お楽しみください。
1 前編
田辺梓乃は、父親の転勤によって、引っ越すことが、つまり、転校することが多かった。今まで一番長くいたのは、小学校の1年生から4年生の頃の4年間。短かったのなんて、中学2年生の3学期のはじめから3年生になる前までいた、1学期だけのものだ。なので、毎回毎回、友達なんてほとんどできなかった。
高校1年生の2学期、武蔵野田高校に転校してきた。はじめの一週間、梓乃は誰ともしゃべらなかった。
そんな時、初めて声をかけてくれたクラスメートが美加だった。だが、友達がいなかった梓乃は、まず人間に対する考え方に問題があった。
梓乃は、自分が頭脳明晰で完璧な人間だと思っていた。まわりの人間が自分より下だと思っていた。
そんな彼女には、分からないことが2つあった。それは、「なぜ頭の悪い人間が楽しそうに生きているのか」ということと、「なぜ命を危険にさらしてまでも何かをしようとする人間がいるのか」であった。
・・・いつからこんなひねくれた子になってしまったのだろうか?、と、梓乃の母はいつも思っていた。
その点、梓乃の妹の実乃は、普通の子に育った。なので母と父は、実乃が小さいころから、実乃ばかりを可愛がった。梓乃は家庭でも、孤立しかけていた。
恋にも全く興味がなかった。武蔵野田高校(女子高)を選んだのもそのせいだ。
2年生になって3か月、梅雨も明け、もうすぐ夏休みと言う時だった。
1時間目が始まる前、梓乃は机に座ってぼーっとしながら1年程前のことを思い出していた。
美加 「梓乃!」
梓乃 「・・・」
美加 「梓乃!」
梓乃 「・・・美加、、、何?」
美加 「い、いや、おはよう。」
梓乃 「お、おはよう。」
美加 「どうしたの? 朝からぼーっとして。」
梓乃 「いや・・・、美加、私と初めて会った時のこと、覚えてる?」
美加 「そりゃぁ、覚えてるけど、どうしかたの?」
梓乃 「ううん。」
梓乃は少し間をあけて美加と目を合わせると、笑顔で、こう言った。
「ありがと!」
それからその日は、梓乃が逃げるように美加と話さなかったので、そのまま部活と言う形になってしまった。
美加 「梓乃!」
梓乃 「ううっ!」
水着に着替えるとき、梓乃がまた逃げるように出て行ったので、美加は呼び止めた。
美加 「どうしたの、今日。全然話してくれないじゃん。」
梓乃 「いや、、、恥ずかし、かった、から、、、」
美加 「何が? ・・・もしかして、朝のありがと!ってやつ?」
梓乃は、うつむいたまま、動かなかった。
美加 「まったく、、、変わってないわね。」
梓乃 「え?」
美加 「私が梓乃と会った時から、全然変わってない。」
すると一緒に着替えていた水泳部で1年の叶が、口をはさんできた。
叶 「いいや、梓乃ちゃん、全然変わってますよ?少なくとも叶が部活に入ってからも。 ほら、最初の頃なんか、全然相手にしてくれなくて・・・」
梓乃 「そ、そうだったっけ?」
梓乃は、とぼけたふりをする。
美加 「そうね、でもね叶ちゃん。」
叶 「はい?」
美加 「前と変わったところを探すのは簡単よ。確かに梓乃は変わったのかもしれない。でもね、梓乃が田辺梓乃でいる限り、田辺梓乃は田辺梓乃なの。人間一人一人の土台は決まってる。叶ちゃんが変わっていったのは、グラタンの中の具の一部が、パッションフルーツがドラゴンフルーツになったってだけよ。 人間を具だけで見ないことね。」
叶・美加 「・・・へ?」
美加 「さ、遅れるわよ。」
美加は、意味深な言葉を二人に残して更衣室を足早に出て行った。
だが、叶と美加にはもっと気になることがあった。
叶 「・・・梓乃先輩、」
美加 「ん?」
叶 「グラタンに、パッションフルーツとドラゴンフルーツって入れましたっけ?」
美加 「さあ・・・? 少なくとも私は入れないわ・・・」
叶 「ですよね・・・?」