無限書庫の黒柩 D.Gray-man   作:黒樹

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20話までには原作にたどり着きたいなー(願望)


14夜 好き嫌い

 

 

 

早朝。

いなくなった女の子達を探してみれば、食堂に皆が集まっていた。そこで見たのはなんとも言えない光景だ。エストとレスティアがじゃれるようにして口喧嘩を繰り広げ、その少し横ではレヴィアタンが水を逆巻き、オルトリンデが轟々と真紅の炎を燃やしていた。それも食堂でだ。

 

「いなくなったと思ったら、何やってんだよ」

 

「答えなさいユヅキ!」

「答えるのです、ユヅキ」

「はっきり言ってやってくださいマスター!」

「巨乳好きじゃないですよね、マスター!」

 

「えっと、その、ごめんなさい結月。事態を収めようとしたのですがこんな感じで……」

 

口々に精霊達が詰め寄ってくる中、ハクアだけは申し訳なさそうに謝ってくる。その頭を撫でる。と、彼女は少し嬉しそうに頬を緩め、ご満悦といった表情で身を任せた。

 

「ちょっ、なに自分だけお零れに預かってるんですか!? 頭を撫でてもらうなんて、悪どいですよ! だいたいあなたもマスターの性癖暴露してたじゃないですか!」

 

「……ハクア」

 

「はぅ」

 

上目遣いで見上げてきた。

怒らないよね? 怖いことしないよね?

申し訳なさそうな瞳に、俺は甘過ぎたのだろうか。

 

「別にいいけどなぁ。どんなこと話したの?」

 

「えっとぉ……」

 

しどろもどろに話し始める。

 

「結月が実は胸に興味があることとか。私の胸にエッチな視線を送っていることとか。眠っている時も無意識に私の胸に触れたり、揉んだりと……。あと、結月が膝枕や添い寝が大好きでお尻より太股の方が好きだとか」

 

「ごめん。俺が悪かった」

 

「……もっと甘えてくれたっていいんですよ。ただ、言ってくれないと心の準備が」

 

眠っている間は身体の制御が効かない。

とはいえず、丁寧に謝罪。

その後ろで少女達の非難の視線が強くなる。

あの女狐、やりやがったと――。

 

「マスタぁー?」

 

「で、君達はなんで喧嘩してたの?」

 

咎めるような口調に逃げるようにして質問を被せる。

目の色が変わった。少女達は一斉にまくし立てる。

 

「服を着ていない女の子が好きなの!?」

「素足をさらけ出す女の子が好きなのですか!?」

「マスター、冷たい身体と熱い身体どっちが好きなんですか!?」

「マスターは巨乳好きじゃないですよね!」

 

どうやったらこんな喧嘩に発展したのか、質問へと変わったのかはわからず、ほぼ同じタイミングで被さった言葉に俺は溜息を吐く。

息ピッタリで仲がいいことは重々承知だ。

喧嘩するほど仲がいいとも言う。

現実逃避をしたい気分だった。リナリーが見てる。ジェリーが見ている。その中で正直に答えるのは胃が痛い。かと言って少女達に嘘をつくのは心苦しかった。

 

「まずレスティアの質問。服を着ていない女の子が好きかどうか聞かれると、嫌いじゃないんだけど、俺は四六時中服を着ない女の子は嫌いだよ。痴女とか。誰にでも見せる娘は嫌い。見るなら特定条件下だけだな」

 

――なお、特定条件下は伏せておくことにする。

 

「次にエストの素足をさらけ出すかニーソを履くかの質問。どっちも好き。決められない」

 

むしろ決めたら墓穴を掘ることになるだろう。

誰が見たいのだろうか、ニーソか素足で統一された空間なんて。ちょっと怖い。

 

「次にレヴィアタンの冷たい身体と熱い身体のどっちが好きかという質問。……正直、君達の肌に触れていたいって欲望だけで、ごめん。暑かったらレヴィアタンに触りたくなるし、寒かったらオルトリンデにいくし」

 

季節によって構ったり構わなかったり。

夏はレヴィアタンのひんやりした肌が気持ちいい。冬はオルトリンデの体温が心地いい。離したくなくなる。そこから動けなくなる。

あれこそ人間をダメにする兵器だろう。

冬にはレヴィアタンにはあまり触らなくなるし、夏にはオルトリンデを放置気味になるから、若干不機嫌で安定性がないのだが、それと比べて普通の娘たちは安定していた。

可愛いし。可愛いな。可愛いから、かわいいならばそれでいい気がする。

残るはオルトリンデだけだった。

何故か、リナリーが真剣にご清聴しているが放っておこう。ドン引きされている気がする。

 

