東京喰種√H   作:三木春

8 / 9
≪登場人物モデル≫
アンドレア  :ディノ・デ・ラウレンティス
エドワルド  :デヴィッド・ストラザーン
ロベルタ   :アレッシア・テデスキ
アーデルフ  :マティアス・ハビッヒ
ジェルメーヌ :ノラ・アルネゼデール


断 絶 : 08

「状況報告。」

「現在確認されているのは「ルマーカ」のみ。ポルトゥエンセ通りをテベレ川に沿って北上しています。アーデルフ準特等旗下で追跡していますが、すでにシュテファン上等、アダムズ一等が殉職。」

「アンドレア班の現在位置は?」

「ガルバルディ通りとアンジェロ・マシナ通りの交差点付近です。」

「すぐ呼び戻せ。トラステヴェレ周辺5ブロックに警報発令、住民を出歩かせるな。ヘリを出して「ルマーカ」を上空から追跡。ジェルメーヌ班をパラティーノ橋から直援に回せ。アーデルベルト班とで挟撃する。」

 

面倒な場所に出てくれた。エドワルドは舌打ちしたい気分を堪えつつ、矢継ぎ早に指示を出す。この位置からなら、観光客の巣窟であるサンタンジェロ方面にも、この時間帯リストランテには大勢の人が居るトラステヴェレ中心部にも抜けられる。しかも、教会へと先行させていたアンドレア達と行違いになってしまったため十分な足止めができていない。

 

しかし、準特等1名、上等1名、一等1名、二等2名で構成されたアーデルフ班を半壊させておきながら、奴は逃げていない。基本、奇襲かもぐら叩きに徹せざるを得ない人口密集地においては、地の利は喰種にある。人命の危機をちらつかせつつゲリラ戦を展開されるだけで、こちら側は手出しができないからだ。にも関わらず、捜査官を振り切らずに北上しているということは、「見失われたくない」理由があるということ。ロンドンでも幾度となく見てきたその戦法。加えてこれ程タイミング良く出てきたのだ、二等の勘頼みの推論は恐らく当たりと思って良いだろう。

 

――すなわち、自分を囮にした陽動。

 

「OSGに協力を要請して、少年を探しますか?」

 

こちらの意図を酌んだか、ロベルタが振り向かずに問うてくる。

ふむ、とエドワルドは顎に手を当て黙考する。少年を捜索したとしても、今から確保できる可能性は低い。どのみち追うのは実害の出ている「ルマーカ」のみ。アーデルフ班の被害を見るに手抜きができる相手でもない。急造の国際捜査班が初めて対峙するレートS。ここは確実に奴を処分して班員に連携と経験を積ませることが優先だろう。しかし、仕込み程度はしておくべきか。

 

「先の5ブロックを取り囲むように警戒網を縮小し、OSGを各ブロックに1班ずつ配置。「ルマーカ」を確殺する布陣に切り替えると()()()()()()()()()()()()移動させろ。あぁそれと、トラステヴェレ駅のあるCブロックの警戒網の構築は甘くしろ。」

「罠ですか?しかし、あまりにも…」

「その通り。子供騙しだよ、騎士ロベルタ。だが、どの道アンドレア達が追跡しているのだ。逆走してCブロックに来る可能性は低いが故に構築の優先度も低い。最優先は目の前の害虫退治だ。」

 

それに、と胸の内で言葉を重ねる。君の叔父が突破されると言うことは警戒網なぞ無意味だろうしな。

 

 

 

 

 

先手取って動いてきやがったな。

荒々しくハンドルを切り、道路をかっ飛ばしながらアンドレアは相手の思い切りの良さに素直に感心していた。バリスタの話から辺りを付け、昨日の朝の襲撃前後に「犬」がシスターを見ていたことを確認した若造から推論を聞かされたのが15時過ぎ。そこからエドワルドに話を通し、聖騎士の権限も使って半ば無理矢理布陣を整えたのが20時。仕掛けようとした矢先にこれだ。小僧の方を逃がすためだろうが、まさか自分から打って出てくるとは。

 

「おい、エドワルド。どっちを取る?」

 

帰ってきた声には「不本意」という感情が僅かに滲み出ていた。

 

「まず確実に「ルマーカ」をこちらで仕留める。もう一匹は騎士ロベルタを通じてOSGに捜索を厳命させた。お前たちが合流するまでの時間は稼げる。必要なら増援も出す。」

「ほう、ようやく椅子の上からご出勤か。」

「どこぞの老害が仕事もできなくなっていれば、そうせざるを得んな。」

「言ってろ5分で着く。」

 

