無限書庫の黒柩 D.Gray-man   作:黒樹

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〜前回のあらすじ〜
リナリー・リーは自分の奥底にある気持ちに気づいて戸惑っていたのだが……。


13夜 修羅場によくある大暴露

 

 

 

料理長であるジェリーは朝の調理の支度をしていた。

何時もより早い時間であり他には誰もいない。そんな中で一人だけ上機嫌に鼻歌を歌いながら、野菜の皮むきを淡々としていく。

しかし本当にびっくりしたものだ。ジェリーからすれば、女の子であるリナリーの悩みは当然とも言えるもので、嬉しいものでもあった。その相談事を受けたのはつい昨日のこと。それでも恋する少女の輝かしい未来のためには何かせずにはいられない。

 

なので、昨日のうちに結月とフィールティア、とその他の謎の少女達について調べることにした。もちろん、彼女になれるか可能性あり気の話で。

 

『ねえフィーちゃん、そういえばあなた達の関係ってどういうところなの?』

 

ジェリーの頭の中に浮かんでいたのは一つの可能性。もし付き合っているのがフィーだけであるのなら、彼は一人しか愛さないのだろう。しかし現状を見るとそうではない。それなら、ハーレムもいけるんじゃないかと。

そう予想したのが幸運だったのか、絶望だったのかはともかくとして可能性の一つに賭けてみた。

 

『私たちの関係? 結月とあの子達の?』

 

『そう』

 

『んー、一言で言えば恋人みたいなものかな。確かに彼女達は少しだけ人には見えないのかもしれないけど、でも間違いなく結月は彼女達を人として、愛する人として見てるよ』

 

『フィーちゃんは独占欲とかないの? ほら、一人に絞ってくれないから後ろから刺しちゃったりとか』

 

何をドロドロの愛憎劇みたいな想像をしているのか、極端な表現にフィールティアは首を傾げた。

いや、その顔には苦笑いの影がある。異変に気づいたジェリーは察した。

 

『……あるのね、結月君が刺されかけたことが』

 

『……うん。今いる娘たちじゃなくて、もう一人だけ結月に熱烈な愛を捧げようとする娘がいるんだけど……相手にされないと、暴走するんだ』

 

驚愕の事実にハーレムはいいことばかりではないと知ったジェリーだった。

何かと苦労していることに、室内で膝枕をされている結月へと視線を向ける。今日は白狐であるハクアの番だった。その女性が嬉しそうに頭を預ける少年の髪を撫でているのを知ってか知らずか、眠りこける結月本人は夢の中。

相当に疲れていたようだ。まるで、今までの疲れを全て取り除くように眠りこけ、その姿を見たジェリーは邪魔する気にはなれず話をフィーだけに止めようとしたのだが、

 

『……ふゅぅ。帰って…来た』

 

ピクリと何かに反応し起き上がる結月、秒速の切り替えに流石は最高クラスのファインダーとジェリーが感心する中で、彼は眠い眼を擦りながらポンポンとハクアの頭を撫でると礼を言う。

ハクアは素直に喜ぶ。けれど、どこか残念そうなその表情にまた頼むと言って話をしているこちらへと寄ってきた。

 

『どうしたの結月? ジェリーさんの用は私だから寝てていいんだよ』

 

『そうしたいけど、意外にも早く帰ってきたから』

 

『あっ、そっか』

 

フィールティアが納得すると同時に一同は結月に促されるままエレベーターの方へと目を向ける。何もいない。何も無い。と、ジェリーが尋ねようとした時だった。

 

『マスターぁぁああああっ!!!!』

 

『お帰り、レヴィ――ごフッ!』

 

彗星の如く飛来する水色の何かが結月へと突っ込んだ。対照的な真っ赤な血を口の端から垂らす彼を余所に、その突っ込んできたであろう少女はじゃれ甘えている。

スピアタックル。槍の形態であれば即死級の一撃に、瀕死寸前ながらも結月は少女の頭を撫でていた。

 

『マスター私、凄く寂しかったんですよ。でも、ちゃんと言いつけを守りました、マスター♡』

 

だから、褒めて、ご褒美頂戴と強請る彼女、水精霊のレヴィアタンに極めて笑顔の結月は自分の傷を動じた様子もなく、その胸に擦り寄る娘を抱き締めた。

 

『ありがとな、レヴィアタン』

 

