アンドレア:ディノ・デ・ラウレンティス
バリスタ :アーシア・アルジェント
シスター :ラウラ・パウジーニ
ジャンニ :ジェイク・ロイド
老医師 :ゲイリー・オールドマン
「何故、ついて来たの。」
「…だって、何処かに行っちゃうんじゃないかって思ったんだ。ねぇ、何処にも行かないよね?」
聡い子だ。だが、今はそれが状況を悪くしている。と彼女は歯噛みした。
一昨日訪れたカフェで、思った以上に捜査官共の手が伸びていることを知った。伝え聞いた風貌から、どうやら聖騎士の一人が動いているらしいということもだ。どこまで誤魔化せるかはわからない以上、何らかの手を打つ必要があった。
OSGに目撃情報を連絡したのは彼女自身。恐らくやって来るだろうあの2人組を殺した後、彼らのクインケで相打ちを装い自殺すれば、「ルマーカ」と呼ばれる喰種の捜査と討伐はそこで打ち切られる。相手が聖騎士とは言え地の利も含め勝算はあった。この子の為でもあるが、同族殺しを繰り返して蓄えた力は伊達ではない。暗く視野の狭まる路地、屯する浮浪者、奇襲を掛けやすい夜のローマは捜査官共にとっては戦い辛い。やっきになって探しているのだ。ずるずる日をおくとも思えない。調査するなら明日明後日の早朝だろうと山を張り、あのアパルタメントで待ち伏せた。そこまでは良かった。
だが自分を追って、当のこの子があの場に来てしまった。
なんとか2人が共にいたことは捜査官共に見られずに済んだが、仮にあの場で当初の計画を実行しても、あの子との繋がりが捜査官たちに露見してしまっては無意味だ。
事実、重要参考人としてすでにこの子の人相書きがローマ中に配られている。警戒網も緩む気配がまだ無い。そして、どう行動すべきか逡巡している間に捜査官から手痛い一撃を受けてしまった。まさか面でも点でも攻撃でき、味方に当てずに自分だけ撃ち抜けるとは。武器の種類は羽赫だったが、まだ傷は癒えない。
「ねぇ、どうしたの?」
「…大丈夫よ。でも、そろそろお引っ越しをしないといけないわね。」
「僕が、あんなことしたから?」
「違うわ。それにあなたは悪くない。
「でも…。」
「あの女の子のこと?」
「…ごめんなさい。」
か細い声で謝る少年を抱きしめる。しょうがない子だ。そして、なんて忌々しい偶然。捜査官と有利に戦える場所として真っ先に思いつき、ここからも離れたアパルタメントだったが、この子達の方が一足先に遊び場として目を付けていたらしい。
聞けば、誰にも見られず、隠れられる場所がたくさんあって遊べると思ったのがあそこだったと言う。自分が教えた、捜査官共から逃れる術をちゃんと覚えていたのだ。
やはり、院から出すべきではなかった。まだ「人」の悪意に疎いこの子が、人間社会でうまく立ち回ることなどできないとわかっていたのに。
それでも、しばしば自分の目を盗んで外へ出ていく少年が、追いかけた先で同じ年頃の人間の少女と遊び笑い合う姿を見て、どうしても止めることができなかった。
「あの子には、後でお手紙を書きましょう。今はお引っ越しの準備をしないと。ね?」
「…うん。」
全て、自分の甘さが招いたことだ。今朝も。あの時も。自分が非情になっていれば、まだ手の打ち様はあったのかもしれない。しかしもはや過去のことだ。今更どうこう言っても仕方がない。
幸い、伝手はまだある。この子を安全な場所に運んでもらうために呼んだ仲間も、まだ市内にいる。できるだけ多くの捜査官を引き付けて、その隙にこの子を逃がす。
辛い思いをさせてしまうが、この子の為だ。
自分の腕の中でぐずる少年の髪を梳かしながら、彼女は一人決意を固めていた。
「もう1週間前になるから、死体自体は火葬して、残っているのは提出した記録だけだよ。」
「いえ、記録というより、貴方の話を聞きたくて。」
次の日、青年は7日前に「ルマーカ」の犠牲となった男性の検死を担当した医師の下にいた。
ロンドンから移住したという老医師は紅茶でいいかね、と席を立ちつつ話を促す。
「それで、何が聞きたいのだい?」
「どんな小さなことでも。遺体に何か不自然な点や、違和感を抱いた点はなかったですか?」
