オーバーロード 御伽噺   作:"A"

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1章 最後の日と始まりの日6

闇の世界に続く扉が再び城壁に顕現したとき、彼らの思考は働くことを放棄する。

つい先ほど、彼らのギルド長が独断専行で動いたことに、仕方がないと諦めたことも、ユグドラシルがゲーム時代から慣れ親しんだものだった。

仲間の一人がお目付け役で同行したことも、まぁ現状の状況を鑑みれば珍しくもないことだ。

 

だがそんな彼らが戻ってきた時はどうだろう。

まるでちょっとしたハイキングから帰ってきたかのように、何も問題はなかったと言わんばかりの態度を見せる彼らのギルド長。

普段は飄々とした態度のお目付け役が、いつにない真剣な表情でそれを背負ってその場に運んできた。

 

「ただいまー」

周囲の氷結した表情を気にすることなく、あっけらかんと言ってのけるスルシャーナの図太い神経はほとほと理解は難しい。

「おいナポリたん・・・そこに直れ」

現実でも聞きなれた声に、担いでいた大きな毛玉を放り投げ、餌を知らせる鈴を耳にした犬のように条件反射でその場に正座をするナポリたん。

見知らぬ世界と関わるべく固めていたはずの男の決意は、冷酷な表情と声を聞いてあっさりと打ち砕かれた。

 

大企業に支配されたと考えても差し支えない現実世界では、持つものと持たざるものがはっきりと分けられるようになってから久しい。

21世紀前半頃では男女雇用機会均等法なる法律や、女性の立場向上といった流れが世間に浸透しつつあったという。

22世紀も中盤に差し掛かり、義務教育の撤廃で労働者の思考能力を奪い去った世界にとっては、意味を持たない労働基準法外でどれだけ時間的拘束をしても壊れにくく、人生の大半を労働に費やしても世間からの反論がないという点で、男性の労働者人口が90%を占めている状況である。

上流階級として持つものの立場として生まれた男性は、政府すらも牛耳る企業での管理職になるべく育てられ、女性は学業や教養を得ることで、より優秀な上流階級の家と繋がるべく育てられる。

そんな上流階級の女性が自身を高めるために必要な施設では、上流階級以下の持たざる立場で生まれた女性達が働く受け皿となっており、その職場環境に男性は求められていない。

死に絶えた惑星の人類、そんな腐敗しきった社会構造を形成する国としては珍しく希少な女性の中間管理職。

そんな生活を送るだけの能力があったからこそ、レディー・ロッテン舞矢の精神構造は”サービス終了後に現実の常識が一切通じない世界”に飛ばされても壊れるほどやわじゃなかった。

 

「ギルマスはまだしも、お目付け役で行ったお前も一緒になって突拍子もないことをしてどうする。馬鹿なのか?その獣臭い物を連れ帰って来た理由はなんだ?」

普段の疲れきった声とは違う、上司が部下を叱責する為に声を張り上げることを是とした声。

「あー、それは俺の提案で・・・」

「ギルマスには聞いてない。慌てなくても次の番はギルマスだから待ってなさい」

「あ、はい」

仲間やNPC達の前で本気目のトーンで怒られて、口出しを許されなかったスルシャーナは、借りてきた猫のように大人しくなる。

「舞矢さんかっこいい・・・」

零したように呟いて、鬼気迫る様相で大の大人を叱り付ける同性の姿を眺めるエンクの目には、どことなく憧れの感情が含まれている。

城壁より遠方を眺めるアーラ・アラフと芋豊T・ヒデヨシは何やらシュトルフや他のNPCと今後のことについて話していた。

風と虫の音が耳に入るほどには静けさを取り戻した荒野で、この地に不釣合いな城壁だけが喧噪を保っている。

そして、それは地平線の果てから白き来光を確認するまで 続いたという。

 

 

 

「さて、これまでの話し合いの中でわかったことをまとめよう」

疲れが浮かぶ表情の仲間を前に、スルシャーナは朝陽を背にして議論を終わらせる。

「ユグドラシルの時間を信じるなら今はAM5:30を過ぎた頃だ」

違和感がない程度に慣れた視界の端に表示される時間は、まだ早朝と言える時間を示していた。

少し早めに出勤する際の時間なので、別段早いとは感じないのだが、このご時勢で大学生という身分のエンクにとっては慣れない時間なのだろう。

 

