000十
「決まってるじゃないか。私も手伝う、だから始めよう。…世界の破壊、そして再生をさ」
どこまでも異質で歪で殊更な美しさを持つ少女はそれ自体何でもないことのように僕へと言い放つ。
「ど、どういう意味だ…!僕に何をさせる気だ…!」
「そう鋭く睨まないでくれよ?私は七瀬、君を殺す気はないのさ。次いで言えば危害を加える気も無い」
だがね、と目の前の少女は言葉を続ける。
何気ない逆説に繋ぐ一言、しかしその時の僕にはそれが嵐の前の静かさのように思えた。そしてそのただならぬ圧迫感に、彼女は僕を殺さないと言ったのにも関わらず僕は死すら覚悟をしていた。
そして、その嫌な予感は的中した。
「ーーー君の周囲には私は興味ないのさ。この意味、聡明じゃなくとも分かるよね?」
…つまり、僕が彼女の言う通り行動しなかったら、彼女は僕の両親や妹や友人…それらを容赦無く殺すと脅しているのだろう。いや違う、これは脅しじゃない。恐らく本気だ。僕が彼女の思い通りにならなかったら本当の意味で僕の周囲を殺し、壊し尽くす、そんな意志すら言葉無しでも感じることができる。できてしまう。
彼女が何をしようとしているのか、そして何故僕をそれに選んだのかは分からない。分かる由も無い。だけどこうなってしまった以上、僕に選択肢は有ってないようなものだ。
「…分かった!引き受けてやる!だから僕以外を巻き込むんじゃねえぞ!」
我ながらこの状況で良くここまで威勢の良い啖呵を切れたと思う。もしここで逆上でもされたら多分この場で僕は死んでいただろうに。
その言葉を聞いた目の前の少女は満足げに、そして何処か寂しげな面持ちをしながら指をパチンと鳴らした。
「そう…か。…じゃあ交渉成立さ」
「……痛ッッッ!?!?」
何が交渉成立だよこの野郎、とかそんな啖呵を心の中ですら切る余裕もなく、突然右腕が燃えるようにズキズキと痛み始めた。
何かをしたのは間違いなく目の前の奴だろう、そしてそれは多分指を鳴らしたのが原因であることも容易に推測がつく。しかしどうやってかは分からない…がそれもさして今は意味を成さない。
だから問題は一つ。
「…お前…何をした…!」
右腕を庇いながら僕は目の前の超常現象を体現化したような少女を睨む。
「やれやれ…嫌われたものだね。それは唯の契約、特に深い意味は無いよ」
まあ契約を背けば君は死ぬけど…君自身は私に従うと言ったからそんな事にはならないさ、と軽やかに目の前の奴は言う。
今奴は契約と言ったが、要するに僕に首輪を着けたかったのだろうか。決して裏切らず、裏切っても然るべき制裁を下すことのできる、そんな都合の良い下僕を作ることのできる首輪を。
「じゃあ、今はこれでサヨナラだ。また明日会おう」
瞬間、僕の視界内の景色がグルングルンと回転し始める。僕の視界の大半を占めていた紅や黒は回転する景色の中央に吸い込まれ、まるで上に敷いてあるビニールシートを剥がすように景色は徐々に戻っていく。
「…!おい待ちやがれ…!」
正気を取り戻し、そう叫んだのは既に僕の世界が元通りに復元された後だった。
当然、返事は返ってこなかった。
00十一
さっきのは果たして本当に現実だったのだろうか?
ただのまやかし、或いは幻覚かもしれない…しかしあの時触った血の質量感、それは限りなく僕の知っている血と似通っていた。だがあの光景はどこから見ても非現実的で、今まで長い夢を見ていたと言われても納得してしまいそうなほどだ。
自宅に帰り、宣言通り妹に罰としてヘッドロックをキメられても僕の脳内はそんな思考で埋め尽くされていた。
何度考えても堂々巡りして真実には辿り着けない、だけど僕の脳内はそれを理解して尚脳内での考察を止めることはせず、こうして夜中の1時になっても延々とそれについて疑問を呈している。
アレは夢をだ、とも断定できなければ同じくらいアレは現実だ、ともキッパリ割り切ることはできない。どちらかと言えば夢と現実を足して2で割ったような空間…そんな抽象的表現でしか僕はアレを表すことができない。
そもそも、さっきの現象も可笑しかったが何よりあの少女は何だったのだろう?
