とうとう日曜日がやってきた。時間は朝の九時。日課の早朝特訓の後食事をとって部屋まで戻ってきてシャワーを浴びたのだ。
普段であればのんびりするか誰か中学時代の男友達なんかと遊びに行こうかと思うところではあるがレインと中華食べ放題の約束をしているのだ。そのために朝食は少し抑え目に取っている。全く食べないと胃が縮小してしまって食べられる量が減るからな。
服を着替えながら自分の胸がいつもより高揚していることが分かる。学校とか修業とかそういうものと無関係にレインと会うのはこれが初めてだったのだ。箒や鈴は昔から知っているし、セシリアやシャルも最近よく週末に遊びに誘ってくれるので完全なプライベートで一緒に行動することも多い。しかしレインは休みは確実に早朝から門限ぎりぎりまで留守にしているので遊びに行くことがそもそもなかったのだ。興味を持つなという方が無理だろう。
とは言え約束の時間は三時で現地集合だ。昼食には遅いが他の客が減り始めた時間帯をレインが希望したのでまだ待ち合わせまで六時間ある。適当に時間を潰すにはどうすれば良いか。
「あれ? 一夏出かけるの?」
部屋の扉を開けて入ってきたシャルが俺の姿を見て聞いてきた。確かに俺の服装は外出用になっている。ジーンズに白のカバーオール、インナーはグレーのTシャツだ。白式を使うようになってから何となく白を意識している。IS学園の制服が白ということもあるが。客観的に見ても明らかに部屋着という感じではなかった。
「レインと飯を食いに行くんだ。高級中華食べ放題」
「え……レインと? 二人で?」
「ああ」
何故か絶句するシャルに俺は短く答えて頷く。俺としては別に隠すことでもなければ驚くべきことでもないと思うんだけどな。ようは休みに友達と食事に行くだけだし。
だがシャルはそうは考えなかったようで、手を震わせながら俺の顔を指差してくる。フランスではどうだか知らないが日本じゃ失礼にあたるからな。後で注意しよう。
「そ……そそそれって…………デート……だよね?」
デート……なのか? シャルの言葉に反応して俺の脳が思考を走らせる。そりゃ女の子と二人きりでお出かけと言えばデートっぽいけど……相手はレインだぞ? 彼氏作る暇があったら修行してそうなレインと遊ぶのはデートなのか?
ちょっとリアルに想像してみる。例えばゲーセンでデートすると――パンチングマシーンで最高記録をあっさり更新して周囲の注目を集めるレインの絵が浮かんできた。なら動物園で――猛獣を威嚇して気迫勝ちするレインの絵が浮かぶ。だったらショッピング――はもう想像もできないぞ。
そこで俺の頭脳は一つの結論に到達する。
「デートじゃないだろう」
というかレインとデートって既に想像できません。
「そ、そうなのかな? じゃあ僕も付いて行って良いのかな?」
「う~ん……タダ券が二枚しかないんんだよなぁ」
「じゃ、じゃあ自分の分は僕が払うから!」
食い下がるシャル。そんなに中華が好きなのか、意外だな。今度鈴に教わって御馳走してやろう。
しかし俺とレインが無料なのにシャルだけ金を払わせるってのは気が引けるぞ。
「分かった。じゃあシャルも行こうぜ」
「本当に! 良いの?」
「行きたいって言ったのはシャルだろ? でも代金はちゃんと割り勘だぞ?」
「え? でも僕無理やり同行するんだから、自分で払うよ」
「そんなの駄目だ。まあレインに払わせるのは筋が違うから、俺と等分な」
「一夏……」
微笑んでこちらを見つめてくるシャルに少しだけ俺は赤面した。別に格好付けたりしたわけじゃない。ただ一緒に食事をして一人だけ金を払わせるのが嫌だっただけだし。
「あ! じゃあ僕もすぐに着替えるから、一夏は正門の所で待ってて!」
「いや、シャルあのな――」
「もう。早く出て行ってくれないと着替えられないでしょ? それとも……その……い、一夏は僕の着替え…………見たいの?」
「失礼しました!」
顔を真っ赤にして服に手をかけるシャルの姿を見て俺はそう叫ぶしかなかった。逃げるように慌てて部屋を飛び出してドアを閉めると深く溜息を吐く。まだまだ約束の時間まで間があるのにどうしよう……。
仕方ないか。諦めて正門に向かって歩き始める。時期としてはまだ梅雨なのだが、にも拘らず重い暗雲が姿を消した久々の快晴だ。まるで今日という日を祝福するかの如く強い日差しが照りつけている。