目の前でなにやら甘ったるい空気を出す二人にジェリーは初めてその異常性を垣間見た。

好きな人にちょっとばかりロケット並の速度で突っ込んだ精霊もそうだが。もう一人、結月はその行為に怒りを見せることもなくただ好意を魅せていた。

 

『ねぇフィーちゃん、あれいいの? 嫉妬とかない? というかあの娘が……?』

 

『そうだよ。……まぁ、ないって言ったら嘘になるけど。でもね、例え死んでも、私達は結月が好きなんだ。きっと結月は私達がピンチになった時、自分が死ぬとしても助けに来てくれるから』

 

自分を一度だけ刺したという少女に笑顔を向ける少年の顔が幸せなものに見える。とてもではないが、そんなことは普通の人間には出来ないだろう。

ジェリーが一人感心しているさなか、フィールティアが核心を射抜く言葉を放った。

 

『――それで、ジェリーさんが確かめに来たのは結月が誰と付き合っているかでしょ? もしかして、リナリーちゃんの為に?』

 

図星だった。

 

『別に私はリナリーちゃんなら大丈夫だよ。あの娘優しいし、結月のハーレム要員になっちゃっても』

 

『あらバレてたの? 結月ちゃんには?』

 

『ものの見事に凄い方向に勘違いしてるよ。でも、気に入ってないと基本話かけないから脈ありなんじゃないかな。でも大変だよー。結月って独占欲強い上にえっちだから、……壊れないといいね』

 

不穏な言葉が耳朶を打つ。

それはリナリーちゃん次第だと、ジェリーはエールを送りながら計画を練るのだった。

 

 

 

それも甲を制し今日はリナリーに乙女の嗜みを覚えさせる気だったジェリーは下拵えを終えると、予定の時間になったことを時計で確認。

 

「ジェリーさん、来たよ」

 

すると時間通りに気合い十分という引き締まった表情で、厨房にリナリーが顔を出した。

 

「おはよう、リナリーちゃん」

 

「おはようジェリーさん。ところで、今日は乙女の嗜みをどうやって――」

 

「ノンノン! 焦りは禁物よ、乙女は何時だって余裕を見せるもの。急いてちゃダメ」

 

リナリーの質問を遮りジェリーは菜箸を置き、扉の奥を見つめた。

 

「リナリーちゃんが結月ちゃんの隣に居たいと思うのなら、将を射んと欲すればまず馬を射よ。というわけで、助っ人の登場よ」

 

先程、リナリーが入ってきた扉が開かれそこから一つの人影が入ってくる。

その影を見たリナリーの顔は愕然……を通り越して、あわあわと慌てる様が伺える。

 

「おはようリナリーちゃん。……それで、結月が好きなんだって?」

 

ここに新たな少女の戦場が誕生した。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

翌日、普段よりも早く目を覚ました私は寝癖やらを直し眠い顔を引っぱたいて部屋を出た。

昨日、結月君への想いに気づき、ジェリーさんに打ち明けた。最初は自分の気持ちに戸惑った。でも、なんだか他人に相談したことでなんとなくだけど少しだけ、気持ちが楽になったような気がする。

 

そんな私に告げられたのは、ジェリーさんによる『乙女を磨く』という修行だった。

その為に私は早起きをして、食堂へと向かっていた。

そうして食堂へと辿り着き、周りに誰もいないことを確認すると足早に近づき、扉をノックすると扉を中に開けて入る。

 

そうして、挨拶をして秘密の特訓が始まる筈だった。

なのに――

 

「おはようリナリーちゃん。……それで、結月が好きなんだって?」

 

私の背後から異様な空気を持った(ように見える)フィールティアさんが顔を出した。

その顔を見た瞬間、私の顔から血の気がサッと引いた気がした。全身の体温が低下する感覚。ブルッと身を縮こまらせると、私は少しだけ罪悪感に苛まれた。

 

「え、えっと、フィールティアさん、その……」

 

あぁ、ダメだ、否定出来ないよ……。

私が結月君を好きなのは本当の話で、事実で、私の中で否定したくないことだった。否定したら、逃げちゃうことになるから。

でも同時に、フィールティアさんへの罪悪感があった。友達なのに、結月君はフィールティアさんのものなのに同じく好きで、出来るだけ近く、それこそ恋人のような、フィールティアさんと結月君の関係のようなものになりたいと思っている。

