IS武闘伝   作:Crank

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入学! 嵐吹き荒れるIS学園Ⅴ

 熱いシャワーが箒の体を叩く。いつもより水温の高い湯のせいで、箒の肌は赤く染まってしまっていた。少々苦痛を感じるのに、箒は温度を下げようともしない。

 

(……やってしまった)

 

 胸に去来するのは後悔の念。

 レインに完膚なきまでに叩きのめされた後は、当初の説明通り一夏と稽古を行わされた。長いこと剣道から離れていた一夏は、箒から見てもかなり弱体化していたことは否めない。勘を取り戻す必要性を箒も一夏も強く感じていた。

 だが、二時間ほどすると、レインは突如中断をさせ、箒は一足先に帰るよう言われる。理由は明白。箒が集中しきれていなかったからだ。いくら防具を着けていたとはいえ危険であることは変わりない。注意力散漫な状態で剣を振るえばどうなるかを理解しているからこその判断だった。

 それがさらに箒の心を苛む。

 本来なら特訓については箒が直接一夏から頼まれたものだった。しかし主導権をレインに握られておまけに一夏の前で無様に敗北を喫したのだ。

 いや、それだけならまだ良かった。

 

(私は、また……)

 

 カッとなった、結果として誰も怪我をしなかった。言い訳なら幾らでもできるが、箒はそれをするにはあまりに真直ぐで実直な武人過ぎた。

 レインに放った最初の突きは間違いなく唯の暴力だったから。

 彼女の姉『篠ノ之束』はISの開発者である。彼女がIS作ってしまってから、箒は要人保護の為に各地を転々とさせられ、現在は家族とも別々に生活することを強いられている。おまけにその元凶たる姉は現在行方不明だ。

 そんな背景から一夏と離れ離れになることになった箒は、ずっと剣術に明け暮れる生活をしていた。幼き日の思い出を通じて、剣術で僅かながら一夏と繋がっているような気がしたからだ。

 結果、箒は中学三年のときに全国大会で優勝することになる。一夏はそのことについて賛辞を述べてくれたが、箒にとってあれは試合など、ましてや剣道などと呼べる代物ではなかった。

 自分の環境に対する不満を相手にぶつけただけの八つ当たり。箒は決勝戦ですらそう思っている。

 それは未熟すぎる心の証左であった。

 箒はそれを恥、真摯に剣と向き合う事を誓う。やはり要人保護のためIS学園の入学を勧められたのはそんな時期だった。Cランクと低いながらもIS適性のあった箒を各国が表立って干渉することのできないIS学園に入学するのは合理的な判断である。それは箒自身も良く理解していたし、少なくともIS学園に入学すれば各国は手を出すことはできなくなる。当然その中には日本政府も含まれており、三年間は定住していられるというメリットもあった。しかし姉の身勝手に振り回された箒はISと積極的に関わることになる入学に消極的になっていた。

 事態が変わったのはその直後だ。

 世界で初めてかつ唯一男がISを起動させたというニュースを耳にした。何気なくテレビを見ながらお茶を飲んでいると、その男とは初恋の幼馴染、織斑一夏だったのだ。

 箒は酷く驚いた。一夏がISを動かしたこともそうだったが、映像に映っていた幼馴染は、別れた時から比べてずっと成長して男らしくなっていた。

 有体に言えば、箒は惚れ直したのである。

 世界で唯一ISを動かせる男ならば、間違いなくIS学園へと入学することになる。箒の進路はその瞬間に決定した。

 だから、今日の入学初日、箒は酷く浮かれていたのだ。

 しかし幼馴染との再会に心躍らせていた少女の気持ちは、初日で崩壊してしまう。

 レイン・カッシュ。緊張と照れていたせいでまともに話せなかった箒と一夏の間に突然割って入った女。二人の会話を途切れさせ、箒が頼まれた特訓を強引に指導し始めた。

 はっきり言って、箒はレインを疎ましく思ったのだ。

 だからレインから挑発紛いの言葉を聞かされたときは感情の制御がきかなくなった。その激情に身を任せてしまった。幸いあまりにも実力差があり過ぎて大事には至らなかったが、普通ならあの場でレインは大怪我を負っていたはずだ。

