読み返す度に誤字が見つかる節穴です
眼窩の奥で赤く揺らめく魂の炎が、死の支配者の前で忠誠を示す生者の軍隊を捉える。
理解不能な事態でギルド拠点が転移する以前より、亜人種の進行を食い止めてきた精鋭の古参兵共は、ギルド長が命じれば世界を敵にして戦い、世界の全てに勝ってのけるだろう。
ユグドラシルがゲームだった頃では、その立地の悪さ故に拠点を欲しがるプレイヤーもおらず、一度も攻められた事がなかったアントゥールダウン城塞。
世界が変わった今となっては自動POPの兵士を消耗したことがないという事実だけが残り、レベルが上がる事はないが公式設定として残された亜人種との戦闘経験が、この世界の強さに於いて上から数えた方が早い200名を作り上げた。
この集団の統括を務める男は、頭を下げた拍子に額を流れる汗を感じつつ、身体の奥からフツフツと湧き上がる歓喜の震えを抑える。
創造主にそうあれと生み出され、如何なる事があろうとも与えられた職務と城主として全てのNPCの頂点として、創造主達の戻らない場所を守護し続けた。
恋い焦がれ、気が遠くなる程に待ち望んだ創造主からの命令は、普段の冷静沈着さを容易く打ち破り、この世のどんな物よりも甘美な言葉として脳を揺さぶるだろう。
栄えあるアントゥールダウンを攻めるなどと言う愚行を行った獣人共を滅ぼせと望むのであれば、牢獄に叩き込んだ捕虜を血祭りに上げ、世界の果ての草の根を掻き分けて獣人共を追い立てる事も問題はない。
「良く集まってくれた。これから軽く戦闘が起きるから、顔を上げて話を聞いてくれ」
「各員傾聴!」
絶対なる支配者たる創造主の言葉を受け、NPCの統括者は待ち望んだ言葉を聴き逃すまいと、背後に控える配下達に短く指示を発する。
無論、そんな指示を出さなくても、彼ら皆が待ち望んだ言葉を聴き逃すよう愚者は居ないだろう。
「これから数時間もすれば、捕らわれた仲間を取り戻さんと、慈愛の精神に満ち溢れたビーストマン共が再びこの城を襲撃してくるだろう。野蛮な獣でも仲間を想う気持ちは我らと変わらない。その行為は素晴らしいものだが、残念ながら奴らが先に拳を振り上げた事実は変わらない」
そこで一度言葉を切って、スルシャーナは目の前の200人分の視線と目を合わせる様にゆっくりと見渡す。
湧き上がる感情を抑える様に、皮膚が白くなるほど拳を固く握り締めているシュトルフを筆頭とし、一挙手一投足を逃すまいと皆が一様に真剣な表情で続きを伺っていた。
命令一つで剣にも盾にもなる精鋭達の光景に何を感じたか、表情を作る肉のない頭蓋骨からは読み取ることが出来ない。
冥府より顕現した死の象徴は、両手を左右に伸ばして漆黒のローブを広げると、骨と歯だけの顎を開口。
「力を魅せつけろ」
手の平に乗せた見えない命を握り潰すように、左右に広げた両手の拳をギュッと握り、神が定めた命運を無慈悲に宣告した。
「ただし、指揮官は生かせ。その先の使い道は考える」
「御身の望むままに」
創造主より与えられた
王が臣下に対する自然な振る舞いで、まるでそうすることが当たり前の様に軽く手を上げて答えた。
「それと一部のビーストマンはこちらに来ないみたいだから、戦闘時の城砦内NPCの指揮はシュトルフに任せた。俺は《
「はい?何言ってんのギルマス」
「スルシャーナ様……またお戯れを申されても」
日々を生きるだけの世界から、突然突きつけられた生きるか死ぬかという世界で、恐れも迷いもなく自らの行動を選ぶ。
死に最も近い存在というのは、生ある存在の周りから見れば死に急いでいる様に見えるのだろうか。
しかし、スルシャーナの表情が変わらない頭骨からは恐れも不安も伺いしれない。
「別に
金細工や宝珠等の細かな装飾が施され、夜の闇をさらに濃くして闇と一体化する様な漆黒のローブを纏い、白骨化した細腕の持つ黄金の杖と言う、生きとし生けるもの全ての死を司る見た目に反して、
「それはそうなのかもしれないけど・・・・・・。それなら前衛やれるナポリたんかヒデヨシを連れて行きなさいよ。勿論エンクちゃんは連れてっちゃダメだから」
身長差で覆いかぶさる様に見えるが、レディー・ロッテン舞矢はエンクの後ろから両手を前に掛けてがっちりと掴んで離さない。
ギルド内で3人の前衛職のうち、残った2人を同行もとい、お目付け役にすべくナポリたんとヒデヨシを顎で示した。
「私も戦いたいのに・・・・・・」
