無限書庫の黒柩 D.Gray-man   作:黒樹

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〜前回のあらすじ〜

アクマが襲来した結月にもたらされたのは恐怖のラブレターだった。


11夜 仮面人

 

 

 

薄暗い廊下に剣戟の音が響く。絶え間なく数瞬の間にも互いの武器がぶつかり合い、火花を散らす。一秒の間に何回も音が重なり合い反響する。

 

「うわぁ、やるな」

 

『貴殿こそ、なかなかの使い手。切り結ぶ時……我とて愉しいぞ』

 

互いの実力は互角だった。

刀を振れば、一瞬の間に斬撃が数発。

それもほぼ同時に放てることで、正確な斬撃は互いの身体に大きな傷をつけられないでいる。相手もまた、同じくして正確な場所に斬撃を返す、という離れ業をやってのけるために。

そんな拮抗した状態が数十分続いている。

どうやらこのアクマだけは、何処かおかしい。今まで渡り合ってきたアクマの中でも別格の存在だ。強さのみならず性格までもが……そう、まるで経験そのものをアクマ本来の“殺してアクマのレベルが上がる”としてではなく“人間が得る経験そのもの”を持っている感じだ。

現に今も、このアクマ『鬼丸』は切り結ぶ度に強くなっている。

 

「ついてないな……早めに終わらせておけばよかった」

 

『ほう…。まだ力を隠しているのか?』

 

しかし、このアクマは元からレベル3を超えている。

確かに早めに終わらせれば、相手に経験を積ませずに片付けられたのだろうが。

 

「……ハクア」

 

『ダメですよ。……あの力だけは。今日はもう、一度使っているんですから』

 

優しいハクアは最大の力で戦うことを認めてくれない。

この少女が持つ、一つの力『神雷』。電気を通すことが出来る武器に付加できる元素の力。その原理を応用した纏う力、諸刃の剣と言える理由はここにあった。

それは、身体に纏うことで徒手でもアクマを破壊する破格の力を得ることが出来るその代わり、身体機能にダメージを与えてしまうという欠点が。

それを使う制約として彼女とはある一つの約束をした。

一日に一度きり、本当に危ない時にしか使用しないこと。その使用権をリナリーを助ける為に使った為に、今日はもう使わないことを約束してしまっている。

 

「ごめん。ハクア。本当は、一度も使わせたくないはずなのに……」

 

修行すればデメリットなく使えるようになるらしい。しかしそれには、『修行中にも命を削る』という危険性が出てくる。それをハクアはよしとしてくれない。

その気持ちは十分わかっているつもりだ。

俺がハクアや皆に傷ついて欲しくないのと同様、彼女もまた俺に傷ついて欲しくないと願っている。

 

『……あなたなら倒せるはずです』

 

「そうだな。前の俺なら、余裕だったと思う」

 

『はい。ですが、相手もまたあそこにいアクマとは別格であり強いです』

 

「レベル4……か」

 

『確かに、このまま放置しておくと、あなたでも倒せるかどうか怪しくなってきます』

 

心配そうに少女が呟き右手に手を重ねてきた。

幻影だというのに温かい。重ねた朧の彼女は、どうも不安そうな顔を隠せないのかその瞳をのぞかせる。琥珀色の瞳が俺を、その先を見据えた。

 

『上の空か。若人よ! 無粋ではないか!』

 

鬼丸の斬撃が大振りに振られ、それを跳躍し後方に下がることで回避する。その大きな動作のせいか隙が見えたと思った瞬間、その脚でアクマは追従してきた。

 

『ハァアアァァ!!』

「くっ!」

 

今度は刺突。刀の腹で受け止め受け流すと同時、蹴りを入れることで相手との距離を離した。

 

『大丈夫!? け、怪我とか――』

 

「心配ない。少しかすっただけだよ」

 

蹴り飛ばすと同時、相手もまた俺の足に一太刀を入れていたのか、服は切れ見えた肌から薄らと血が滲んでいる。それを見てかハクアは、自分を責めるように喉を鳴らした。

 

「それに今更怪我なんてたいしたことないだろ。あっちでは日常茶飯事だったんだ」

 

『……はい。でも、無茶はしないで下さい』

 

「わかってる。早めに倒すよ」

 

