人に、俺は入室することに対して二の足を踏んだ。

 とは言え、いつまでもこうやって廊下から中を窺っているだけじゃ遅刻になってしまう。俺は一度深く息を吸い込んで肺を新鮮な空気で満たし全身に酸素を送る。体中の細胞一つ一つのミトコンドリアが酸素を利用してエネルギーを活発に作り出すような気がした。

 よし! 覚悟完了!

 

「おは――」

「一夏!」

「どぁああああああ!」

 

 ノ、ノート?

 ドアを開けた瞬間怒声とともに飛来した物を確認した。とっさに頭を傾けることで回避したが、回転して威力、速度共に十分なノートは直撃すれば相当痛かっただろう。

 バシンッと強烈な音を立ててノートが廊下の壁にぶつかった。うう、爽やかな朝の挨拶すらする余裕がないらしい。

 

「危ないだろ、鈴」

「それどころじゃありませんわ!」

 

 冷静な俺のつっこみはセシリアにかき消されてしまった。セシリアと鈴の表情は憤怒の色に染まりきっている。こうなるんじゃないかと思ってたんだ……、黛先輩……。

 

「ぬぁにが〝一年最強〟よ!」

 

 噛みつかんばかりの勢いで鈴が迫ってくる。目が血走っているぞ。

 

「そうですわ! 代表候補生の私と戦う前に勝手に最強を名乗られては困ります!」

 

 セシリアも同様だ。こりゃレインが教室に来たらいきなり勝負を吹っかけかねないぞ。

 どうしたものか。そう悩んでいる俺に助け船を出したのは、意外なことに箒だった。

 

「お前達はラウラに負けた。そのラウラにレインは勝ったのだから当然の評価だろう」

 

 箒は珍しく、俺以外の人間を強く否定した。普段は俺がいろいろ言われる側だから、何か新鮮。

 

「あ、あれは相性が悪かっただけですわ……」

 

 語尾が弱弱しくなるのも仕方がないだろう。セシリアは若干伏し目がちになりながら反論をしてきた。しかし、鈴の語気には一切変化がない。むしろ声を荒げ気味で箒に向かいまっすぐ睨みつけている。

 

「そうよ! レインや一夏相手なら絶対負けないんだから!」

 

 そこで俺を引き合いに出すか? そりゃ、俺はまだ正面切ってやりあったら鈴には勝てないだろうけどさ。

 

「ではここで吼える前にやるべきことがあるだろう」

 

 不満ながらも俺は納得するが、箒はそうではなかった。実際に勝利してから言えとばかりに断じる。

 

「分かってるわよ! 学年別トーナメントを見てなさい!」

 

 箒の指摘が的を射ていたからか、それとも代表候補生のプライドが勝ったからか、鈴はそれ以上の反論はしなかった。ただ甲龍の待機状態である黒いブレスレットを撫でるだけで悔しがるように歯を食いしばっている。

 俺はその様子に違和感を覚えた。

 

「甲龍、どうかしたのか?」

 

 思わずそう問いかけると、鈴はブレスレットを隠すように背を向ける。何かあったことは間違ないが、それは追及を嫌がる仕草だった。昔から鈴は嫌なことは死んでもやらない性質だったから、今ここで無理に聞き出そうとしても駄目だろう。後でこっそり聞きだすしかない。

 俺は幾分か冷静になったセシリアの方に話を振ることにした。だがセシリアの方も左耳のイヤーカフスに触れている。ブルー・ティアーズにも何かあったのだろうか?

 

「セシリア?」

「な、何ですか、一夏さん?」

 

 慌てて誤魔化すように聞き返すセシリア。俺はどうするべきか判断に迷った。深く踏み込むべきか否か。だがどちらにせよ、この場で、衆人環視の中では二人の本音は聞き出せないだろう。俺は一旦その話題を置いておくことにした。放課後までには結論を出さないとな。

 

「俺がラウラに学年別トーナメントで勝つには、どうすれば良いと思う?」

「一夏さんが、ラウラさんに?」

 

 セシリアが考え込む。しかし答えを導き出す前に、はっきりと返答を返した者がいた。

 

「いや無理でしょ」

 

 目を細めて、こいつ何言ってんのとばかりに肩を竦めるジェスチャーまで付いていた。割り込まれた形でムッとした表情を浮かべるが、セシリアも結局は頷いて鈴に同意する。

 

「確かに。少なくともあのAICを攻略しなければ勝負にもなりませんわ」

 

 やっぱりそこに行きつくか。実は俺も、レインと別れてから教室に着くまで脳内で何度かシミュレーションをしてみたのだが、どうやってもAICで空中に固定されてからのタコ殴りしか想像できなかったのだ。近接ブレード一本で、あの不可視の力場をどうにかできるのか?

