IS武闘伝   作:Crank

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入学! 嵐吹き荒れるIS学園Ⅳ

 さて、今は放課後。本来の予定なら今頃俺はアリーナでISの特訓中である。誰だってそうだろう。カーレースをするなら車に乗ることから始めるべきだろう。

 その筈だ、そうだろう、それが正論……のはずだが……。

 

「なんで道場に居るんでしょうか……?」

 

 俺は無理やり連れてこられた剣道場で立ち尽くす。同じく引っ張ってこられた箒も胴着に着替えてはいるが、何をするのか理解しきれていない。

 

「来週の代表決定戦の特訓に決まっているだろう」

「や、だから何のために? むしろアリーナでIS使った方が良いんじゃないか?」

 

 申請書類を紙吹雪に加工された上、新しく貰おうとしても力尽くで剣道場へ引きずられたからそれも叶わなかった。つうか力強いなレイン、流石武闘家。俺だけならともかく剣道で全国優勝した箒すら、おまけに箒の修めた篠ノ之流は剣術だけでなく古武術としての面も持っており、箒は素手でも結構強いはずなのだが、一切抵抗できずに連れてこられている。

 

「一夏、お前は一週間、ここで組み手だ」

『はぁ?』

 

 素っ頓狂な声が出てしまう。箒も一緒だったから二人で恥をかいたという事にしておこう。二人なら恥ずかしさもきっと半分だ。

 

「とりあえずお前の得意な武術は何だ?」

「え……一応昔剣道を、ってそうじゃないだろ!」

 

 腕を組んで威風堂々としているレインに俺は抗議をする。こうして見ると迫力あるよこいつ。鉢巻とか孤高の武闘家って感じだ、格闘ゲームに出てきそうな。

 

「ISで闘うんだぞ? ISの訓練は?」

「いらん」

「おい!」

 

 俺の反論なんて鼻で笑うレインは、千冬姉とどこか似ていた。特に傍若無人そうなところとか。

 

「本気で勝つつもりなら、付け焼刃の操縦技術なんか不要だ。一週間やそこらでセシリア・オルコットに追随できる程劇的に向上したりはしない」

「そりゃそうだけど、そもそも動かせなきゃ――」

「ISは本人の意思通りに動くようにできている。動かすだけなら練習など必要ない」

 

 そう言われると俺も黙り込むしかなかった。確かにISは操縦者の思考と挙動で操作ができる。ぶっちゃけ唯動くだけなら機動さえできれば誰でも可能だ。実際、俺も入試では違和感なく動かせたわけだし。

 俺が言い返さないのを確認して、レインは続きを話す。

 

「今お前がすべきことは、付け焼刃の技術の習得ではなく、勝負勘を取り戻し、磨くことだ。戦闘に最適な思考ができれば、幾分かまともに戦えるはずだ」

 

 む~。そりゃ操縦者としてはセシリアとは絶対的に差はあるだろう。何と言っても相手は代表候補生、経験値が違う。でも、唯の戦いとしてなら俺の剣道の経験の分、多少は底上げされるという事か。

 あれ、でも待てよ?

 

「なぁ?」

「何だ?」

「その作戦ってさぁ、俺が武術の経験者って前提の話だよな?」

「そうだ」

「どうして俺が昔剣道やってたって知ってるんだ?」

 

 箒は理解できる。全国大会に優勝し新聞にも載っていたんだ。大きな記事ではなかったが、興味のある人間なら知っていてもおかしくはない。だけど俺は違う。ここ何年も竹刀には触れてもいない。体力維持のためにたまに走り込みをしたりはあったけどその程度だ。

 

「体幹がしっかりとしている。歩く際の重心のブレも少なかった。きちんとした修行を過去に受けていた証拠だ。そう言った無意識的な所作は鈍ることはあってもなくなることはないからな」

 

 つまりは自転車の乗り方の様なものか。数年乗ってないからと言って自転車で転び始める人間はいない。

 

「理解できたか? なら時間も惜しい。すぐに始めるぞ」

「いやちょっと待て」

「……まだ何かあるのか?」

 

 レインがイラついたのが伝わるが、俺としてももう一点看過できないものがあった。

 