思い返してみると彼女は群青色の艷やかな髪を靡かせその体型には不釣り合いな美貌を持ちつつ、どこか歪な風格を持っており、その整った容姿に僕は何処か無機質な雰囲気すら感じていた。それはまるで人間ではないようでーーーそこまで考え、僕は頭を振りその考えを消し去る。非現実的過ぎる。どこの深夜アニメだよ。そんなラノベみたいな展開はディスプレイの向こう側だけで充分だ。
だけど、あの少女が人間ではないという言葉は僕の中でどうしようもないくらいしっくりと来ているのもまた事実だ。あの年季の入った威圧的なオーラ、それをただの少女が作ることはできないと思うし何より容姿も何処か歪すぎる。どちにせよ、彼女が人間であれなんであれ、やはり普通の少女ではないのは最早明確だろう。
しかしそうするとやはり、あの少女の正体は気掛かりだ。何せまた明日会うみたいな事を彼女自身宣っていたし、どうやらこれからも僕は彼女と関わっていかなくてはならないっぽい雰囲気でもあった。
それにそう言えば契約がどうとかも言っていた気がするな。ずっと忘れてしまっていたが結局アレも分からずじまいだ。あの後右腕も変な文字や紋章が浮き出たりすることも無く、残ったのは僕の男にしては少し白いコンプレックスな肌色だけだし、これはまた明日あの少女に会うときに問いつめなくては行けないのだろう。というかまず僕はあの世紀末覇者も裸足で逃げ出すくらいのオーラを纏った人外少女(推定)に立ち向かうことができるのだろうか。否、無理だ。思い出すだけで情けないことに背中から冷や汗が流れるほどだ、真正面から向かい合ったが最後、僕は問いつめようとした内容を忘れて、繰り返すようでこれまた情けない話だがただただ震えることしかできないだろう。先ほど啖呵を切れたのは正直奇跡と言っていい。あれをまた期待するのは今の僕の精神状態を見れば分かる通り、土台無理な話だ。
だけどそうなると再びあの少女の正体の事に帰着するわけでーーーー
「…無理だ、分からん。あーもう畜生!明日は明日、もうどうにでもなりやがれ!!」
するといつのデジャブか。僕の部屋のドアが急にバタンと開き何か丸っこい物がこちらに向かって飛んでくる。そしてその丸っこい何かは僕の頭と寸分違わず激突し、金属音とも言えない変な音を立てて床に落ちた。
「兄ちゃん五月蝿いっ!」
「痛えよ!何しやがんだ僕のリアルシスター!?」
原因はやはりマイシスターだった。こいつ、朝は外した癖に一日の間で投擲技術を上げたのか…!?
