練習が終わりアリーナの更衣室でさっさと制服に着替えてシャルに声をかける。シャルが女子だと分かってからはこういったことにも気を使う必要が出てきたのだ。周囲には同性と思っているから一緒に更衣室に入らざるを得ないから、シャルが目を閉じている間に俺が着替えて更衣室を出るようにすることで落ち着いた。
「おし、終わったぞシャル」
「う、うん…………」
両手で顔を覆っていたシャルが恐る恐る目を開ける。ほのかに顔に赤みが差しているのは気のせいじゃないと思う。俺も見てないとはいえ女子の前で服を脱ぐことに恥ずかしさを感じているのだから。
「じゃあ外で待ってるぞ」
「べ、別に中で待っててくれても――も、勿論目を閉じててくれるなら!」
「いや、そういう訳にもいかないだろ」
俺のことを気遣ってくれるシャルの優しさはありがたいが、それに甘えてシャルを恥ずかしめるようなことはできない。男の俺でさえ羞恥心を感じたんだ。女の子が平気な訳がないだろう。
扉を開けて外に出ると更衣室の前に人混みができていた。押し合いながら女生徒達が大勢集まって騒いでいる。二人しか使用者のいない男子更衣室の前に人だかりができる理由が分からずに俺は困惑した。
だが女子生徒達は逆に俺の姿を見て興奮の度合いを更に増していく。戸惑い立ち尽くす俺に向かって津波のように押し寄せてくる女子生徒達の姿は恐怖という感情を呼び起こすに足るものだった。
「ねぇねぇ織斑君! 今度の学年別トーナメント、私と出よう!」
「ちょっと! 私と出た方良いに決まってるでしょ!」
「デュノア君! デュノア君は何処!」
口々に好き勝手なことを叫んでいて収集が付かない――て、待て待て。何だ、一緒に出ようって? 学年別トーナメントは個人戦でチームを作ったりすることはないはずだけど?
そのとき俺は、彼女達が皆同じ紙を手にしていることに気が付いた。色といい大きさといい、間違いなく新聞部が発行している印刷物で間違いない。入学当初にインタビューの礼という名目で黛さんから束で渡されたのだ。窓を拭くときに有効活用させてもらったが。
「ちょっと見せて!」
引っ手繰るようにして新聞を借りるとその一面に書かれた学年別トーナメントのニュースを見つけた。そう言えば黛さんが夕刊を出すと言っていたな。普段は発行していないのにわざわざ作ったのはこれが理由か。そこには学年別トーナメントのルールが変更され、タッグマッチ方式が取られることが綴られていた。
「織斑君、私とタッグ組んでくれるよね!」
「私とだよね!」
「デュノア君! デュノア君!」
俺が事態を認識したと判断した瞬間に皆が一斉に攻勢をかけてきた。そりゃあ俺は学年で唯一(対外的には唯二人)の男子生徒だから男子と組みたいという気持ちは分からないでも泣けど、かといって良く知らない人とタッグは組めない。ラウラとそこで戦うつもりなんだから。
「ちょっと待って!」
必死に押しとどめるが女子達の圧力があまりに強く圧倒されっぱなしで収拾がつきそうにない。逃亡することも視野に入れるが背後のドアしか逃げ場はなくて、そこに潜り込んだとしても根本的な状況の解決には繋がっていない。
冷や汗が滝のように流れる。俺の脳はこんなときの解決方法を提示してはくれなかった。
「一夏、お待たせ」
そのとき背後の扉が開きシャルが姿を現す。その顔に少し不思議そうな色を浮かべているということは外の騒ぎを聞いていたのだろう。俺が女生徒に取り囲まれている様子にギョッとしていた。
「シャル! 良い所に!」
「い、一夏?」
咄嗟に手首を掴んで傍に引き寄せる。俺の突然の行動に困惑したシャルは為すがまま俺の胸元へと飛び込んできた。女子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐるが、極めて冷静にその事実をなかったことにする。対外的にはシャルは男なのだ。
「お、俺はシャルとタッグを組もうと思ってるんだ!」