「……ギャラリー、多すぎるだろ」

 

 そりゃもう、カメラを構えた人から数人グループで見に来た人まで、道場に入りきらないから外にまでギャラリーがいる。もう半分諦めの境地だが、やはり女子にボコボコにされる様を見せるのは恥ずかしくもあった。いや、弱い俺が悪いんだけどさ、羞恥心って別物じゃん。

 周囲の野次馬を一瞥するとレインはつかつかと壁際に歩いていって、一人の女子を摘まみ上げた。

 摘まみ上げた? あの身長で? 確かにレインの身長は女子にしては高い。一六〇は超えている。とはいえ劇的に高い訳でもないから普通は摘まみ上げるなんてできないはずなんだが、近づいたと思った瞬間観衆の内二人の服の後ろ襟を掴んでそのまま持ちあげたのだ。

 あれは苦しいぞ、息できないし。

 そしてレインはそのまま二人を外へと放り出した。軽く投げ飛ばされた二人は咳をしながら起き上げる。怪我はないようなのでほっとした。

 

「他に放り出されたい奴は?」

 

 静かにそうレインが呟く。道場に重たい沈黙が下りてきて誰もが動けない。そりゃあんな理不尽かつ非常識な行動を見せつけられたら誰も何も言えない。

 ピクリとレインの手が動いた。

 わずかな反応だったが、全体が動くきっかけには十分。観衆達は静かにかつ迅速に退避を敢行した。俺もちょっと逃げたい。

 道場から人がいなくなったことを確認してレインは入口を閉ざした。俺はその横暴な態度に思わず文句を言ってしまう。無謀すぎだ俺よ。

 

「……もうちょっと穏便にできなかったのか?」

 

 少し日和ってるのは、仕方がない!

 

「ない。食堂であれだけ衆目を集めていたんだ。ちょっとやそっとじゃ散らせない」

 

 ぐうの音もでなかった。

 同時に、この女が本気で俺をセシリアに勝たせるつもりなのだということも理解する。俺の特訓に邪魔になると判断したら、力尽くでも排除するあたりがそれを如実に物語っていた。

 

「しかし着替えをさせたという事は、私が一夏に稽古を付ければいいのか?」

 

 尤もな箒の疑問に俺も相槌を打つ。ここまでお膳立てをしたんだから最後までレインが見てもおかしくはないはずだ。それを最後の最後、一番大事な所で箒に投げるなんて。

 

「決まってる。一夏と私では実力に差があり過ぎて手加減しても修行にならんからだ」

『………………』

 

 再び道場を支配する沈黙。だがその意味は先程の呆気にとられた状態とは大きく違う。そりゃもう、箒の顔を見なくてもどんな顔してるか分かるくらいの怒気を発してるから。俺のは戦々恐々として口を開く勇気がないからだが。

 

「…………それは、『一夏程度は篠ノ之箒程度で十分』という意味か?」

 

 重いです、箒さん。声が重厚で視線が圧力を持ってます。

 

「そこまでは言わない。だが私と箒では箒の方が一夏と実力が近いというだけだ」

 

 軽いです、レインさん。『ちょっとジュース買ってきて』みたいなノリで言わないでください、切実に。

 ああ箒、頼むから抑えてくれよ……。

 

「…………いいだろう、そこまで言うなら私が一夏を鍛え直す」

 

 ほ、箒……。ほっ。

 

「だがその前に、私と手合わせしてもらおう!」

 

 俺の安堵を返せぇええええええええ!

 

「いいだろう」

 

 良くねぇよ! 何、その気楽さ! うあ、箒の奴持参の竹刀袋からMY竹刀を取り出しやがった!

 

「落ち着け、箒! レインと手合わする必要ないだろう! 第一、レインは拳法家だって言ってたじゃないか! 剣道三倍段って言うし、せめて竹刀は――」

「好きに使え」

 

 何ですと?

