「それで、その超強かったギルドに俺にそっくりな人がいるみたいでさ」
「あたしもそこのギルド知ってるー。でも昔有名だったけど、最近活動してる噂聞かないね」
時間さえ許してくれるのであれば、このまま彼らのユグドラシルでの思い出話は尽きることなく続けることは出来ただろう。
分針が秒針のように時を進める中で、無常にもその時は近づいている。
「そんなギルドでもサービスが終了する中でいつもまでも残っている人の方が少ないだろうねぇ」
誰に言うでもなく答えたアーラ・アラフの言葉に返答できるものはおらず、沈黙がその問いを肯定することを物語った。
ユグドラシル時間23:59
「いつでも連絡待ってるよ」
沈黙を破ったのは、長い間彼らをまとめ、友人以上に彼らと接してきたギルド長スルシャーナ。
どんな連絡をしたらいいのか、何の連絡を待っているのかは言わなかったが、それはきっと別れの挨拶である。
「皆さん長い間ご苦労様でした」
皆が、そして自身が費やした年月に対して、いつもより丁寧な口調で手短に労いの言葉を述べた。
今生の別れではない。今やネットが生活に密接に結びついている情報社会の中で、一介のゲームがサービスを終了したところで、一切の連絡が取れなくなることは決してありえない。
ユグドラシルは終わりを迎えるが、多少離れている場所に住んでいても、日帰りでも会うことも可能な間柄であることに変わりはないだろう。
「先ほど保存したスクリーンショットは、編集してから全員に送ろうかね」
アーラ・アラフはコンソール画面から保存されたファイルを確認する為にクラウドにアクセスしている。
23:59:30、31、32、33・・・・・・
「いい?エンクちゃん。困ったことがあったら、まずお姉さんに相談するのよ」
「はい!今度お会いする時に、また一緒に美味しいお店探しましょう!」
女性陣二人は現実での約束を取り交わしている。
23:59:40、41、42、43・・・・・・
「舞矢さんはエンクちゃんと二人で遊べて羨ましい」
「現実でも仮想でも、あなたの隣にナポリたん」
「了解、今週末飲みに行きますか」
馬鹿な男性二人組みは、会話にならない会話で週末の予定確認をし始めた。
23:59:50、51、52、53・・・・・・
「ありがとうユグドラシル」
明日から訪れる灰色の日常を考えながらも、スルシャーナが最後に発言したのは感謝の言葉。
23:59:58、59――
――12年の歴史を持つDMMORPGの終わりに立ち会えた。
一つの人生が終わる様に、画面が暗転し、ブラックアウトが起きる・・・・・・――
00:00:00・・・・・・01、02、03
そんな当たり前のことが起きるはずだった。
『あれ?』
何人かの男女の声が重なって、疑問を真っ先に口にする。
「まさかのサーバーダウン時間延期?」
拍子抜けとはまさにこの事だろう。スルシャーナは締りの悪い終わり方に、少しだけ苛立ちを感じながらも心を落ち着かせてコンソール画面を開いた。
いや、それは間違った表現で、いつものようにコンソール画面を開く行動をした。
「コンソールが開かない・・・・・・?」
見慣れた視界の左上に表示された時間は、告知されているサービス終了時間からそろそろ30秒過ぎようとしてる。
ログアウトのための画面を開こうとしたまま、スルシャーナは固まっていた。
「これは一体どう・・・・・・――」
カーン、カーン、カーン・・・・・・――
その言葉を遮るように響き渡る警鐘。音につられて視線を向けると、城壁の上に立てられた物見櫓では、見張りの兵士が必死に鐘を鳴らしている姿が目に映る。
「はて、何が起きたんでしょうね」
横に居たアーラ・アラフは同様に首をかしげて
何かいつも見る風景と変わっているような気がする違和感を感じながら、スルシャーナはさらに周囲を見渡す。
城砦内では思い出話に花を咲かせてい状況から一変していた。
警鐘を聞いた兵士たちは足早に動き回り、中央広場内には土煙が舞う。それは決められたルートを不規則に動き回るAIではない。
歴史という知識のみで知っている1000年前の欧州に居たであろう兵士の見た目を模した彼らは、規律を持った部隊としての動きを見せる。
舞い上がる土煙に
「ご安心を、我が主」
それはありえないことだった。
現代の技術を持ってしても、不可能な存在が目の前に居た。
「ここは常に最前線で戦ってきた歴戦の精鋭達が守護する拠点。いかなる敵が攻めてこようとも、このシュトルフ・ラズナーが創造主たる御身の前で、アントゥールダウンを落城させるなどありえません」
先ほどと変わらず同じ場所に佇む、しかし先ほどとは違う表情を見せるNPCは、野太い声でそう答えるのであった。