早めに倒すよ、と言ったはいいが相手もまた相当な実力の持ち主だ。さらに言えば、剣技だけではなく隠されたアクマ自身の能力を使っていないことも考えれば、実力はそれでも拮抗していると言えるだろう。

こちらの手数は今だに“技術”を使わず。相手もまた“能力”無しにしてここまで渡り合っているのだから。一瞬でも気を抜けば、敗北は免れない。

 

『どうした、その程度か?』

 

鍔迫り合いに戦いは持ち越される中、喜色を浮かべた笑みで鬼丸は挑発を仕掛けてくる。

その時、今だに均衡を保っていた戦いは崩れさった。

 

 

「雪月華«華ノ章»――“鬼灯”」

 

 

アクマとの距離が離れた瞬間、瞬く間に距離を詰める。距離を詰めた一足にさらに力を入れ、全速力の突きを繰り出した。

相手も応戦しようと刀で逸らそうとするも、突きは強固で逸らすことすら出来ない。アクマは間に合わないと判断したのか、身を傾けることで一部に刀傷を残しながらも破壊は免れた。

刺さった刀をさらに上へ跳ね上げ、傷口を開き大きなダメージを与えようとするも、アクマは刀で牽制の一閃を放った。

やむなく刀を引き抜き後退をし、さらにもう一度、『鬼灯』を放つ。連続して行われた攻防にアクマはニタリと笑い刀を構える。

 

『二度も同じ手は通用せん!』

 

「さぁ、どうだろうな?」

 

甲高く叫んだアクマが刀を手に突貫してくる。そして、俺の進行方向に刀を構え待ち受けた。

構わず突っ込みそれを好機と見たのかアクマの動作に若干の力が入る。交差する攻防。アクマは己の刀を抜き放ち、必殺の居合を横薙ぎに振るう。と、その一撃は俺の身体に当たると共に姿が陽炎のように揺らめいた。

 

「雪月華«月の章»――“陽炎”」

 

最後の幻影の一太刀がアクマを襲う。鬼灯によって前進していた影はフェイクだった。フェイク相手に剣を振るったアクマは隙を晒し、その一太刀を無防備な胴体に受ける。

 

『グウッ!! ハハハ…これが…貴殿の力か』

 

すれ違い、鬼丸と己を呼んだアクマはよろめきながら前進し、膝をついた。弱々しく吐かれる言葉には力は篭っていない。ボディには一筋の大きな傷が出来ていた。間違いなく«陽炎»で斬った傷跡だ。

 

それを見下ろしながら、アクマは歓喜に打ち震える。

 

 

 

―――嗚呼、最高の気分だ。

 

―――そう思わないか? 少年。

 

―――自分の確かなものを手に殺し合い、こうして我は負けたのだ。

 

―――貴殿は己の大切なものを守った。

 

―――我は兵器としての仕事を全うしながら、強き相手と切り結び合えた。

 

―――不思議だな。あんなにあった殺人衝動が、貴殿と切り合い技を競ったことで、満たされた。

 

 

 

刀を取り落とし、鬼丸はギョロリと眼を巡らせ俺を見る。最後に自分を倒した相手の顔を覚えるようなその行動、直後に力を振り絞り鬼丸は口を開く。

 

『貴殿の名を――もう一度、教えてくれ』

 

「俺の名は……結月だ。鈴白結月」

 

『そうか……。それは、本当の名か』

 

「どういう意味だ?」

 

『フッ。なるほどな、伯爵様が……どうりで…』

 

やがて、何かを呟きかけたところでアクマは動かなくなる。その身を傾け、オブジェのように項垂れるとその双眼は赤い輝きを亡くした。

 

 

「結月君!」

 

戦いが終わり、教団内に静けさが戻って来る。

廊下から足音が聞こえ、角からは黒の少女が姿を現した。俺の名前を呼びながら、駆け足で近寄り、勢いあまって俺の胸に抱きつくように転け、それを俺は優しく抱きとめた。

 

「ごめんなさい。……本当は、私が倒さなきゃいけないのに……。で、でも結月君、何であなたがイノセンスを――」

 

「あぁ、それはだな……企業秘密ってことで」

 

静まり返った廊下に小さな泣き声が響く。

本当に良かった。そう、ポロリと涙を流す少女が何度も声を重ねながら。

俺は、ゴーレムのパタパタという羽音を聞いていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……………」

 

