息が切れる。どれ程の時間が経ったのか分からないが、ブルー・ティアーズの波状攻撃の嵐を掻い潜って、俺は今なおここにこうして立っていた。
残りシールドエネルギーは六十七。実体ダメージ中破。武器は辛うじて使えるだけというぎりぎりの状態だ。
さっきまで繰り返されていたブルー・ティアーズの息もつかせぬ波状攻撃の嵐には所々空白の時間が生まれている。まぁこれは、セシリアが息も絶え絶えの俺に対して余裕を見せているのか、憐みを寄せているのかということだろう。つまりは俺が一方的に疲弊しているだけという事。
「驚きましたわ、この私を相手に二十七分ももつなんて」
そんなに経ったのか。
セシリアの顔に僅かながら驚きの色が浮かんでいる。ざまぁ見ろ。
「ですが、もう限界の様ですわね」
ブルー・ティアーズが一度包囲を解いてセシリアの下へ終結した。まさに下僕を従えた女王様って感じの出で立ちだ。似合っていることこの上ない。
「貴方が口だけの男でない事を認めるのは吝かではありません」
軽く手を上げるセシリアの挙動に合わせて、一斉にブルー・ティアーズの砲口が俺に向けられる。
「ですから、胸を張ってよろしいですわよ」
誉められてるんだか自慢されてるんだか。
「これで、閉幕《フィナーレ》ですわ!」
高らかと響く声に合わせ、四機のブルー・ティアーズが再び全方位に散開しこちらを狙ってくる。
俺は、同時にブルー・ティアーズの軌道から外れるように回避を行う。
「はぁああああああああああ!」
と、見せかけてセシリアに向けて特攻をかけた。
回避を考慮に入れない最大速度での無謀な突撃は、ブルー・ティアーズのオールレンジ攻撃に対処する為の小刻みな機動とはうって変わった速さを見せつける。
セシリアの顔に驚愕の色が浮かんだ。同時に、こちらの回避のためのスピードに合わせられたブルー・ティアーズの砲撃は空を切る。
ざまぁみろ!
初手以来の好機に俺はこの一週間箒に叩きこまれた剣道に則った上段面打ちで挑む。
セシリアからの迎撃はない。
上段に構えたブレードを握る手に力が籠る。
思考は唯、相手を斬ることのみを残し、その他全てを排除した。
一意専心。
「もらったぁああああああああああ!」
ガキンッという金属同士のぶつかる音が響いた。
「くっ!」
セシリアの表情には苦悶の色が浮かぶ。多分俺もそうだろう。腕の力と体重をブレードに込めて押し切ろうとする。額から汗が噴き出す。
セシリアは俺の斬撃を手持ちのスターライトmkⅢで受け止めていた。
その長大な砲身は、さながら万里の長城の様に俺とセシリアの前に横たわる。
だが所詮は射撃用兵器。近接戦闘での鈍器の代わりはできはしない。その証拠に今の一撃で砲身自体は僅かではあるが歪んでしまっている。俺は力押しでけりをつけるべく両手に力を入れた。体重をかけるイメージに反応して白式が全身をする。
しかしセシリアはそれより一瞬早く、後方にブーストをかけた。真後ろに加速するという、通常の飛行兵器では考えられない、ISならではの機動に、俺のブレードは空を切るのみだった。
「ふふふ……。一度ならず二度までもこの私に接近するとは……」
セシリアの目がギラリと光る。
拙い!
咄嗟に感覚だけで反転すると、真横をレーザーが通り過ぎる。こちらを睨みつけるブルー・ティアーズ四機を視認した。
「賞賛に値しますわ。ですから――」
ブルー・ティアーズが、散開。得意のオールレンジ攻撃の体勢に移る。同じ轍は踏まぬとばかりにセシリアとの間に割って入るブルー・ティアーズもいて、特攻奇襲は不可能だった。
「詰み《チェックメイト》!」
――警告。
アラートの表示と同時に、情報を一切確認せずに俺は回避行動を取った。
掠めるレーザー。
「な!」
驚愕のセシリアに俺は内心でガッツポーズを取った。
そのまま後方に飛び、振り向きざまにブレードを振るう。
手に硬い物を斬った感覚が走り、視界には青い火花を散らす一機のブルー・ティアーズ。
二秒後、爆発。
これで残るは三機だ。
「ど、どうして……!」
信じられないものを見たといった風にセシリアの声が震えている。やっぱりな。こういった逆境には慣れていないんだ。
ブルー・ティアーズはセシリアの操作に従って確実に死角からの波状攻撃を仕掛けてくる。一見完璧な兵器の様だ。本体は近づくこともなく、圧倒的な手数で攻められるのだから。
だがそこには、致命的な隙があった。
一つは、ブルー・ティアーズ操作中は、セシリアは他の行動ができないということ。一度目の攻撃は回避できたのに、二度目は防いだのがその証拠だ。
第二に、確実に死角を狙ってくるという事。逆に言えば、確実に俺の死角にブルー・ティアーズは存在しているという事だ。それが分かっていればある程度動作を誘導できる。加えてその機動は多角的直線でしかない。最短距離を突っ走るだけ、読むのは容易い。
勝負勘。レインはそう言っていた。今までは経験と理屈で理解していた。だが今は、はっきりと体感している。
箒の太刀筋はもっと読めなかった。虚実入り乱れた中から真のみを選び取ることを求められたあの特訓に比べれば、フェイントの無い連続攻撃なんて恐れる理由なんか有る筈がない。
「次!」
上昇して二機目を叩き落とす。爆発を背中に受けて俺はさらに加速する。
慣れてしまえばこんなもの脅威でも何でもない。セシリアはこう言っていた。私が代表候補生に選ばれたのは、このブルー・ティアーズを最も上手く使えるからだ、と。つまり戦闘者としての技能ではない。だからこんな弱点が生まれた。そしてこうも言っていた。ここまで持ちこたえたのは初めてだ、と。だからこの致命的な弱点に気付けなかったのだ。
「三機目!」
後一機だ!
