オーバーロード 御伽噺   作:"A"

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プロローグに追いついたので、この話数で1章終わらせるつもりでしたが、書き終わってみたら1万字超えたので分割しました。
残りはそのうち投稿します。


1章 最後の日と始まりの日10

少女にとって、その日はいつもと変わらない日常の始まりだった。

近くの森林から伐採した薪が小気味良い音を立てて炎に変わり、木目の紋様が浮かぶ包丁が一定のリズムで食材を切り分けて調理台とぶつかる。

ぐつぐつと湯気を上げる鍋の中には豆のスープが煮込まれ、両手に収まる量に切り分けられたカブが具材として投入されると少しだけ鍋の沸騰が落ち着いた。

既にテーブルの上にはライ麦のパンが切り分けられて、家族4人の分は用意されているが、少女はこの黒く固いパンが好きではない。

無論、好きではないから食べないなどと言う贅沢なことは出来ないが、スープに浸して僅かな野菜の味と柔らかさを堪能するくらいは許されるはずだと、まだ控えめな胸を張って主張したくなる。

 

身体の大きな父親と兄は、少女にとって固くて顎が疲れるパンでも既に形も無く胃に収めており、兵士として働く二人が満足する量の食事を用意する母親は、毎日朝と夜の食事の準備に大鍋の前から離れられない。

木製のコップを持たずに口だけで行儀悪く傾け、山羊のバターミルクを飲んで空腹を紛らわせる少女は、父親と兄が小さな樽のようなジョッキで林檎酒(シードル)を飲む姿を眺めた。

平原には綺麗な水源はなく、日頃の生活で綺麗な飲料水を飲むことは難しい。

果実を醗酵させて保存の効くアルコールにするか、搾りたての動物の乳からバターやチーズを作った残り汁のミルクを飲むか。

林檎酒(シードル)蜂蜜酒(ミード)はアルコール度数も低く、町の子供も飲料水代わりに常用的に飲んでいるのだが、栄養価があるからと少女はバターミルクしか許されていない事も不満であった。

やがて朝食の残りを準備し終えた母親に行儀が悪いと怒られるであろう未来も、早く大人になりたいと願う少女にとっては日常の一つである。

 

 

 

「いってきまーす」

背中まで伸びた少しくせっ毛のある赤髪を後ろで結んで、少女は背負子を担いで家を出発する。

外での活動は汗ばむ時期になっているが、伸縮性のある羊毛で作られたロンググローブと、足首まで隠れるスカートの丈は森の中で切り傷を防ぐ為にも必要な服装であり、それを怠って傷口が破傷風にでもなったら目も当てられない。

子供とは言え、少女も町の住人として日々の仕事があり、街を囲む北側の城壁の外に出て、子供の足で30分程歩いた場所にある森から薪に使えそうな木や、傷の治療に使用する薬草を採取することである。

それには勿論危険が無いよう、町の兵士が決められた採取場所の近くを定期的に巡回していた。

草木で引っかいて怪我をする程度に多少の危険はあるが、街の子供達でもやれる仕事である以上、そこに貴重な働き手である大人を割くことなく、絶対に決められた場所以外では採取を行わないという決まりの元で、人々は自然の恵みを得つつ生活を営んでいる。

 

「おはよーございます!クランプさん」

城壁内での生活と、定期巡回する兵士という存在により、人を捕食する亜人の脅威から離れて暮らせるようになって何年経つのか、その脅威を知らない世代になる少女は、町の外に出る前に呑気な声で毎日顔を合わせている城壁の兵士に声を掛けた。

「あぁ、嬢ちゃん。変なところに行かないで暗くなる前に戻ってくるんだぞ」

真面目な兵士なのだろう、自身の子供と同じくらいの少女が、危険が少ないとは言え町の外に出る姿に毎日同じように注意を促す。

そんな他愛もない挨拶もいつも通りの日常であり、兵士も少女の遠ざかる背を眺めると、引き続き門の警備に意識を戻すことになる。

 