 

だから、私は何も言えなかった。

それを察したのか、フィールティアさんは頬に手を当てて困ったように笑う。

 

「いや違うよリナリーちゃん。私は別に怒っているわけじゃなくて、いや別に脅してもいいんだけど、ライバルは減る一方で嬉しいんだけどね」

 

なんだか曖昧な言いようだった。

言葉の意味がわからない私にこんな話をしていても仕方が無いと、嘆息して話を続ける。

 

「――私が確かめたかったのは、リナリーちゃんに覚悟があるかどうかだよ。私達は基本信頼なんてしない、信用なんてしない。信じてるのは愛してる人と自分だけ。だからねリナリーちゃん、もし結月を裏切るのなら私はそんな人切り刻んじゃうかもしれない」

 

――忠告だった。

愛してるからこそ、出来るんだろう。

悲しむ姿を見たくないから、そうできるんだろう。

何より大切な人を傷つける元凶を許せないと彼女は言っていた。

 

ここで引き返せって言ってる。

 

間違いなく、これは私への選択だ。

 

そんな問いに私はこれしか返せなかった。

 

「……ごめんなさい、フィールティアさん。本当は悪いってわかってるよ。……でも、わたし、凄く諦められなくて、結月君のことで頭いっぱいで、どうしていいか分かんなくて……どうしようもなく好きで」

 

言葉を続けることは出来なかった。なんて、私は言葉にしたらいいんだろう。言葉だけじゃ表現しきれないこの気持ちをどうやって伝えよう。

 

あぁ、私はダメだな。

異性を本当に好きになったことがないから、告げる言葉が見つからない。

 

「――大好きで」

 

言葉っていうのはなんて不思議なんだろう。

大、ってつけただけで胸がおかしくなりそうだ。

胸が焦がすように熱くなる。赤熱を帯びた心臓が、答えられないことの焦りと、彼への想いから熱暴走を起こす。

 

「私、結月君の隣に立ちたい! フィールティアさんが正直羨ましいよ。最初から結月君の隣にいて、支えてあげられて。でも、私の恋は終わってて、結月君にはフィールティアさんがいて他の娘たちもいて……私ってなんでこうも恵まれないのかなぁ…」

 

思えば生まれてからずっと、幸運というものに無縁だったのかもしれない。

両親がAKUMAに殺されて。

その仇を打つ、イノセンスの適合者だとわかれば教団へと無理やり連れて行かれて、色々な薬などを打った。検査も実験もした。

私の人生は散々で、今思えば恥ずかしい格好で検査をさせられた記憶が蘇ってくる。

もう二度と思い出したくもなかったのに、その心の傷を結月君に埋めて欲しいと思った。

兄さんが教団に来てからはそんな実験はなくなったけど、私の心の中では傷は癒えないままだった。

 

「だから、それでも、フィールティアさんがいるってわかってるけど、私は」

 

「――うん、合格♪」

 

「……え?」

 

間延びした優しい声が耳を通った。

合格、とは一体何のことだろうかと、首を傾げることも出来ず呆けていると目の前の彼女は何時もの強かな笑顔の下に何か真剣な色を含みながら私の肩に手を置く。

 

「だから、合格だよリナリーちゃん。もしあなたが結月を独り占めしようって思ってたなら、それは絶対に叶わない願い事になってた。私達の中ではね、ルールがあるの。結月は一人を選ぶことは出来ないしそんな事はしない。その中で独り占めは物理的に無理だけど、結月が今日一緒にいたいって娘だけはちょっとだけ許されるんだ。と言っても、本当に少しの間だけ貸すだけだけどね」

 

「えっと……?」

 

「つまりねぇ。そうだね、リナリーちゃんさえ良ければ独り占めは出来ないけど、応援してあげるよ。だよね、みんな?」

 

私の肩を掴む彼女の右手から炎が上がる。

そこからいくつもの光が迸り、ある者は漆黒の翼を撒き散らし、ある者は白の閃光を放ち、ある者は炎と水がじゃれ合うようにして、その間に割り入るように白の稲妻がスパークしてそこに少女達が現れる。

 

「まったく困ったわね、ユヅキがあれだから苦労するわよ? 私としてはどっちでもいいけど」

 

ぷいっとそっぽを向く黒髪の女の子がそう言う。

 