「最後、オルトリンデの巨乳好きかって質問。それは男だから好きだけど……正直、胸の大きさなんてどうでもいいよ。あればあるでなければないで。オルトリンデはオルトリンデだから好きなんだし」

 

「マスターぁぁ」

 

泣きそうな声で、オルトリンデはずいっと擦り寄ってきた。

 

「……じゃあ、ハクアや女マスターとレヴィアタンのおっぱいは触るのに、どうして進んで触れてくれないんですか」

 

否定してくれと言わんばかりに瞳が揺れ動く。

上目遣いで、泣きそうな表情、さらには震える声での三連コンボに俺は無意識にも一歩後ろへと後退する。

 

「……いや、了承得なきゃ犯罪だし、オルトリンデっていきなり触られるの嫌いだろ?」

 

「マスターがいきなり触れてくるのは尻尾と猫耳と、太股じゃないですか。たまに了承せずに抱きついたり、触るくせに胸には触りません」

 

ごもっともです。

 

「私はそんなマスターの行動を拒んだことがありますか」

 

ないですね。恥じらう程度でした。

 

「マスターに触れられるのが嫌なわけないじゃないですか。それすらもマスターはわからないんですか? 好きじゃないと契約のキスはしません。それも初めてだったのに……マスターのバカぁぁぁ!」

 

ポン、と炎を放ち人型から猫型へトランスするとオルトリンデの気持ちを代弁するかのように、スカーレットが顔面を猫パンチして走り去っていく。

スカーレットの時の記憶と、オルトリンデの時の記憶。二人は同じようで記憶の共有はしていない。それなのに猫パンチされたのは、オルトリンデの感情がスカーレットに伝染されたからか。

 

「……ちょっと、型の確認してくる」

 

「行ってらっしゃい。朝ごはん用意しておくからね」

 

「……あんな火猫精霊放っておけばいいのに、マスターのばか」

 

食堂を立ち去る中、レヴィアタンの嫉妬に染まった言葉が飛んできたが聞こえないふりをした。

突き当たりで角を曲がる。スカーレットの走っていった方へと。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

オルトリンデさんが灼熱の色をした火猫へと姿を変えたかと思うと、食堂を駆け抜け出て行ってしまった。

私にはその光景がわからなかった。人であった、正確には猫耳と尻尾を持っていた少女が、炎を上げると猫の姿になり消えた。間違いなく質量保存の法則諸々を無視した変換に科学班の皆は驚くだろう、その光景を見て呆然と私は立ちすくむしかない。

 

掛ける言葉がわからなかった。

それ以前に初めて見た光景に、わけがわからず何故どうしてと疑問が湧く。

 

その間にも、結月君は走り去っていくスカーレットと呼ばれた猫の軌跡を見つめて振り返ることもなく、私たちに告げる。

 

「……ちょっと、型の確認してくる」

 

「行ってらっしゃい。朝ごはん用意しておくからね」

 

「……あんな火猫精霊放っておけばいいのに、マスターのばか」

 

けれど、彼は何事も無かったように朝の修練に行くと告げると食堂を同じく出ていく。その時は違和感に気づかなかった。

平然と同じくして何事も無かったようにフィールティアさんは野菜の皮むきをはじめてしまう。

 

「フィーさん、いいの、あれ?」

 

「いいの。いつものことだよ」

 

「いつもって……それじゃあ」

 

可愛そうだよ。そう言いかけた。けれど、その先は出ずにごくりと唾を飲み込むだけで出せない。

なんで、あんなに冷たいのか。聞きたいこともあったのに、それよりも今の状況が気になってそんな気分にはなれない。

何よりも結月君が、あんなに冷たい理由がわからなかった。信じられない。

 

「幻滅した?」

 

そんな私の心中を察するかのように皮むきを続けながら、フィールティアさんは私の胸をくすぐるように聞いてきた。

クスリと微笑む彼女の笑顔はとてもじゃないけど、心配しているようには見えない。

 

「でもね、これでライバルも結月が浮気しちゃう体が減ると、嬉しいと思わない?」

 

彼女は妖艶に笑むと言ってのける。軽くだ。

今まで一緒にいた娘たちを軽く切り捨て、自分の利益に素直に喜ぶ。その姿が大人っぽくて、私は少しだけ恐ろしくてビクリと肩を震わせた。

 

「クスッ♪ 冗談だよ」

 

「……もしかして、試したの?」

 

「まぁ、そうだね。ここでオルトリンデが消えて嬉しいって感じたなら、私たち全員どころか、結月だってリナリーちゃんのことを嫌いになってたよ」

 

「あんなに喧嘩してたのに……っていうことは、レヴィアタンさんも?」

 

「うん。ああ見えて、嫉妬するくせに結月の笑顔一番に考えてるから、そこまで嫌ってはないよ。好きでもなさそうだけど」

 