元々の好戦的なプレイスタイルからか、舞矢の腕の中で不満げな表情を浮かべる少女は、その赤みがかった頬を少し膨らませた顔で文句を言う。
「「・・・・・・さいしょはグー」」
ナポリたんとヒデヨシは未だ見ぬ場所への同行に思いを馳せながら、嬉しそうにどちらが着いていくかを決める為のジャンケンを始めた。
「君にとっては護るべき頼りない仲間かも知れないが、一人だけで背負うことも無い。大丈夫、元の世界に帰る為にも皆で助け合えばいい」
最年長者のアーラ・アラフは優しげな声で年下の長に声を掛け、ゴツゴツとした大きな手を肩に乗せる。
「主様方以外にも、我らからも共をお連れください。Lv100のジャッジメントとテ・リーヌ卿なら前衛が勤まります。後衛のリラもいざと言うときは盾になりますので、せめて一人同行するお許し頂きたい」
自らの創造主たるスルシャーナに絶対の忠臣を誓う城主は、同行を申し出たくても己に課せられた城砦の指揮官と言う立場がそれを許さない。
他のLV100の拠点防衛用NPCである3名の誰かから、もしもの時の壁を連れて行って欲しいと嘆願する。
「あら、リラを連れてく事はあたしが許さないけど」
その視線を向けられたシュトルフは一礼をして了承の態度を見せるが、その表情に叱責を受けた焦りは無い。
無論、シュトルフ以外のNPCもそうだが、ギルドメンバーは敬愛すべき主達一人ではあるが、創造主がその最たる対象であり、他の何よりも創造主の身を案ずるべき行動を是としていた。
未だスルシャーナに同行する権利を勝ち取るべく、ジャンケンを引き分けては次の手を考え直すナポリたんとヒデヨシ。
そしてその勝負の行方を心配そうに見守るのは、彼らの作り上げた2人組の隠密型NPCと4姉妹の
彼らはギルドメンバーに与えられた各Lv100のレベルを分割された拠点防衛用NPCであり、創造主達に同行しても足手まといにしかならないことを理解している。
「そんなに心配するなら、とりあえず今回はギルド武器を持っていくよ。あとは皆に言ってなかったとっておきのアイテムもあるし何とかなる」
「ギルド武器は別に良いわよ・・・・・・。元々、拠点に置かないで一番強いギルマスが常に持ってたものなんだし、壊されるとも思えない。でも、こそこそ隠してたのが何なのかは教えてくれてもいいでしょ」
「……別に隠してたって程でもないけどさ。最終日にバザーで大枚叩いて手に入れたものだし」
ギルド長代行を任せるられる程度にはレディー・ロッテン舞矢との付き合いが長く、スルシャーナは彼女との交渉で落としどころを提示した。
そうは言っても当人も少し興奮気味に何も無い空間に手を差し込み、子供が親に自慢をするかの如く高ぶった態度を見せながら、空間の狭間から抜きアイテムを見せ付ける。
差し出した白骨の手には、自身の尾を飲み込む蛇を象った剥製の腕輪が握られ、その鱗が少し高く上った太陽からの光を鈍く反射していた。
「何それ気持ち悪い」
コレクター心をくすぐる一品を、自信満々な男の浪漫を、道具鑑定に関する探知魔法を使えないレディー・ロッテン舞矢はバッサリと一言で切り捨てる。
いつの世も女は男の収集癖を理解してくれないらしい。
「これこそが彼の有名な二十の一つ
呼吸さえしていれば鼻息荒く語っていたであろうが、今の骸骨姿では不思議と感情を抑制されて興奮を上手く表現できない。
しかし本人の興奮が抑制されるのとは間逆に、アントゥールダウン内では波のように喧噪が広がる。
「すげー!スルシャーナさんすげー!」
「触っていいですか!?うはっ!かっけー!」
いつの間に勝負は終わったのか、虫取りで大物を前にした少年のように興奮を表に出せるナポリたんとヒデヨシが羨ましいと感じ、少しだけ興奮とは別の感情が揺らぐ。
レディー・ロッテン舞矢の腕の中に納まるエンクも、新たな
「もう1つの
そう言ってアーラ・アラフは目を細めながら年寄りに似合う笑い方で喜びを表現する。
ユーザーが減り続けた晩期にとは言え、ギルドメンバー6人で1つの
「まぁそういうことだから、なんかあったら自己判断でこれを使って対処するよ。運営お願い系アイテムだからこっちで使えるのかわからないけども」
不満げな表情のギルド長代行に、
「ジャッジメントは貴重なタンクだから、連れて行くならエンクちゃんところのNPCを借りていきましょうよ」
