オーバーロード 御伽噺   作:"A"

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1章 最後の日と始まりの日4

警鐘が鳴り止んだ砦内に、野太いながらもよく通った響き渡る。

「リラは弓兵の指揮を、五百衛門と佐助は城壁から確認して状況報告だ。」

スルシャーナは表情の変わらないはずの骸骨の顔を唖然とさせていた。

無論、その反応を見せているのはスルシャーナだけではない。

 

「ナポリ4姉妹はジャッジメントに各種支援魔法をかけてサポートに徹しろ。いいかジャッジメント、状況を見て打って出る際には歩兵隊の指揮は任せたぞ」

指揮官(コマンダー)の職業を遺憾なく発揮するシュトルフが、アントゥーダウン内のNPC、各種兵士の統制を取り始めたのは、警鐘が響いてから直ぐのこと。

状況把握を出来ていない創造主達を置いてけぼりにしているが、シュトルフに設定された最優先事項はアントゥーダウン城砦の防衛。

たとえアントゥーダウンが元々ニヴルヘイムの渓谷に存在していたのに、周囲の風景が荒野に変わっていても、シュトルフには関係のないことだった。

 

「テ・リーヌ卿は最悪の事態を想定して我らが主達の護衛を頼む。無論私とてこの砦を突破させる気は毛頭ないがな」

ユグドラシル時代の指揮官(コマンダー)は、NPC、召還(サモン)モンスターや傭兵モンスターへの指示内容が細かくなる効果があった。

元々の指示が可能な『攻撃』『防御』『回復』『待機』といった単調な物が、指揮官が指示する際には『対象を選択』、『ヘイトを集める』、はたまた『使用する魔法の選択』等、簡単に言えば『ターン制RPG』の様な指示が可能になる。

それがどうだろう。指示対象が意図を理解する事を前提に大雑把な指揮を取りつつ、要所では戦況分析を行い布石を投じる。

 

シュトルフからの指示を受けたNPC達は、創造主達からのコマンドもなく持ち場に動き出した。

 

その姿はまるで――

「意思を持って動いているのか?」

スルシャーナの言葉は仲間達の言葉を代弁していた。

 

つい先程までそこに存在していただけのNPCが、設定されていない言動を見せる。

サービス終了の時間を迎えても強制ログアウトされなかった異常事態が、目の前で明確に形として現れていた。

「むぅ、GMコールも強制終了もできないみたいですな」

アーラ・アラフは冷静を装いつつも、先ほどから何とかして外部との連絡を図ろうとしていたが、芳しくない表情を見せる。

「頭おかしくなってるのかな。アラフ爺さんの表情が読み取れる」

額に手を当てて蒼白な顔の芋豊T・ヒデヨシは、ユグドラシルはおろか現在のゲーム技術では不可能な現象を目の当たりにして、困惑な面持ちのまま固まっていた。

まさにそれはシュトルフが言葉を発した時にスルシャーナが感じた違和感の正体そのもの。

表情の変化というありえない事象と、現在の置かれた状況を理解出来る者など誰もいない。

 

視界の左上に映る時刻は、00:05へと時を進めており、サービス終了から5分が経過している事を指し示す。

恐らくその5分は、彼らの人生にとって最も長く感じ、しかし状況把握に必死でいつの間にか過ぎ去ったであろう5分間。

「ギルマス、あたしらはどうしたらいい!?」

「・・・・・・俺にも何がなんだかわからない」

スルシャーナに切迫な表情を浮かべて問いかけるレディ・ロッテン舞矢だが、スルシャーナ以外もその問いに答えられない。

彼ら6人が理解不能な状況に取り残された中でも、アントゥールダウン内の様相は刻々と変化していた。

 

『敵はビーストマンと思しき姿!総数500!そのうち一部がこちらを目指して進行中!数は・・・・・・約50!そんな数でアントゥールダウンを攻めた事を後悔しやがれ!』

『あ…あの、皆さん、だ…第一射いきます。《ターゲティング/目標狙撃》』

城壁の上からは状況報告のむさ苦しい怒号と、かき消えそうな少女の声が聞こえる。

 

弦を引き絞る音の僅か後、矢は弾ける様に燦然と煌く夜空目掛けて飛び出した。

 

月夜が照らすだけの淡い光源の中で放たれた矢は、弓兵を指揮するホワイト・リラの狙撃用特殊技術(スキル)によって目標を寸分違わず狙い撃つ。

 

しかし、ただの人間が放つ弓矢など、強靭な肉体を持つビーストマンの分厚い筋肉を貫く事は出来ないだろう。

 

それは人間と言う種族が滅びゆく戦いの中で、覆る事のない事実。

 

無論、城を目指して疾走するビーストマン達も、弾かれた弦の音を耳にした所で、今まで通り気にも止めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「対弓防御!テメーら足緩めんじゃねーぞ!」