厨房のとある場所では、ハクアと呼ばれる女性とレヴィアタンさんが並んで調理をしていた。水を華麗に操り野菜の皮むきをして、水圧のカッターで野菜を斬っていく。その手際と繊細さが私とは違うものだった。

 

「――って、なにあれ!?」

 

「あれはレヴィアタンの能力だよ。彼女は水精霊と呼ばれる精霊の中でも最高クラスなんだ。今頃はハクアのお説教くらいながら、楽しく料理してるのかな。彼女、すごく面倒見がいいから、レヴィアタンもあー見えてちゃんと聞いてるし」

 

色々と不可思議な現象が起こっては、厨房はサーカスのようだった。誰も触れず宙に舞う水。人が包丁へと姿を変える。それを使うレスティアという女の子は、綺麗に豆腐を切って鍋の中に入れていた。ハクアさんは遠距離から包丁やら鍋やらを手元に引き寄せている。その間には、稲妻のような現象が発生していた。

 

「さ、早くリナリーちゃんも作り始めないと帰ってきちゃうよ。まぁ、2時間くらいは帰ってこないと思うけど」

 

「え……2時間って?」

 

「目安だよ目安。多分、その頃には二人とも喧嘩なんてなかったふうに手を繋いで来るから」

 

まだ気づかない?

と、フィールティアさんは意味深く微笑むと、料理を完成へと進めていく。

私はまだ包丁すら手にしていなかった。

他のみんなは既に何らかの完成系へと、料理を形作っているのに、まだ。

首を傾げる私にフィールティアさんは指で結月君とスカーレットという火猫の消えた方を指し、

 

「二人が消えたのはあっちだよね」

 

「うん……ちょっと、スカーレット?の方はわかりづらいけどそうだったと思う」

 

「あっちにはエレベーターも修練場も遠回りで、はっきり言ってエレベーターはないよね。このフロアから出るのに階段もあるけど、それもこっちだし」

 

スカーレットが走って行ったのは無意識にも何も無い方だった。会いたくない一心で選んだ方向は、結月君が修練場へ行くいつもの道とは違う。その後を結月君はいつもと違う道で修練場に行くとだけ言い残して……。

 

「あれ? でも、なんでわざわざ嘘までついてオルトリンデさんを追いかけて行ったの」

 

疑問にフィールティアさんは今までにないくらいの笑顔を咲かせる。

 

「そんなの決まってるよ。結月はオルトリンデが戻りやすいようにそうしてるの。喧嘩したあとって、なんだか顔を合わせづらいでしょ? それは見ていた方も同じだし、恥ずかしくて会いたくないって思っちゃうから」

 

やっと私は違和感の正体を掴んだ。

違和感は、二人が同じ方向に向かったことで、何も無い方向に向かった彼の行動。

 

「それにね〜、結月ってば可愛いんだよ。実はあれ、いつも隠してるつもりでもボロでまくりだし、照れ隠しでもあるし」

 

私まで、結月君のツンデレさに笑ってしまった。

ごめんね、結月君。

 

 

 

 

 

自己紹介をした後。厨房には続々と料理人達が入って来た。私達の姿を見留めると、上擦ったような裏返った声で挨拶をして颯爽と準備をする。そして、チラチラとこちらを気にする。それが何度か繰り返される度にジェリーさんに怒られていた。けれど彼らは説教など耳に入っていないのか、こちらに視線を向けては気にしているようだった。

 

「……視線がイヤラシイわ」

 

ハクアさんが妙にそわそわと逆にあちらを気にしたり、レスティアさんは気にした様子もなく料理を続ける。皆が作業する中でどうにも落ち着かない様子だった。

皆の気持ちを代弁したようにレヴィアタンさんは呟くと、キッと料理人達を睨みつけながら、耳を欹てたりピコピコと動かし耳を塞いだりと忙しいハクアさんへと言葉を乱暴に投げ掛ける。

 

「ハクア、あの御方達はなんと仰ってるんですか」

 

「…………胸の、話です。あと、誰と付き合って……その、子供を作りたいかという討論が……ふぁうぅ」

 

会話内容が聞こえているのだろうハクアさんが耳を塞ぎ、泣きそうな顔で蹲る。

気味の悪い会話だったのだろう。

その姿を見たフィーさんが物凄く軽蔑の眼差しを料理人達に向ける。一瞬それだけを行うと、ハクアさんに寄り添うように隣に座り込むと背中を撫でた。

 

「ハクアは耳が良いからね。どうしても、陰口とかそういうの全部拾っちゃうんだ」

 

「あら、どうしちゃったの?」

 

異変に気づいたジェリーさんが料理を中断して、菜箸を手にハクアさんとフィーさんを見下ろした。

私が経緯を説明すると、

 