そこから先は区域外だという意味を表す、赤い布が巻きつけられた木々を熱にうなされた頭でぼんやりと眺める。

森の中は直射日光に当たらない分、街中より僅かに涼しいが、全身の露出が少ない服装では蒸して暑く、薄っすらと浮かぶ額の汗を淡い青色のロンググローブで拭い、ふーっと一息。

今日は母親から貰ったお気に入りの髪留めで髪を結んでいるので、朝食の時に怒られたことも忘れて機嫌が良い。

決められた区域内であれば森の中と言えど比較的安全が確保されているので、少女は特に緊張することもなく、与えられた日常の仕事をいかに早く終わらせて家に帰るかを考えていた。

森は広いが安全圏内では毎日誰かが薪や薬草を採取しているので、なかなか上等な物は見当たらない。

1時間ほど散策しても少女の片手で握れる位の細い枯れ枝が数本見つかるだけで、薪に使えそうな物は手に入らなかった。

「暑い・・・・・・」

動き回ったことで喉の渇きを覚え、腰にぶら下げた竹筒から朝食でも飲んだバターミルクを口に含む。

生ぬるさが飲み込むたびに不快感を引き起こすが、脱水で倒れるよりは幾分ましだと言い聞かせて、少女は全て飲み干した。

 

毎日来ている少女にとって、森の中にはいくつか秘密の場所がある。

そのうちの一つに綺麗な湧き水が出るスポットがあった。

動き回れば少し汗ばむ時期だが、湧き出る水は氷のように冷たく、白くて濁った生ぬるいバターミルクと違い、水源の底が透き通って見える綺麗でおいしい湧き水だ。

 

汗で張り付いた服の胸元をつまんで風を取り込むように扇ぎ、ぬるいバターミルクの味が残った不快な喉をゴクリと鳴らす。

母親がいれば、また行儀が悪いと怒られでもしただろうが、生憎とここには少女以外に誰もいない。

少しばかり採取区域から外れるが、ほんの少し歩くだけで戻ってこれる程度しか採取区域から外れない場所なので、少女はその場所を誰にも教えた事がないし、他に誰も来たことがなかった。

「まぁ、大丈夫よね」

誰に言うでもなく許可を求めるように呟く少女は、暑さで熱を持った頬を紅く染める。喉の乾きと避暑を求め、草木の合間を縫う少女の小さな背丈はあっという間に森の奥へと消えていった。

 

 

太陽が真上に上がった頃だろうか。

熱が引いた身体に、汗で湿った服は不快感が沸くが、直射日光が当たらないのだから少し暑い程度の気温では乾きようがない。

背中まで伸ばした湿った赤毛を髪留めで結び直し、ぼんやりと午後の薪拾いについて考えている時、少女の耳は微かに金属音を捉えた。

金属音と言うことは、鎧を着て巡回しているであろう街の兵士だろうか。

この場所を隠している大きなヤシの葉の隙間から、音のした方角を確認しようと様子を伺う。

草木が生い茂って遠くまで見通すことは出来ないが、採取区域内近くの葉が揺れているのだけは確認できた。

「もしかして・・・見られちゃった?」

少女は涼しむ前の暑さにうなされた時よりも頬を赤く染め、騒いで気づかれない様に足元だけ動かしてジタバタとする。

急いで採取区域内に戻るべく背負子を背負ったところで、背後より先ほどよりも大分近い場所で細枝を踏んだ音と草を掻き分ける音が聞こえた。

怒られるだろうか、それだけではなく少女の親にも報告されてしまうのか。

「あはは・・・迷っちゃてごめんな――」

とりあえず見られなかったことに一抹の望みを掛けて、少女は振り返り様に謝罪の言葉を述べ、それを見た。

 

腰に下げた鞘と、黒の皮手袋に握られた長剣。胸部と関節に僅かな金属を拵えただけの鎧。それはこの街の兵士の一般的な格好であった。

しかしながら、少女にとってそれは瞬く間に広がる恐怖の対象。

腹部から溢れる血と突き出した槍先、土気色に変化しつつある顔は先ほどまで生きていたであろう。地面から少しだけ浮いた身体は槍の持ち主が歩くたびに上下に動き、その度に腹部から行き場を無くした赤い内容物が溢れ出る。