部隊長を先頭にレオパルド隊50名は、隊の中心を前衛、両翼を後衛に下げた偃月の陣で突撃する。

目的地の砦まで数百メートルはあるが、彼らの身体能力を持ってすれば、その距離はすぐに詰めることが出来るだろう。面倒なことは早く終わらせたいという気持ちが自然と足を速くさせる。

 

歴戦の戦士たちは僅かに聞こえた矢が迫りくる風切り音を耳にし、陣形の前衛に居る者は片腕を顔の前に出したまま速度を落とさず走り続けた。

ビーストマンとて幾ら貧弱な人間の弓矢だろうと、目だけは護らねば戦いに支障が出る。

 

これから始まるいつも通りの狩りを、いつも通りの弓矢対策をしながら突撃する戦士たちだが、そこにいつもと違うことが起きた。

「グガッ・・」

全力で走り続ける集団の中でどこから発した声かわからない。

一瞬だけ出されたくぐもった声の直後に、水分を多めに含んだ泥を詰めた麻袋が地に落ちるような音が聞こえた。

 

音のした方向を見たレオパルドの視界には、眼窩を貫く矢が頚椎から上を奪い去って大地に突き刺さり、そこから数歩だけ進んだ先に、赤黒い水が溢れる噴水となって仰向けで倒れこむ途中の部下の胴体。

「――なッ」

 

”何が起きた”その言葉が口から出る前に、その惨劇は始まった。

僅かに遅れて到達した数十本の矢が、理解する間もなくビーストマンの戦士50名に襲いかかる。

命を刈り取る雨が降った。

 

 

まさに阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。

顔から僅かにそれた矢に耳を引きちぎられて、その場にうずくまる者。

顔を護るための腕を貫いた矢が、顔面まで突き刺さり悶絶してのた打ち回る者。

首に突き刺さった矢を押さえて、口元から不快な水音が聞こえる者。

胸部に刺さった矢が、肋骨の隙間から心臓に到達し絶命した者などは、苦しまない分まだ恵まれている。

 

第一射の攻撃により6名が命を奪われ、11名が戦線復帰が出来ない程の重症を負った。

 

突然の壊滅的打撃を受け、瀕死の傷を負ったものを助けようと部隊はその場で立ち止まる。

「レオパルド!止まれば狙い撃ちだ!」

迫りくる矢を両手に握る二刀弾いて無傷ではあるが、大槌を受け止めたような痺れが残る腕は力なく垂れ下がり、呆然として惨状を眺めていた。

ビーストマンの種族でも上から数えたほうが早い実力者であるレオパルドは、戦意を一瞬で奪い去られている。

茫然自失な彼を叱責し部隊後方から追いついた戦士長リオンは、一気に部隊前方まで駆け抜けると、背に携えた大剣の柄を利き腕で握り締める。

「ヌゥッ!」

疾走してきた速度を乗せた剣筋は、地面に叩き付けるように振り下ろし、乾燥した荒野の土を大きく抉りとった。

爆発音に似た地響きの後、赤茶けた土煙が舞い上がり周囲一体を覆い隠す。

 

「ボス・・・・・・どうしやすか」

憔悴しきった表情を浮かべたレオパルドはすぐさまリオンに近づき、指示を仰いで周囲を見渡した。

「あっしの隊も動けるのは7割、戦えるのは半分くらいってところです」

「腕の立つ戦士を5名見繕え。我らで殿を務めて、部隊撤退の時間を稼ぐ」

地面に突き刺さった大剣を抜き、軽々と振り回して剣に付着した土を落とし、リオンは土煙の奥に佇んでいる砦を睨みつける。

 

「人間に背を向けるんで?」

「その人間相手に過信した結果がこれだ」

自ら言外に負け戦であることを認め、部下へ辛辣に告げた敗因は、戦士長とて予想だにしないものであり、だからこそ自身が殿となり傷ついた者を護る行動を選んだ。

「すまねぇ・・・・・・」

下唇をかみ締め、俯いて悔しそうな表情を見せたレオパルドは、踵を返して自らの部隊に撤退の指示を出す。

負傷者を担いで撤退の準備を始めた部隊内を巡回し、傷が深いものには自ら肩を貸し、部隊の長として二言三言の言葉をかわした。

そして部隊内でも実力がある無傷な者達の何人かに声をかけ、リオンの元に引き連れて戻った。

 

周囲を覆う土煙は薄っすら視界を鮮明にしてその役目を終えようとする。

剣や鉈、レオパルドと同じ二刀の武器を構える戦士5名はリオンとレオパルドの左右に展開した。

 

「いいか、矢を弾き返すことだけに集中しろ」

姿が視認された事で再び砦から放たれた矢を確認して、リオンは共に殿(しんがり)を務める戦士たちに指示を出す。

そして大剣の柄を両手で握り、半身を翻して顔の横で地面と水平に構えた。剣先は砦を捉え、視線は夜空に飲み込まれた矢を追う。

鈍く反射する鏃が見え、先ほどと同様に矢の雨より一寸だけ先に到達した1本目。瞳の中に映る凶弾が大きさを変えて死期を知らせる時、リオンはそれを身体を反らして避けながら、矢の()を叩きつける様に一閃で叩き折った。