「ったく、あれだけ無駄って言ったのに、ちょっとあんた達! 乙女を視姦してんじゃないわよ! だいたいねそんなんだから彼女もろくにできやしないのよ。いい? この娘達は結月ちゃんの恋人よ! 下手に手ぇ出してるとただじゃ済まないわよっ」

 

勇ましい姿で料理人達を叱りつけに行った。

それでも、止んだ話し声にハクアさんは蹲ったまま立ち直ることはない。

 

「とにかく料理を運びだそう。もう、出来たんだし」

 

そう言ってフィールティアさんの指示に従って、精霊の娘たちが料理を運び出す。

全員分の食事を盛り付け、飾り付ける。

洋風のものから和風のものまで様々だった。

レスティアさんとエストさんの作った味噌汁。

レヴィアタンさんの作った鮭のムニエル。

ハクアさんの作ったきんぴら。

フィールティアさんの作った小松菜の和物。と、ポテトサラダ。

そのどれもが美味しそうで、私はなんだか自分の料理を出すのが恥ずかしくなった。

 

「そういえば、貴女は何を作っていらしたんですか?」

 

「うっ……その、玉子焼き」

 

料理は比較的、チョコレートケーキなら作れるのだけど他のものは作ったことがない。ジェリーさんにアドバイスをもらいやっと作れたのがこれだった。

朝からチョコレートケーキは重いんじゃないかって……そんなアドバイスをフィールティアさんから受けた。甘いものは好きでも、朝からは食べないらしい。

 

「……まぁ、最初はこんなものです。無理してマスターのお腹を壊すようなものを作らないでくださいね」

 

忠告だけをして、レヴィアタンさんは席に座りハクアさんの様子を見ている。

と、視界に見慣れた姿が映った。

和服を着た、白髪の長い男の人。その男の人は隣に赤い猫耳を動かす少女を連れていた。手を繋ぎ、少女の方は楽しそうに男の人に話しかけている。

レヴィアタンさんが気付き手を振った。

 

「マスター! こちらです」

 

一瞬、オルトリンデさんの表情がムスッとしたものに変わる。邪魔されたのが気に食わなかったようだ。

そんな空気を気にしていないのか、いや若干ふふんと胸を張り笑っているレヴィアタンさんは、意図的にしたのだろう。帰ってきた主人に席を勧める。

 

「さぁ、こちらへ、マスター」

 

「……ハクアはどうしたんだ?」

 

目敏く、結月君はハクアさんの様子に気づいた。

そのハクアさんは結月君の声に気づくと、少しだけ元気になった顔を見せる。

結月君は勧められた通り、ハクアさんの隣へ座った。

そして、ハクアさんの白い手を取ると、

 

「どうしたんだ、ハクア」

 

優しく囁くように聞いた。事細かに経緯を説明するのはフィールティアさんで、それを聞いたあと……。

 

「へぇ……後で、聞いてみるよ」

 

いい笑顔の結月君がいつもより低い声音で唸るように言った。厨房へと視線を向ける。結月君はそうして中の料理人達を確認した後に、ぽんとハクアさんの頭の上に手を置くと、声と同じく優しく撫でる。

 

「ハクア、今日はどうしたい?」

 

「……」

 

小さな声でハクアさんが結月君の耳に囁く。

私には聞こえなかった。しかし、囁くように聞いた結月君は彼女の手を握り宣言する。

 

「よし、今日はもう仕事しない。ハクアの気がすむまで一緒にいる。俺は今日は何も受け付けません。ハクアから以外は」

 

 

 

それから、結月君はずっとハクアさんにつきっきりで色々なことをしていた。ハクアさんに『はいあーん』を実行したり、逆にされたり。椅子をぴったりくっつけ身体もくっつけて食事を続行した。

 

「ん、これハクアが作ったのか?」

 

「……」

 

「美味しいよ。ハクアは和の料理が上手だよな。いつも食べていたいくらいだ」

 

「……」

 

きんぴらを摘む結月君は的確にハクアさんの作った料理を当ててみせる。その前はレヴィアタンさんの料理を、レスティアさんとエストさんの料理を、そうして私以外の全員の料理が当てられた。

少し笑顔が戻ってきたが、それでもまだ足りない。

いつものハクアさんに戻るのはもう少しかかりそうだった。彼女を知らない私が言うのもなんだけど、あのいつもニコニコ笑顔を浮かべている白狐の女性という印象は、面影すらない。

 

「ん?」

 

結月君の手が伸び箸が伸び玉子焼きを捉えて口に放り込むと、僅かに顔色が変わった。

もしかして美味しくなかったのだろうか。

不安で私は彼を見つめる。箸をくわえたままの彼は逡巡した後に私を見た。瞳が重なる。見つめ合う状況に数秒で目を逸らし、私は逃げに徹する。

 

