無限書庫の黒柩 D.Gray-man   作:黒樹

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17夜 教団七不思議

 

 

 

アレン・ウォーカーが連れてこられたのは手術室のような場所だった。破損した対アクマ武器を工事の如く修理し、不思議な生物らしき“ヘブラスカ”にシンクロ率の診断を行われ、無理やりイノセンスを発動、後にコムイからの説明でぶん殴るまでに至る。

自室を与えられ、日頃行っているトレーニングを終えると食堂へ向かった。

そうすれば、手招きしている科学班らしき格好をしたメガネの青年が自分を呼んでいるではないか。流されるままアレンはその前に座ると、白衣を着た彼はスプーンを置き話しかけてくる。

 

「ジョニーッス。よろしくアレン」

 

「よろしくお願いします。ジョニーさん」

 

ただ、これだけなら何も会った時で良かったはずだ。しかし親切心からか、ジョニー・ギルはここでの守らなければいけない掟について触れておくことにした。

 

「いいよ、ジョニーで。オレっ、それより一応、話とかなきゃいけないことがあるんッス」

 

フランクな物言いだが、ジョニーは声を縮めてアレンに語りかける。

 

「教団の七不思議って、訊いたっスか?」

 

「教団の七不思議……?」

 

入団して二日目である。にも関わらず、アレンにはその単語が酷く訊き慣れたものに思えた。それもそのはず入団してから廊下を歩く団員達から聞こえるのはその噂噺だ。誰かが教えておかないと、大変なことになるとか……。

 

「一つ忠告しておくッス。なんか結月とフィールティアさんと知り合いみたいらしいから、気鬱だといいんだけど」

 

その七不思議とはこうだ。

一・夜中に聞こえる実験フロアの悲鳴。

二・血塗れの大浴場。

三・消えた料理人。

四・悪夢の拷問部屋。

五・誘い込まれる独房。

六・少女の泣き声と消えた団員。

七・背後に立つ悪魔。

 

「……なんか、凄いですね。まんま外観と一緒じゃないですか」

 

「恐ろしいのはここからだよ。これって実は対処法をわかっていても避けられないことなんだ」

 

「えっ、対処法あるんですか? というか、事実」

 

「あるけど……これを意識するだけで余計に深みにはまる奴もいる」

 

確かに避ける方法はある。もちろん、そんなことが出来るのはとても特殊な人間か自我と抑制ができる一部の人間だけだが、飢えた男には少々キツイものがある。

 

「鉄則だけ言うっすよ。第一に、結月の周りにいる女の子たちに下卑た視線や色目を使うのはやめた方がいいっす。とくに視姦とか」

 

「あぁ、フィールティアさんですね。二人ってすごくラブラブですよね。結月も会ったときは師匠がフィールティアさんを口説こうとして、酒瓶で殴りましたし」

 

「………マジっすか」

 

予想外にもアレンの口から出た事実にジョニーは戦慄する。元帥が酒瓶で殴られるとは、異例の事態である。口説こうとした元帥が悪いのだろうが、なんとも言えない表情をジョニーはした。

けれど、それなら、鈍いわけでもない。

倫理的に人妻を寝盗るような人間にもアレンは見えない。いや、そんなことを結月相手にすれば確実に首が飛ぶことがわかっている。それをこの少年はわかっているのか。でもこんな殺伐とした仕事につくからには色々とフラストレーションが溜まるわけで、見境がなくなるかもと、ジョニーは最後の忠告をすることにした。

過去から現在まで、そうやって迫った男性団員達が悪魔に人知れず消されたのを知っているから。

 

「アレン、これだけは言っておく。絶対に血迷っても結月の周りの女の子には手を出さないで。教団が壊滅する!」

 

「……えと、なんでそんな危機迫った顔なんですか」

 

「フィールティアさんだけじゃないよ。精霊って取り巻く女の子たちが五人、と普通の女の子三人、どれも綺麗な娘達だから一目でわかるだろうけど、手を出したら確実に結月がキレるからっ。一目惚れなんてしたら、恋が終わる前に生命活動が終わる!!」

 

なんで、そんなに多いのだろうか。

師匠と同じ遊び人?