静寂が支配する中、モニターを凝視する研究員達は呆気にとられ、ただ呆然とその映像を見続けていた。画面の中ではゴーレムによって撮られた教団内の現在の映像が流れており、リナリーが離脱したことで安心は得られたのだが、教団内には一人しかいなかったエクソシストが戦線を離脱することで更に侵入されるであろうと予想していた絶望的観測は良い意味で裏切られることになった。

 

イージスと呼ばれる部隊の隊長が、何らかの方法によりアクマを蹂躙し破壊した。

 

リナリー・リーでは勝てなかった。死ぬ危険すらあった。そもそもその戦闘能力は彼の実力だろう、それを差し引いても説明はつかない。この緊急事態において、喜ぶべきことかは明白であるのだが――腑に落ちない点が幾つもある。

 

―――彼は、アクマと何を話していたのだろうか。

 

―――どうして、エクソシストにならず力を隠していたのだろうか。

 

黒の教団にはエクソシストの適性があるものは強制入団させられる。イノセンスに選ばれる人間が多ければそんなことはないのだろうが、これは決定事項だ。彼がファインダーを希望していたこともわからない。

それが嫌で、彼は力を隠していたのだろうか。

しかし、リナリーでも勝てなかった相手をいとも簡単に倒したことから相当な使い手だとは理解出来た。教団の危機も一時去った。リナリーは無事だ。

ゴチャゴチャと色んな思いが混ざり合わさり、漸くコムイは口を動かした。

 

「彼は……何者なんだろうね」

 

「ともかく、リナリーが無事で良かったっすね。あいつがいなけりゃ、今頃は……」

 

「あぁ。感謝しよう。じゃあ、復旧作業を始めようか。それと、結月君をここへ」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「すまねぇ結月。疲れてるとこ急で悪いんだが、室長室に来てくれるか?」

 

 

侵入者を打ち倒した俺に待っていたのは、小走りにやってきたリーバーさんのこんな言葉だった。顔は色々と聞きたいことがあるものの、我慢しているようにも見える。これからの話を察したように、リナリーは泣きじゃくっていた表情を一変し私もついていくと言い出した。

タイミングを見計らったようにフィールティアが廊下の角から現れ、三人でリーバーさんの後をついていく。

 

「あー……。で、リナリーはついていてもいいのか?」

 

「構わないですよ。基本、話すことはないんで」

 

「そうか……。悪く言いたくはないんだけど、話さなすぎるのも上から面倒な奴らが出てくるからな。話したくないこともあるもあるだろうけど、まぁそこんとこはわかっといてくれ」

 

注意だけをしてリーバーさんが見慣れた扉に手をかける。そうしてノックをして開け、中に入ると予想通りコムイ室長が椅子に腰をかけていた。リナリーの姿を見留めると彼の表情が一変する。

 

「リナリー!」

 

「あっ、兄さん……」

 

「怪我は大丈夫かい!?」

 

「うん。平気」

 

努めて普通に答えるリナリーは俺のズボンを掴みながら、首筋の傷に触れ手から、なぞるように胸の間へと指を落としていく。

その仕草は艶めかしく、普段のリナリーからは考えられない行動だった。今だにリナリーは俺の羽織を身につけながら、その腰には一本の紐を結びつけ、羽織の前が開かないように固定されている。

胸のあたりで布地を掴み、心臓を抑えるようなリナリーの顔が真っ赤になる。心配そうにコムイさんが体調を聞くと大丈夫と答えた。

 

「じゃあ、まずは座ってくれるかな」

 

「そ、それなら、私はお茶をいれるね!」

 

「いや、無理しなくても――」

 

そこまで言いかけたところで、リナリーは扉を出て隣の部屋に行ってしまった。

それを見計らってか、コムイ室長の表情が真剣なものに変わる。間違いなく、妹を見守るものではなく、黒の教団本部の室長としての顔。強い眼差しに俺もまた、フィールティアもふぅと息を吐き肩の力を抜いて見せた。

 

「リナリーがいない間に聞きたいことでもあるんでしょう? いいですよ。答えられないことには、答えませんが構わない。聞く分にはただですし。ですが、間違いなく他の娘が不機嫌になるような内容なら話は打ち切りますけど」

 