「……リナリーが作ったのか?」

 

パチン、箸が揃えて置かれた。

 

「あっ、えっと、その、こ、この前のお礼っていうかこんなもので申し訳ないんだけど……」

 

いきなり当てられた私は冷静さを失い、嘘を重ねて逆に変なことを言ってしまった。

なんで、わかったのか――。

疑問すら吹き飛び、羞恥のせいか顔が熱い。

玉子焼きがお礼ってなんだろうか。今更ながら咄嗟に思いついた嘘に私自身、余計にダメージを受けた。こんなことならもっと料理をしておけばよかったと。

 

「いや、こっちも悪かった。この前はあんなこと言って本当にごめん。下心はなかったと言えば……嘘になっちゃうんだけど、久しぶりの戦闘で少し興奮してたみたいで」

 

「ううん。私こそごめんね、少し……結月君を避けちゃったから」

 

「……セクハラで俺は訴えられるべきだと思うんだけど」

 

「……っ!?」

 

思い出し、さらに顔が熱くなっていく。

謙虚に謝っているのに、真剣に彼は謝っているのに私は一人あの夜のことを思い出す。撫でられた首や胸元が熱くなった。そうやって火照った身体に自己嫌悪しながら、味噌汁を強引に掴むと飲み干す。

何でも良かった。この熱さをごまかせるものであれば。

彼は吃驚して私の持つ味噌汁の椀を見つめていた。そして、心配そうに見つめてくる。

 

「ふふ、セクハラって今頃兄さんに蜂の巣にされててもおかしくないよ」

 

「だよな。……それがないのが怖いわ」

 

溜息をひとつ零し、結月君は力無く笑う。

 

「……ぷっ」

「はは」

「クスクス♪」

「あっはっは!」

 

そうやって結月君の顔を見ていると、なんだか笑えてきてしまって。二人して笑い合う。

周りの視線すら気にならなかった。

 

「……ぁぅ」

 

というわけもなく、私は萎縮して自重した。ここは食堂だから視線を集めるのは当然で、突然笑い出せば嫌でも向いてくる。

 

 

 

「ふむ、随分と楽しそうだ。私も混ぜてもらえないかね?」

 

 

 

その時、背後から妙な声が割りいって来た。

背筋が凍る感覚。冷たい風が背中を撫で、過ぎ去るとどうしようもなく寒気が襲ってくる。

忘れかけた記憶。

呼び覚まされる過去の思い。

そのことから、私は振り向けなかった。

生まれたての小鹿のように足は震えて、肩は震えと同時に強張り、立ち上がる事も振り向くこともできずに身を竦ませる。

その私の背後へと、結月君は目を向ける。冷たく重い殺気のこもった眼差しにも見えた。

 

「……見慣れない顔ですね。中央から来ましたか?」

 

「洞察力は流石と言ったところか。新しい部隊を立ち上げただけのことはあるようだ。子供だとは聞いていたが……なかなか侮れない」

 

「なるほど、一応は報告は行っているようだな。来てもらって申し訳ないが、今日は俺は何も話さないぞ。先約があるんでな」

 

敬語を解き、威圧的な態度を見せる。

それでもその男は、声色ひとつ変えることは無かった。

声だけでわかる。

マルコム=C=ルベリエ。中央庁特別監査役長官。黒の教団幹部のルベリエ家の筆頭。

その人物に目を向ける結月君の瞳は、恐れも振れもなく、的確にその姿を映し、

 

「――それとだ。平和な話に物騒なやつら控えさせているがあれはお前の部下か何かか?」

 

横目だけで、辺りを見回した。

長官の背後にいるだろう人物、その他四方八方様々な場所を一瞥すると、

 

「貴方の後ろに一人、隠れているのが二人、そして俺の背後に一人か」

 

「素晴らしいな」

 

「あんた嫌いな人間だ」

 

長官の賛辞を受けてなお軽く罵って見せた。

それに構わず、長官は質問を続ける。

 

「ふむ、具体的には嫌いな人間とはどんなものかね?」

 

「これで俺が嫌いになったのは二人……いや、三人か。そのうち一人に似ててすごくムカつく」

 

「差し支えなければ、参考にその人物の名前を訪ねても?」

 

「クロス・マリアン」

 

彼の口から出たのは意外な名前だった。

 

「会ったことがあるのかね?」

 

「ここに来る前の話だ。酒場で一度だけな」

 

「その時、彼は何をしていたかは覚えていたり」

 

「するわけねえだろ。酒を飲んでるただの酔っ払いだ。あの野郎、こともあろうにフィーを口説こうとしてきやがって!」

 