真下からのレーザー攻撃を回避して、俺は迷わず特攻した。
最後のブルー・ティアーズを斬り伏せる。
そのままの加速で俺はブルー・ティアーズに向かった。
残る一機。最後のブルー・ティアーズ。つまりは本体に!
「貰った!」
三度目の正直だ! 今度こそ決めてみせる!
セシリアの武器は砲身の歪んだスターライトmkⅢのみ、迎撃できるはずがない!
しかし――。
「……掛かりましたわね」
にやりと笑うセシリアの腰部分が稼働してこちらを向く。
「ブルー・ティアーズは六機ありましてよ!」
発射されるミサイル。
しまった! 俺の心の中でそう叫んでいた。今まで二回接近したときに使わなかったのは余裕があったからだろう。あれはセシリアの奥の手たったんだ。
セシリアの手が出尽くしたと思っていた俺は、カウンターを考慮せずに突っ込んでいる。今更回避行動は取れる訳もない。
せめて少しでもダメージを減らそうと腕を十字に組んでガードする。
衝撃が腕に走る。
それを認識した直後に、俺は爆音に包まれた。
「ま、まさか……」
一瞬か、数秒か……。ミサイルの爆発と閃光で時間感覚を吹き飛ばされたように感じる。
どうなったのかは分からないが、一つだけはっきりと分かった。
俺も白式もまだ戦える!
――初期化《フォーマット》と最適化《フィッティング》が終了しました。
意識に送られてきた情報がそれを確信させる。
機体に目を向けると、どこか工業的だった凹凸は消え、滑らかな曲線が中世の甲冑のようにその姿を変えていた。
「一次移行《ファースト・シフト》! あ、あなた、今まで初期設定で戦っていましたの!」
セシリアの驚愕の理由はよく分からない。多分そういうことなんだろう。今大切なことはたった一つ。
この『白式』はようやく俺専用になったってことだ。
「いける!」
俺は理解した。一体感が全身を包んでいる。今、俺と白式は一心同体と言っても過言じゃない。
だから、いける。俺と白式なら。
――近接用ブレード・『雪片弐型』。
視界に直接浮かぶモニターにはそう表記されていた。手の中の剣を見ると、それはブレードではなくなっていた。
太刀。そう呼ぶにふさわしい美しい曲線が光を反射している。剣道の型を使う俺にはぴったりの形だ。そして何よりも、俺はこの刀を知っていた。
「これは、千冬姉の刀」
第一回モンド・グロッソを千冬姉が勝ち抜いた一刀と同型。
刀を型成した形名、雪片。
「俺は最高の姉さんを持ったよ」
つくづく理解させられる。今まで俺を守ってくれたのは千冬姉。セシリアの攻撃を見切れたのは、実戦形式で特訓してくれた箒のおかげで、この場で未だに戦えるのは特訓メニューを作ってくれたレインのおかげ。
まったく。助けられてばっかりだ。
「そろそろ、守られるだけの立場は終わりだ」
助けられた分は返さないといけない。守られたのなら、守らないといけない。
でも俺は弱い。まだまだ未熟。だからせめて――。
「せめて、千冬姉の名前くらい守らないとな」
「な、何を言って……?」
セシリアには伝わらなかったようだ。でもそれで良い。これは俺の覚悟だから、俺だけの決意だから、俺が知っていれば十分に過ぎるから。
「俺は、織斑千冬の弟、だからな」
最強最高の姉の弟を、堂々と名乗りたい。
だからこの試合は必ず勝つ!
「行っくぞぉおおおおおおおおお!」
全力の加速でセシリアに向かう。さっきまでとは全く違う速度が出ている。遥かに、速い。
「ああもう、さっきからごちゃごちゃと!」
ブルー・ティアーズが腰から離れて二機ともこちらに向かってくる。既に潰した四機と同じ多角的直線機動で迫って来るブルー・ティアーズに意識を向けた。
すると、俺の戦う意思に応えて雪片弐型の形状が変化した。刀身が折れ曲がり鍔になる。そして光の刀身が展開された。
『零落白夜』の文字が躍る。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
発射されたミサイルを斬り払い、すれ違いざまにブルー・ティアーズを切り捨てて俺はセシリアに特攻する。
ミサイルは切り札だったはずだ。セシリアに手はない。その証拠に砲身の歪んだスターライトmkⅢを構え、引き金を引いていた。が、見当外れの所にレーザーが飛んでいくだけの無駄な行動だ。
「貰った!」
「ひっ!」
迫る刃にセシリアが思わず目を閉じてしまった。俺はその瞬間勝利を確信する。
勝った!
そう思った直後、アリーナに試合終了のブザーが鳴り響いた。
『試合、終了。勝者、セシリア・オルコット』
「…………あれ?」
「…………え?」
俺とセシリアの声が揃った。周りを見回しても、誰もがぽかーん、という表情を浮かべている。ああ、俺もきっとあんな間抜けな顔をしてるんだな。
何が何だかわからないが、ただ一つ確かなのは、俺は負けてしまったってことだけだった。