眠そうな目を擦りながら、一切頭に入らない言葉に対して相槌を打っている姿を見て、スルシャーナは咎めることなく言葉を続けた。

「どうにも俺には疲労と眠気がない。ゲームの続きなのだからと思ったけど、みんなを見るとそうとも思えない。そうなるとこれは恐らくアンデッドの種族特性によるものだと考えられる。」

「食欲はどうですかな?そろそろ朝食を摂ってもいい時間でしょう」

アーラ・アラフの疑問に対し、スルシャーナは首を横に振って否定する。

「空腹でもなければ食欲もない。正直この身体なら24時間働ける気がするよ」

「ですが、僕らは疲れも空腹も眠気も感じます。スルシャーナさんと言うとおり、恐らく違いはアンデッドか否かだということでしょう」

スルシャーナの案に同意するように答えたナポリたんの右目の周りは、薄っすらと赤黒く内出血していた。

ユグドラシルがゲームであった頃のダメージエフェクトでは、擦り傷や痣といった表面上の変化はなかったが、舞矢からの鉄拳制裁を受けて情けなくも中国大陸で絶滅した白黒の動物のよな顔になっている。

 

「こうしてリラが寝ているし、他のNPCも同様に疲労や空腹を感じるんじゃないの」

階段に腰掛けていた舞矢がナポリたんの言葉に付け足すように口を開くと、聖母の眼差しで、自身の膝に頭を乗せて寝ているホワイト・リラの頭を撫でた。

「そうだなー。とりあえず、皆も疲れてそうだしNPCにも今から休養を取らせようと思う」

「我らに寛大なお心遣い痛み入ります」

各NPCを代表してにシュトルフが一礼するが、この場には彼とリラ以外のNPC達おらず、アントゥールダウン内での各持ち場に戻っている。

リラは舞矢が手を離さなかったので、膝の上が定位置ということになったが・・・。

 

「さて、つまるところ俺たちの予定だが・・・まず1つ、当面の目標は言葉が通じる人間を探して、この世界の情報を得ること。何をするにも情報が足りなさ過ぎる状況に立たされている中で、これは最重要な目標になる。次に、生活圏の確保。これは情報提供をしてくれる人間との相談になる。ここに居てもいいが、何かあった場合の逃げ場がないから、ギルド拠点を知られないようにしたい。最後に、これらを同時遂行しつつ、現実世界に戻る手立てを探す。死に行く惑星だけど残してきたものがある以上、帰りたい。他に何か意見のある人は?」

長々と語ってみたが、簡単に言ってしまえば、来るべき日までこの世界で生き残ること最優先に考える、ということの他ない。

何しろわからないことが多すぎるのだ。ネットワーク情報が発達した世界において、普通に生活をしていた彼らには、検索して調べることが出来ない世界での生活など未知数だろう。

 

「付け加えるなら、なるべく周囲と敵対しない事を選ぶべきだろう」

「それについては、『なるべく』だな。ここを危険に晒す可能性は排除しないと」

暗に先ほどの獣人共をどうするのか言ってのけたスルシャーナは、骨の手で何かを潰すように握って見せる。

魂を求め彷徨う死神の如く。

 

 

 

それから程なくして、盛大に眠りこけたエンクを見て彼らは休息を取ることになった。

或る者は残した家族を想い

或る者はまだ見ぬ新世界に夢を馳せ

或る者は窮屈な日常からの脱却を喜びながら

 

 

 

仲間たちが城内の各所で眠っている状況で、スルシャーナは見張り台になる塔の上で思案に耽っていた。

NPCも交代で休みを取っている場内では、シュトルフ指揮下の元で最低限の警備体制が整えられている。

すっかり日が昇り、周囲がより遠くまで見通せるようになったことで、この世界はどこまでも続く荒野ではない事が理解できた。

青々とした森林が遠方にあり、周囲にはいくつかの山脈が連なっている。

初めはそんな景色に見入っていたスルシャーナだったが、3時間ほど経ち少し飽きてきた頃、塔を上ってくる足音に気がついた。

質素という言葉で言い表せる木製の小さな丸い机の上に、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴアサック)からいくつかのスクロールを出していたが、作業を中断して来訪者に顔を向ける。