長官の言葉に被せ気味に怒りを込めた口調で、結月君はドンと机を叩く。と、一瞬で冷静さを取り戻した彼は、重い溜息を吐いた。

 

「……もう今日は帰れ。今日はもう話すことはないぞ。言ったとおり先約がある。忙しい」

 

「それは長官である私との話よりも大事な話しかね? 私はこう見えても多忙の身なのだが」

 

有無を言わせない口調で長官は脅しにかかるも、

 

「そうだ。こちらも時間が惜しいんで、失礼させてもらおう」

 

動じることは無かった。

立ち上がり、食器を精霊の娘たちが片付けていく。いつの間にやら皆食事は終わっていた。

長官の瞳が物珍しい姿の、ハクアさんやオルトリンデさんに向けられる。人間離れした美しさ、その姿を一目見るとルベリエが興味を示した。

 

「なら、今日はその娘たちに話を聞くとしよう」

 

「断る」

 

切って捨てる結月君の言葉には、怒気が篭っている。

 

「生憎だがそれは認めない。リナリー、行くぞ」

 

「え、あ。うん……?」

 

食べ終えた食器を手に私も立ち上がる。

ここから抜け出せるのなら、逃げ出せるのなら何でも良かった。結月君が私を呼んだ理由は知らない。てっきりその用事を済ませに行くのかと思っていたのに、色々と肩すかしにされた気分だった。

 

 

 

□■□

 

 

 

廊下を歩く。目の前にはハクアさんと腕を組む結月君が静かに歩いていた。精霊の娘たちも大人しくついていく。

 

「……」

 

別れるタイミングを失った私はどう声を掛けていいのかわからず、ただ大人しくしているだけだった。

そんな中、結月君が振り返らずに、

 

「大丈夫か?」

 

そんなことを言ってきた。

何が大丈夫なのか、誰に言ったのか、誰も答えないと思ったら、

 

「リナリー」

 

彼が私の名前を呼ぶ。一瞬驚いて固まるものの困惑していると、もっともな指摘をした。

 

「あの長官だっけか。あれが現れてからなんか様子が可笑しかったからな……別に何を話せというわけでもない、昔のことは語りたくなかったら喋らなければいいし、話したければ、それで気が楽になるのなら話くらい聞くぞ」

 

顔を上げる。廊下を歩く音と、教団の人達が談笑しながら去っていく風景が目に入った。

――あ、やばい、なんか嬉しいかも。

今は振り向かないで欲しい。きっと私はにやけているから。下を向く。そうやって結月君が振り返ってしまった時の予防策を行使しながら、

 

「ありがとう」

 

お礼を言う。

 

「でも、大丈夫。今はいいの……でもね、今度話したくなったら話すから」

 

「そうか……じゃあ、いつでも相談しに来い」

 

「うん」

 

元気が出た。我ながら現金だな、と思う。

走って結月君の横を追い抜き、数メートル先で振り返ると手を振った。

――じゃあ、また明日

約束をする。よくあるような口約束。効果のないいつも通りの約束。きっと彼は自由奔放に生きていく。それでも約束は破らない素直な人だから。

 

 

 

 

「へぇ、長官相手にそんな態度で……だから居座ることにしたのかあの長官」

 

科学班の皆のところへ行くと、リーバー班長に今日の話をする。もちろん花嫁修業云々の話は無しで。長官が結月君と話していた会話の内容だった。それと、結月君が今日は何もしないということも……。

 

「んー、つぅことは今日は手伝い頼めねぇわな」

 

「よーし、じゃあ今日はもう仕事やめちゃおう。リーバー君、たまには人間も休息が必要なんだよ」

 

紙の束の塔を前に突っ伏した兄さんが、眠る体勢に入りながら言う。

ギロリと、リーバーさんの視線は兄さんのところへ。

 

「何言ってんすか室長。普段仕事しないあんたが休めると思ってるんすか? その紙の山も、あんたがサボっている間に出来たものですよね」

 

「ちょっと結月君と比べて扱い酷くない!? 僕を少しは労おうよ!」

 

「結月はいいんすよ。普段真面目に仕事するし、範囲外の科学班の仕事手伝うし、むしろフィールティア秘書官から取り上げてる気がして申し訳なかったとこすから」

 

「リーバー君は知らないのかい!? あの子達は事務室でイチャイチャと仕事そっちのけでそんなことをしてるんだよ!」

 

抗議の声が上がるも、切り捨てるような目でリーバーさんは彼を伐採する。

 

「それもちゃんと仕事してるんでいいんですよ。あぁ見えて仕事が滞ったことは無いですから。それに比べてあんたは仕事貯めすぎなんですよ!」

 

「ちょっとリナリー、リーバー君に何か言ってくれ! このままじゃリナリーの愛する兄が過労死しちゃうよ!」

 