 箒にその事実が重くのしかかる。

 正しい力を使いたい。歪んだ精神で剣を振るわない。そう誓ったはずではなかったのか。自問が頭を駆け巡る。

 

(本当に……私は、弱い……)

 

 力で負け、心はこんなに脆弱で。箒は一夏に自分の醜悪な部分を見せてしまって泣きたくなった。それでも意地だけは張って特訓をしたが、レインにはそれさえもお見通しで……。

 

「うぅ……」

 

 知らずに涙が零れる。嗚咽が漏れる。

 箒はシャワーの勢いを強くした。涙が流れてしまうように。熱いお湯が罰を与えるように。

 三十分程た辺りで漸く涙は止まってくれた。箒はシャワーを止めて掛けてあったバスタオルを手に取り強く痛いほど顔を拭いてから湯が滴らない程度に軽く髪を水気を取って体を拭う。

 そのとき、洗面所の扉の外、つまりは部屋の扉が開く音が聞こえた。

 

(鍵をかけ忘れたか)

 

 やはり精神的に参っていたと改めて自覚させられるが、とりあえず今はそれが問題ではなかった。箒は部屋に一人しかいない事に油断してシャワールームに併設しているここ洗面所に着替えを持って入らなかったのである。

 手元にあるのは今使っているバスタオルが一枚と、夜に歯を磨いた際に使おうとバスタオルと一緒に持ち込んでいたフェイスタオルが一枚きりだ。

 

(まぁ良いか)

 

 箒はバスタオルを体に巻き付けた。少々不作法ではあるが仕方がない。恐らく相手はまだ面識のない相部屋の相手であろうことは想像できる。よしんば違ったとしても、どうせ女しかいない女子寮なのだ。問題はないだろうと判断して、箒はいつものポニーテールを解いた長髪をフェイスタオルで拭きながら洗面所の扉を開けた。

 

「すまん、誰か居るのか? こんな格好で申し訳ないが私が同室の篠ノ之――」

「箒?」

 

 真っ白。

 停止。

 理解不能。

 

「……一、夏?」

「おう……」

 

 再起動。

 現状認識。

 行動。

 

「どぅあああああああああああ!」

 

 悲鳴を上げながら部屋の外へと織斑一夏が飛び出してドアを閉めた。当然である。辛うじて胸から太腿の上部までをバスタオルで隠したはしたない格好を見られた箒は一瞬でパニックになり、壁に後で手入れをしようと立てかけておいた木刀を手にとって襲いかかったのだから。

 だが、一夏が視界から消えたというだけで箒が冷静さを取り戻すはずもない。乙女の羞恥心は既に限界をぶっちぎっていたのだ。

 扉越しに突きを放つ。

 

「ひぃいいいいいいっ!」

 

 木刀が貫通した木製のドアの向こうから一夏の悲鳴が上がるが、箒はその声で見られたことを再認識して、恥ずかしさのあまり突きを連発してしまった。

 

「何々?」

「どうしたの?」

「あれ? おりむーだ」

 

 途端に廊下が騒がしくなる。知覚の部屋の女子達が騒ぎを聞いて集まったらしい。

 ドアがドンドンと叩かれた。

 

「箒! 入れてくれ、箒!」

 

 必死な一夏の声も届く。声音からかなり焦っていることが分かったので、箒は深く深呼吸をして剣道着を取り出すと身に纏い、ゆっくりと扉に近づいてドアノブに手をかけた。

 木刀は手にしたままで。

 

「…………入れ」

「お、おう…………」

 

 室内に入った瞬間、一夏は大急ぎでドアを閉めた。その行為に箒は逃げ道を塞がれたと、女性としての本能で一瞬ドキリとするが、一夏は寧ろほっとしたように胸を撫で下ろすので逆に少し腹が立った。

 

「で、お前はいったい何をしに来たんだ」

「何をしにって、ここに住むんだよ。一〇二五室が俺に割り当てられたんだよ」

「は?」

 

 予想外の答えに呆然とする箒。常識的に考えてありえないのだ。いくら一夏の置かれた状況が特殊だからと言って学園が男女を同室にするなどおかしい。それではまるで――。

 

(ど、同棲ではないか!)

