「シュトルフ久しぶりー」
彼の周りをくるくると回って挨拶をするエンクだが、当然のようにNPCは表情を変えることなく、その場から動くことはない。
ギルドメンバーの中にSEの仕事をしているものがいないこともあり、多彩な反応を示してくれるようなNPCの行動を広げるためのAIは組み込まれていなかった。
公式で配布されている簡単な挨拶程度の反応しか返されず、少し味気ない部分はあるが、彼らが精魂込めて作り上げたNPCである。
「久しぶりにシュトルフを見たら自分のNPCも確認してきたくなったなー」
「どうせなら、各自の作ったNPCも連れてきませんかね?」
哀愁漂うレディー・ロッテン舞矢の発言に対して、”最後ですし”と付け加えて芋豊T・ヒデヨシは提案を出す。
「え・・・・・・いや、あの」
その提案にたいして、しどろもどろになりながら冷や汗を流すエフェクトを出したのは最年少女性メンバーであるエンク。
「全NPCを連れてくるにも時間があまりないんじゃ・・・・・・」
「まぁ小さな拠点ですし、数分もあれば各NPCの待機場所から連れてこれるんじゃないですかね」
ナポリたんが小さな拠点と言った様に、実際のこ拠点は何階層にも分かれているわけでもなく、会議室の他には正門の城壁上と城城砦の中央広場、各NPCの待機箇所しかない。
乗り気ではなさそうなエンクの否定は空しくも却下されることになる。
「そしたら各自NPCを連れて中央広場に集合ってことで」
残された時間も僅かしかないため、ギルド長の短めな指示で各自が目的の場所に動き始めた。
ギルド内を自由に転位する指輪でも使えば早いのだろうが、普段立ち寄ることの少ないギルド拠点内を転位するだけのアクセサリーに貴重な装備スロットを使うことは出来ない。
スルシャーナは自らが作り上げたNPCであるシュトルフの前に立つと、コンソール画面を起動させる。
NPC設定と各種ステータスや装備が確認できる画面を開き、目的のボタンを発見した。
――”追従せよ”
NPC
スルシャーナの3歩後ろに移動すると、先ほどと同じように立ち尽くした。
しかし先ほどと一点だけ立ち姿が異なっており、咄嗟の自体でも自身の創造主を護れるよう左手が彼の腰にある長剣の鞘を握っている。
その姿を確認したスルシャーナは、先ほど自らが告げた集合場所である中央広場に向かうべく、目的地へと急いだ。
アントゥールダウン城砦内で最も広い中央広場には、自動POPで毎日一定数まで補充される人間種の兵士が駐屯する場所となっている。
駐屯しているとは言っても、設定されたAIの通りに同じところを行き来するだけの兵士で味気なさはあるが、ギルド内の貴重な戦力になることに変わりはない。
そんな兵士の中に黒衣の装備に身を包んだ者と、その前で周囲のキャラよりも小さなエンクがこちらを見ること無く顔を伏せながら待機していた。
「NPC待機場所が中央広場のエンクちゃんが一番乗りか」
周囲を見回しながら他のメンバーが来ていないことを確認して声をかけたスルシャーナだが、その問いに答えず地面を見つめるエンクの視線は泳ぎ、どこか落ち着きがなく体を揺すっている。
「ザ・フォース・テ・リーヌ・ブラッドロード・・・・・・だっけ?」
「もうだめ死んでしまいたい・・・・・・」
胴帯のような細めの鎖が装飾された漆黒のロングコートを風に靡かせ、片目が軽く隠れる程度に長い銀髪は後ろで結わってある。
髪とは対照的に満月をそのまま映した輝きの瞳と前髪に隠れた鮮血の紅い瞳、口の端から僅かに覗く長めの犬歯が、創造主が望んだ様に美しく整った顔を作り上げる。
両手には異なるデザインの短剣が逆手で握られ、左腕には少し薄汚れてほどけかけた包帯が巻かれているが、怪我をしている様子はない。
エンクの掻き消えそうな憔悴しきった声が、当時15歳だった彼女の
「別にそんな事言わなくてもかっこいいじゃないの」
「あぁ、なんだか動悸とめまいがしてきました」
「まぁ最後なんだし」
スルシャーナは最後という言葉使った後で、もう数十分も経てば二度と見ることが出来なくなるとエンクに認識させた。
「厨二臭いデザインを恥らうエンクちゃん・・・・・・お姉さんそれだけでご飯2杯いけるわー」
横から割って入り、からかう様に二人へ声をかけてきたのはレディー・ロッテン舞矢。彼女も自身の後ろにNPCを追従させながら、中央広場に入ってきた。
エンクよりも少し小さな身体のデザインと、背中まで伸びた濡烏の髪以外は全体的に白を基調とした無垢な色合い。