くるりと矛先が私に向いた。

一瞬、思案するように見せてから、

 

「……ごめんね兄さん。私もリーバーさんに賛成かな。結月君は真面目だし本当に科学班の仕事ばかり手伝ってるし、休む日が少ない彼はもっと休んでいいと思う」

 

目をそらしつつそう答えた。

きっと飛燕さんもそう言うだろう。そして、結月君の代わりに仕事を消化していくのだ。健気に結月君のことを心配そうに寄り添う同じ部隊の娘にはちょっとだけ嫉妬してる。結月君のお気に入りらしい。見ていてわかる。

 

「失礼します室長」

 

その娘がつかつかとブーツの音を響かせながら、仕事をしている私達の前に現れる。

『イージス副隊長』という肩書きを持つ、黒髪の少女がフロアへと入って来た。噂をすればなんとやら。結月君の仕事を片付けに来たのだろう。

白い足、華奢な身体、細く綺麗な腕、確か結月君に膝枕をしたことがあるという。正直羨ましかった。彼女も結月君を好きな一人だ。

 

「リナリーさんおはようございます。リーバー班長、室長も」

 

ぺこりと丁寧に頭を下げる。私も挨拶を返した。

顔を上げたところで、兄さんは仕事そっちのけで飛燕さんを引き込もうとした。

 

「ねぇ飛燕はどう思う!? 今日、とんでもない理由で結月君が休んだことについて」

 

「そうですね……寂しいですが、仕方ありません。隊長はすごく働きすぎですから。でも身内を大切にする隊長は素敵ですよ」

 

結月君が好きらしい真っ当な意見だった。

ちゃんと建前もある。

感心しながら聞いていると、しかし彼女は視線を落とし気味に嘆息した。

 

「……でも、ですね。あれだけ愛人がいるというのに隊長は私に見向きもしないんです。キスだってしてくれないし、何時だって私は隊長のものだから、好きにしてくれていいのに……。私って魅力がないのでしょうか。私っていらない娘なんですか……?」

 

暴走する飛燕さんは肩を落とした。

私から見ても飛燕さんは美人だ。悪いところは何一つないのだけど、真面目過ぎるのか、結構色々なことを気にするタイプ。さらには控えめで意外にも恥ずかしがりだ。

それが気に入られないとくれば、私の道のりは果てしなく遠い。

 

「好きにしていい、って言葉はどうかと思うが、そういやなんで飛燕は結月のことが好きなんだ?」

 

そういえば……。

思い返したように、リーバーさんが問う。

困ったように飛燕さんは口を閉ざした。恥ずかしさ故かわずかに頬を染めながら、考え込むこと数秒、決意を表情に語り出す。

 

「実は私は、隊長に助けられたからここにいるんです。アクマに襲われて殺されそうだった私を、当時、教団から隠していた彼女達と共に力を行使して助けてくださいました。ありきたりな話です。もう死んでもいいや、誰も悲しまないから、私には何も無いって諦めて逃げるのをやめて死を覚悟した女の子に救いの手を差しのべる。地獄のような日々から助けてくれたのは結月様でした。だから、私は救ってくれた人を好きになって、何でもしたい生きている限りこの生命を捧げよう、って」

 

単純ですよね。と、困ったように笑う。

話題を逸らすように、自然とリーバーさんは話を摩り替える。

 

「人には人の思いってのがあるのかねぇ……。というか、ならお前は知ってたわけか。結月が力を持っていてなお探索部隊で活動する理由とか。理由、知ってる?」

 

「はい。私も同じ気持ちですので。束縛を嫌うから結月様はエクソシストにならない、黒の教団は信用出来ないと仰っいましたよ」

 

「あー……なるほど」

 

納得するとリーバーさんは『泡』と書かれた容器の中身をストローで吸う。

 

「確かになぁ……ここは実際、エクソシスト―――適合者を見つければ強制的に働かせるようなところだ。その代償として交換条件を突きつけることもある、そうやって人の弱みに漬け込んだりもする。幼い少女や少年を無理やり戦場に駆り立てるんだ。どうしようもねぇよな」

 

それから酔ったわけでもないのに、リーバーさんは溜息と共に愚痴を漏らす。

 

「そんでもって俺らは高みの見物だ。毎回毎回、生きて帰れよなんて願いながら比較的楽な仕事をしてる。そんなの気休めにもなんねぇ。送り出される側にとっちゃ『何をのうのうと生きてんだ』って思われるだろうけどな」

 

――そんなことは無い。

そう叫べたらどんなに良かったか。

リーバーさんが本気なのは知ってる。兄さんが、タップがジョニーが皆がそう思ってくれているのは知ってる。

彼らはその分を補うようにバックアップをしたり、探索部隊に及ばなくてもそうするしかなかった。

けれど私は、一度だけ本当に思ったことがある。

 