 

 箒は自分の考えに真っ赤になりながら、いったいどう生活していけばいいのか思いつかないでいた。

 別の部屋に移るというアイデアは乙女のロマンによって彼岸の彼方へと追いやられている。

 

「もしかしなくても、箒ってこの部屋なのか?」

「そうだ」

「それは拙いなぁ」

「な、何が拙いんだ!」

 

 思案顔の一夏に箒は真っ赤になってどもりながら必死で返事をした。

 

「いや、いくらなんでも女子と同じ部屋には住めないだろう」

「わ、私と一緒には居られないというのか!」

「そ、そういう事を言ってるんじゃねぇよ!」

「では問題ないだろう!」

 

 もうパニックになって箒は自分が何を口走っているのかよく分かっていない。恐らく後でこのやり取りを思い出したら赤面を越えて熱を出しかねないのだが、その意味では冷静さを欠いていて助かっている。

 

「わ、分かった! 分かったから木刀をこっちに向けるな!」

「! すまん!」

 

 無意識の構えを解いて剣先を下げる。一夏はほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「しかし流石日本一だな」

「な、何がだ?」

 

 一夏は扉を軽く撫でる。正確にはそこに開いた穴の淵をそっとなぞっていた。

 

「どうやったら木刀でこんなドアに穴が開けられるんだ?」

 

 部屋の扉は木製で厚さがゆうに五センチはある。確かに簡単に穴が開く様な代物ではないのだが、日々鍛錬を積んでいる箒にとっては特に不可能なことでもなかった。

 羞恥のあまり普段以上の力がでたことも事実だが。

 

「やっぱ箒は凄いな!」

 

 一夏はそう言って笑いかけてきた。思わず箒は目を逸らしてしまう。

 

「そ、そんなことはない。レインに、その……」

 

 口籠ってしまった。情けないと箒は自分を内心で罵倒する。レインに敗れたことなど本当の弱さではないのだ。戦えば勝敗はある。それは必定だ。そして箒が常に勝利する訳ではないこともまた必定。

 自分の弱さをここに至って隠そうとする自分が醜悪に思えた。

 

「何だよ、そんなこと気にしてたのか。あいつは別格だろう、どう考えても」

「しかし……」

 

 やれやれと肩をすくめる一夏の挙動に箒は恐々とする。しかし一夏は箒に向かって優しく微笑んだ。

 

「お前、引っ越してからもずっと剣道続けてたんだよな。新聞で見たときすげぇって思ったんだぜ。そしてこうも思った。さすが、箒だなって」

「さすが?」

 

 箒は呆然とする。自分の忌み嫌ったあの結果を、どうして一夏はこうも祝福してくれるのか。レインへの行動やさっきの騒動から、箒の力、弱さを忌避してもおかしくないはずなのに。

 

「お前の地道に頑張っていくところ、俺、結構尊敬してるんだ。あの優勝の記事を見たときも、箒の幼馴染として恥ずかしくないように頑張らないとって思ったんだ」

「一夏……」

「だからさ、箒は俺の自慢の幼馴染なんだから、もっと自信持てよ。まぁ、俺の幼馴染ってだけじゃ物足りないかもしれないけど……」

「そ、そんなことはない!」

 

 何よりも心強い、という言葉は呑み込んだ。言ってしまえば箒は泣いてしまうかもしれない。それ程に嬉しかった。

 

(強くなろう)

 

 胸を張って一夏の前に立てるよう、今よりずっと、しっかりと。

 箒は決意を新たにする。

 

(もっと、もっと、もっと強く!)

 

 それは箒が密かに一夏に対して一方的に結んだ約束だった。




皆さんお待ちかねぇ!
一週間の特訓を重ねて一夏はとうとうセシリア・オルコットとの対決を迎えます。
しかしIS初心者の一夏はセシリアの駆るブルー・ティアーズに大苦戦。
そのとき、一夏専用のISに隠された能力が発動するのです。
次回、IS武闘伝「零落白夜の輝き! 激突の白と蒼」にReady~、Go!!
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