そんな全体的に白い見た目の中で、小さな唇とぷにっとした頬は林檎のように紅く染まっている
一見すると麦藁帽子が似合うワンピースにしか見えない防具を纏い、少し風が吹けばふわりと舞ってしまいそうな裾を小さな手で必死に握って押さえつけている。
創造主と同様に弓を背負っているが、ハープ様な見た目のそれは、彼女のサイズに合わせた小さめな弓。
「ホワイト・リラを連れた舞矢さん・・・・・・どことなく犯罪臭が」
「失礼な。あたしがこの子の保護者だ」
レディー・ロッテン舞矢が彼女のNPCであるホワイト・リラを手を繋いで連れて来た様は、傍から見たら親子のように見えるだろうし、彼女の内面を知っていれば変質者のようにも見えるだろう。
「私もこんな妹が欲しかったなぁ」
少し膝を曲げてホワイト・リラの顔の細部まで覗き込むエンクは、自身の黒歴史に視線を向けることなく羨ましげにそう言った。
「エンクちゃんがあたしの妹になれば、ホワイト・リラはエンクちゃんの妹になるんじゃないだろうか」
神妙な声で訳のわからない暴論を言い出すレディー・ロッテン舞矢を放置して、ギルド長のスルシャーナは時計を確認する。
ユグドラシル時間23:40
ギルド拠点に集まろうと提案してから10分が経ち、彼らに残された時間は20分しかなかった。
「お待たせしてしまいましたか」
「ギリギリセーフ?」
アーラ・アラフとナポリたんが同時のタイミングで中央広場にやってきたのは、それから5分後のこと。
彼らに追従するのは大槌を背負った大柄な男と、褐色肌の発育が良い4人の妖精。
――スティーブン・ジャッジメントはアーラ・アラフが作りあげた聖騎士の人間。
後衛職の創造主が作り上げた”前衛職だった場合の自分”として、アーラ・アラフは彼を気に入っていた。
聖騎士の兜の下にはアーラ・アラフと同じ顔が作られているが、普段は兜を外すことはない。
――4人の
ハーレムを築くといってNPC1体に3ヶ月、合計1年かけて作った4姉妹はそれぞれが異なる性格と職業を持っており、ギルド内の通称は『ナポリの4姉妹』。
レベルは低いので、防衛戦があった場合は役に立たず観賞用に近いが、そもそも辺境の拠点まで攻めにくるギルドも居なかったので問題はない。
スルシャーナは少しだけ離れた場所から、ギルドメンバー各自がそれぞれのNPCを見ては何か会話をしている光景を眺めつつ、集合したギルドメンバーと彼らのNPCの人数を確認する。
「後はヒデヨシさんだけか」
「こいつら隠れてたから、連れてくるのに時間かかったよー」
スルシャーナが再度時間を確認しようとした時、最後の一人が中央広間に入ってきた。
”隠れていたから”といって親指を立てて、肩の後ろを指差すと、2体の追従するNPCが影から現れた。
――石川五百衛門。
人間の姿に変化しているが、動かすことが出来ないゴム手袋に空気が詰まった様に不自然な人間の手と、その手首の辺りから生えた、奇妙に細長い本物の指が3本ある様は異質に感じる。可もなく不可もない顔の下には吸い込まれそうな3つの穴があるだけの卵頭。
――佐助。
「何とか時間までに揃ったね」
満足そうに頷くスルシャーナは、5人のギルドメンバーと、10人NPCを見回す。
「最後は皆でこの花火を打ち上げて・・・・・・」
レディー・ロッテン舞矢は取り出した打ち上げ花火を中央広場一杯に設置している。
「年長者の私が言うのも恥ずかしいものですが、今までこのギルドをまとめてくれてありがとう」
アーラ・アラフは真剣な声で礼を言い、スルシャーナに握手求めに近づくと、彼らは2,3度強く手を握り合った。
「アラフさんこそ、今まで支えてくれて助かったよ」
小さいながらもギルドの長として彼らをまとめて来れたのは、スルシャーナだけの力ではなく、周りも彼を支えたからに違いない。
「ユグドラシルⅡが出たら、今度こそキャラ育成ちゃんとしようかな」
芋豊T・ヒデヨシはコンソール画面で自身のステータスを確認して溜息をつく。
「ヒデヨシさんがそんな頭使ったことなんて出来るわけないでしょー」
そのステータス画面を横から覗き込みながら、ナポリたんは芋豊T・ヒデヨシの肩に手を乗せて首を横に振る。
「楽しかったなぁ・・・・・・」
ゲームのシステム上、表情が変わることはないが、すすり泣きが聞こえるエンクの顔は、どこか困ったような悲しげな顔にも見えた。
ユグドラシル時間23:50
スルシャーナと彼のギルドは、彼らが作り上げた拠点内で最後の時を迎えるべく、10年近い思い出話に花を咲かせた。