オーバーロード 御伽噺   作:"A"

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1章 最後の日と始まりの日1

西暦2138年 数多開発されたDMMORPGの中で参禅と輝くタイトルがサービスを終えようとしていた。

 

YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

それはプレイヤーの自由度が極端に広いシステム性と、別売りの外部ツールによってあらゆる外装から設定まで自由にクリエイト可能な日本人の“ものづくり魂”をくすぐる22世紀を代表する革命的なゲームであった。

 

しかし、サービス開始から12年の歳月が過ぎ、それは最早過去の遺物と成り果てている。

全盛期は満員で入れないサーバーが過半数以上を占めていたが、世界樹を模したサーバー選択画面には過疎という言葉にふさわしい人数しかアクセス人数が表示されていない。

 

「ついに最終日か。明日から何のゲームやろう」

ログイン直後に移転する広場で、死の支配者が誰に言うでもなく呟いた。疎らではあるが周囲に他のユーザーが居る中で口を開いても、誰もそれに気がつくことはない。発言範囲をギルドのみで設定しており、その呟きは周囲の者に決して聞かれることはない。

 

「早くも次のゲームに頭を切り替えている辺り、ギルド長はネトゲ廃人ですな」

死の支配者にそう返答してきた年期の入った声は、乾いた笑いを含んでいた。その寂しさを含んだ声から察するに、彼がユグドラシルに費やしてきた時間も、ギルド長に負けず劣らずといった廃人であろう。

「そう言われても、10年続けた生活の一部がなくなるんだから、無理やりにでも別のゲームを始めないと生きていけないって。おすすめゲーム何かある?」

「そんなものがあったらー、あたしら最終日までここに居ないよー、ギルマス」

横になりながら発したような間延びした、いまひとつ魅力を感じられない疲れきった女性の声が、死の支配者の問いに答えた。

当たり前のことではあるが、他にやりたいことがあればサービス最終日まで好き好んで残っている者も居ないだろう。

 

――サービス終了の日に皆さんで集まりませんか?

 

ギルドメンバーそれぞれがユグドラシルより優先することを見つけていれば、そんな連絡も必要だったかもしれない。

果たしてそれが幸いなことなのかは人それぞれの判断があるだろうが、彼らは最終日を迎えるまで毎日生活の一環としてユグドラシルをプレイし続けた。

 

6名しか居ない無名の小規模ギルドに所属する彼らであるが、一番短い者でもユグドラシルを始めて7年という古参の廃人であり、最盛期にさまざまなギルドが乱立していた群雄割拠の時代に6名で200位以内を維持する程度には人生を捧げていた。

そんな彼らは惰性もあるが衰退した現状でも昔と変わらずに続けており、最盛期よりは入手が容易になったとはいえ”ぶっ壊れアイテム”と名高い世界級アイテムも所持している。

 

 

年期の入った声――アーラ・アラフは聖職者(クレリック)の職業を持った人間種のプレイヤーである。ギルド長の次に長いユグドラシル暦で、10年間は続けているが、『アクションゲームは苦手』と自負しており、戦闘の主体も回復やステータスアップ付与、天使召還といったサポートに特化していた。

アバターを自由にクリエイトできるユグドラシルの中で、黄金の糸で刺繍が施された純白の祭服に飾り気のない眼鏡をかけて顎に白髭を蓄えた中年の司教といえば彼のことだろうと名前が出る程度には顔を知られている。

後何年かで定年を迎えると言っており、日がな一日をユグドラシルに費やしたいと豪語している年長者ではあるが、連休で孫が遊びに来ると数日ログインしなくなる一面も持ち合わせていたりもする。

 

「年頃の娘なんだからもっとシャキッとしないか。レディーの名が泣くぞ」

姑が小言を言うようにアーラ・アラフは疲れた声の女性を嗜める。

「あたしに女性らしさがあれば、今頃”ネトゲの姫”にでもなってるよー」

 

冗談めかしに言って見せた女性――レディー・ロッテン舞矢は学生時代に弓道部だったという単純な理由で弓兵(アーチャー)の職業になり、社会人になった年からユグドラシルをプレイしている。