「あぁ、ブラッドロードか」

「スルシャーナ様、ブラッドロード()ではなく、テ・リーヌとお呼びつけ下さい」

一礼して入ってきたのはエンクのNPC(黒歴史)であり、スルシャーナと同様にアンデッドの身を持つ吸血鬼の始祖。

設定上での吸血鬼としての身分は高いが、創造主達に対する敬意は他のNPCと変わらず持ち合わせているようだ。

 

「そうかテ・リーヌ。お前も睡眠を必要としない身体だったか」

そういってから少しだけスルシャーナの心に親近感が沸く。眠ることさえ出来なくなった身体でも、心は未だに残っている。

この先も一人で長い夜を過ごさなければならないと考えていたが、同族がいるということに僅かながら気分が晴れた。

「御身と同様この身は既に永眠しております(ゆえ)。それよりも、今から何かされるのでしょうか?」

テ・リーヌ・ブラッドロードは冗談交じりに答えると、机の上で仕事の書類のように乱雑に置かれたスクロールの束を見る。

上質な羊皮紙や竜の皮(ドラゴンハイド)の紙には魔力系の情報収集魔法が込められており、当該魔法が詠唱可能な職業さえ取得していれば、MP消費なしで魔法を使用できる使い切りのアイテム。

それを出していたということは、何か魔法を使用するのだろうが、それ以外のことはテ・リーヌに理解できなかった。

 

「先程逃がしたビーストマンを探そうと思ってな。時間的にもそろそろ本隊と合流しててもおかしくない頃だろ」

スルシャーナはテ・リーヌの疑問に答えながらも、再び無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴアサック)からスクロールを取り出しては机の上に投げつける。

 

「対抗魔法に対する防御もこんなもんでいいだろ」

「獣共はそこまで用心する相手なのでしょうか?」

消耗品であるスクロールの束を前に、眉をひそめながらも、スルシャーナの用心深い行動に疑問を呈した。

圧倒的な力を以って薙ぎ払った相手に対する事前準備とは思えない慎重な対応だが、スルシャーナは至って当然との声で返答する。

「この世界の情報が少なすぎる中で、探知魔法に対するカウンター能力がわからない相手に、使い捨てとは言え腐るほどあるスクロールで安心が買えれば安いもんだ。何せ戦闘能力以外はこの目で見てないんだし」

そうして無造作にスクロールの束から1本掴み取ると、もう片方の手の平で何度か叩いてポンと軽快な音を鳴らす。

 

「無茶な事もするかもしれないけど、流石に最低限度の確認くらいは怠らないって」

楽しげな声色で顎の骨を開口させて細かく震わせる姿は、どこか呪いの類を思わせ、テ・リーヌですら僅かに畏怖を覚える。

恐らく笑っているのだろうが、表情がない頭骨からはその真偽を確認出来なかった。

 

「やはり我らを統べる御方。強大な力を有していながらも、決して油断をなされない心がけ、感服致します。」

胸に手を当てて頭を垂れ、優雅に片膝を地につける様は貴族を思わせるが、その実態はルーマニアの串刺し公に近いだろう。

エンクがベッドの上で枕を抱えて悶絶したくなる見た目を除けば、テ・リーヌには貴族社会の教養があると言えるのかもしれない。

「ユグドラシルのテンプレ通りにやってるだけさ…」

小さく呟いた言葉に、わからないと言った具合で首を少しだけ傾けたテ・リーヌを見て、スルシャーナは一言"何でもない"と返答した。

 

「さて、捜し人はどこにいるかな」

豪華な夕食を前にした子供を彷彿とさせる、どこか楽しげに様子でスクロールを発動させる。

 

「<偽りの情報(フェイクカバー)>、<探知対策(カウンター・ディテクト)>、<偽の映像(フォールス・ヴィジョン)>、<所くらまし(ディスプレイスメント)

。………っと、まぁこんなものか」

続け様に複数のスクロールを使用すると、手の平の上で開いた消耗品は淡い炎に包まれて燃える様に消える。

封じ込められた魔法が開放され、探知魔法に対する対抗魔法に更に対抗する為の無数の防御魔法を纏い、ついに竜の皮(ドラゴンハイド)で作られた最後のスクロール<位置同定(ディサーン・ロケーション)>を発動させた。

 

 

 

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