「あら、逃げずに来ましたのね」
腰に手を当て、ふふんと俺を見下ろすセシリア。人を見下す姿が様になっているってのはどうかと思うが、とにかく自然体だ。
「今ならまだ、謝れば許して差し上げましてよ?」
「……冗談じゃないな」
脳裏に人の顔が通り過ぎる。特訓スケジュールを作ってくれたレイン、それに付き合ったくれた箒、今までそして今も俺を見守ってくれる千冬姉。皆にためにも戦わずに逃げることだけはできはしない。
俺は真直ぐにセシリアを睨み返した。『ブルー・ティアーズ』、その名の通り蒼いISを身に纏った敵が、宙に浮くフィンを従えそこにはいた。手に持っている武装は六七口径特殊レーザーライフル『スターライトmkⅢ』。視界に捉えた一瞬で白式が検索をしてくれた。二メートルを超える長大な武器だ。
その分、懐に飛び込めばその長さが命取りになる。
周囲を見渡すと直径二〇〇メートルのアリーナが狭く感じた。白式の伝えるデータではこの距離をフルに活用してもセシリアの射撃が俺に到達するまで一・二秒、そして俺とセシリアの距離は二七メートル。着弾まで〇・四秒、つまりは一瞬らしい。
アリーナの観客席にはクラスメイト達が見学に来ていた。応援に、と言いたいところだったが、ISのハイパーセンサーのおかげで普段なら聞けない女子同士の会話もはっきりと聞き取れた。
「どっちが勝つと思う?」
「私、セシリア」
「私は織斑君で」
「大穴の引き分け!」
「じゃぁ、一口百円からで」
トトカルチョかよ! なら俺は、織斑一夏に貯金全部で!
観客席は遮断シールドに守られていて中からの攻撃は直撃であっても破ることはできない。だから安心して観戦できるのだ。
だからって賭けの対象にされるのはあまり気分がよろしくもないが。
「これが最後のチャンスですわよ」
セシリアが俺に指を突きつけてきた。人を指さしちゃ駄目だって習わなかったのか?
「チャンスって?」
「決まってますわ。このまま戦えば私が一方的に勝利を得るのは自明の理。ボロボロになって無様な姿を晒すぐらいなら、今ここで私に対して謝罪をすれば、考えてあげますわ」
強者の余裕と言う奴だろう。だがセシリア、それは逆効果ってやつだ。どこか芝居がかった言動に俺はさらに闘志を駆り立てられた。
「ここで謝った方が無様になっちまう」
「っ! なら、ここでお望み通りに散らせて差し上げますわ!」
戦闘開始のブザーがアリーナに響き渡った。
同時に警告音が俺の脳に直接響く。
――警告。敵IS操縦者の左目が射撃モードに移行。セーフティ解除確認。
弾かれるように俺は側面に跳んだ、いや、飛んだ。
白式は俺の意思通りの軌道を描く。不格好で直線的だが射線から何とか外れるために。
――警告。敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、初弾装填。
「終わりですわ!」
セシリアの声を置いてけぼりに、レーザーが一直線に飛んできた。
回避行動をとっていた為か、直撃は避け、左肩のアーマーに当たる。アーマーは一撃で貫通された。
衝撃で吹き飛ぶ俺を、またもや白式がフォローしてくれる。自動で体勢を立て直して墜落を防いでくれた。少々三半規管を振り回されたのはこの際大した問題ではない。
――バリア貫通。ダメージ四六.シールドエネルギー残量五二一。実体ダメージ、レベル低。
即座に伝えられるダメージ情報に胸を撫で下ろす。
ISの戦いはシールドエネルギーの削り合いだ。IS自体を守っているバリアを発動できなくすれば勝ち。このバリアとは別に操縦者の命を守る絶対防御もある。これはシールドエネルギー大量に消費する。
今回は肩を撃たれても死ぬことはないと白式が判断して絶対防御の発動はなかったようだ。おまけにセシリアの武装が高威力のレーザーであったことも幸いしている。威力、貫通力共に申し分ないが、それが災いして、破壊力は高くはないらしい。打ち抜かれた肩アーマーは穴こそ開いているが、原形を留めている。
「外しましたわ」
セシリアが舌打ちせんばかりに呟いた。だがそれは見当違いも甚だしい。俺は初のISバトル、実践ながら、あることに気が付いた。
セシリアの攻撃は怖くないのだ。
喰らってみて分かった。セシリアの攻撃には俺の命を脅かすという脅威を感じない。多分特訓で麻痺させられたのだろう。だから俺は冷静に判断できている。
再び銃を構えるセシリア。
――警告。敵ISの再装填を確認。次弾発射態勢に移行。
そうだろう。ならこちらも反撃だ。
武器を選択する。白式が提示してきた武器は一つ、『近接用ブレード』のみ。
望むところだ。
「……諦めましたの?」
ハイパーセンサーがセシリアの呟きを拾った。確かに俺は今棒立ち状態、既に勝負を捨てたかに見えるかもしれない。
「……来い」
だが違う。これは無形の位。
セシリアの指が引き金にかかり、引き絞られるのをクリアな視界に捉えた。
「今だ!」
俺は上空から狙い打つセシリアに向けて白式を一気に加速させた。
同時に格納されていた近接用ブレードを展開。光の粒子が手に集まり武器となる。
「くっ!」
反射的にセシリアは俺に発砲してきた。
レーザーが来る。