「本職なのだ、気付いているだろうけど…」
「喰われていない、ということ以外でお願いします。」
「やれやれ、せっかちだな君は。老人の話は最後まで聞くものだよ。」
はぁ、と気の抜けた返事を返す青年を横目に、沸騰までもう少しのお湯をコンロから引き揚げ、ポットに注ぐ。中の茶葉はレディグレイ。アールグレイをベースにしたブレンドティーの一種である。骨格マニアの女性とは、一切関係ない。
程なくして、気分転換にどうだね、と差し出されたカップを青年は受け取った。オレンジかレモンか、爽やかな香りが鼻腔を満たす。美味しいですね。呟きに一つ頷いた医師はカップとソーサーを手に口を開く。
「喰われた遺体の検死も、もう随分長いことやってきた。それは酷いものさ。新人の頃は胃を空にして臨んだものだよ。」
一口、紅茶を飲む。今日は上手く淹れられたな。目の前の青年も、今度は遮ることはしないようだ。よしよし、若いの。焦っちゃいかんぞ。
「喰種にとって人体は食物だ。私たちにとっては猟奇的享楽的殺人かもしれないが、彼らからすれば日々の糧だ。余さず食いたいだろうが、胃の容量という物理的な問題がある。そこでだ、全部食べてもいいが、食べきれないビュッフェに行った時、君は何を先に食べるかね?」
「自分の好きなもの、でしょうか。」
「彼らも同じさ。自分の好きな部位を食べる。人が食事をする感覚を持って多くの遺体を見るとだ、その喰種の食へのこだわりというか、好みというかそういう類のものがなんとなくではあるが見えてくる。その背景もね。」
「我がロンドンには雑に食い荒らされた遺体が多い。エドワードがやんちゃしたせいで喰種はすっかり肩身が狭くなってしまったからね。日々の糧にもこと欠く連中は、食に好みなんて反映させる余裕はないのだろう。」
「それに比べると、ローマはまだ喰種が人間らしい。けど、あの遺体。「ルマーカ」だったかね。あれは違う。喰わなかったのではなく、
口を開きかけた青年を手で制し、更に紅茶を一口。二口。
「私の勘ではね。「ルマーカ」は人を殺してその肉を喰らったことがない。だから死体を見ても食事しようという気になれなかった。滑稽な話だが、あの遺体からは溢れ出る食欲や、暴力的なまでの生物としての衝動の発露を読み取ることはできなかった。
喰種みたいな爺さんだったな。
2杯目の紅茶を丁重に断った青年は、車を走らせつつ先程の会話を反芻する。先輩捜査官の如く醜い
「仕切り」と総称される地区を統率する喰種たちからのおこぼれにあずかるもの。
自殺の名所で食料をかき集めるもの。
人を見下し、ゴミのように扱う喰種もいれば、人間社会に適応しようと、実に涙ぐましい努力を重ねる喰種もいる。
だが、人間は喰種と「共存」できても「共生」はできない。人を狩らないことはできても、喰わないことはできないのだ。共食いでもしない限りは。
喰種と「共生」するとはすなわち、人間社会における価値観の崩壊を受容して生きることにほかならない。自らが「人」たりえる基盤が揺らぐ社会など、そもそも人間が「人」でいられない。
しかし、喰種の中でも忌み嫌われる共食いを行い、人間を食物と見なさない「ルマーカ」ならば、或いはその壁を越えうるのではないか――。
そこまで考え、そして無意味な思考を積み重ねたことに気付く。あの医師の妙な喰種哲学に自分も毒されたかと苦笑した青年は、気持ちを切り替えるかのように大きくハンドルを切る。
本当に、無意味だ。
いずれ奪われ、壊されると知りながら、それでも尚喰種が積み上げる「平穏」という名の楼閣。
それがどれだけの骨と肉で作られているか知りながらもマスクで全てを覆い隠し、生の意味を知るために必死に「人」との繋がりを求める、そのいじらしさ。
命の価値を知るからこそ、それに鈍化し、或いは恐怖する魂の輝き。
それが、それこそがこの「人」の世界における喰種の価値であり、唯一無二の美しさなのだ。
日々の安寧に身を委ね、埋没するなどとんでもない。
そんな
余人が聞けば耳を疑う美学を胸の内で燻らせる青年。
バックミラーに映ったその口元はほんの僅か、歪んで見えた。
向かった先は、一昨日訪れたバールだった。