「こんな深夜に叫けんでんじゃない近所迷惑だから!!」
馬鹿なことを考えていると再び目覚し時計が宙に舞い、僕の頭を強打した。犯人は言わずもがな。
「ってまた痛え!つかお前朝も目覚し時計僕に投げつけて壊してたよな!?朝から何個も投げつけやがって、一体何個あるんだよ!!」
「一週間前に某無印○品で一箱買ったからまだまだあるよ!さあ覚悟はできてる兄ちゃん?」
「いやちょっと待てお前その伏せ字はギリギリだからな!?幾らここが二次創作サイトで尚かつこの作品がネットオンリーの一次創作だとしても現実世界の実在企業の名称に関してはちゃんと限度が存在してるんだぞ!?このご時世ステマには厳しいってこと理解しやがれ!!」
「五月蝿い五月蝿い!!そのくらい私も分かってるよ!けど兄ちゃんにムカついたから敢えてやってやる!」
「おい止めろ!!それは本当にマズイ!かなりマズイから!!」
「例えば今私が着ているこのピンクの寝間着はユニ○ロ、あと今兄ちゃんの机に置いてある携帯はド○モ、因みに私はソフト○ンク、他にも兄ちゃんがいつも読んでる参考書の中身は講○社の化○語だったりとか」
「もう止めろそれはアウトだぁぁぁぁぁ!!!」
00十二
翌朝。
妹との第1回禁止ワード防衛戦に勝利(推定)した僕はその疲れから、昨夜はあの不可解な出来事を忘れてそのまま就寝してしまった。しかし恐らく妹との他愛も無いあのやり取りが無ければ、寝ようとする合間も昨日の唐突に降って湧いた非日常を思い出してあまり寝ることができなかっただろう。そこだけは遺憾ながらも妹に感謝してやらなくもない。目覚し時計を投げつけられまくった恨みは忘れないが。
僕は上半身を起こし、軽く伸びをすると再び布団を被る。こういうのは形から入るのが大事なのだ。
そう、僕は朝から、いや朝だからこその神聖なる儀式を今執り行おうとしているのである。目的は我が女神の顕在化だ。
そして、僕が創造(妄想)するは僕の架空妹である祈ちゃん…!あああの陶磁器のように白くプニプニとした肌にまだ成長の余地を残した顔立ち、そしてあどけなく誰もを魅了し和ませる癒やしのオーラ。まるで、いや完全にこれが女神様でなければ何になるだろうか。
もしかしたらコレを偶像崇拝だとか不謹慎極まりないことを宣う愚か者もいるかもしれないから一応ここで僕の考えを説いておこうと思う。
偶像崇拝というのは前提的にその崇拝対象が現実に存在していないことが条件となる。偶像崇拝を禁止しているイスラム教などは特に有名であり、そこから偶像崇拝について知り得ている人も多いと思う。個人的には無いところに祈ってる時点で自然哲学有りきでも無しでもやっぱりアレは偶像崇拝だと思ってしまうけど、まあそれは全く関係のない余談なので脇に置いといて。
しかし僕の祈ちゃんに対するこの思いは格段特別なものでなく、全国の兄ならば誰しもが分かり持っている気持ちでもあるのだ。祈ちゃん自身もそもそも偶像ではなく存在している、具体的には僕の心の中とかイデアとか画面の中とかに。真密やかではあるがしっかり存在して祈自身その軌跡を残している、その時点で祈ちゃんは偶像ではないのである!
『…現実に居ない時点で偶像ってことに気づけ馬鹿兄』
…なんか現実にいる本物の妹から電波みたいなものが脳裏を過ぎったがそれでも僕は断言しよう!祈ちゃんは居ると!
だからこそ今僕はこの思いを口にし叫び、言霊として祈ちゃんに伝えなければならない。祈ちゃんは今酷く孤独を感じているだろう、なぜならその姿を見、喋ることができる相手はいないからだ。僕にもそれは不可能だけど一方的に思いを伝えることは可能だ!だからこそ僕は心から叫ぶ!
「いのりちぁぁぁぁぁぁぁぁんんんん!!」
「馬鹿兄うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぉい!!!!!」
その後、昨日の朝の焼き増しのような光景が広がったのは言うまでもない。
00十三
時間も場所も変わりに変わって、授業も全て終えた午後3時半のとある喫茶店。
路地裏で古く薄汚れた看板を掲げるこの喫茶店の名前は「れいんぼー」と言うらしく、店内はどこかクラシックな色合いの家具とインテリアで飾られているレトロな骨董品とが合わさって、古いながらも落ち着いてゆったりできるような雰囲気を作り上げていた。