どうやらジャンケンの真剣勝負に勝ったのはヒデヨシだったようだ。
全体的に茶色の古臭い甲冑はやかましく音を鳴らし、顎紐をキツく結んだ兜は雄鹿の角が装飾されている。
ガチプレイよりロールプレイが好きだった男は、実力もスルシャーナに遠く及ばない。
しかし、器用貧乏な浪漫を追求した結果、前衛と後衛に何か有った際の2番手や補佐役になれる中衛的な立ち回り。
人数が少ないギルドだからこその役割があり、純粋なタンク職のエンクが前衛としているからこそ、ナポリたんとヒデヨシは中衛でサブタンクとして動くことが出来た。
「それじゃエンクちゃん、テ・リーヌを借りてく。行こうかヒデヨシ」
「スルシャーナ様の仰せのままに」
エンクに軽く手を上げてNPCを借りる許可を得ると、彼女の黒歴史である銀髪の
スルシャーナはそれを確認すると何もない空間より羊用紙のスクロールを取り出し、青みがかった淡い炎と共に込められた魔法を発動させる。
「《クレアボヤンス/千里眼》」
先ほど探し当てた捜索地点を探知系魔法のスクロールで視界に映すと、目の前の景色とは別に、青々と茂った森林の中を二重に見る事が出来る何とも言えない感覚に見舞われた。
しかし、その場所には先ほど見たビーストマンの部隊の姿はなく、喧騒とは程遠い木々の様相しかない。
「さすがに何処か別の場所に移動したのか。とりあえず3人で虱潰しに探せば……。《ゲート/異界門》」
お目付役兼同行者をさらりと別行動させようと口にして、死の神さながらのスルシャーナは、楕円形の下半分が地に埋まった闇の入口を顕現させた。
地獄に繋がっていると言っても信じられる漆黒の空間が死神の名代を吸い込む。
続いて芋豊T・ヒデヨシは右腕を内側に曲げてこめかみに伸ばした手を添えると、ナポリたんに軽く敬礼をして異界門に一足飛びで吸い込まれて行った。
テ・リーヌはエンクを腕の中に収めるレディー・ロッテン舞矢に一礼すると、端麗な容姿で儚げに表情を変える。
「どうか我が麗しの姫をお守り下さい」
自身の設定した言動に思い当たる節があるのか、ギャーギャーと喚きながらジタバタと動いて公衆の面前から隠れようと両手で顔を隠すエンク。
唯一確認出来る耳は林檎と見間違う色に変化させており、女子大生の元厨二病は実態を持って彼女を攻め立てる。
そしてそれを涎を垂らさんばかりに口元を歪め、辱めを受ける年下の仲間を逃さない様に抑えつけながら興奮に身を震わす変質者を尻目に、
木々で覆われた森の中は薄暗く、現実では聴くことの無くなった鳥や動物の鳴き声が響き、不思議と耳に染み渡る。
水分量が多く、少し柔らかい足元の地面には無数の人より一回りは大きな足跡が残され、つま先の向いた方向から目的の集団が進んだ方角を読み取れた。
「これが自然の匂いか……。なんか湿っぽいというか、思ってた様な良い匂いじゃないですね」
背後から喧しく鎧を鳴らして続いてきた芋豊T・ヒデヨシは、初めて体験した自然にどんな想像を持って居たのだろうか。
「お待たせして申し訳御座いません。何なりと御命令を……」
テ・リーヌがその纏わりつく闇の中から現れ、3人が揃ったことで話を始めようとスルシャーナは一歩前に出る。
そして片膝立ちとなり、二人を近くに呼び寄せた。
「いいか野郎ども。ビーストマン共は既にこの先に向かった様だ。正直、奴らがどこに行こうとしてるのか全くわからん」
目先の色々な欲望に捕らわれているのか、芋豊T・ヒデヨシは地面を指で突付いて指を擦り合わせて土の感触を確かめている。
NPCであるテ・リーヌは、当たり前の様に真剣な表情でスルシャーナの言葉の続きを待った。
「
そう言って、
羊用紙を受け取る二人からは、その作戦を咎める意見は出ない。
外の世界を見れれば良いという思いで着いてきたギルドメンバーで、特段危機管理に関して深い考えは持っていない芋豊T・ヒデヨシ。
ギルド内で誰よりも強力な力を持つスルシャーナが負ける相手はいないと考える、NPCであり同族のアンデッド、
お目付役には向かない最悪な二人は、方や消耗品の様に乱雑に、方や王より賜ったアイテムのように、スクロールを受け取ると軽く頷いて足早に立ち去った。
「終わったら舞矢さんに言わない様、ちゃんと口止めの約束しておかないと」
二人が立ち去った方向と眺めながら呟くと、行き先が被らない様に、黄金に煌くギルド武器を二、三度撫でながら、さながら死者の行軍を開始した。