注意だけをしておき、こちらの選択権を主張する。

主張に対してもある程度の予想をしていたのか、コムイ室長の表情はやはりと固くなるだけだった。

目配せをして、コムイ室長がリーバーさんに何かを促す。彼はそのまま何かを取りに机と向かい、一枚の紙の束を取り出すとこちらへと戻って来る。

 

「さて、単刀直入に言おう。君は何やらアクマと会話をしていたね。君は、味方か、敵か……どっちだい?」

 

努めて真剣なものに変わる表情は、俺達を敵だと思いたくないようにも見える。しかし、室長としてのコムイの顔は、責任は、教団内の人間を守らなければいけない。リナリーという妹にしろ、教団内の人間にしろどちらにせよ変わらない。

妹の不安要素を取り除きたいのだろう。

出来るだけ、リナリーには危険な目にあって欲しくないのだろう、彼の願いが見て取れる。ここは、ある意味でコムイ室長という非戦闘員の戦場でもあった。

 

『答えなくていいわ、ユヅキ。失礼よねこの男。まったくあなたが助けないと生きてないかもしれないのに』

 

『同感です。ユヅキが助けなければ今頃は、この人の妹の首が飛んでました。……命を削ってまで、助けたユヅキに向ける言葉ではありません』

 

「いいんだよ、レスティア、エスト。別に見返りが欲しかったわけじゃない。俺は目の前の首が飛ぶのが嫌なだけだよ。……フィーもそうしただろうし」

 

喧嘩していた二人が憤慨しながら、俺の心をフォローする様に口を出した。

突然の独り言に、驚くコムイ室長。

 

「……結月君、誰と話しているんだい?」

 

「あぁ、レスティア、エスト、ハクア。出てきてくれないか?」

 

名前を呼び、反応を見てみる。

と、嫌悪感すら滲み出す声で、

 

『嫌よ。あんな変態の前には出たくないわ』

 

『……たとえユヅキの膝の上に乗れるとしても、何が起こるか想像に難くないので拒否します』

 

『すみません。私も、ジロジロ見られるのはちょっと……』

 

全員が拒絶した。

この教団内で俺が見るもの、触るものは、だいたいといえど俺を通して間接的に把握している。例えば、研究員達や探索班の人間、エクソシスト、料理人、例に漏れずコムイのような重要な立ち位置の人間の方向性や性質も観察してきた。

彼が根っからの研究者であることも含めて。

つまり、興味深いものに反応を示し、イノセンスについて知ろうとする彼らにとって、彼女達のような彼らの発見していないイノセンスの情報は喉から手が出るほど欲しいものだ。故に、検査などを怖がっているのだろう。

 

「わかった。まぁ、一応聞いただけだから」

 

どちらかと聞かれれば、彼女達を好き勝手に触られたくはない。もし、彼女達を調べさせてくれなんて頼まれた日には――絶対に拒否しているであろう。

 

「やっぱり、出てこないね」

 

「そっちもか」

 

「うん。スカーレットは嫌そうだった」

 

フシャー! と、毛を逆立てたり、微妙な鳴き声で嫌がる火猫の姿が脳裏を走り納得とうなづく。

イノセンスであって、イノセンスではない。

彼女達には意思があり心がある。俺は、そんな彼女達はただのイノセンスだとは思えない。いや、一度もそんなことは思ったことは無い。

彼女達は――俺にとっては、大切な娘たちなのだから。

 

「それで、俺が敵か味方か、という質問でしたよね。端的にいうと敵ではないです」

 

それは本当だった。

 

「じゃあ、君は僕らの仲間として、エクソシストになって伯爵と戦うことになるけど――」

 

「――却下です」

 

気分を僅かに高揚させるコムイ室長、コムイさんの言葉を切って捨てる。彼とリーバーさんの顔に浮かぶのは仰天したような顔だ。

敵ではない、と言ったそばからこれだ。

いや、そもそもの話、仲間になると勘違いしたあちら側も問題はあるのだが……。

 

「な、なんでだい!? 君ほどの力なら、元帥になることも出来るし、シンクロ率さえあれば――」

 

「お、お待たせ。お茶入れてきたよ」

 

食い入るような勢いのコムイさんを遮って、盆を手に戻ってきたリナリーが、俺とコムイさんの間を見つめ、視線をずらし俺を見る。

話の内容がわからないようでリナリーはきょとんと首を傾げ、お茶をおずおずと差し出す。

ありがとう、と例を言うと顔を赤くされた。トレイで口元を隠し羽織に身を包むリナリーは普段と違い、民族衣装風の格好はすごく似合っていた。

 

