オーバーロード 御伽噺   作:"A"

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1章 最後の日と始まりの日7

 

「なんとしても救わねば・・・・・・」

濃厚で濃密で凝縮された命を略奪される感触が体中に纏わりついて離れない。

圧倒的強者なんて生易しい表現では言い表すことの出来ない、この世を創造した神に近い必然の力。

先ほど行われた戦闘とすら呼べない出来事は、蟻を潰すよりも簡単にビーストマン戦士長という力の象徴を打ち砕いた。

既に得物として何の役にも立たない愛刀を大事そうに握ったまま、両手を大きく振って疾走する速度は、彼の人生で最も早く走っているだろう。

鉛の鉄球を鎖で繋いでいる奇妙な感覚が足に残り、何度も転倒しそうになっているが、仲間の下に辿り着くまでは止まることは出来ない。

無力な自身の目の前で堂々と連れ去られた部下を救う手立てを考えるも、思いつく全ての案を試そうとも切り伏せられる様相が目に浮かぶ。

 

急がせたとはいえ部隊を率いて行軍している仲間との合流に予想よりも時間が掛かっていることに焦りを感じた。

しかし、自らが課した指示を忠実に護っている辺り指揮代行を任せた副官はやはり優秀なのだろう。

全力で駆け抜ける森林の中で眼前に広がる青々と茂った草木の奥に、自身が率いていた部隊の最後尾が確認できた時、彼はようやくその足を緩めた。

 

「戦士長!」

最後尾に居た戦士が気がついて声を上げると、その存在は部隊全体に周知されることになる。

「すまない、今戻った。急ぎ副官のクーガーを呼んできてくれ」

”傷の手当を”といいかけた戦士を押しとどめて、部隊の指揮代行を任せた副官を呼ぶよう矢継ぎ早に答えた。

ビーストマンの部族で最も強い者がその地位を得られる戦士長。その英雄ともいえる領域にいるリオンの力を以ってして、満身創痍の相手とはどのような存在なのか。

後方部隊から波のように動揺が広がりを見せる中で、中央部隊から黒い毛並みの戦士が慌てた様子でリオンの元に駆け出してきた。

 

「ご無事でしたか。撤退してきた者達から話は聞いておりますが・・・・・・他の者は?」

「すまないクーガ、レオパルド以外は死んだ。俺の目の前で、瀕死だったレオパルドを魔法かなにかで治した後、堂々と連れ去られるのを見せつけられたから捕虜になっている可能性が高い」

「癒しの魔法・・・ですか?敵には竜族がいたということですか」

「いや、違う。魔法を使ったのは人間だ。・・・・・・見た目だけしか人間とは思えない存在だったがな」

「人間が魔法を!?」

「不可思議なアンデッドと共に、目の前の空間が裂けて闇の穴から突如這い出てきた存在が、人間と言えるのであろう。何より接近して切りかかった結果がこの様だ」

そういって、リオンは握ったままの柄とほんの僅かに残った刃を見せる。

ひしゃげて食い破られた大剣は、戦闘と言う行為で破壊されたとは思えない圧倒的暴力の被害を受けた武器の亡き骸。

 

「捕虜となったレオパルドを救出する」

やろうと言うのは簡単だが、この世界最強の竜族に素手で挑むかの如く、それが無茶なことは本人も自覚をしている。

「無論仲間を見捨てるつもりは一切ありませんが、そのような人間が待ち構える場所に攻め入っても、同じ轍を踏むことになるのでは?」

「そうじゃ、馬鹿を申すでない」

クーガの返答に対して同調するように答えたのは、でっぷりとした腹部が目立つ権力に溺れる醜い豚猫。

命からがら逃げ出すレオパルド隊の生き残りに連れられた事もあり、多少毛並みが乱れているが怪我をしている様子はない。

「パーシアン元老・・・・・・ご無事で何よりです」

リオンは見たくもないものを見たとでも言う態度ながらも、最低限の礼節はわきまえて身を案じるそぶりを見せた。

パーシアンの小腹を満たすという我侭によって、彼の地で無駄な命を散らせてしまった戦士達のことを考えると、その礼節すら放り投げてしまいたいと。

「部隊長の一人の命なぞ、元老たる儂の安全を第一に考えたら些細な犠牲じゃろう。・・・そもそも貴様らが人間なぞに遅れを取るような弱兵でなければ、こんなことにはならなかったんじゃないのかね?んー?どうなんじゃ?」