――なんで私なの? ふざけないでよ、そこから見てるだけのくせに。

 

教団に入って最初と、心を壊した時、本当に科学班の人間達が恨めしかった。憎かった。だから、アクマを破壊することに身を堕とすしかなかった。

 

「――しかもだ。今更言い訳する気も起きねえが、俺は本当にあいつが力を持っていてほっとした」

 

『泡』と書かれた容器をテーブルの上に置き、手で目をギュッと締めながら天井を仰ぐ。

リーバーさんは泣きそうな顔を隠して、

 

「最悪だよな。また俺らは戦場に子供を送り出そうとしてんだ。結月が力を持っていて助けてもらって、そうじゃなきゃリナリーは死んでたかもしれねぇってのに、恩を仇で返しやがる。こんな教団滅んでしまえとか思ったけど、終わらなかった事に安心した。誰も死なねぇことに安堵したんだ。……あぁ、いや、リナリーに死んで欲しかったって言ってるわけじゃねえ。ただ」

 

突然、私を気遣うように言葉を続けるリーバーさんを遮って私は、パン!と手を叩き合わせた。

 

「言わなくてもわかるよリーバーさん。私だって死ぬのが怖くて一度諦めるのと同時に願ったから。助かったことに安堵しちゃったから」

 

でもね、と続ける言葉を私は自己満足ながらに勝手に捏造していく。

 

「結月君ならどうするか、私わかる気がする。なんで助けてくれたのかわかる気がする。きっと結月君は優しいから隠すことを辞めて、助けてくれたの。ファインダーをしていたのも多分、ほっとけないからだって。じゃなきゃ、もう今頃結月君は教団を抜けてどこか行ってるはずだから」

 

飛燕さんが同意するようにこくりと頷き、私は微笑む。

何よりも、結月君が隠してた力を表に出してまで助けてくれたのが嬉しかったのだろう。

なんだか、想われてる気がして……。

その間、私は不自然なほどニヤニヤしていたらしい。

 

 

 

 

 

「そういやリナリー嬢……もしかして、結月のことが好きだったりします? 異性的な意味で」

 

観察に徹していたリーバーさんが唐突に、いや自然にそんなことを聞いてきた。

 

「……………え?」

 

終末を見たかのような兄さんはコーヒーのマグカップをごとりと落とす。

 

「……うん」

 

首肯する。

 

「へー……でも、競争率とか云々前に終わって……いや、でもあれどう見てもなぁ。どう考えても、前からフィールティア秘書官とはラブラブだし他の女の子ともラブラブだし。それでもいいのか? いいなら、出来る限り手伝うけど」

 

「大丈夫だよ。フィーさんにも他の女の子にも許可は貰ってるから。それに、ジェリーさんやフィーさんも手伝ってくれるって」

 

「ええっ!? もしかして、遅れてるの私だけですか!?」

 

絶叫にも似た悲しげな悲鳴が飛燕さんから漏れる。

そういえば、飛燕さんは結月君が好きっぽいけどキスもまだだと言っていたことを思い出す。

 

「あ……なんか、ごめんね。でも、きっと、私にはすごくお似合いには見えたよ」

 

「……そんなご謙遜を。リナリーさんの方が、仲いいですよ。私なんかより」

 

肩を落とす飛燕さんがただならぬ暗いオーラを発して落ち込み始めた。

 

「リナリー…と…結月君の仲がいい…? え、好き?」

 

「兄さんに邪魔されると面倒だから言っておくけどね、私結月君の事が好き。恋人になって、キスも……してみたいかな」

 

ぼそりと呟く。もちろん、その先は……と考えるだけで恥ずかしくなってくる。

絶望にも似た表情で、兄さんは私の肩を掴んだ。

 

「リナリー、お兄ちゃんの僕と結月君のどっちが好きなんだい!?」

 

「……ごめんね兄さん。わたし、結月君以外考えられないの」

 

「そんな、あれは危険な男だよ! あれだけ女の子を侍らせるクロス以上のクズだよ! いや、比べたらどっちかわかんないけど、お兄ちゃんと比べたら、いや比べるまでもなく」

 

「結月君の方が好きかな」

 

「なぁっ!?!?!?」

 

崩れ落ちる兄さんを無視して、私は続ける。

 

「ところで兄さん、もし結月君を傷つけたり私の邪魔をしたら許さないから」

 

今度こそ白い灰みたいになった兄さんを他所に、私はもうちょっとだけ勇気を出す決意を固めるのだった。




前回の後半とルベリエ登場。
上下関係? くそくらえだね。
コムイ? シスコンは気にするな。
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