「えっと……リナリー。座ったら?」

 

立ったまま彼女が惚けているので、そう勧めてみると、慌てながら右往左往し動き始める。

 

「……………」

 

そして、フィールティアを挟んだ隣にリナリーは座った。てっきりコムイさんの横に座るかと思っていたのに、どんでん返しをくらい俺は嘆息した。

 

「リナリー……その裸の変態に近づいちゃダメだ! 離れるんだリナリー!!」

 

現在、襲撃にあわせて慌てて着替えた服である羽織はリナリーが纏っている。よって上半身裸体の俺を妹の敵だと認識するのは仕方ないのかもしれない。

 

「そいつは淫獣だ! 早く離れて!」

 

さっきまでの会話を忘れて、コムイさんは妹を心配とは別の意味で悪意を払おうとする。

 

『あながち間違いでもないわね』

『はい、ニーソを脱がそうとするユヅキは変態さんなのです』

『……いい人、です。お二人とも確かに結月は多少エッチな人ですけど、もう少しフォローしてはどうかな、て…』

 

納得するレスティアとエスト、フォローになってないフォローをハクアが遠慮気味に言った。

確かにエストのニーソを脱がそうとか、脱がしてみようとか実行してみようとしたが――エストが涙目で恥ずかしそうに嫌がるので止めた。

脱がしたい。脱がしてみたい。だが本当に泣きそうなのでできないのだ。

 

「ねぇ結月君、淫獣って何?」

 

 

 

「――さて、本題に入ろうか」

 

リナリーの真面目な疑問に被せるようにコムイさんが高らかに言い放ち、リーバーさんに目配せをする。指示を受けたリーバーさんは手に持っていた資料を雑に扱いながらも綺麗に並べて、もう一つの指示であるメモ帳を取り出した。

 

「んじゃあ、質問だ。可能な限り答えてくれ。嘘偽りはなしで頼む」

 

その要求に応える義務はないのだが、それをわかっているようで、返事を聞かずにパラパラとメモ帳を捲った。

 

「まず、お前も報告書には一度目を通させたと思うが例の謎の“二人組”ないしは“複数”の救世主だが。それはお前らか?」

 

「そうですね。そう呼ばれていたんでしょう。俺達が立ち寄った村や地域とほぼ一致しますし」

 

断定はしない――。

確かに一度、意見を聞かれた時に報告書に目を通したが間違いなく俺達の行動の一部がかなり詳細に記載されていた。

だが、だからと言って断定出来ない理由としては他人の空似とかそういうことがありえるからなのだが。

適当に頷くと今度はコムイさんが興味深そうに驚いた様子もなく、手を上げた。

 

「はいはーい。じゃあ、次の質問。君らは度々僕らの行動範囲に現れていた。そして、君たちが残した軌跡には怪奇現象の終わりがあった。君達は、イノセンスを見つけたのかい?」

 

「見つけましたよ」

 

「そのイノセンスは何処に?」

 

「持ってます」

 

「「ッ!?」」

 

ここまでバラしたのにも理由がある。

もしこれで彼らがイノセンスを欲し、襲いかかってくるならばそれまでの関係だった。

脅しをかけてくるなら、もう協力はしない。

ただ、こちらはエクソシストの立場ではなく、無理矢理な形の契約ではなく、自由が欲しい。

エクソシストの立場が緊縛となるのなら、もうここにはいられない。何より、こちらにも選択権はあり黒の教団側の要望を全て聞き入れる理由はないのだ。

 

「……今まで隠してたの?」

 

「あ。もちろん、手元にあるわけでも部屋に保管してあるわけでもありませんよ。だから、探しても無駄です」

 

先手を打ち相手の行動を潰しておく。

何を言ってるのかわからない。そう言いたいようだが、俺はソファーに身を預けて無視するように天井を見た。

そして、予想通りにコムイさんが口を開く。

 

「そのイノセンスは……僕らに渡すことはできないのかな」

 

「無理です。俺は決めた人にしか渡さない。それに都合が良すぎると思いませんか? 他人が命懸けで集めたイノセンスをただで手に入れようなんて」

 

「……兄さん、少し強引だと思うよ」

 