 

「丁度良い憂さ晴らしにもなる。竹刀でも木刀でも好きに使え」

 

 はい、決定打。箒がマジでキレてます。だって目とか吊りあがってるし、なんか青筋も浮いてる。怒りの阿修羅面になってやがる。

 そんな怒りの箒に向かって腕組みしたまま余裕の笑みを浮かべるレインに俺は心の中で涙した。空気を読んでくれよ。幾らなんでも箒の実力を甘く見過ぎだ。六年前ですら同学年どころか年上とだってそれなりに渡り合ってたんだから。俺と違ってずっと剣道を続けてただろうから、正直同学年で勝てる奴なんているのか疑問になる。

 

「良い度胸だ!」

 

 しまった!

 レインに気を取られてしまった俺の脇を箒が疾駆していく。

 完全に頭に血が上っている。箒は真直ぐ一直線にレインに迫った。

 最短最速の突き。

 中学剣道では安全のため禁じ手となっているそれを箒は躊躇なく放っていた。

 

「箒!」

 

 制止は間に合わない。

 しかし、その剣先は十センチ以上の感覚を開けて、喉の手前で動かなくなった。

 箒は目を見開き、化け物でも目撃したような顔になっている。

 そしてそれは、俺も同様だった。箒の突きは日本一の座に相応しいもので、普通なら致命打の回避すら難しいものだ。少なくとも俺は直撃を喰らう自信がある。なのに――。

 片手で止められていた。

 偶然手が太刀筋を割って入ったのか? 否だ。直前までレインは腕を組んでいた。あのタイミングから反射で防御などできない。加えて、仮にそうだとしても、箒の突きは手ごと吹き飛ばす威力はあった。それだけの加速は付いていたし、踏み込みにも迷いがなかった。

 

「………………」

 

 箒は静かに竹刀を退く。

 正眼の構えで相対した。

 俺はこの段階で、既に止めることができなくなったことを悟る。箒は本気で、格上の達人を相手にする気迫で臨んでいた。そしてレインは、少なくとも剣道日本一の少女の太刀筋を完璧に見切る実力者だったのだ。

 箒の集中を削がないようにそっと離れる。レイン以外はもう意識の外に置かれているのだろう。俺に意識を向けることなく箒はレインを見据えていた。

 対するレインは再び腕を組むことはしなかったが、それでも無形の位、つまりは自然体でその場に佇んでいるのだ。

 悠然とした姿は、箒には遥かに巨大な存在に映っていることだろう。

 

「………………」

「………………」

 

 お互いに無言、不動。

 緊張感が高まる。

 そして――。

 

「はぁああああああああっ!」

 

 箒が動いた。

 人間の体は無意識にリズムを刻んでいる。

 呼吸、拍動、内蔵の収縮。

 そのリズムに合わせて人、生物は活動しているのである。

 その人間の体の調子、リズムを読み、始動の一瞬先の空白時に攻撃をする。

 篠ノ之流裏奥義『零拍子』だ。

 理論上、相手は攻撃を知覚できても反応できない。

 不可避の一撃。

 一瞬の空白に箒は面を放つ。

 教本になるような見事な面がレインを襲う。

 

「なっ!」

 

 そう絶句したのは俺か、箒か……。

 

「…………思ったよりはできる奴だったな」

 

 レインは竹刀を素手で掴んでいた。親指と他の指の間に竹刀を挿み込み、片手真剣白羽鳥の体勢で。

 

「くっ!」

 

 箒は歯噛みをして竹刀を引こうとする。

 だがビクともしない。

 同年代の人間を少女とは言え片手で軽々と持ち上げる力は、鍛えている箒を持ってしてもどうしようなかった。

 今ならレインの言ったことをはっきりと理解できる。理解してしまった。俺では、いや箒ですらこの目の前の少女には勝てない、と。

 箒が全身から力を抜く。表情から覇気がなくなっているのが分かる。

 

「………………もう一度、教えてくれ」

「何だ?」

 

 無気力な弱々しい箒の問い。

 

「お前は、いったい何者なんだ?」

 

 箒にとっては初めての圧倒的な実力差のある相手だったのだろう。俺の記憶にある箒の師であり父である篠ノ之柳韻さんよりもレインの方が強く感じられた。ショックは大きいだろう。

 

「私は」

 

 レインの声が道場に響く。いや違う、俺の頭に響いている、そんな気さえした。

 

「流派・東方不敗門弟、レイン・カッシュだ」

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