「え? え?」
突然の俺の告白に慌てた様子だったのでこっそりと事態を耳打ちする。
「――――学年別トーナメントがタッグマッチになったらしい」
「――――それで」
たった一言で状況をしっかりと把握してくれたようだ。この頭の回転の速さもシャルの武器の一つだな。
「えっと、僕も一夏と組むつもりだったから」
俺の苦し紛れの台詞にもきっちりと合わせてくれたので女子達は誰も疑う素振りは見られない。むしろ「まあ他の子よりは……」とか「一夏×シャルル……ありね」とかそんな言葉を呟きながら自然と解散の空気になる。
一人また一人とその場を離れていき、俺とシャルの二人だけになったことで漸く一息吐くことができた。
「悪いなシャル。何か勝手にパートナーにしちゃって」
「う、ううん! そんな全然良いよ、気にしないで! どっちかって言うとその、嬉しいから! えへへ……パートナー……」
頭を下げる俺にシャルは優しくしてくれる。頬を染めながら微笑むその笑顔に俺は安心した。どうやら本当に嫌がっている訳ではないらしい。
世の中の全員がシャルみたいな人間なら戦争なんて起きないような気さえする。
「一夏ぁあああああああああああああああああ!」
だがそんな俺の感傷も凄絶な叫び声を足音が打ち砕く。
この声は……箒か……。
「どういうことだ、一夏!」
「ろ、廊下を走ると千冬姉に怒られるぜ?」
「そんなことはどうでもいい! それよりもどういうことだ!」
おう、えきさいてぃんぐ…………。
目を吊り上げた箒はかなり興奮しているらしい。
「どういうって……何がだ?」
「惚けるな! 〝タッグ〟パートナーとしてシャルルを選んだことだ!」
何という早耳。剣道少女なんて古風なところがあるから世相に疎い方だと思ってたのに。というか今タッグを強調していたような。
「もしかして俺とタッグを組もうとしてくれてたのか?」
「な……! そ、そのまあなんだ……幼馴染だからな! 一緒に特訓もしてるし、他の奴よりはやり易いかなと思って……そ、それだけだからな!」
入学初日のいざこざが嘘みたいだ。幼馴染がこうして一緒に何かをしようと誘ってくれたことに俺は望外な喜びを感じる。俺は友達に恵まれたなあ。
「ありがとう、箒。凄え嬉しい」
「一夏……」
「でも、もうシャルと組む約束しちゃったから。悪い」
「………………!」
瞬間、箒の怒気が一気に膨れ上がった。しかしその視線は俺ではなく後ろで待っているシャルに向けられている。じっと見詰められたシャルは引き攣った笑みを浮かべながら冷や汗を一筋流していた。
「……………………はぁああああああああ」
そして深く溜息を吐くと箒はその怒りを鎮めていく。呼吸と同時に圧迫感がみるみると消えて最終的には綺麗さっぱりと無くなっていた。
「まあ…………シャルルなら良いだろう」
「おう……」
何だ、この彼氏を紹介した娘と父みたいな会話。相手によっては、お父さんは許しませんよとか言われたのか?
「じゃあ飯でも食いに行こうぜ」
話は終わったようなので俺から食事を切り出す。変なプレッシャーに包まれていたせいか疲労感がいつもより大きい。これはさっさとシャワーを浴びて寝るべきだな。
「良いだろう」
「そうだね」
箒とシャルがそれぞれの言葉で賛同して歩き始めた。箒の言い回しってどこかこう女子高生らしくないよな。そんなこと言ったら怒るのが目に見えているから黙っておくが……。
「………………今、何か失礼なことを考えなかったか?」
「いいえ!」
鋭い。
箒の目が俺の顔色を探るように細められた。自然と目線を逸らして誤魔化すが、どこまで押し通せるのやら。こんな状況になったときは大体ばれるんだよな、俺。
「ちょっと一夏ぁあああああああああ!」
「一夏さぁあああああああああん!」
廊下に響く二つの呼び声が箒の注意を奪っていった。ナイスタイミング!
声の主に俺も視線を移すとこちらに駆けてくる鈴とセシリアの姿があった。…………デジャビュ?