「・・・・・・パーシアン元老、ここは戦場であって集落内ではない。もしかすると・・・って話なんだが、あんたが言う、その、何だ? ”弱兵”・・・である我らの守りを突破されて、人間共が身なりの良い権力者に襲い掛かる可能性だってゼロではない」

部族内の権力者と、現場上がりの叩き上げが反目しあうのはどこの世界でも起きる。

 

両者沈黙の中で一触即発の睨み合いが続くが、その膠着を破ったのは前方の集団からの駆けつける一人の伝令だった。

僅かに高ぶった息を整えてクーガーの元に近づくと、リオンとパーシアンの二人を横目で確認しながら伝令としての仕事を全うすべく報告を始める。

「先陣部隊のオセロット部隊長より、『目的地を発見、攻撃開始の指示を待つ』との伝令です」

その報告を受け、いがみ合う両者は互いに顔色を変えた。

目的の人間たちが集団で暮らす場所を見つけた以上、本来の目的とレオパルド救出部隊の手はずをどのように整えるか、リオンは苦難の表情を浮かべる。

変わりに愉快で楽しげだとも言う表情を受かべるのはパーシアン。

リオンの苦悩など馬鹿馬鹿しいと言いたげに首を振りながら、指示を待つ伝令に口を開く。

「さっさと攻撃を開始せよ。よいか、腹の大きな人間の女は絶対に生きたまま捕らえて儂の元につれて来るんじゃ。・・・・・・あの珍味を食べる為に来たようなものじゃからな」

下卑た笑みを浮かべるパーシアンは、これから行われる晩餐会に向けてゴロゴロと喉を鳴らす。小さな猫がやれば愛玩動物に早代わりだが、愛玩されうる要素が欠片もない見た目がそれをやるのだから性質が悪い。

伝令はその指示を受けて、先陣の部隊に戻ろうと踵を返そうとした。

彼にとってその指示に対して疑問を抱く余地すらないし、それが部隊の指揮代行を担っているクーガーよりも権威がある元老からの言葉であれば尚更だろう。

だからこそリオンは伝令の動きを止めようと一瞬手を伸ばすも、思いとどまるように宙を握って押しとどまった。

 

「クーガー、部隊を二分すると言ったら、どのくらいがこちら側に来る」

離れていく伝令を見送った後、唐突に口を開いたリオンに対し、一体何を言っているのかわからないと言う表情でパーシアンはその言葉を投げかけられた部隊の副官とリオンを交互にを見据える。

「貴様・・・何を」

「仲間の救出のためだと戦士長が仰れば全部隊が」

それに対してパーシアンに一瞥もなくあっけらかんと答えた副官の姿に、陸に揚げられた魚の様に口を開閉させて、段々とどす黒い顔色になるのは攻撃を伝令に命じたパーシアン。

ビーストマンと言う部族の権力順位を無視する算段を目の前でされ、怒りに打ち震えるように歩行の補助に使う杖をきつく握り締めた。

「それだとまずいな。今回の目的は牛頭人(ミノタウロス)との共同戦線で人間を狩ることだ。そちらに一切の戦力がないと部族の面目も立たないだろう」

「ふっざけっるな!!」

パーシアンはついに耐え切れなくなって杖を二つ折りにして怒りをあらわにする。

「大丈夫ですよパーシアン元老。こちらに100名は残すから、人間狩はあなたが指揮を執って構わない。いいかクーガー、先陣のオセロット隊とレオパルド隊の生き残りはここで残って貰う。他の部隊には5分後に出発すると伝えろ」

その怒りを意にも返さず早速指示を出すリオンの姿に、赤黒くなった顔をさらに歪め、口から泡を飛ばしながら罵詈雑言を浴びせるパーシアンは、折れて役に立たなくなった杖を投げつけた。

「貴様ッ! 部族に帰れると思うなよ! 成り上がりの戦士風情が・・・・・・この、儂の、顔に、泥を塗りおって! 貴様らも見てないで早く奴を捕らえよ!」

周囲の戦士たちに捕らえろと簡単に言ってみたところで、最も強いものが戦士長となるビーストマンにおいて、無手とはいえ戦士長リオンと、遠征500名の部隊の中で戦士長の次に高い地位にいる副官クーガーに挑む者はいない。

「それではパーシアン元老、我らはこれにて失礼しよう。・・・・・・それとたまにはご自分で食事の用意をされないと、腹を空かせて泣き喚く赤子となんら変わりませんな」

そう言って部隊再編の為に動こうとした瞬間、背筋を得体の知れない何かが走り回るおぞましい不快感。

空を仰ぎ見ることが出来ず、光が零れる程度に鬱蒼と生い茂る森の中で、突き刺さるように天上から一挙手一投足を覗き見るような視線。

首元に鋭利な刃物を撫で付けられるような、心だけを雪原に置き忘れた焦燥感。

 