挨拶代りに皮肉を交換しつつ素早く捜査官側の体制を確認し、やっぱ人手が足りねぇな、とぼやくアンドレア。

本来ならもう1人準特等が班を率いることで、現場と本部双方に十全の体制を構築できるのだが、その準特等はすでに中身がすっからかんの棺桶で日本に送り返されている。彼の与り知らぬことではあったが、単体で特等を殺害した喰種の出現により棺桶の中身の後任人事自体が日本で宙に浮いていた。そうでなくとも自国を優先させたいのはどこも同じ。優秀な捜査官を他国に貸し出す余裕があるわけでもない。志願してきたエドワルドなど例外中の例外である。

そんなこんなで大体の国が実力も一癖もある連中を厄介払い込みで放り込んだため、結局十分な連携や包囲網を敷けずにいるのが国際共同捜査班の実情であった。どうしたもんかねと、心中嘆息する中年捜査官。自分がその最右翼にいる自覚は無い。

 

だが四の五の言っている暇がないのも確か。

状況を聞くに、アーデルフ準特等では勝てるかどうかかなり怪しい。準特等の肩書は伊達ではないのだが、如何せん緻密な連携と奇襲がお家芸であるドイツ人の捜査官。喰種から逆に奇襲を掛けられ相方を失い、国も異なるひよっこ2人の世話をしつつ戦っていてはお家芸もくそもない。フランスの新鋭ジェルメーヌ上等の班にしても、レートSと真正面から戦ったことはない。文字通り決死の覚悟で向かってくる喰種を相手取るのがどれ程神経を削るのか、肌で解っている捜査官が戦場にはいなかった。

運が悪けりゃアーデルフの石頭以外はかち割られてるかもしれねぇな。幾多の別れを経験した聖騎士の頭に冷徹な予想が浮かぶ。

 

だが、目下最大の懸念事項は組織の人材不足でも現場の面子の経験不足でもない。

 

――こいつ、何を隠してやがる?

 

アンドレアは先程から一言も発することなく瞑目している隣の若造を睨みつける。

カフェの常連だと言うシスター、彼女と共に暮らしている少年、自分達の情報を漏らしたバリスタ。喰われていなかった死体とアパルタメント襲撃の前後に通りかかったシスター。

一つ一つは偶然とも片づけられる些細な出来事。だが世の中の大体が、そして真実は、往々にしてその些細なことの積み重なりで成り立っているものだ。状況証拠とカフェの品評も手伝って、青年の推論に賭けてみたことは良い。このタイミングで出てきたならほぼ正解だろう。

とはいえ、それでも説明できないことは残る。

そもそも、何故捕食もせずに人間を殺したのかという疑問もあるが、殺された男からは薬物反応が出ている。ラリってちょっかいかける相手を間違えたなら説明は付く。だが少年も喰種だったとして、何故「ルマーカ」が自分達を待ち伏せたのか。偶然カフェで捜査の事を知ったにせよ、わざわざ自分達を襲撃するメリットがあの時点で合ったかはかなり疑わしい。

 

それを説明できないので「勘」なのです。と若造は携帯電話越しに言った。

嘘だ。それこそ勘に過ぎない。だが合流した若造の胸倉を掴みあげて問い質す位に、彼の嘘は性質が悪いと15年来の付き合いであるアンドレアの直感が今も囁いている。

 

無論、こうして「ルマーカ」が出現した事実に比べれば青年の勘や嘘など些末なことである。喰種捜査官の本分は「喰種を探すこと」ではなく「喰種を殺すこと」だ。どれだけ変態的な嗜好をしていようがどれ程腑に落ちないことがあろうが見つけて根絶やしにしてしまえばそれで良し。一々かかずらっている暇があるなら喰種の一匹も殺してこいというのが大抵の喰種組織の基本方針であり、また多くの捜査官のスタンスでもあり、そしてどこの国においても喰種対策組織と警察機構が犬猿の仲になる原因であった。

 

アンドレアとてそれは理解している。結局若造は口を割らず、その考えは解らないまま。

しかし、自身の直感に幾度となく救われてきた男は、だからこそそれを無視するわけにはいかなかった。

 

とにかく、とアクセルを更に強く踏み込みながらアンドレアは覚悟を決める。

接敵しなければ話にならない。幸か不幸か自分は遠距離、若造は近距離が専門だ。外から援護しつつ、やばくなったらまとめて撃つ。腹は括った。後は野となれ山となれだ。

 

