無限書庫の黒柩 D.Gray-man   作:黒樹

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12夜 命短し恋せよ乙女

 

 

 

私はあの日から彼の顔をまともに見れていない。

AKUMAの襲撃から約一週間が経った。私が初めて本当の死の恐怖を実感して、エクソシストの力が絶対じゃないことを思い出し、何度も命の危険性を理解したあの日。結月君に私はお礼が言いたくて言いに行った。あの日は本当に怖くて泣きそうで、そのお礼を何かできないか本人に直接相談しに行った。

 

『じゃあ、体で奉仕でもしてもらおうかな』

 

最初はいいよと遠慮していた。しかし何度も聞く私に結月君は、冗談めかしてそう言った。

近づいてくる彼の顔が近くて、もう少しでキスされそうだなぁ、と思うと同時に私は恥ずかしくて、胸の内がもやもやと熱くなって……気づいた時には逃げ出していた。

全身が熱い。胸も顔も首も心臓も流れる血液が熱暴走を起こしているみたいに……首の傷もチクリと痛み、気づけば自室のベッドで横になり丸くなっていた。

 

「なんで…逃げちゃったのかな」

 

一応は謝った筈だ。ごめんね、と言ったつもりだったが記憶に残っていない。

私はちゃんと拒否したのか。

或いは、あの約束はまだ有効なのか。

 

「冗談……だったんだよね」

 

冗談だとは思っている。けれども、私はそれを思うと何故か寂しくなった。

 

守っていると思っていたものは、実は守るほど弱くなくて逆に私は見守られていた。その上、彼は私より断然に強く逞しく何処か……

 

 

 

―――壊れている。

 

 

 

私もそうなんだろう。

だって、私もそうだから。

同じ人の匂いはわかる。

だから、彼に私は興味があったのだろうか。同じ境遇の人を求めて乾いた喉を潤すように探し続けていたのだろうか。

或いは、彼を下に見ることで自分は壊れた自分を補完し続けていたのだろうか。

 

いったい何が彼を壊したんだろう。

ベッドの上で膝を抱えて横たわりながら彼についての考察を始める。今まで、彼のことを表面しか見ていなかったようなそんな気がした。

 

「結月君……」

 

彼に触れられた箇所に手を当てて、撫でるようになぞっていく。くすぐったい感覚と熱くなっていく体温がものすごく温かくて同時に寂しかった。

 

今日も私は自室で一人、ベッドに身を預けていた。

 

 

□■□

 

 

 

「あら、いらっしゃいリナリーちゃん。この前は大変だったわねぇ、心配したのよ。今日は一人?」

 

今日の今日まで自室にこもり気味だった私は漸く、食堂へと顔を出した。その間の私の食事は結月君やフィールティアさん、それに兄さんが運んできてくれていたがために申し訳ないと思っているのだが、相変わらずジェリーさんはいつも通りだった。

私もいつものように笑うと、何故だかジェリーさんは一度固まり表情を変える。

 

「リナリーちゃん、まだ本調子じゃないの? そう。怪我もあるけどあれだけ怖い思いをしたんだし……仕方ないわよね」

 

まぁ、私にはわかってあげられないけど。

そう言うジェリーさんは菜箸を手に、私を気づかいながら話を続ける。

 

「そういえば聞いた? 結月ちゃんやフィールティアちゃんがエクソシストの話を断ったからかお偉いさんが上から来るそうよ。力を隠してた二人もそうだけど、上も戦力増強に必死よねぇ。なりたくないならなりたくないで放っておけばいいのに、どうしてこうも子供が戦わなくちゃいけないのかしら」

 

「上から……?」

 

聞き返す私にジェリーさんはやっと反応した、と少しだけ安堵しながら丁寧に教えてくれる。

この数日、結月君達はいつも通りファインダーとしての仕事を全うしていたこと。科学班の手伝いをこれまたいつもと変わらず引き受けていたこと。そして何より、それを聞いても彼らは今だにここに滞在していること。

 

「えっと、名前は何だったかしら。確か……マル虫、ルベレーだった――」

 

「……ルベリエっ」

 

ジェリーさんの言葉に被せ気味に私は吐き出す。

聞きたくなかった、言いたくなかった名前。もう二度と会いたくもない人。

様子の可笑しい私にジェリーさんは気づいたのか一度は黙り込むも視線を私からずらして、私の後方を見た。

 

「あら、リナリーちゃん。彼が来たわよ」

 

静かに食事をしていた人、仲間と話をしながら食事をしていた人、ファインダーや研究員達が突然静かになり一方を見詰めだす。その先に彼はゆっくりとした足取りで現れた。いつもと違う羽織を身につけ、隣にはフィールティアさんと見慣れない娘たちを引き連れ食堂へと入って来る。

 

 

ズキリ―――……。

 

 