「素直じゃないですね闇精霊。嫌なら嫌とはっきり言えばいいのに……添い寝と、膝枕をする機会が減るから嫌だって」

 

「うっ、違うわ! そう思ってるのはあなたの方でしょ剣精霊! 私は知らないわよ、どうせすぐ嫌になって逃げ出すんだから」

 

白い髪の少女が黒髪の女の子をからかい和やかな雰囲気が流れる。どうやら私は黒髪の女の子に歓迎されていないみたいだった。

 

「何ですかあの無駄に熱い門は? 私達を焼き殺す気ですか?」

 

「他精霊のゲートを通っておいて煩いですよ水精霊。気になるって言っていたのはあなたですよ。私は仕方なくマスターの命令に従って窮屈にも耐えてあげたんです。温度も下げました。私は褒められるべきです」

 

何やら、水色の煌めく長髪の少女とショートヘアの赤髪の子も騒がしく言い争う。

水色の娘が何やら綺麗な笑みを浮かべ、

 

「ふっ、窮屈ですか〜? そんな断崖絶壁でよくも言えたものですね」

 

赤い猫娘の胸元へと視線を下ろした。

気にしているのか、カチンと赤い娘はすかさず言い返す。

 

「煩いですこの淫乱精霊! だいたいその大きな胸は邪魔です。燃やしてあげます! ヘルシーな焼き魚がお似合いですよ」

 

「熱いのはマスターとの夜だけでいらない! その無い胸を自分で燃やしてなさい!」

 

「なっ、なんてことを……ありますよ!! 誰がゼロですかこのエロ精霊!! あなたは別の人と盛ってればいいんです!!」

 

「エロとか淫乱とか言うけど、火猫精霊こそ熱いのはマスター相手に欲情してるからじゃない! 無い胸で誘って見苦しいのよ!」

 

「くぅ……っ! でも、マスターは私はわたしでいいと、言ってくれたんです。マスターは胸の大きさなんて気にしないです」

 

もはや負け戦に入りかけている火猫精霊と呼ばれた少女は俯き加減も程々に泣きそうな顔になる。

勝った、と自慢げな水精霊と呼ばれた小振りの胸を持つ少女は胸をこれ見よがしに張り、傍らで行く末を見守っていた狐耳の綺麗な女の人に声を掛けた。

 

「ハクアもそうですよね。やっぱり大きな胸を持つものどうし、マスターを誘惑するには胸がある方がいいですよね?」

 

反応し、たゆんと水精霊の少女よりも大きな胸を揺らし狐耳の美人が耳をピクリとあげた。メロンサイズ。

困ったような表情だ。

ハクアと呼ばれた女性は僅かに場を逡巡した後、溜息をひとつ零し口を開く。

 

「……結月は確かに胸があった方が喜びます。男の子ですから」

 

ほら、とドヤ顔になる水精霊。

しかし、ハクアさんの言葉はまだ続いていた。

 

「でもですよ、結月はそんなことで女の子の価値を決めたりしません。好きも変わりません。結月はその娘がその娘であることが一番の好きの理由なんです。それに結月は、私達が争うくらいなら消えていなくなる選択をするような子ですよ? 確かに好かれたい気持ちはあっても、そんな自分勝手な願いのせいで喧嘩されるのは好きじゃないですから」

 

気まずそうに水精霊の少女が目を逸らす。

そうであることに変わりないのに、争っていた自分を恥ずかしいと、目を伏せる。

それを見たハクアさんは元気づけようとか、フォローしようとか思ったのだろう。

ただ、その努力が間違いで、大人びたハクアさんは少しばかりの暴走を見せる。

 

「……確かに、結月は胸が好きなんだよ。時々、私の胸に目がいくこともありますし、寝ている間にも彼は無意識に私の浴衣の中に手を滑り込ませてきて……。それに、添い寝も膝枕も大好きですから。とくに太股も結月は大好きだよ」

 

「――って、結局のろけですか!? 反省した私が馬鹿みたいじゃないですか!」

 

終息を見せない事態は悪化していき、誰もこの場を収める人はいなかった。

 

「――いなくなったと思ったら、何してるんだよ」

 

ハクアさんが結月君を呼ぶまでは。

 

 

 

 

 

そして、楽しい時間は過ぎていく。

いや、楽しかった、と言うべきだろうか。

 

 

 

 

 

――あの人が来るまでは。




ルベリエ出すつもりがこんなことに……。
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