アンドレア:ディノ・デ・ラウレンティス
エドワルド:デヴィッド・ストラザーン
ロベルタ :アレッシア・テデスキ
バチカン。世界最小の独立国家であり、欧米において今尚絶大な影響力を持つ価値体系を作り上げた
その宮殿の一室で革張りのオフィスチェアに座り、スクエア型の眼鏡の奥から一片の情も感じさせぬ視線を放つ男と、その視線を歯牙にもかけず気の抜けた姿勢で突っ立っている男。2人の発する雰囲気は、かつてこの場所で行われた血みどろの権力闘争の原因の一つがなんだったのかを見事に伝えてくれる。
すなわち、「お前のことが気に食わない」という感情である。
「で、なにか言うことはあるかね?アンドレア捜査官。」
「目下我が班は「ルマーカ」の足取りを追跡中。しかし殺害現場を偶然目撃したカラビニエリからの聞き取りでも、その後の周辺捜査でも目ぼしい情報は現状挙がっておりません。引き続き捜査を続行いたします。報告は以上です、サー・エドワルド。」
白髪が目立ちながらも、なお豊かな髪をきっちりオールバックにまとめ上げた男性は、自身とは対照的にすっかり禿げ上がった頭を視線で
「ほう、君の口から「
このキザ野郎、揚げ足取りやがる。こういう時こそ、言質を与えぬ謝罪に関しては天下一品の日本人が出張るべきではないのか。
カフェを奢るとの自分の言をテベレ川の向こうに置いてきたせめてもの代価として、一人この場に立つアンドレアは早々にその選択を後悔しはじめていた。
「はて、そんなことは言いましたかな。いやはや、最近物忘れが多くなってきましてね。変な具合に老いたくはないものです。最近じゃ
「ふむ、確かに。だが老いすら楽しむ我々英国人としては、
アンドレアの皮肉を一刀両断して書類に目を落とす男性――エドワード・キングストン。
若干37歳にして対喰種組織を率い、ロンドンにおける喰種被害を激減させた功績からロイヤル・ヴィクトリア勲章を下賜された、英国喰種捜査官の誉れ。以降10年、霧の都の平穏を守護してきた男は後進の育成と他国との連携強化のために、自ら望んでここにいる。
「我々はチームだ。チームとは互いの不足を補い合い、一つの生き物のように滑らかに動いてこそ意味がある。そして君は、
別に彼とて、部屋に入ってきてから一度たりともこちらに視線をやらぬ、自分とさほど変わらぬ歳の喰種捜査官を無意味に毛嫌いしているわけではない。
シェンゲン協定、そして連合の創設によって、国境が喰種を隔てる役割を失いつつあった時代。
地続きの欧州の地は不十分な連携体制の隙を突かれ、「食事」した後捜査の手の及ばない他国に雲隠れする、喰種の「喰い逃げ」に心底悩まされた。
それに曲りなりにも対処してきたのが、自分やアンドレア達だ。あの年代を駆け抜けてきた捜査官として共感できる部分は少なくない。
だが、それを覆い隠して余りある程の欠点があるのだ、このイタリア人には。
「ですから、日本人にこちらのやり方を教えているんじゃないですか。」
「それは君のやり方だ。イタリアのやり方ではない。そしてイタリアで通用するやり方であって、欧州で通用するやり方ではない。」
時間にルーズで単独行動主義、勘頼みの捜査方法と枚挙に暇なく。何より問題なのが、後進の育成をこれまでまともにしてこなかったという、エドワードからすれば度し難い「怠慢」であった。
無論、これに関してはアンドレアにも言い分がある。これまでのキャリアと、それに基づく育成方針が異なる以上、互いが互いを理解しかねるのはむしろ当然のことだった。
結果、畑違いの天才達は自分の土俵にずけずけと口を出してくる相手を次第に疎むようになり、今では顔を合わせるたびに嫌味を言い合う仲になった。
片や、現場に固執して時代の変化を理解できない愚か者。片や、机にへばり付いて己の体一つで喰種に立ち向かう術を忘れた臆病者、と。
だが、彼らは同じ場所で数世紀前に至高の座を巡って争い合い、同じように嫌味や皮肉を投げ付け合った聖職者とは一線を画する違いを有している。
「捜査会議の内容は騎士ロベルタから君の相棒に共有するよう伝えてある。もはや止めんが、こちらの邪魔だけはするな。得た情報は…」
彼らは喰種捜査官。力なき民を護り、神敵たる喰種を駆逐することに全てを捧げた、現世の守護聖人なのだ。その本分を忘れたことなど、お互い一度もない。
エドワードが言葉を紡ぎながら剃刀の如く鋭い視線をくれた瞬間、虚空を見つめていたアンドレアと目が合う。
喰種も食わぬ喧嘩を捜査の場に持ち込むことほど愚かなことはない。やるべきことはただ1つ。
喰種を探して、狩る。
先程までのやり取りはどこへやら、瞬時に思考を切り替えた男達は、そのたった一つのルールの下に狩りの手順を詰めていく。
「詳しい報告書は今日中に若造から。尻尾を掴んで手に余る様ならすぐに泣きつかせて頂きますよ。仕留める時は一気にやらにゃ、後が面倒だ。」
「以上だ、下がっていい。」
解っているならそれでいいと、あっさり話を切り上げるエドワードにそれでは、と部屋を後にするアンドレア。
「Ciao.捜査会議をさぼるとは、時間にうるさい
ふわり、と緩くウェーブのかかった髪を靡かせ、アンドレアから押し付けられた報告書に取り組んでいる青年に声をかけたのは超が付くほどの美人だった。健康的な小麦色の肌、ぱっちりとした目、少し大きめの唇もチャーミングポイントに数えてよかろう。