胸に針のような痛みが刺す。

団員達はその可憐な少女達の姿に終始釘付けだった。

黒ロングの髪の少女、結月君に似た白銀の髪を持つ私より小さな少女、紅蓮の炎のような髪を持つショートヘアの活発そうな少女、そして一番後ろには包容力のありそうな綺麗な白雪の髪と狐耳と尻尾の女の人が。

その人が少しだけ寂しそうに、微笑ましそうに結月君達を見ては笑み、結月君がそれに気づき『ハクア』と呼んだ狐耳の綺麗な女性に話しかける。そうするとその女性は喜んで話に応じた。

 

これを見て結月君に恨めしそうな視線を送ったり、熱の上がった視線を女性に向ける人がいる。それを送った人達はやがて急に顔を青くして意識を失ったように項垂れた。

 

「ジェリーさん、あの娘たちは?」

 

教団では見かけたことのない娘達だった。

 

「あぁ、リナリーちゃんは見たことないのね。結月ちゃん曰く、手を出すな、詮索はするな。らしいけど、実際話しかけたくても結月ちゃんがいるから殆どの人が話しかけられていないわ。口説こうとか考えるアホもいるみたいだけど、彼女達は全く他の男に関心がなかったわね」

 

それこそ口説きにかかった男は少女達に断固としてふられるか、結月君が隣にいるとひっついて離れなくなる。それを見た男達は去っていくということが何度も繰り返されているらしい。

 

私の中をモヤモヤとした感情が渦巻く。

なんだろう、何なんだろうこれは。私はどうして……こんなにも胸が苦しいのだろう。

結月君達が近づいてくる。

そこで私はなんだか、変な選択をしてしまったらしい。

 

「ジェリーさん、中に入れて」

 

「え? ……ええ」

 

注文用の窓口の横にある通用口を通り、私は厨房へと逃げ込むように入る。

そうして私は、膝を抱えて隠れた。

受付の下。結月君達の死角になる場所へと。

 

「……あら、いらっしゃい結月ちゃん」

 

ジェリーさんは首を傾げながらも私を見なかったことにして結月君達へと話しかける。どうやらこの壁一枚の向こうにいるようで少女達の話声も聞こえた。

私はなんで隠れたのだろうか。

バレていないのだろうか。

そう思う私を放置して、結月君は注文を口にした。

 

「今日は、きんぴらとブリ大根で」

 

「おトーフもです、ユヅキ」

 

「はいはい。じゃあ、いつも通り豆腐の料理を一つ追加で」

 

「『はい』は1回でいいのよ」

 

「……待ってレスティア。わかってるから、せめて注文させてくれない? で、君らは何にするんだ」

 

「おトーフです」

「お魚です」

「私はオムライスにしようかしら」

「私は彼と同じもので」

「私もそれでいいかな」

 

楽しげな会話が聞こえてくる。バランスのいいか悪いかはともかく、結月君が溜息をついて最終的に彼女達の欲しいものを取り入れたメニューを選んだ。

ジェリーさんが復唱して厨房の奥へと引っ込む。

それを見ながら、どうやら気づかれていないみたい、と安堵の息を吐く。

 

そうして独りぼっちになっても胸の奥はズキリと痛み、私は隠れたままそこを動けずにいた。

 

 

 

□■□

 

 

 

あの娘は見間違いだったのだろうか。見慣れた黒の少女が厨房へと入っていくのを目の端で見たような気がした。小さな少女の背中、同じくらいの歳で俺達とは違い、何処か同じ境遇の人。

 

「……ジェリーさん、厨房に他の人が入ることってありますか?」

 

食事を取り終えた後、食器を返しに行く際に聞いてみた。あれから同じ影が出てこないか張っていたものの、ものの見事に空振りした結果だった。

 

「ないわね。まぁ、特例としては君が使ったり、フィーちゃんにリナリーちゃんが使うくらいだけど」

 

リナリーは兄の誕生日に必ずチョコレートケーキを作るらしい。その他にも、ジェリーさんが料理を教えているとか。

 

「リナリーがここに来ませんでしたか?」

 

「……いいえ、来てないわ」

 

数秒間、下を見てからジェリーさんは答えた。

俺はそこで察する。リナリーはそこにいるのだと。

そして、今は……俺には会いたくないのだろう。

この前あんな冗談を言ったばかりだ。それも謝れていない上に避けられている。先ほどのリナリーの不自然な動きもそうだし。となれば、そこにいるだろうリナリーは俺に対して怒っているのか恐怖しているのか、取り敢えず会いたくないのなら会わない方がいいと、結論付ける。

 

「そうですか。あーっと、悪いんですが少し耳を貸していただけますか?」

 

コクリと頷けば、ジェリーさんは顔を耳を近づけてくる。その耳に囁くように、俺は言葉を繋げた。

 

「どうやら俺は嫌われてしまったようなので、俺の代わりに謝っておいて欲しいんです。『この前はごめん。少し悪ふざけが過ぎた』と」

 

「いったい何したのよ?」

 

「あー。そのですね、極端に言うとセクハラ?」

 

「マジでいったい何したのよ……」

 

