オーバーロード 御伽噺   作:"A"

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分割した残りの分。
1章はここまでです。
次から2章になるので、少しくらいは書き溜めてこようと思います。


1章 最後の日と始まりの日11

現実世界には存在しない自然の森林浴を楽しみつつ、むき出しの岩や樹齢が不明な大木の根っこに気を配る。

仲間と別れてから足場の悪い中を歩き回って半刻程は経過しただろうか。

青々と茂った森の中で存在が不釣り合いな死の支配者(オーバーロード)が手にした杖で木々をかき分けて足を進めている。

本来は求愛であったり危険を知らせる為に、やかましく鳴いているはずの小動物や鳥達が、死を垂れ流す骸骨に命を刈り取られまいと必死に存在を秘匿する。

一面緑で覆われてはいるものの、周囲には動く気配や人型の大きさを持つ生物は確認できない。

ビーストマンの捜索を始めた際に一日20体ま使用可能な《下位アンデッド創造/骨のハゲワシ(ボーンヴァルチャー)》を発動させ、森の上空から地上を監視させているが、木々に覆われた森は目標の捜索を阻害していた。

森は全体で5㎞四方だろうか、《ゲート/異界門》で直接転移したのは丁度森の中心部とも言える場所で、ビーストマンの部隊は移動に邪魔になる大きな枝だけが切り分けられた、おおよそ道とは思えない獣道を移動していたと考えられる。

 

「《センス・エネミー/敵感知》にも反応がないし、どうしようかな……」

羊用紙を燃やしてスクロールを発動させ、込められた探知魔法を使用するが対象は見つからず。スルシャーナは消費アイテムが空振りに終わり、どうしたものかと次の手を考え始めた。

既にビーストマン達が森から抜けていると仮定する場合は《フライ/飛行》を使って上空から森の外まで移動するし、未だに森の中を彷徨っていると仮定する場合はMP消費無しで1日の使用回数に制限がある種族スキルのアンデッド創造を限界まで使用して森中を物量で探す。

同行してきた二人に渡したスクロールの伝言(メッセージ)が使われてこないことから、仲間たちもビーストマンの居場所がわかっていないようだ。

 

「とりあえず、森を抜けている場合のことを考えて、骨のハゲワシ(ボーンヴァルチャー)に抜けた先を確認させるか」

感覚的な繋がりとでもいうのだろうか、ゲームの様にあれこれと命令を出さなくても、創造したアンデッドが希望の動きを始めたことを感じる。

首の周りだけ羽毛を残し、剥き出しの骨の鳥が空を滑空する様はいささか滑稽であり、獲物を求める空虚な眼窩が見下ろす大地に死を求めていた。

 

森の先に広がる平野は、アントゥールダウン城塞の存在する場所の周囲を囲むように、地平線の彼方にそびえ立つ山脈の一角まで続いている。

 

森の南方面に注意を向けると、張りぼての様な粗雑な城壁が確認出来た。

ビーストマンの拠点か、はたまた別の生物の根城か。

僅かな期待を胸に、移動距離無限、成功率100%の転移魔法《ゲート/異界門》を発動させた。

目的地はギリギリ森と平野の境界付近に定め、現れた楕円形の下半分を切り取った闇の中に身を委ねる。

 

そこには手に持つ粗悪な剣を握り、振り上げんとするビーストマンがいた。

数瞬の後、視界が開けた先にはスルシャーナの予想を全て上回った状況。

 

ビーストマンの目と鼻の先にいる獲物はただの村娘とも思える人間の少女。

 

この世界で始めて出会う未来への可能性。

 

死の支配者(オーバーロード)たる存在は、考えるよりも先に命を刈り取る骸骨の指を伸ばした。

《フィンガー・オブ・デス・7th/第7階位死神の指》

自身のレベルに応じたダメージを与える死霊系魔法は、不明瞭な部分が多いこの世界に於いて確実な攻撃手段。

哀れな獣はLv100の魔法攻撃に耐えられる筈もなく、すぐ目の前の得物に対して掲げた剣を振り下ろすことも出来ずに前のめりに崩れ落ち、死神に命を刈り取られた。

 