こう考えると最近は学年別トーナメントに向けての練習ばかりで心に余裕がなかったことを実感する。こんな風に空を見上げて天気に思いを馳せるなんてことは久しぶりだ。
最近はラウラ対策及びシャルとのコンビネーションの特訓をしているのだが、連携はともかく肝心のラウラ対策が暗礁に乗り上げ気味だった。レインからの情報は非常に役立っている。しかしそれが逆にラウラ・ヴォーデビッヒの強さとAICの有効性を浮き彫りにする形になっていた。はっきり言えば操縦者の腕も機体の性能も対極すぎるのだ。
「――と、駄目だ駄目だ」
休むときは休む。体も心もこれは鉄則だ。メリハリを付けなければ無駄に疲労を蓄積することになる。今日は遊ぶ日と決めたからには徹底的に遊び切って明日からの活力としなければな。
「一夏、出かけるのか?」
「あれ、箒?」
声をかけてきたのは私服の幼馴染だった。白の七分袖のブラウスと赤いチューリップスカートを組み合わせていて爽やかかつ女らしい格好だ。
「お前こそ、どっか行くのか?」
「あ、ああ……。まあ休みだし……その…………わ、私のことはいい! 一夏は今日は予定があるのか?」
俯いてぶつぶつ呟いていたかと思うと急に顔を上げて声を荒げる箒に面食らう。意図はよく分からんが俺の予定が気になるというのなら別に隠すほどのことでもないしな。正直に答えるとしよう。
「これから、レインやシャルと昼飯を食いに行くんだ」
「これから? まだ九時過ぎだが?」
不思議そうに箒が首を傾げる。全く同じ気持ちでいるのだが、かと言って今更どうしようもない。
「そうなんだよな。レインは昼に現地集合なんだけど、シャルが今から出かける気満々でさ」
「…………まあ、男同士で遊びたいという気持ちもあるのかもしれんな」
腕組みをして考え込んだ箒はそう結論を出した。俺が箒の立場でもおそらく同じ答えを導くだろうが、残念シャルは女だ。伝えることはできないが箒の推測は大きく外れている。
「では、その昼食に私も参加して良いか?」
どっかで聞いたような問いを箒は投げかけてきた。本日二度目なので俺は即座に答える。ここで別の解答をしてしまっては箒を差別することになるからな。
「良いぞ。じゃあ三時に駅前集合な」
「三時だな? 分かった」
「中華の食べ放題だぞ。割り勘だから金持ってこいよ?」
「分かっている。お前こそ、ちゃんと遅れずに来るんだぞ」
そう釘をさして箒は去っていった。昔からそのあたりはきっちりした性格だったからな。遅刻とかの心配は箒には不要だ。むしろ俺がそれで怒られてた記憶しかないぞ……。
まあこれで参加者は四人か。結構な大所帯になってきた。これ以上増えるなら事前に店に連絡をしておいた方がいいかも。
「あら、一夏さん」
「あれ、一夏。こんな所で何してんのよ?」
突然後ろから声をかけられて振り返るとそこにはセシリアと鈴が並んで立っていた。箒とは違って制服を着用しているのでこれから学園に用事でもあるのだろうか。
「俺はこれから出かけるんだ。お前達こそどうしたんだよ?」
「
困ったように頬に右手を添えセシリアは嘆息する。ラウラにかなり壊されていたからな。学年別トーナメントに間に合うのか?
「右に同じよ。他にも本国に送らなきゃいけないレポートももう山のようにあんの。信じられる? 螺子一本でも数え間違えてたら再提出なのよ? 面倒臭いにもほどがあるわ!」
不満たらたらの鈴だがそれも仕方ない。代表候補生で専用機持ちともなれば国からの束縛や義務なんかも増えていく一方なのだろう。俺みたいに宙ぶらりんの人間は結構自由にやれてるけど。
「それで、一夏さんはどちらに?」
「ああ、レイン達と昼飯を食いに行くんだ」
そう答えた瞬間、二人の表情筋が固まり目尻が吊り上がるのを俺は感じ取った。猛烈に嫌な予感がする……。
「ふ~ん……。それは、だ・れ・と、行くのかしらぁ?」
誰の部分に異様なほど力を込める鈴。俺は怯えながらもいかに無事にこの状況を乗り切るか考え、慎重に言葉を選ぶ。
「誰って……俺とレインとシャルと箒だけど……」
『それって、ダブルデート!』
声を揃えるセシリアと鈴の迫力に気圧される。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。相手は蛇どころか竜ぐらいの力を持ってはいるが。
「いや……飯を食うだけだからデートじゃ――」
『デート!』
この二人最近本当に息が合ってるな。クラスも違うのにこんなに仲良くなるなんて。何か共通点とかあったか?