「嫌な臭いがするな」
夜半の行軍最中、いつの間にか赤茶けた荒野に聳え立つ城砦を横目に見て、獣の亜人は追従する配下達の足を止めさせた。
先ほどまではなかったはずだと思いながらも、注視していたわけではないので確信は持てない。
配下の獣の亜人より大きな鬣(たてがみ)が逆立つ様に、獣としての本能が彼を慎重にさせる。
5年前にビーストマンの戦士長の座を賭けた決闘をした際に、前戦士長から浴びせられた死の臭いよりも濃い、鋭利な刃物が首元にまとわりつくような死の臭い。
「戦士長、なぜ行軍を止めたのじゃ」
それは贅沢な暮らしをして老いた豚鼻のような見た目のビーストマン。
ビーストマンという圧倒的な身体能力を持ち合わせた種族も老いには勝てない。そもそも戦闘を好む種族である彼らが老いるまで生き残ることは少ないので、その言葉を発したのは珍しい存在だろう。
「パーシアン元老、この辺りにあんな城があったとは聞いたことがない」
「なぁに、餌小屋に変わりはなかろうて」
危機感が欠片もない老いた獣人は、戦士ではない自らに迫る死の気配を察知が出来ないのだろう。
でっぷりと太った腹は、周囲に主張するかの如く、空腹の音を鳴らす。
「ふむ、目的地の町はまだ先じゃから・・・・・・先に小腹を満たすとしよう。良いか戦士長、肉の柔らかい女子供は儂に届けよ」
厭らしく口角を上げて目じりを下げた顔は、他の引き締まった身体を持つ戦士と比べて、卑しく醜い獣人。
「・・・・・・愚者が」
戦士長は本人には聞こえないように呟いた。
「戦士長、どうしますか?」
すぐ脇に控える黒い毛並みの戦士は耳元で支持を仰ぐ様に言葉を発する。
部族としての権力があるのは元老と呼ばれた獣人だが、この部隊の実質的な指揮官は戦士長である。
「目的地の場所は色々な場所から人間共が集まって来ていると聞く。雑魚が幾ら群れても意味はないが、こんな所で時間を使うのは勿体無い。ここで隊を分けるぞ」
この世界のあらゆる場所に生息し、集団生活を可能とする以外に取り柄のない人間は、近年その数を減らしつつある。
ビーストマンの様な身体能力もなく、亜人種に張り合う優れた技術があるわけでも、圧倒的な力で君臨する竜族のように魔法詠唱に秀でているわけでもない淘汰される種族。
最後の足掻きとばかりに、各地で生活をしていた人間は多種族より劣る個の力を補うために圧倒的大多数の集団として生きることを選ぶ。
多くて数百程度の集団生活をしていた人間は、視界が開けた広大な平野で数万という数で集まることで生存圏の確保を目指した。
”人間が大勢集まっている”
その情報は、ビーストマンの種族が住まう場所とそれほど離れていない森にすむ
友好的でも敵対的でもない種族同士である彼ら2種族は、人間を食料とする共通点があることから、今回手を結んで人間狩を行う。
「ここに残すのは50人程で良い。450人はお前が引き連れて目的地に向かえ」
戦士長に耳打ちした戦士――部隊の副官に、指示を与える。
「いいか、クーガー。我らビーストマンの名誉に賭けて、彼の地に牛共より遅く到着することは許さんぞ」
「かしこまりました」
クーガーと呼ばれた副官は、背後で控えた屈強なる戦士達に振り返った。
「レオパルド隊はリオン戦士長と共に。他は俺について来い」
指揮官を変えて再び行軍を開始したビーストマンの部隊は、元老パーシアンと彼の移動に使う椅子式駕籠の担ぎ手2人、戦士長リオン、50人隊長レオパルドと彼の部下をあわせた55人を残して、人間狩の目的地へと赴く。
夜目の利く眼前に見据えた城砦の城壁の上には、人間の兵士が忙しなく動き回る様が伺えた。
弓や持った兵士が警鐘を鳴らしている姿を確認出来るが、数百メートルは離れているので遠距離攻撃は届かないだろう。
僅かに吹き出した向かい風がリオンの髭を揺らし、この先の狩場から漂ってきたであろう食欲をそそる人間の匂いを運んできた。
「レオパルド、さっさと終わらせてあの豚の腹を満たすぞ。クーガー達に追いつかないと、獲物がなくなるかもしれんからな」
「了解ですボス。一番槍はあっしが頂やすよ」
腰の二刀を抜き去って、斑模様の毛並みを靡かせるレオパルドと50人の部下は風を切った。
彼らなら1000人の人間とも問題なく戦えるだろう。リオンもそう信じていたし、実際に戦士ではないビーストマンでも人間10人の身体能力と同等の力と言えるくらいに脆弱な生き物を相手にするのだ。
彼らがこれから起きる戦闘をいかに早く終わらせるかということしか考えていないことを責める者は居ないだろう。
狩人と獲物
圧倒的強者が圧倒的弱者を嬲り殺す戦闘が幕を開けた。