サイレンを鳴らして爆走する黒のフィアットの車内には、既に痛いほどの緊張が張り詰めている。折しも、無線からはジェルメーヌ班が「ルマーカ」と接敵したとの知らせが流れていた。

 

 

 

 

 

サイレンの音が迫っている。方角から察するに教会から引き返してきたのだろう。第一陣で自分を狩りに来て、かつまだこの場に姿の無い捜査官はあの2人しかいない。喰種の鋭敏な聴覚でもって狩人の接近を悟る。そろそろ仕掛けるべきかと「ルマーカ」は思案する。

 

瞬間、眉間目掛けて突き込まれた赫黒の大剣を左腰の赫子で弾き、右腰の赫子で大剣の持ち主の胴を薙ぎ払う。だが、脇から差し込まれた槍がその赫子を受け止めた。幅広の穂先が揺らぎ、腹を削ごうと回転するのを目にした彼女は赫子を根元付近から強引に振り回して間合いを仕切り直す。

 

ジェルメーヌ班が到着してから、戦闘は一進一退の様相を呈していた。

前衛をアーデルフ準特等とジェルメーヌ上等が担当し、残りの班員で包囲網を形成。捜査官たちはアンドレア班の到着まで「ルマーカ」の攻撃を凌ぐ体制を取っている。

 

「ジェルメーヌ上等、前に出過ぎだ。」

「前に出なければ化物を殺すことはできません。」

「じきアンドレア特等の班が到着する。我々の仕事は、」

喰種(神の敵)を殺すことです。」

 

言葉に正確を期すなら、十分な連携が取れないために耐えの体制を取らざるを得なかった、というのが正しい。その原因、あしらわれていることにも気付かずもう何度目かの攻撃を試みるジェルメーヌ上等。腕が立つのは確かだが、甲赫を材料にした大剣タイプのクインケを使う彼女はいかんせん「ルマーカ」とは相性が悪い。

だが、相性云々の前に喰種への憎悪と宗教的な情熱に浸りすぎ、致命的なまでに連携ができないということが、この現状の原因にして彼女が異国の地で母国の料理を恋しがる羽目になった原因であった。

 

喰種が神に仕える真似事など、反吐が出る。

 

迫ってきた赫子を叩き斬って「ルマーカ」に接近しつつ、ジェルメーヌは眼前の喰種に一層の憎しみを募らせる。

 

彼女は敬虔なクリスチャンの家系に生まれた。厳しくも温かく自分を見守る父と優しい母、可愛い弟に囲まれた穏やかな日々。それを奪い取ったのが喰種だ。

誰に恥じることも、何に悖ることもしてはいなかった自分の家族が何故喰われなければならなかったのか。家族を喰われ、1人にこされることが私への試練なのか。だとしても両親や弟が喰われるほどの罪を負っていたどうしても思えない。彼女は教会に篭り、ある時答えを得た。

 

家族に罪はない。何故なら喰種は神の摂理に背く存在だからだ。神が自らを模して創造した人間を喰らう化物に神の意志等が働くはずがない。そして、1人自分が生き残ったことこそが、神の意志なのだ。私の生を神の使徒として喰種を滅ぼすことに捧げよと。自分はまさしく、神に選ばれたのだ。

 

首を狙った踏込を牽制する為地面を抉るように迫ってきた赫子を、ジェルメーヌは手首を翻して切断する。一気に間合いの内に入り込む。後ろでアーデルフ準特等が叫んでいるが、憎しみと自己陶酔に身を任せた彼女には届かない。もう一本の赫子を、右足を軸に回転して躱し、その勢いを借りて「ルマーカ」の胴を輪切りにせんと大剣を振り切る。

 

喰種は皆死ねばいい。

 

だが、その憎悪の乗ったクインケが喰種の命を刈り取ることはなかった。

剣先が「ルマーカ」に触れる直前、すさまじい力がクインケに激突し、腕に灼熱が走る。何が起きたのかまだ理解できていない彼女の目に映ったのは、それまでとは比べ物にならない程大きい「赫」。そして一拍おいて耳に届いたのは、掻き消えそうな喰種の言葉。

 

神の赦しがありますように(Che Dio le perdono)――

 

喰種に神が微笑むものか、思わず言い返そうとしたジェルメーヌ上等の首から上は、次の瞬間宙に飛んでいた。

 

 

 

 

 

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