訝しむジェリーさんの嘆息が胸に痛い。

思い当たる節を説明することにした。

リナリーの首に触れたこと。

リナリーの胸元からおへそまでなぞるように触れたこと。

太股に触れたこと。

ついでにセクハラ紛いの冗談を言ったこと。

 

……よく考えたら変態じゃねぇか。

 

今の今まで、フィールティアには普通にしていたことだ。傷や怪我を見るためにそうした。そうしていたのが災いを呼んだのか、どうやら俺達には常識というものが欠けているらしかった。

常識については、教団についてからの事だった。

よく失敗もしている。

 

「ほら、嫌われても仕方ないでしょう。特に女の子関係のことが苦手なんですよ俺は。たまに何を考えているのかわからなくなるし。その上、フィーや皆は俺の考えていること当ててくるし」

 

「結月ちゃん、乙女の気持ちは男子には簡単に理解出来ないわよ」

 

それ皆に言われました。と、事後報告するとジェリーさんは苦笑して頭に手をついた。

うんうん、と頷き少女達も肯定し、その中で一人だけ俺の肩を叩く娘が。

 

「結月……非常に申しあげにくいのですが。私達、契約したものには結構筒抜けなんですよ」

 

「……」

 

ハクアが申し訳なさそうに目を逸らしながら言う。

俺は絶句するしかなかった。つまり、邪な考えやら色んな心配やらが筒抜けだったのである。

 

「……穴があったら入りたい」

 

「あら、それはどういう意味かしら?」

 

意味深げに呟くレスティアの声が耳に残る。

お願いですから、もうこれ以上イジメないでください。

 

 

 

□■□

 

 

 

「――で、リナリーちゃん、感想は?」

 

結局、結月君が帰るまで引きこもっていた私にジェリーさんは話しかけてきた。彼はもういないと、合図する様に私は少しだけ複雑な気分だ。

 

「……ジェリーさん、私、どうしちゃったのかな」

 

私も私がわからず答えを求める。

今の私は何なのか。力が無かった自分を悔いているのか、それとも結月君に対して怒っているから顔を合わせられないのか。

 

でも、声は聞きたいんだ。

もっと話したい。

彼女達のように、側で笑っていたい。

 

そんな欲望が渦巻くばかりで本当は怒っていないってわかっているのに。

羨望か、嫉妬か、それとも……。

 

「ジェリーさん。結月君ってね、結構わがままで自分勝手ですごく強くて、誰にでも優しくて『男なら自分で切り抜けて見せろ』って言うくせになんだかんだ言って助けちゃうんだ。そういうところが――」

 

 

 

私は好きで。

 

 

 

……好き?

ドクン、胸が一際大きく高鳴った。

 

「でも、彼って自分を犠牲にしているようなそんな人で、危なっかしくて」

 

彼のことならいくらでも出てきた。

口からどんどん溢れ出てくる。

 

「あの時の背中も、少しだけ……悲しそうだった」

 

きっと、彼は争うことが嫌いなんだ。

戦いたくない理由があって、それを言わず、皆を守るために知恵を使う。

エクソシストにはならない。

けれど、彼はファインダーとしてファインダーへ何かを伝えてきた。

力を持たない者なりに抗う術を与え、今までのファインダーの役割と使命を覆して生存率を上げて。

きっと見捨てられない彼は、

 

「女性を贔屓して守っているように見えるけど、男の人には『自分の身くらい自分で守れ』って言うけれど。本当は贔屓してるんじゃなくて、皆結月君は女性にだけ優しいって言うけど……そうじゃなくて。彼は誰にでも優しいの」

 

 

 

本当に私は、結月君のそういうところが。

ちょっと不器用なところも。

会話に慣れていないところも。

 

 

―――好きなんだ。

 

 

それは、兄さんに向ける家族としての好き?

 

――違う。

 

それは、教団の皆に向ける好き?

 

――違う。

 

それは、友達としての好き?

 

――それでもなくて。

 

 

きっと私の中では答えは出ているはずなのに、私はどうしても答えを認められなかった。

結月君の周りにいる女の子は誰もが輝いていて、私では不釣り合いだと思ったから。私じゃ適わない、どうしようもない場所だったから。

戦うことしか出来ない。その戦うことですら、私は彼に負けていて足手纏いで。

 

「どうしよう……ジェリーさん。私…わたし、結月君のこと好きになっちゃったかもしれない」

 

「そう。やっと気づいたのね」

 

「で、でも、最初は友達だって思ってたのに……結月君だってそう思っているはずなのに、そんなの」

 

「おこがましい? 嫌われる? そんなことないわよリナリーちゃん」

 

まるで、わかっていたかのようなジェリーさんは言葉を続けて私の言葉を止めた。

 

「他の娘が輝いてみえる? だから、私じゃ辿り着けないから諦める? そんなんじゃ駄目!」

 

そして、ジェリーさんは言った。

 

「恋をするから女の子は輝くのよ!」




ジェリーさんが暴走してる!
ご安心ください、仕様です。
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