 

「しかし、レインには通じなかった。そこにヒントがあるかもしれんではないか」

 

 そう箒が提案する。勿論、レインは完璧にAICを攻略していた。それは事実だ。しかし…………。

 

「あの方の戦闘が参考になるとは思えませんわ」

「人外に足突っ込んでるからねぇ」

 

 イギリス、中国の代表候補生が一蹴した。そこまで悪くは言わないが、参考にならない点には俺も賛同する。戦闘中に相手の瞳孔の様子とか見れないからな。

 

「そうやって最初からレインを特別視する」

 

 だが、箒はそれに不満があるらしい。まるで睨みつけるように俺達を見て言葉を続ける。

 

「私は必ず――」

「おはよう――ってあれ? ごめん、話し中だった?」

「いや、大丈夫。おはようシャル――」

 

 箒の発言を遮る形でシャルが教室に入ってきた、あまりに予想外の人間を引き連れて。

 

「ラウラ……」

 

 シャルが伴ったのはラウラだった。包帯みたいな物は少なくとも見えるところにはないため、見た目には何もなかったかのようだ。

 

「………………」

 

 転校初日と同じように、冷たい目で無言のままラウラは俺に視線を送っている。俺も昨日のモドキのことが心に引っ掛かり、思わず睨み返してしまった。

 

「えっと、たまたまそこで一緒になっちゃって」

 

 俺とラウラを見比べながら、シャルが事情を説明する。別にシャルに非があるわけではないのだが、場の空気が悪くなったことに責任を感じてしまったのだろうか。まあ、セシリアも鈴も箒もシャルに向かって〝空気読め〟と言いたげな顔をしているから仕方ないのかもしれない。

 でも、シャルは悪くないだろ。

 

「良いんだ、シャル」

 

 だから俺はそう言った。すると、どこか申し訳なさそうな表情の中にもシャルは安堵の色を浮かべた。

 俺が放つ空気が和んだからか、セシリアがいつもの調子を取り戻してラウラに挑発的な言葉を投げる。

 

「昨日は散々だったようですわね」

 

 自分のことの棚上げぷりが凄いな。昨日の件はセシリアも相当腹に据え兼ねていたらしい。あれだけ一方的にやられれば仕方ないのかもしれないが、それにしてもちょっとやりすぎじゃないか?

 

「セシリア、言い過ぎだよ」

 

 シャルもそっと窘めている。

 しかしラウラはセシリアを見向きもしない。ただ黙ってまっすぐに俺を見ていた。いや……。俺を通して何かを見つめているように感じる。

 いったい何を……。

 

「…………織斑一夏」

 

 そう俺の名を呼び掛けるラウラに、黙って頷くことで返事をする。今までの敵意の籠った声とは違いこちらの方が戸惑ってしまった。

 

「…………何だよ」

 

 まっすぐな呼び掛けに、俺は意図を読み切れず憮然とした返事をしてしまう。だがラウラは俺の態度なんか気にも留めてないのか表情に一切変化はない。仲良くなろうとしている……わけではないらしい。

 

「学年別トーナメント、私が必ず勝つ」

 

 ラウラの口から出た内容に驚かされる。昨日までの自分の優位と勝利を確信していたラウラでは絶対に出ない言葉だった。その真剣な眼差しから、それが挑発や侮蔑ではなく、純粋な宣言であることが分かる。だからセシリアや鈴も茶化すことなく黙っているのだろう。

 居住まいを正して、俺は真っすぐにラウラを見つめ返した。左目は眼帯で見えないが、その赤い右目は紅玉を想起させる美しさがある。もしかしたら、これがラウラの素ではないかと思う。

 目にはその人物の全てが映る。俺が千冬姉から学んだことの一つだ。だから自分を知られたくない人間は目を逸らすのだという。

 

「望むところだ。俺だって負けるつもりはない!」

 

 はっきりと言い返した。今のままでは勝ち目は薄いのかもしれないが、俺だって自分の正しさと意地を見せつけてやらなきゃ気が済まない。

 その言葉に納得したのか、ラウラは俺達に背を向けて自分の席に着席した。教室中の誰もがその姿を目で追っている。修羅場になると思われたのだろうか。

 ラウラが座ったことで場の空気が変わり、一気に緊張感が霧散する。だが、俺はまだラウラから目を逸らすことができなかった。同年代の女子と比べても小柄な少女が繰り広げた戦い。それがいったいどんな心境の変化となって現れたのか、俺には推測することも難しいと思う。昔から女心は理解できないんだ。

 

「一夏」

 

 人の名を呼んだというのに、箒は俺の方を見ていなかった。その視線を俺と同じ方向、ラウラへと向けている。

 

「負けられないな」

「…………ああ」

 

 箒の言葉に静かに頷く。入学して以来レインの修業を共に受けていた俺と箒は、武道に携わる人間としての純度が上がっているような気がする。入学したての俺だったら、たぶんこんな気持ちにはならなかったと思う。

 自分の心を示すために戦おうなんて。

 

「私も、必ず勝ってみせる」

 

 誰に、と箒は言わなかった。しかしその相手が誰かははっきりとしている。たぶんセシリアや鈴、シャルでさえ分からないだろうが、ある種同胞と化している俺には理解できた。

 箒、いつか必ず勝とうな。今はまだ弱すぎる俺たちかもしれない。でも絶対に、一歩ずつでも、ゆっくりでも、それでも強くなって倒してみせよう。

 レイン・カッシュを。

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