そんな非日常的な状況の中で槍の持ち主と目が合ってしまった。

 

――化け物だ。

そう思うよりも早く、少女はその存在から背を向けて走り出す。

余りにも余裕が無さ過ぎて、どこに向かって走りだしたのかわからないまま、1秒でも早く、1mでも遠く、その人間の様な獣の様な生き物から離れたかった。

 

――ドサッ

何か重いものを捨てるような、そんな聞きたくない音が背後から聞こえる。

続けて、少女を追いかけるべく歩み出した足音が、脳内に警笛を鳴らす。

ただ、その音だけを確認した少女は後ろを振り返る勇気は無く、生まれて十年ちょっとの人生の中で最も全力を出して走り出したが、進む先がどの方角かもわからなかった。

街の子供がやるそれとは大きく異なる、捕まればどうなるかがわかりきった追いかけっこに、少女は涙を流しながらも走り続ける足だけは緩めない。

 

本来は数分だが、実感として果てしなく長い時間を逃げ回って、少女は背後に迫る存在の息遣いを聞いてしまった。

全力で逃げてなお、振り向けば目の前にいるであろう距離まで迫られる。

しかしそれでも振り向かず、奥歯をかみ締めてただ前のみを見据えていると、木々の奥には逆行で見えない昼間の明るさが広がっていた。

 

その先がどこに出るのかわからないが、足元が悪い森の中よりは全力で走れるだろう。もしかしたら運よく街の方角に進んでいて、城壁が見えるかもしれない。

だが、その全てが願っていることと違い、悪い方向に向かっているのではないかと一抹の不安を覚える。

全力で走り続けた少女の身体はとっくに限界を超えており、既に肺が潰れるほどに苦しい。

 

やっとの思いで森から逆行の世界に飛び込んだ時、心臓を冷たい氷で掴まれたような気配を背後から浴びせられた。

そして少女は理解する。今から殺されるのだと。

昨日までの日常を、慎ましくも幸せに暮らしていたはずの日々を思い、食物連鎖の下層である自らの存在という不条理を恨み、人間種の未来を憂い、諦めて目を閉じる。

 

兵士である父親や兄は無事だろうか、街まで襲撃されたらいつも怒ってばかりの母親も無事ではすまないだろう。

残された家族は、泣き喚き、悲しみ崩れ落ち、壊れる。

「ごめんなさい・・・・・・」

少女は謝りの言葉を呟くと、背中から訪れる命を奪う一撃を覚悟して、涙を浮かべる瞼を閉じた。

 

一瞬は永遠となり、いつまでも訪れないその時に、恐怖だけが支配した心を投げ捨てて気を失いたくなる。

 

死ぬこと以外の可能性を考えていなかった少女は、覚悟していた痛みの逆側、前方からの衝撃を受けて混乱した。

土と草の香りが鼻腔一杯に広がり、少女は自分がまだ生きていることを理解する。

それと同時に背後から巨大な存在が地面に倒れる音を聞き、慌てて、そして始めて少女は振り返った。

 

「ひぃ!」

そこには生も光も希望もなく、ただ闇があった。

絶望はより一層の死を振りまき、恐怖の対象が獰猛な獣から死を司る存在そのものに変わっただけ。

まさしく闇と死を統べる神を体言した骸骨が、明確な存在となって少女の目の前に現れた。

 

死ぬことには変わりはないのに、なんと酷く残酷な世界なのだろう。

わざわざ死の淵の中で一陣の光を見せておいて、光をともしたのは死の存在そのものだったとは。

少女の恐怖は先ほどの逃走中など比べ物にならないほど、ピークを迎えていた。

 

混乱した頭の中で、視線を合わせずに呼吸を止めれば死体と勘違いしてくれるのではないかと、淡い希望を抱いてみるが、息が出来ずに苦しいだけで、心臓を氷で握られた感覚のまま身体の震えを抑えることが出来ない。

 

少女は眼窩の奥に赤い魂が揺らめく深淵を覗き込んだ。

 

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