「……何の用です。」
「随分なご挨拶ね。せっかく何処かの誰かが知らない会議の内容を教えてあげようとしてるのに。」
そんな美女からお声がかかったにも関わらず、当の青年は蛇に睨まれた蛙のような渋面を作る。
中年親父の誘いに乗って、会議をさぼったことは事実。より正確に言うなら「途中から入って来るな」と門前払いされたのだが、憂鬱な気分は美女からの挨拶程度では払拭されない。
その美女がただで気を効かせてくれたことなどこれまで一度たりともないなら尚更だ。
「…次は何をさせる気です?」
「ひどいわ、そんな安い女だと思われてたなんて。こんな紙切れ捨てちゃおうかしら。」
よよよ、と顔を覆った手の隙間から、青年の反応を窺う。相変わらず辛気臭い顔だ。2週間程前に彼の上司が殉職した時よりはマシだが。自殺者みたいな顔から片腕喰種に喰われた捜査官みたいな顔になったわね、と100万ドルの美貌の裏でとんでもない感想を抱きながら、残った片手で会議録をひらひらと泳がせる。
「お気遣い、ありがとうございます。」
「それでね、最近リノベーション途中のアパルタメントに喰種目撃情報が入ったの。私は国際共同捜査班の仕事で忙しいから、
「……」
伸ばされた彼の手から議事録をひょい、と遠ざけつつ、OSG所属・騎士ロベルタ・フェレッティは同い年の青年に天使の微笑を向ける。青年からすれば、悪魔の囁きだった。
事実彼女は忙しい。無数の情報の中から有益なものを選別し、優先順位をつけてまとめ上げる精度と速度を買われたロベルタ。副班長として彼女を引っ張り上げたエドワルドの下、その才能に更に磨きをかけていると聞く。
一方の自分はと言えば、現地捜査と称して、うだつの上がらぬ元伝説の捜査官とバールを梯子してカフェを飲む日々。
だれがどう見ても穀潰しである。ここで断れば何がどうなるか分からない。反論すれば首が飛ぶ。流石にあの鉄面皮のエドワルド捜査官が彼女の色香にどうこうはなかろうが、彼女の笑顔と指先一つでオフィスの自分の席が消えてなくなる程度は十分あり得る未来である。
その証拠に、周囲の雰囲気に敏い彼は、今オフィスにいる班内の若手捜査官から向けられる殺意の込もった視線に気付いていた。日本人のエアリーディング能力万歳。但し彼女のお願いを聞いてさっさと話を終わらせることでしか、状況の解決策は無い。
「…わかりました。明日捜査のついでに寄ってきます。」
「あら、親切にありがとう。助かるわ。」
敏い割に、青年はエドワルド捜査官が自分達を嫌っていないとは気付けていない。ロベルタが善意と打算ではなく、命令として議事録を共有しに来ていることもだ。更に付け加えるなら、周囲の殺意の内訳に、美女の視線を独占することに加えて、伝説の捜査官に手取り足取り指導してもらっていることへの嫉妬が含まれていることも青年の与り知らぬことであった。
ロベルタが笑顔の裏でそれを周囲に口止めしていること、そして彼女のお願いが割と命に係わるレベルであること。
以上2点が、何とも居心地の悪いオフィス内での青年の平穏を維持していた。
「貴方達の「ルマーカ」もまだ進展は無いようね。」
「完全に無いわけでは…」
「言っておくけど、カフェの味は進展の内に入らないわよ。」
せめてもの言い訳もあっさり見透かされた。そして反論できない我が身の情けなさに身が縮こまるばかりである。
青年が書く、要点を押さえた素晴らしい報告書を一瞥し、ロベルタは渋面を更に濃くした彼をしげしげと眺める。机の前では一流。現場に出れば二流。顔は甘く見積もって一流半か。総合評価は中の上。だが、自分ですら認めてくれなかったアンドレア――
最初はイタリア語が堪能な日本人程度にしか思っていなかった。
だが、出合って2、3日後、小規模な喰種の集団を共に狩った時、青年が喰種捜査官としては
やがてアンドレアが彼を相棒にしたことで、見ているだけでは好奇心が収まらなくなり、今ではこうして折りにつけちょっかいをかけている。
一体何が彼を喰種捜査官に成さしめたのか。そして喰種に何を見ているのか。イタリア人喰種捜査官として、そしてロベルタ・フェレッティ個人として、興味は尽きない。
青年に背中を向けて自分の仕事に戻りつつ、彼女はその切っ掛けとなった一言を思い出す。
さして強くなく、醜く足掻く喰種の首を刎ねる瞬間、彼は確かに言ったのだ。
※捜査官の呼称について
:re第5巻、カナエの回想において和修政がドイツの上司に対し「準特等」の呼称を使用しています。日本の階級制度が海外でも共通している可能性有。
ですが、OSGは元々教皇直下の組織だったと設定しているので、階級や呼称も当時のものを流用しているということで、お目こぼしください。
CCGに対応するOSGの階級は以下の通りです。
特等 :聖騎士
準特等・上等:騎士
一等~三等 :従士
同階級同士が混在する作戦では、基本昇進時期の早い者が指揮を執ります。
~うらがき~
初稿では「ボーン・アルティメイタム」のノア・ヴォーゼンの如く嫌味で権威主義な冷血漢だったエドワード。
だがデヴィッド・ストラザーンにそんな三下な設定を付けられず、書いているうちに出来上がったのがこちらの紳士。
改稿途中にHELLSINGを見たのが良くなかった。
そして、3話まで書き、思ったことが一つ。
あれ、これ東京喰種の小説だっけ。