「ハハッ!これは痺れるなぁ!」

牙をむき出しにしながら興奮気味に笑い、次に襲い掛かってきた矢を逆袈裟斬りで弾き、身体を一回転させてから横薙ぎ一閃で同時に数本の矢を弾き飛ばす。

1本でも多く防ぎ、1秒でも長く立ち塞がることが、傷ついた仲間の、部下の窮地を救うことが出来る。

左右からも雄叫びと襲い掛かる矢を叩き折った生存を告げる音が聞こえ、戦士たちの奮闘を耳にしながら、ビーストマンの戦士長は降り止まない矢の雨の中で演舞を魅せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

鋸壁(のこかべ)の上に二人の影。一人はしゃがみながら遠くを眺めるように目の上に八本指の手のひらをかざし、もう一人は胸部で2本、背中4本ので腕を組んで直立不動で戦場を眺める。

「殿を残して撤退中!」

「潰スベキカ?」

「まぁ落ち着け佐助。追撃の指示は出てないし、奴らも馬鹿じゃなさそうだ」

ホワイト・リラの弓兵隊による2射目で撤退を始める敵を見て、石川五百衛門はつまらなそうに報告の声を上げた。

砦に近づくことさえ許されないほどに弱いが、激情せずに的確な判断で撤退を選ぶ辺り統率の取れた部隊なのだろう。そう判断した彼は自らの主に同時に生み出された片割れを抑える。

 

「あ、二人死んだ」

「殺スベキカ?」

「わかったわかった。殿に聞いてやる」

佐助の問いに対して、石川五百衛門はゆっくりと立ち上がって伸びをした後、背後の中央広場に向かって軽く跳躍した。

小さな砦とは言え、見張り台のある塔の上は六階建てに相当するが、城壁でさえ三階建ての高さだろう。

その城壁から背を見せて飛び降りた姿は、水泳の飛び込み台から落ちる選手のように身体を回転させ、それでも羽毛が地面に舞い散るように音もなく着地する。

それは《フライ/飛行》を使用した魔法の働きによるものではなく、単純に盗賊の身軽な身のこなしによる技術だ。

しなやかに膝を曲げるだけで衝撃を分散させた石川五百衛門は、目の前で驚いた顔を見せる自らの主に膝を折って頭を垂れる。

 

「殿、発言をお許し頂きたい」

「うへぇ?・・・・・・・・あ・・・・・・俺?」

尻尾を踏まれた犬のように間抜けな声を出したのは、芋豊T・ヒデヨシ。個性豊かな周囲の仲間たち、城主シュトルフ・ラズナーの顔をそれぞれを順番に眺めた後、目の前の存在は自身がロールプレイの一環として嬉々として創り上げたNPCであると気がつく。

「五百衛門、主達に対して不敬であろう」

突然の登場に叱咤の言葉を発するシュトルフだが、それを芋豊T・ヒデヨシは茶色の鎧を揺らして金属音を鳴らし、篭手を装備した片手を上げて制した。

「あぁ、いいんだシュトルフ。どうかしたか?」

子を見守る親の視線に気がついた盗賊は、再び深く頭を下げた。自らの君主はなんと慈悲深いのだろう。そんな感情が僅かに潤んだ瞳の中に見て取れる。

幾らシュトルフがアントゥールダウンの防衛責任者であろうとも、創造主たる6名の言葉を無碍に出来る地位にはいない。

 

「敵は壊滅、殿(しんがり)を残し撤退中に御座います。佐助と共に追撃の許可を頂戴したく参った次第。どうか我らにも活躍の機会を・・・・・・」

「えー・・・・・・あーそういうことか。どうしましょうスルシャーナさん」

忠臣から提言された言葉を受け、優柔不断に目を泳がしながらギルド長に助けを求める。

勿論ユグドラシルではロールプレイをしていたとは言え元来一般人である男には身が重い案件であり、第一砦の外で何が起きているのかもわからない状況でおいそれと決断できないことは仕方ないだろう。

 

「とりあえず、俺たちが今何に巻き込まれて、今何が起きているのかを確認するのが最優先だろう。実際に城壁の向こうで何が起きているのかを確認してから決めようと思う」

まさにそれは本心である。

唐突に異常事態が起きたと思ったら、NPC達が動き出し、理解するまもなく勝手に戦闘を開始していた。

そしてその戦闘相手も何者かすら確認出来ていないのだ。

スルシャーナは普段は使わない頭で全力で思考を巡らせながら、普段は余り昇ることがない城壁への階段に向かう。

階段を上りきった先では一定の間隔で弦の音を奏でる弓兵たちの演奏会場が待っているだろう。城壁の向こう側はどうなっているのか、どんな世界が広がっているのか。

僅かでも現状の手がかりになることを期待して、城壁に続く階段を上りきった6名のユグドラシルプレイヤーは、その時から新たなる世界と係わりを持つことになった。

 

 

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