助けが間に合わなかったのかと勘違いする程に、少女は同時に足をもつれさせて倒れる。

ギュッと目を閉じたまま、受け身を取れずに地面にぶつかっては、さぞ痛いことだろう。

自分がまだ生きていることに驚いた様子で目を開けると、一瞬だけ倒れたビーストマンに視線を向け、すぐに異色な存在に気がついた。

少女はこの世の終わりよりも深い絶望的な表情を浮かべると、息を飲む様に上擦った声が零れる。

 

――いくら襲われている相手とは言え、いきなり死体に変わったら驚くか

 

スルシャーナは感情に任せた行動に多少の反省をしつつ、ようやく見つけた人間の少女を友好的に助け起こそうと、倒れたビーストマンを跨いで少女に近付こうと動いた。

だが、未だに死の恐怖から抜け出せないのか、零れ落ちるギリギリまで大粒の涙が溢れ、やがて一筋の雫が頬をなぞると少女の瞳は大きく広がる。

いつまでも起き上がらない少女に多少の苛立ちを感じながらも、ギルド武器を持っていない手を伸ばし、倒れたままの少女を引っ張り起こそうと考えた。

「なんだ…せっかく助けたってのに、礼も無いのかい」

「―――っ!?」

少女はビクリと1度だけ身体を大きく反応させ、防衛本能に従い元々小さな身体を更に小さく丸める。

そして一瞬で瞼を閉じて顔を背けると、両手を顔を隠すように前に出し、開いた指の間から恐る恐る閉じた瞼を開いた。

スルシャーナとしては、少女が何をそんなに怖がるのかわからない。

異形種だからと言っても、死の間際から助けた上に優しく声をかけて手を差し伸ばした存在に対して、そこまで怖がることもないだろう。

別段、言語を話す異形種モンスターなんてユグドラシル時代では珍しくもないし、この世界でも死の支配者(オーバーロード)は見ないにしろ、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)くらいならいるはずだろう。

ビーストマンが居るということは、ユグドラシルにいる他の種族も存在している可能性が大きいのだから。

 

しかし、そんな甘い考え事をしていたスルシャーナは、口を開いた少女の言葉に驚愕することになる。

「―――?」

目の前の少女から紡がれた言葉は、常日頃から聞きなれた日本語でも、大陸の抑揚に特徴がある近隣諸国の言葉でも、欧州の詩を奏でる様な言葉でもない。

一つも聞き取れない言語を返されたスルシャーナは、表情を作る機能が残っていれば、非常に間抜けな表情だっただろう。

返答された不思議な言語に、思わず一歩後ろに引いてしまった彼に対し、少女は見えざる何かに恐れ泣き喚く。

「――!――!――!」

綺麗な赤毛の頭を抱え、確かに少女ではあるのだが、それよりも幼すぎる行動を以ってうずくまった。

 

死者の身体を持ち、圧倒的な力を備えた死の支配者(オーバーロード)は、そこでようやく己の失態に気がつく。

自分を捕食対象としか見ない圧倒的強者をいとも容易く屠る人外の骸骨が、意思疎通の出来ない言葉を発して近付いてきたら、十代前半の少女が一体何を感じるか。

今はまだ怯えきった態度で済んでいるかも知れないが、もしもビーストマンをただ単純に殺すだけではなく、その死体を弄ぶような凶行に出ていたら、目の前の少女に恐怖から涙以外の水分を流させて、女性としての尊厳を辱めるような状況になっていたかもしれない。

 

別に痒くはないのだが、なんとなく人間の頃の癖で頬を掻きながらそう考えて、非常に悪いことをしたのだと冷静になると共に、言語の壁について解決策を模索する。

目の前の少女は、この世界に来たばかりの彼らが求めてやまない情報の塊であり、何が何でも人間種とは友好的に、かつギルド拠点を隠匿するためにも居住地を紹介して貰いたかった。

 

一部の趣味に近い魔法には言語を持たない種族との意思疎通が出来るようになるという、戦闘の約に立たないものがあったと記憶しているが、スルシャーナの魔法には言語の壁と言う不可能を可能にする神の力は無い。

そんな力はないのだと思っていたときに、彼はふと腕に絡みつくように装着している蛇の腕輪を思い出した。

最終日に彼自身の所持するユグドラシル硬貨を使用して手に入れた、ユグドラシルにおける最高峰のアイテムの存在。

 