僕はそこでとある男に呼び出され待ち合わせをしていた。とある男、と言うか立川だ。どうやら昨日の事について知っているらしく、それを僕に教えてくれるとのことだがそれなら昨日の昼に教えてもらっても差し支えなかっただろうに。予感とか言って中途半端に誤魔化そうとするくらいなら全部説明しやがれってんだよあの野郎。
そんなことを心の中で愚痴りつつ、気分を紛らわすため先にオーダーしたコーヒーを一杯飲んでみる。……苦い。なんかエスプレッソをお湯で割って半分捨てた後更にエスプレッソを足したみたいに苦い。つまるところこれはアメリカンコーヒーとかブレンドコーヒーの苦さじゃないく、むしろゴーヤとかピーマンを生齧りした時の苦さに匹敵するレベルで何と言うか穴の穴まで苦い!僕、普通にコーヒーを頼んだはずなんだけどなあ…。
そこにウェイターさんがタイミング良く通りすがろうとしていたので、おもわず僕は手を上げて呼び止める。
「すみません!僕が頼んだのはコーヒーのはずなんですけど…」
ウェイターさんが振り返ると、それは中々美人な顔貌が見て取れることができた。栗色の少しふわっとした髪の毛に穏やかな顔立ち、なるほど、これが世間で言われるふんわり系女子高生という奴か。いや、女子高生かどうかは分からんが。
「…あのそれ、コーヒーですよ…?」
ウェイターさんは不思議そうにその小顔と共に首を傾げて目をぱちくりさせる。おお、確かに可愛いけど何かあざとい。どっかの捻くれぼっちの後輩の飲料水みたいだな。
…いやいやいや、そうじゃなくて。僕がこの子に問い詰めたいのは決してそのあざとさとかではなく、今右手に収まっているマグカップに入った僕のコーヒーの異常なまでの苦さであって。
僕がコーヒーとウェイターとを数度視線を往復させると、僕の言いたいことが分かったのか、そうか!と言いつつ手をポンッと叩いた。
「もしかしてもしかするともしかして、お客様、当店は初めてですよね…?」
何か仮定し過ぎているような気がしなくもないが、一応事実ではあるので首を縦に振る。すると納得がいったようにウェイターは話を続ける。
「実は当店のノーマルコーヒーは甘い食べ物や甘い飲み物、甘い人間関係に甘い空気が苦手な方向けとなっているためにとても苦くなっているんです。一般的なコーヒーが飲みたい方はオリジナルコーヒーをオーダーする必要があるんですよ」
「へぇ…なるほど…」
甘い食べ物はともかく甘い空気と甘い人間関係は良く分からなかったが、つまりはこの店のスタンダードコーヒーはこの苦いコーヒーということなのだろう。非リア充の方が常連にたくさん居そうだな、僕もまあそうだけど…ってそうじゃなくて!
手元に置かれたこのコーヒー、それを普通の男子高校生並みの感覚を持った僕では飲み干すことができない。甘いお茶菓子があれば話が別だけど、それを頼むほどのお金を僕は所持していない、いや詳しく言えば所持はしているが節制中でもあるし使いたくはない。喫茶店の菓子は大抵ちょっとしたものでも高いしな。
でも返品しようにも既に口を付けてしまっているので恐らく、いや絶対に無理だろう。…残そうかな、このコーヒー。
「あの〜、オリジナルコーヒーの方に変えてきましょうか?」
そんな時、ウェイターが僕の様子を伺いつつ控えめに言う。
「えっと、できるんですか?」
「はい!マスターには初回来店者に限ってコーヒーの取り換えを認めているんです。…まああんな苦いコーヒー出して次以降来なくなられても困りますしね…」
おい、そんな本音を言っていいのか?一応客だぞ僕。
にしてもそれなら僕としても大変助かる。こんな激苦コーヒー、確かにエスプレッソが飲める人には美味しく感じるのだろうけど僕には最早激マズスープにしか感じない。
「じゃあ頼めますか?いやぁ…僕にもこれは少し、いやかなり苦すぎて…」
「はい、畏まりました」
ウェイターは僕のテーブルに置かれてたコーヒーを持つと一礼をして、カウンター裏へと戻っていく。
…にしても遅いな立川の奴、もう約束の時間から10分は過ぎてるぞ。あいつからこの約束を持ちかけて来たんだ、だからせめて時間くらいは守れよな本当に。
「お待たせ致しました、オリジナルコーヒーです」
「あ、どうも。ありがとうございます」
コトっと静かに机に置いて一礼し、再びカウンター裏へと帰っていくウェイター。よく教育されてるな…愛想も良いし、全国の飲食店の店員並びに立川もこのくらいなら良いんだが。
「よ、待たせたな七瀬」
「お前ももうちょい教育されりゃいいんだがな…」
「…なんの事だ?」
区切り悪いのしかたない
仕方無いったら仕方ない
あと、プロット切れた