咄嗟に縮こまるように肩を竦めて周囲を見回したが、何か見受けられるほどの怪しい変化はなく、クーガーに不思議な顔をされながらも”なんでもない”と返答する。

リオンは少しだけ、未だ抜け切らない恐怖を思い出しながらも、急いで捕虜となった仲間の救出をしなければと心を切り替えた。

 

 

 

 

 

「なんとか無事に合流してくれたみたいだ」

手のひらの上で燃え尽きるスクロールは、視覚の効果もあって僅かな温かみを感じる。

幾重の防御魔法と共に目的の情報収集魔法を使用したことで、先ほど逃がしたビーストマンの動向が確認できた。

予想通りではあるが抵抗魔法の類も一切感じられなかったので、防御魔法は無駄になってしまったが、それでも情報収集魔法に無防備で抵抗魔法を使えない可能性があることを知れたのは十分にその消費に見合った情報だと思える。

手のひらに残った灰は、他に遮る建物がない塔の上で吹いた強い風に乗ってどこかに舞って消えた。

「お目当てのものは見つかりましたか?」

「あぁ、どうにも思ってた以上に動きがありそうだ。早速皆が起きたら行動しようと思う」

「畏まりました。シュトルフには私がお伝え致します」

「そっちはよろしく頼むよ」

承ったとばかりに一礼をしたテ・リーヌ・ブラッドロードは、一切の迷いなく塔の柵に足をかけて飛び降りた。

粗雑に腕に巻かれた包帯と漆黒のロングコートを広げて降りる様は、重力で徐々にスピードをあげて落下する。

既に死体となって久しい、戦士職としての丈夫な身体を以って地面に着地すると同時に土煙を大きく舞い上げる。

NPCたちへの連絡はテ・リーヌ・ブラッドロードに任せるとして、少々早いが仲間たちに与えていた休息を早めに切り上げて起こす必要があるだろう。

位置同定(ディサーン・ロケーション)>で確認した位置と、合流した部隊規模を思い出し、部隊が二分され多様に見えたビーストマン達が取るべき行動を予測する。

考えるための脳みそが入っていない空っぽの頭蓋骨を抱えて、脳内で今後の作戦会議を開くスルシャーナの様子は、傍から見たらどう感じるのだろうか。

場合によっては、彼らを殲滅してアントゥールダウンの隠匿を最優先にする事を念頭に置いておく。

 

「圧倒的な力でねじ伏せて、生き返らせてやれば手駒にならないかな。でも言語が通じないことが問題か・・・・・・。何とかして人間を見つけないと」

ぶつぶつと呟いて、頭の中で浮かんでは消えていく考えを廻らせるが、最終的には当初の目的通りの案に落ち着いた。

結局、スルシャーナにも今の状況ではやれることが限られており、とりあえず仲間たちを起こさなくてはと、先ほど目の前で飛び降りたNPC同様に塔の柵から身を乗り出して降りようとする。

ただ、なんとなく無事である確証が得られなかったので、《フライ/飛行》の魔法を発動させてゆっくりと飛び降りてみた。

ふわりと身体が浮き上がる感覚と、地に足が着いていないので踏ん張ることが出来ない不安定な感覚が襲い、慌てるように手を前に出してばたつかせてしまうが、落ちることがないとわかってみると体勢を整えることが出来る。

現実世界では希少な水を大量に使用した、上流階級御用達の施設で泳ぐという行為をした事がないスルシャーナにとって、水中に浮かぶような名状しがたい感覚を味わった。

 

地面が近づくにつれて徐々にコツを掴んでいたので、無様に着地することはなく、周囲のNPC達の視線を感じながら中央広場に降り立つ。

じたばたしていた様子を見られていたかと思うと、精神が安定化している中でもどことなく気恥ずかしさを感じるような気もするが、軽く咳払いをして気持ちを切り替えた。

近くにいる直立不動の兵士シモベに声をかけると、仲間たちの就寝場所を確認する。

声を掛けられたことでより一層の背筋を伸ばした姿勢を見せる兵士からの受け答えを聞きながら、それぞれの就寝場所を頭の中に叩き込む。

女性陣の就寝場所に起こしに行くと色々まずい気がするので、先に問題ない奴から起こしにいこうと考えつつ、スルシャーナは城内の地図を思い出しながら行動を開始した。

 

 

 

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