「わ、私も参加することができれば……」
「箒の奴……抜け駆けしたわね」
拳を握りしめながら二人はぶつぶつと呟いている。今にもパンチが繰り出されそうな光景だが敢えて触れることはしない。特にこんな状態の鈴に下手に声をかけたらどうなるかは身に沁みて分かっている。幼馴染だと付き合い方も承知の上。つまり、大体俺の責任にされるんだ。はぁ~……。
「一夏!」
「な、何だよ?」
鈴の矛先が俺に向いた。
「あんた甲竜の整備付き合いなさいよ!」
「む、無茶言うなよ! もうレイン達と約束してるし、そもそもそんな専門知識ないぞ! だいたい国家機密だろ、専用機は!」
俺だって学園に持ち込まれた技術は提供しなければならないというルールは知っているが、馬鹿正直に全部正確に学園に提出していないことぐらいさすがに分かってる。だから大幅な改修や新装備のテストには本国のスタッフが来るらしい。シャルからそう聞いているぞ。
「では! 私と――」
「一緒だから!」
駄目だ! セシリアも迫ってきたぞ!
いくらなんでも約束を破ることはできないし他国の専用機の整備なんてできないから。まあ自国のISどころか白式すら未だに完璧に扱えるかと言われれば否なのだが。
いったいどうしたものか。
「騒々しい奴らだ」
『…………!』
突然の声に俺達全員の視線が一点に集まる。そこにはやはり学園の制服を身に纏ったラウラの姿があった。無表情で感情を読み取ることはできないが、少なくとも今すぐ殴りかかってくる様子はなくて安心する。
「あら、いったい何のご用ですの?」
「別に用などない。そんな所で騒がれると邪魔なだけだ」
挑発交じりのセシリアの言葉にも淡々と返事をするラウラ。うん、至極尤もな意見ですね。……ごめんなさい。
「あ、そう。まさかいきなり初対面の相手に平手打ちしようとするような奴に言われるとは思わなかったわ」
今までの経緯から喧嘩腰の鈴を手で制するがその顔から敵意の色が消えることはない。あれだけ叩きのめされたら仕方ないのかもしれないがわざわざ会うたびに喧嘩することはないだろう。
「ふん……。織斑一夏、精々修業をしておくことだ」
それだけを告げてラウラは場を離れていった。転校してきてからの態度からすると静かすぎて逆に不気味だ。セシリアと鈴も訝しげな顔をしている。
「…………まだトーナメントに出場する気ですのね」
呟いたセシリアの言葉が俺の耳に何故か残る。普通に考えればレインにあそこまでやられたら恥ずかしくて出場できないという意味なのだろうが、今回はどうしてもそうは聞こえなかった。
「ラウラ……出場できない理由でもあるのか?」
「そ、それは……」
言い淀むセシリアに鈴が小さく「馬鹿っ」と肘で小突く。猛烈に嫌な予感がしてきた俺は思わずセシリアの肩を掴んでいた。
「セシリアっ!」
「い、一夏さん! あの、そのそんな強く……」
どもるセシリアだったが、そんな彼女を鈴が助ける。服を掴んでいる俺の手を払いのけてセシリアを引っ張って走り出した。
「お、おい鈴!」
「今日のダブルデートの内容はレポートにして明日中に提出すんのよ!」
走りながら頭だけ向けて鈴がそう叫ぶ。あまりにあまりな内容なので俺も負けないように大声で反論した。
「いや、意味分かんないから!」
「分かれ馬鹿!」
「私にも提出してくださいませ!」
引きずられていくセシリアも何故か尻馬に乗っている。何? 俺の行動ってそこまでして管理されなきゃならないのか? 信用ないな~。俺だってもう高校生なんだから公共の場での分別くらいつくぞ。
少しだけ腹を立てながらも俺は校門へと歩き出した。意味は良く分からんがとりあえず待ち合わせは待ち合わせだ。同室の奴と校門で待ち合わせって効率悪いと思うんだけどな。
女心は分からん。