社会人なりたての頃は、今より元気なハリのある声で将来の展望を語っていたものだが、今ではすっかり日々に疲れた社会人が板についていた。

年齢にかかわることなので、ユグドラシル暦が何年なのかは名言を避けることにしよう。

魔法詠唱者を取得して得られる上位職の魔法弓兵(マジックアーチャー)として、風を操って超長距離から敵を射るプレイスタイル。

ステータスも物理攻撃力と魔法攻撃力に極振りした特化型ビルドになっている人間種で、全体的なキャラクタービジュアルとして”和”を感じさせる。

クリスマスの夜に自然に同化する緑色の袴をモチーフにした防具に”嫉妬する者たちのマスク”を装備して、金貨1枚で購入できる聖なるシャンパンを投げつけて回った女性として匿名掲示板に名を残した事がある。

 

「姫って・・・年齢を考え――」

「おい、ナポリたん今なんか言おうとしただろ」

「ナンデモゴザイマセン」

 

棒読みで返答する男――ナポリたんは一番新しく入った職業軽戦士(フェンサー)の人間種。レディー・ロッテン舞矢の努める会社の後輩として7年前から紹介されて入団した。飄々とした性格と、愛される後輩とはどのように動けば良いかを考えて動く様は、世渡り上手とも言える。

ちなみにナポリたんは”嫉妬する者たちのマスク”を持っていない為、毎年聖夜の翌日に出勤した際にレディー・ロッテン舞矢から先輩からの指導という名の教育(いじめ)がある。

赤いマントをなびかせて盾と剣を使った戦闘スタイルは堅実であり、アタッカーにもタンクにもなれる器用人。

 

「明日以降、決済案件は全部中間承認者で却下してやるから覚えて置け」

「ヒデヨシ~、ちょっと僕を助けると思って舞矢さんを正室にしてあげてよー」

ナポリたんはレディー・ロッテン舞矢からの殺意を一身に受けた状態で、仲間に助けを求める。

「いやー、そのー、本当に勘弁してください。側室でもちょっと・・・」

火に油を注ぐように、その男――芋豊T・ヒデヨシはおどけて見せる。ナポリたんとは良い友情関係を築いているようで、大体はナポリたんと共にレディー・ロッテン舞矢から折檻を受けているところを目にしていた。

見た目がいいからという理由でエルフとして始めて、これまたかっこいいからという理由で中途半端なステータスになる魔法を使える戦士を目指した愛される馬鹿。

武士(モノノフ)の職業を取得した者が装備可能な、全体的に古臭い茶色の鎧を身につけ、自身のセンスのみで数多の戦闘を乗りきっている。

 

 

そんな彼らの掛け合いに苦言を呈するべく、レディー・ロッテン舞矢と同性のギルドメンバーが口を開いた。

「舞矢さんは女性なんですから、そんなこと言ったらダメなんです!」

「エンクちゃんかわいいprprしたい」

そんな彼女のフォローも空しく、残念系女子のレディー・ロッテン舞矢は息を荒げてエンクと呼んだ彼女を愛でる。

エンクは最年少のギルドメンバーで、ガーディアンの職業を取得した人間種である。

ユグドラシルを始めた頃は中学生だった彼女は大学生まで成長し、開始当時の自分をモチーフにしたという起伏の少ない控えめな見た目のキャラクターデザインのまま変わることなく――当時はあったはずの左目の眼帯がなくなっている気もするが――現在まで使い続けていた。

いざ戦闘になると全身に水色の紋章が施された重装備を纏い、戦士職に許された両手持ちの武器である十字槍の形をした戦鎌を振り回しながら突撃して敵からのターゲット(ヘイト)を稼ぐという意外と戦闘狂な一面もある。

 

「エンクちゃんprpr」

「エンクちゃんprpr」

ナポリたんと、芋豊T・ヒデヨシもエンクを愛でる流れに乗り、協力関係になった3人によって弄られる対象が移り変わった。

「いーやー、助けてくださいスルシャーナさんー」

嫌々と声を上げながら助けを求めるエンクの声に嗜虐心を擽られてますます熱が篭る3人の変質者。

 

そんな状況を耳にしながら、ギルドマスターであるスルシャーナは終焉を迎えるゲームの余韻に浸っていた。

異形種である彼は種族として死の支配者(オーバーロード)まで取得した後、魔法詠唱者と他にいくつか取得した職業によりワールド・ガーディアンという職業を得ている。

バランスブレイカーだのと言われた職業ではあるが、情報が出揃ってからデスペナルティーを繰り返して得た産物でしかない。

スルシャーナにとってこの世界で過ごした時間は10年以上になるが、最早その残り時間も30分を切っていた。

 

ユグドラシル時間23:30

 