その思考の前に俺の体は既に回避行動に移っていた。体を捻じり、紙一重で回避しようとする。
白式がそれをサポートした。背面スラスターが唸りを上げて、絶妙に出力を調整。結果――。
「かわした!」
驚愕のセシリアに俺はレーザーを避けた錐揉み回転のまま特攻する。
「もらったぁああああああああ!」
回転の勢いを殺さずに、俺は右手のブレードを横一文字に振るった。
ブレードはセシリアの右胴を狙っている。
迫りくる刃。セシリアはその刃を――。
「くっ!」
紙一重でかわした。
不意打ちは完璧だった。しかし、生身とISの差がここで出てしまった。紙一重でかわしたはずが、白式が敏感に反応し過ぎて余裕を持った回避機動を取ってしまったのだ。
だが今はそれを言っている 暇はない。
俺は即座に追撃に移行しようとした。
「ふふふ……」
回避する瞬間の驚愕の表情をしまいこんでセシリアが不敵に笑う。目は笑ってなかったが。
同時に俺は追撃を阻まれる。俺を取り囲むように浮遊する四機のフィンは銃口の取り付けられた先端部分を俺に向けていた。
「素人と思って侮っていましたわ。流石はあの『ブリュンヒルデ』、織斑千冬先生の弟」
セシリアの言う『ブリュンヒルデ』は最強のIS操縦者の証、IS世界大会『モンド・グロッソ』優勝者に贈られる称号だ。
「ですから、ここからは本気で行かせていただきますわ! ブルー・ティアーズの特殊兵装『ブルー・ティアーズ』の力を篤と御覧なさい!」
左後方のフィンからレーザーが射出される。三六〇度をカバーするハイパーバイザーのおかげで辛うじて回避行動に移ることができた。
しかし、今度は右下から即座に二機目のフィンがレーザーを放つ。
「くそ!」
重力に喧嘩を売るように無理やり白式の背面スラスター翼の力で垂直反転。日常ではあれない浮遊感に少し気分が悪くなる。
三機目が上から。これもかろうじて回避するがスラスター翼にかすってしまった。脳に響くシールドエネルギー消費の警告。
「如何かしら、自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』は? 空間機動で放たれる特殊《BT》レーザー、いつまでもかわしきれるものではありませんわよ?」
その言葉通り、俺は四機のブルー・ティアーズに翻弄されていた。常に回避に意識と行動を向け、それでも凌ぐのが精一杯で、装甲もシールドエネルギーもじわじわと削られていく。
あれだけ巨大なライフルを持っていながら中距離射撃型だったのは、メインウェポンがこのブルー・ティアーズだったからなのだ。
集中しろ! 織斑一夏! 一瞬でも緊張が緩めばその瞬間に袋叩きだぞ!
叱咤して自分を奮い立たせる。負けたくない、負けられない。その思いが強くなる。
今の俺は白式を使いこなせていない。白式の反応は俺より遥かに早いのに、俺はそれを制御しきれていない。IS素人の弱さが完全に露呈している形だ。
セシリアも恐らくそれに気付いている。
だがそれでも負けられない。
(俺は、千冬姉の弟だぞ!)
織斑千冬の名を出された以上、敗北は許されない。織斑千冬の弟と呼ばれたからには、俺は千冬姉の名を、最強の称号を守らなければならないのだから。
「ちぃっ!」
急降下で包囲網を振り切ろうとするもブルー・ティアーズは直線的多角機動で追従してくる。その速度はかなりのものだ。
一機が前方に回り込む。銃口にレーザーエネルギーの発行が見えた。
またか!
今度は後方に垂直反転、同時に降下も行う。
レーザーが前髪を焼いた。
「逃げられませんわよ! この特殊装備『ブルー・ティアーズ』搭載第三世代型IS一号機。故にこそその名を『ブルー・ティアーズ』。私はそれをイギリスで最も扱えるからこその代表候補生なのです!」
右手からまた一機ブルー・ティアーズが襲ってくる。反射的に回避行動を取ろうとした俺の意識に、ハイパーセンサーからの情報が届き、後方と下方からの同時射撃を知覚した。
一人十字砲火とか笑えない武器だ。
左斜め上に飛んで辛うじて避けたが、追撃の手は止まない。
イギリスで一番と自称するだけはあった。ブルー・ティアーズは俺の死角を確実に衝いてくる。
ISはハイパーセンサーのおかげで、高い認識能力と空間を三六〇度知覚できるようになってはいるが、それらの情報はセンサーが感知した情報を人間の脳が把握できる形に変換しているため、どうしても本来の人間が持ち得ない感覚、後方の映像等はタイムラグが生じてしまう。
セシリアはその隙を熟知していた。そういう戦い方だ。
「さあ踊りなさい! 私セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲《ワルツ》で!」
◇◇◇
「一夏!」
防戦一方の一夏をモニター越しに箒は応援する。ビット内には整備スタッフ用の設備があった為、それを使って箒とレインの二人は試合の成り行きを見守っていた。
二人共黙ったままモニターを睨みつけている。どちらも手を合わせて祈るような少女ではない。だがだからこそ、二人の視線は試合から一瞬たりとも離されることはない。先程の声も、ピンチに思わず声が出ただけだった。
「気付け、一夏……」
レインの小さな声。
「まだ、勝機は残っている……」