運営お願い系アイテムである永劫の蛇の腕輪は(ウロボロス)は、果たしてこの世界に於いても使用可能なのだろうか。

勿体無いという猛烈な葛藤と戦いながら、それでも現状を鑑みて必要な最善の手段を講じるべきだと自分自身に言い聞かせた。

永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)よ、俺は望む(I hope)。”この世界に存在する者全てが種族が垣根なく会話を出来るように”。神の名代(この世界の運営)よ、二百の世界級(ワールド)アイテムの1つを以って俺の望みを聞き入れよ!」

スルシャーナは杖を持ったまま腕輪を空に掲げると、声高らかに宣言する。

恐らく後々に思い出すと、ベッドの上でももんどりうって後悔するくらい、すごく恥ずかしい台詞を言っていることは自覚していた。

それでも今は、10年近く苦労して続けてきた自らの手でユグドラシルに200個、さらにその中で破格の性能を持つ二十のうちの1つの世界級(ワールド)アイテムを発動させた余韻に浸りたいという興奮が勝った。

 

空っぽなはずの脳を揺さぶる衝撃が走る。

静寂が世界を包み、空を覆い尽くすように唐突にそれは現れた。

 

――世界蛇。

 

腕を掲げたスルシャーナの掲げた頭上、3階建ての建物相当、10mほどの高さだろうか。

生と死の象徴、自らの尾を食べ永遠(とわ)の循環となる完全な存在。

この世のどんな宝石よりも光沢を持つその鱗のひとかけらでも手に入れることが出来たなら、子孫繁栄、永劫の富を得ることが出来るだろう。

世界の奇跡を目の当たりにした死の支配者(オーバーロード)は、ただ一人のユグドラシルと言う人生を捧げたゲームをプレイしていただけの男に戻っていた。

「動画でしか見たことなかったけど、いざ自分で世界級(ワールド)アイテムを発動させてみると感動するな」

仲間たちと追い求めた最高峰が、走馬灯のように思い出として浮かび上がる。

 

やがて大地に芽吹くための種のように雫となって地に降り注ぎ、一つの伝説が跡形も無く消えうせた。

 

「あぁ二十が消えた、攻略サイトも情報掲示板もないこの世界で再取得条件探すの大変そうだなー」

既に無いはずの頭が痛み、片手で額を押さえながら軽く頭を振るスルシャーナは、しぶしぶと言う感じでギルド拠点で待っているであろう仲間へとギルド通話(チャット)を飛ばす。

 

「ごめんごめん。”永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)”使っちゃった。一応自己判断で許可受けてたけど、報告だけ先にしておく」

『はいぃぃ!?馬鹿なの!?』

すぐに返答したギルド長代行(レディー・ロッテン舞矢)からの第一声は予想していたものであり、だからこそスルシャーナの報告は謝罪と言い訳を含めたものだった。

いや、この世界との関わりを持っためには仕方がないのだと彼自身に言い聞かせる部分もあったかもしれない。

 

「ごめんごめん。でも"この世界に存在する者全てが種族の垣根なく会話をできる様になる"っていい願いだと思うんだけど。このままじゃ情報収集も出来ないしさ。それにまた取得できる可能性もゼロじゃないだろうし」

頭の中でギャーギャーと仲間たちが喚いて響く声から逃げたいのだが、ユグドラシルの不変の原理は、今しがた圧倒的な力でビーストマンを骸に変えた死の支配者(オーバーロード)にも支配することは出来ない。

『ふむ、使うような事態になったと言うことか』

神父が罪を告白する罪人を受け入れる様に、アーラ・アラフは優しげな声でスルシャーナが陥った事態を理解する。

「それじゃあこれからもう一度現地住民の少女に声かけ――」

『少女に声掛け事案!』

言葉を遮ったのは若い男の声だが、ふざけた事を言うのはどちらの馬鹿だろうか。

どちらも可能性があるから、最早どちらでもいい。後でギルド長という権力を振りかざすと心に誓う。

 

「いや、事案じゃないから。ちょっと黙っててくれ。会話が出来るようになってるか確認して、ちゃんと世界級(ワールド)アイテムの効果があったかどうか報告するよ」

『可愛い女の子なの?』

ごちゃごちゃと五月蝿い脳内に段々と怒りが湧いてくる。

少女の見た目なんかを興味津々に聞く女は、彼の仲間に一人しかいない。

「見た目?普通の村娘って感じの子だけど」

『ギルマスその子連れて――』

「はいはい、わかったから。じゃあ後でな。」

簡単な報連相もままならない仲間たちのはしゃぎ様に、思わず苛立ちを隠せなかった。

 