「ついに最後の30分か・・・」

ギルド内の会話も疎らになったころ、ギルドマスターのスルジャーナは一つの提案をする。

「今日は最終日だし自由に行動してたけど、どうせなら最後の終了時間くらいはギルドで集合して終わりにしない?」

一日ぼんやりと眺めいた広場では、アイテムや金貨をばら撒いて走り回るプレイヤーがお祭り騒ぎを起こしていた。

ユグドラシルではプレイヤー同士のバザーシステムで全てのアイテムが売買可能だが、サービス終了に伴い、わざわざ購入する人もいない中で暴落したアイテムの投売りすら出来ない。

だから文字通り広場でアイテムを投げて回っているのだろう。

買い取り手の居ないバザーを眺めていたら世界級アイテムが売られているのを見つけたくらいだ。

 

「了解ギルマス。150連発花火でも買って行くよ」

レディー・ロッテン舞矢の返事は、普段と違った哀愁漂う声色を含んでいる。

「なら最後にスクリーンショットで記念写真でも撮ろうかね?」

子を育て、孫を愛する中年男性であるアーラ・アラフは最後という記念行事に写真という考えを持ち出す。

コンソールのボタン一つで動画投稿サイトに動画をアップロードできる時代で、動きのないスクリーンショットを残したところでどうなるのか。

普段ならばそんな返答を出すであろう芋豊T・ヒデヨシやナポリたんも、今日ばかりは文句を言うこともない。

「アラフ爺さん、撮影したら後で送って」

「いいね、みんなの名前入りでさ」

そんな仲間たちの声を耳にしながら、スルシャーナはコンソールを開いてギルドに移転を選択する。

”NOW LOADING”の表示の後、僅かに暗転した視界が戻ると、目の前には前線基地の作戦室とも思える飾らない質素な作り部屋に飛ばされた。

残る5人の仲間たちもどこからともなく現れ、大きめな地図や周辺の地形を立体化した模型が置かれた木製の長机を囲むように6人が顔を揃える。

 

ギルド拠点”アントゥールダウン城砦”。主要な狩場からも遠く、メインストーリーでも近づかないこの地にある城砦をギルド拠点として占拠したのは、今から6年前。

彼らの様な少人数の無名ギルドにとって、他の大型ギルドに拠点を襲撃されるのは厄介なことであり、人気のある場所でギルド拠点を設立しても防衛も難しい状態であった。そのときに探し出したのがアントゥールダウン城砦である。

効率のいい狩場が近くにあるわけでもなく、絢爛豪華な建物ではなく、強大な力を持った防衛モンスターが自動沸きするわけではないこの拠点は、狙われるリスクも少ないことから彼らの様な拠点からメインに動かないギルドにとっては十分にギルド拠点としての役目を果たしていた。

 

ユグドラシルの公式サイトに記載された設定には『ゴブリンやオークの軍勢を監視する最前線の城砦として200名の人間種兵士が駐屯している』とだけ記載されており、実際に城砦の有効範囲内に現れるモンスターと自動沸きの兵士が小競り合いを起こす様子も目撃する。

 

そんな城砦をこのギルド拠点に選んだ際に与えられたNPCレベルは合計700で、ギルド長が200、他の5人は100を使用することで、各自が自由にNPCを作り上げていた。

 

「ここにも久々に来たよ。ギルド対抗イベントの報酬を貰うくらいしか来てなかったけど、サービス終了が予告されてからはイベントも一切やってなかったしなー」

スルシャーナの言葉に、同様の意見だと頷く5人は揃って会議室から外へと出る。一見すると質素だが、きちんと整えられた絨毯や壁のタペストリーが目に入り、会議室に隣接する城主の間に足を踏み出す。

 

そこには創造主の帰りを待ちわびるように1体NPCが佇んでいた。

 

程よくついた筋肉と、後ろに撫で付けられた髪型を持つその男は、アントゥールダウン城砦の防衛責任者として設定された。

”城主シュトルフ・ラズナー”は表情を変えることなく6人の前に立ち尽くす。

僅か200名ばかりの城砦ではあるが、その城主である彼の装備品は、伝説級(レジェンド)アイテムで全身を固めていた。

 

如何なることがあろうとも城砦を死守する事を最優先とするように設定されて創造された、このギルドを守護するLv100のNPC。

ギルド長スルシャーナが作り出した彼は、ギルドのメンバーが拠点に戻らない期間もこの地を護り続けることになる。

 

 

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