相変わらず音もなく滑らかに青年を迎え入れる扉。そして今回も、客はいれど会話は無い。不思議な静謐を醸す店内。だが、基本的に客と店員の会話がない日本のカフェに慣れた青年にとっては、その静けさが心地良い。
今回は来客に気付いて顔を上げたバリスタは、あら、とばかりに微笑む。どこぞの誰かとは違う、掛け値なしの純真な微笑み。
「今日は師匠さんと一緒じゃないのね。」
「師匠?あぁ、彼は職場の同僚といいますか、上司といいますか、そういった関係です。」
「あら、そうだったの。てっきりバリスタを目指してる方だと思っていたのよ。」
カフェを、との注文に頷きながら、青年が左手に持つアタッシュケースに目をやる彼女。
その視線に気づき、最近こういうのを持つ人ってあんまり居ないですよねと言いつつ、ほんの僅か左手を持ち上げる。起動させれば周囲を薙いで牽制できる位置だ。しかし、彼女にも周囲にも特に反応は無い。
「まぁ、商売道具のようなものです。本当はもう少し小さい方が持ち運びやすいのですが。」
「いつも持ち歩かないといけないなんて、大変ですね。ちなみにお仕事は何を?」
「しがない公務員ですよ。」
世間話に花を咲かせつつ、どうしたものかなと青年は思考する。
来てみたは良いが、そもそも別に何かを期待していたわけではない。あの妙な老医師の話を聞き終わったら、日本人の感覚からは長すぎる昼休みになっていた。本部に戻ってもアンドレアはいないだろうし、針の筵のような視線を受けつつオフィスで仕事をする気にもなれない。それならばと足を向けた。ただそれだけだ。
視線を泳がせていると、ふとカウンターの奥に目が行った。小さなコンロとマキネッタが一組、ぽつねんと置いてある。勿論、カウンターのすぐ横には業務用のエスプレッソマシンが彼の注文に応えようと目下稼働中だ。
「ごめんなさいね、それは売り物じゃないの。」
目線の先に気付いたバリスタがさらりと青年の疑問に答える。
「アンティーク、というわけでもなさそうですが。」
「私が自分のお店を持つのを応援してくれた人がいるの。今でも毎日来てくれるのよ?これはその人の為に用意してあるものなの。」
最近はあんまり来てくれなくなっちゃったけど、と寂しそうに付け加え、今日は来てくれるだろうかと彼女の姿に思いをはせる。
「それは素晴らしい縁ですね。ちなみにその人はどのような方で?」
「シスターよ。ここから少し離れた、観光客も寄りつかない小さな教会に住んでいるの。悪ガキと一緒にね。はいどうぞ。」
「ありがとうございます。」
カップを受け取り口に近付け、一口、の前に懐から着信音。アンドレアからだ。
名残惜しそうにカップを置き、バリスタに断わって通話ボタンを押す。
「はい、わた…」
「俺だ。今から
「わかりました。すぐに向かいます。」
味わう暇も無し、か。溜息をついてカフェを一息に飲み干す。バリスタに申し訳ないと思いつつ、代金を置いて外へ出る。
「お仕事ですか?」
「ええ、そんな所です。ごちそうさま。また来ます。」
「あら残念。シスターがそろそろ来る頃なのに、今日も入れ違いなのね。」
ふと、車に向けた足を翻す。
――赫子を出して人を殺した癖に、何処も喰わずにほったらかす様な奴だ。ああいうお上品なカフェは似合いだよ。
――シスターよ。ここから少し離れた、観光客も寄りつかない小さな教会に住んでいるの。悪ガキと一緒にね。
――
――待ち伏せされてたんじゃねえかと疑ってたんだが、当てが外れた。
なんとなく、引っかかる。
「あの、最後に一つすみません。私たちのこと、そのシスターにお話されました?」
~うらがき~
思いつくままに書いているのですが、プロットの大切さを痛感させられております。設定を活かしきれなかったり、後で展開が苦しくなったりと四苦八苦。
後、極力ご都合主義も排して書こうとか初心者の分際で無謀なことも考えてもいたんですが、結局いくつか偶然に頼らざるをえなくなっております。
あ、イタリア喰種がおわったら、ちゃんと主人公の名前出して東京喰種やりますんで、もう少しお待ちを。なんで隠すのかって?その方がかっこいいからだよ。