無いはずの肺から深い溜め息が出るのを感じながら、スルシャーナは細長い骨の指を再び少女へと伸ばす。

世界の理を変えるべく、天地創造に等しい望みを告げた永劫の蛇の指輪(ウロボロス)の効果を祈り、仲間たちとの不毛なやり取りで溜まった苛立ちを感じさせないようにゆっくりと優しげに声をかける。

 

「大丈夫か?こっちの言ってる言葉わかるよな?」

人間の頃の名残りだろうか、緊張から唾を飲み込もうとするが、骨の身体は唾液など分泌しない。

少女はその死をもたらす見た目とは違う声色に目を丸くさせながらも、スルシャーナの問いを理解して首を縦に動かした。

余りに上下に動かすので、そのまま少女の首が取れてしまうのではないかと心配してしまう。

 

「殺さないで!どうかお慈悲を……死の神様」

予想通り、圧倒的な死を撒き散らす存在に対し恐怖に怯えていた様で、少女は今にも平伏しそうな勢いで全力の命乞いを始めた。

ある程度の予想をしていたとはいえ、スルシャーナは年端も行かない少女に恐怖を与えていた対象が自分だった事に落胆する。

「まさか助けた相手に命乞いをされるとは……。何でそんなに怖がる?異業種はこの世界にはいない?」

 

ユグドラシルをゲームとしてプレイしていた頃から、スルシャーナは普段から余り堅苦しい言葉では話さない男だった。

特にそういった信条がある訳ではないが、他人行儀な会話は現実だけで十分だと感じていたし、長年の付き合いになる気心しれた仲間たちとの会話には無粋な物だとも感じていた。

アーラ・アラフがレディー・ロッテン舞矢のNPCであるホワイト・リラに対して、幼い見た目から子供をあやす様な話し言葉で対応していたのを見て、歳はとりたくないものだなと。

 

だが実際に、目の前で儚くも懸命に生きている少女を相手に言葉を伝えようとすると、自然と柔らかい口調の言葉を発してした。

あどけ無さが残る少女に死の支配者(オーバーロード)たる絶対的強者が触れよう物なら、簡単に壊れてしまうだろう。

 

「神を前に恐れ多い態度をとってしまい、申し訳ございません。」

刺突武器耐性はあるはずの骨の身体に、恭しい態度をとる少女の姿がチクリと突き刺さる。

本来であれば、活発で少しくらいお転婆な年頃の少女を、そこまで平伏させてしまったのが自分自身という事に対し、スルシャーナは己を卑下したくなった。

「神ではないんだけどね。別に捕って食うわけじゃないんだから、普通に話してくれないか?」

現実世界であれば悲しげな表情で愛想笑いをしていただろう。

手と指の関節をカタカタと鳴らしながら手を振り、少女を宥める様に物腰の柔らかい口調で続けた。

 

僅かに少女の目から恐怖の色が薄らぐのを感じる。

このまま目の前の少女を皮切りに、人間種との良好な関係を築ければ、喉から手が出る欲するこの世界の情報が手に入るだろう。比喩ではなくスルシャーナの今の身体なら本当に喉から手が出せるかもしれないが。

 

「神ではないのだとしたら、なんとお呼びしたらよろしいでしょうか?」

少女の純粋な疑問が耳に届き、空っぽの脳味噌で考えていた思考は現実へと引き戻された。

果たしてここで名乗るべき名前は『どちらの名前』にするべきか。

社会の歯車となり鬱屈した日本で生活していた頃の名か、新たなる身体と自由な世界に放り出されてからも名乗り続けた名前か。

少し考え事をする様に頭を左右に揺らし、顎の骨に添って撫でるように指を動かす。

「私のことは、そうだな――」

一拍置いて、これから発する言葉を品定めするように続ける言葉を溜めたスルシャーナは、自らを卑下するように目を伏せて頭を垂れる少女に自らの名を名乗った。

 

「――気軽にスルシャーナとでも呼んでくれ」

 

 

 

 

六大神の中でも最強たる死の神スルシャーナ

 

 

骸骨の顔、身に纏う漆黒のローブは闇と一体化するほど大きく、相反する様にきらびやかに光輝く杖を手にしたその姿は、幾多の時を経てなお、吟遊詩人(バード)たちが御伽噺の中で語り継ぐ。

 

 

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