まるで援護する様にリナリーが口を挟む。

うっ、とコムイさんが唸り、仕事だから仕方ないじゃないかとぼやき。

 

「もう、リーバー君が聴取始めろなんていうから」

 

「呼んで来いっ、言ったのはあんたでしょうが! 何リナリーに嫌われそうになったからって押し付けてんすか!」

 

いつもの言い争いが始まる。

緊迫していたような空気も一度解け、リナリーはさっきまで固くしていた肩を僅かに緩ませた。緊張していたのだろう。ほっと息をつくリナリーを横目に少し口角が上がってしまう。

 

「それで、最後の質問だけど。君はイノセンスを幾つ使役できるのかな? 映像で見た限りでは三種類の武器を使っていたね。あれは、全部で一つかい?」

 

「……さぁ、どうでしょう。俺が用いているのは“契約”ですので」

 

「……契約? 見た限りでは装備型だったよね。なら、契約っていったい……そのイノセンスを見せてくれないかな」

 

興味津々と言ったように目を爛々と輝かせるコムイさんに俺は首を横に振った。

きっと彼女達は出てこない。その上、検査とかヘブラスカによるシンクロ率の計測はしたくなかった。何よりも彼女達との絆を疑っているようで気分のいいものではない。ましてあの娘たちの触手責めとか見てみたい気もするが……触られるのが嫌だ。

 

それに、彼女達は物ではない。

人だ。生きている、意志を持っている。

 

「どうせ映像は記録してあるのでしょうから、あとは適当に報告書を作っておくので、それで納得してください。何よりもそのうち見られるんじゃないですか? ただ、彼女達の機嫌を悪くさせなければですけど」

 

席を立ち上がり話は打ち切りと早々に退出する。

まだ聞きたいことがあったようだが、声をかけられることもなくすんなりと通れた。扉を閉めて数歩。角を曲がりさらに数歩進んだところで、後ろからその娘は現れた。

 

 

「――待って、結月君!」

 

 

走ったのか服は乱れ、はぁはぁと息を荒くし膝に手をつくと俺を見た。

 

「あ、あの……ありがと。私を助けてくれて」

 

妙に艶めかしくいつものリナリーではないリナリーは新鮮なものだった。俺には返す言葉がない。なんて返せばいいのかわからず苦笑いすると、彼女は俺の手を取り上目遣いに見上げてきた。

 

「俺は何もしてないよ」

 

「ううん、そんなことない。私は誰も守れなかった。私じゃ誰も守れなかった。それにもしあのまま一人だったら私は……死んじゃってたんだよ」

 

自分の首を撫で傷痕に触れるリナリーは思い返すように呟き、不安そうな瞳を覗かせる。

今でも思い返すと怖いのだろう。死んでしまえば誰にも会えなくなる。何も無くなる。その人という存在が完全に消え去ってしまう。

だからお礼がしたいとリナリーは言う。何でもいいから言ってみて、と――。

 

「じゃあ、体で奉仕でもしてもらおうかな」

 

「えっ……あ、え?」

 

「意味はわかるだろ? ほら、こうするんだ」

 

驚いて頬を赤くするリナリーの頬に手を当て、ゆっくりと顔を近づけると、さらに彼女の頬は赤く染まっていく。そして、顔と顔の距離がほぼゼロに。キスでもしそうなほどの距離にリナリーの顔はりんごのように赤く、呼吸音と吐息が感じられるほどだった。

 

(そろそろ、からかうのもやめて――)

 

と、リナリーの初々しい反応に十分楽しめたからと謝るつもりだったのだが。

 

「う、ごめんね結月君ッ!?!?!?」

 

排熱処理が追いつかなかったのか顔から火を上げて、リナリーは走り去っていく。

 

「あっ……」

 

『ふられたわね。私が慰めてあげるわ、ユヅキ』

 

冗談だ。そう誤解を解く機会もなく、これから数日リナリーとの関係に四苦八苦するのを俺は知らない。

 

『ところで、半分本気だったでしょ。それについて聞かせてもらうわ』

 

 

 

その夜。自室にてレスティアの膝枕に頭を預けながら髪を撫でられたり、愛おしそうに微笑む彼女の笑顔に俺は終始笑むのだった。――リナリーの誤解を解くのも忘れて。




服を着ろ?
知らない言葉ですね。
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