「どういうことよ、一夏!」
「どういうことですの、一夏さん!」
「ど、どうって何が……? ていうか廊下を走ったらまた千冬姉に――」
『そんなことはどうでもいい!』
何て迫力だ。箒一人でも結構な威圧感だったのにそれがデュオになると二倍じゃない、二乗されてやがる。
『タッグパートナーは――』
「シャルと組んだ!」
恐怖に負けて喰い気味に俺は叫んでいた。きっとライオンに相対してら誰だってこんな風になる。少なくとも俺はそうだと断言できる。
「シャル……」
「ルさん……」
毒気を抜かれたように二人は呆然と俺の顔を眺め、シャルに視線を向けると苦笑いをするシャルからお互いの目を見つめ合い、一つ頷いて何かを確認し、
『なら……まあ……』
と揃えたかのように呟いて姿勢を正した。
「全く! 男同士だから気持は分かるけど、パートナーはお互い良く知ってる方が良いでしょうに。次からはちゃんと私を誘いなさいよ? 暇だったら組んであげるから」
「あらあら。鈴さんみたいに猪突猛進唯我独尊な方よりも男性をフォローする謙虚さを持った淑女の方がパートナーには相応しいですわよ、一夏さん?」
俺は鈴の額に青筋が浮かぶのを見逃さなかった。
「へぇ。難しい言葉を知ってるわねセシリア。じゃあ私も一つ日本のことわざを教えてあげる。〝我が身の上は見えぬ〟。自分のことは自分じゃちゃんと理解できないって意味よ」
「まあ、では鈴さんはあまりご自分のことを御存じなかったのですわね。私が教えて差し上げますわよ」
「面白いじゃない。是非とも教えてもらいましょうか?」
怖いよぅ。いや洒落や冗談じゃなく二人の間で火花でも飛び散りそうな空気になってきたんですが…………。あ、こんな状況を表すことわざを思い出した。〝一触即発〟だ。
救いを求めて箒とシャルを見るが二人とも手を出しあぐねているようだった。その間にも鈴とセシリアはどんどんヒートアップしていく。
「もう謝っても許しませんわよ!」
「先に喧嘩を売ったのはあんたでしょうが!」
やばいやばいやばいやばいやばいやばい!
「ちょっとストップ!」
『…………!』
俺は咄嗟に二人の間に割って入った。今にも掴みかかりそうな二人を手で制し、体を押し分けて距離を取らせた。
「二人とも落ちつけよ! 喧嘩してどうするんだ!」
「こ…………これが落ち着いていられる訳ないでしょ…………」
肩を激しく震わせて鈴が怒りを露わにする。気持ちは分かるがそんな売り言葉に買い言葉で本気の喧嘩をしなくても良いだろう。
「い、一夏……」
後ろから声を震わせた箒の声がした二人から手の離せない俺は振り返ることができなかったが、気のせいか不穏な色が込められていたような……。
「その手、何ののかな~?」
次はシャルの声。これも震えたりはしていないがいつもより一音ほど下がっているような……。
というか。
「手?」
慌てて突き出したはみたが、何か馴れない感触があるような。さっきまでは完全にテンパっていて意識してなかったけれど、こう落ち着いてみると何か柔らかい……? 特に右(セシリア)の方が……?
「あん……一夏さん、駄目ですわこんな所で……」
「はれ……?」
これってもしかしてセシリアの……胸? ――――っ! じゃあ鈴も!
「…………いぃぃぃぃちぃぃぃぃかぁぁぁぁぁ?」
「ぎゃぁあああああああ! ごめん! わざとじゃないんだ! 気付かなかったんだって!」
「へぇ? 女の子の胸を触って、〝気付かなかった〟んだ?」
いかん! 更に地雷を踏んだ!
飛び退って謝るが鈴の様子はとてもじゃないが許してくれそうにない。というか箒も睨んでるし、シャルも笑顔が超ダークカラーですよ! 暗黒魔王っぽい! セシリアは何が頬を染めてるけど……。
『一夏ぁああああああああああああ!』
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
俺は新しく学んだ。女性の鉄拳と平手打ちは効きます…………。