しかも、生命活動が終わるって大袈裟な。

 

「いいやアレン。あれはもう真剣に愛してるってレベルじゃない。過保護な親でもないよ。あれは大切に想っている故の行動原理だから」

 

なるほど、一期一会の師匠とは違うたらしらしい。

 

「握手もダメッスよ」

 

「いや、それいくらなんでも嫉妬深過ぎませんか」

 

ジョニーの顔が真剣そのものだ。

流石に、アレンも口を紡ぐ。

 

「――ったく、後ろでめそめそと死んだやつの追悼されちゃ飯が不味くなる」

 

その時。

訊き慣れた――若干、トラウマになりそうにもなった声が凛と響いた。

アレンの後方斜め先、その席には神田ユウと探索班の人間であろう安物のボロいコートを纏った巨漢が涙を流す姿があった。

 

「な、なんだと!? もういっぺん言ってみろ! 結月様が黙ってねぇぞ!」

 

「はっ、言ってやるよ。後ろで死んだやつの追悼されちゃ飯が不味くなるって言ってんだ。だいたいな、結月結月って他人に頼りっきりだから死ぬんだよ」

 

「こ、このぉ! こっちは死ぬ気でサポートしてやってるっていうのに……!!」

 

巨漢の男が神田に殴りかかろうと拳を振り上げる。

しかし、掴む既のところで巨漢の首に神田の指がめり込んだ。そのまま持ち上げ、宙吊りにする。

 

「テメェらは結局はエクソシストになれず溢れた連中だ。違うだろ、サポートしかできねぇんだ。そのうえその結月様からはイージスへのお呼ばれもなく、お前らは最高のサポートすらできやしねぇ」

 

ギリギリと軋む首の骨の音が訊こえる。

同じく、巨漢の男と風貌の似た者達は顔を伏せた。

 

「ちょっと、そんな言い方はないでしょう」

 

目の前の光景を許せなかった。

アレンは神田の腕を掴み、巨漢の男を放させる。

ぼてっ、と落ちた男は過呼吸気味に息を吐き出す。

 

「んだよモヤシ。手ぇ離せこら」

 

「アレンです。そんな事言ってるとろくな死に方しませんよ」

 

「上等だ。テメェから斬ってやろうか、モヤシ」

 

「ま、まだ、オレの話は終わってねぇ――」

 

復活した巨漢の男が立ち上がると同時に、拳を振り上げるがその三者の間に黒髪の少女が現れた。

止まらない、拳。それを簡単に受け止めて、少女は仲裁に入る。

 

「はい――終了。そこまでだ」

 

「ひ、湊副隊長!?」

 

男の憧れの部隊、イージス副隊長・湊飛燕だ。

流石に憧れの部隊の副隊長に拳を向けてしまったのだから顔を青くするかと思えば、男は崇めるかのように心酔した表情を見せた。

この男も、ある意味で男である。

 

「まったく、何の騒ぎかと思えば、喧嘩か?」

 

「だ、だって湊様、こいつが――」

 

巨漢の話した出来事には一切の着色無しに語られた。

それを訊いて呆れるように飛燕は嘆息すると、男に向かって、

 

「――まず君はイージスには入れない。以上だ」

 

「な、なんでですか!? こ、これでも俺は小さい頃からレスリングを」

 

「そういう問題もあるが結月様の規定では、それだけでは足りないのだ。まず、心構えが足りない。君はあの部隊が仲間の敵討ちのための部隊だと思っているなら、見当違いだ。君が仲間思いだということは認めるが、君は一度でもその仲間を助けようとしたか?」

 

男が話したのは、死んだ、という話だけだった。

助けようとした、助けれなかった、ではなく『死んだ』とはいったいどういうことか。巨漢もまた見ているだけだったのだ。自らの命を擲つことも出来ず、傍観していた側の人間だ。

イージスにはそんな人間はいない。全てが結月の審査によって集められた、『誰かを命を懸けて助けることの出来る人間』という思想の持ち主たちだった。

 

だから、イージスの人間はひとりとして死なない。

お互いがお互いを助け合うから。

どんな危機に瀕しても、生き延びることが出来る。

 

「それとだ、神田。確かに追悼する場所に関しては非があるのは認めるが、君の物言いも全く感心しないぞ」

 

「チッ」

 

「わかってるならいい。――さて、では本題に入るからよく聞け。二度は言わないぞ」

 

別の用があったのか飛燕は瞳を真剣なものに変えて、慎重に一字一句を告げた。

 

「アレン・ウォーカー、神田ユウ。両名は五分以内に食事を終えてイージス隊・総司令室へと向かえ――以上だ」

 

 

 

 

 

食事を終えたアレンと神田を引き連れて、飛燕は廊下を進んでいく。そわそわと時計を気にしながら進む飛燕にアレンは最もな疑問を寄せた。

 

「あの……飛燕、ですよね」

 

「私の名前は湊飛燕だ。自己紹介をしていなかったな。君の自己紹介は必要ないから道すがら話を進めてくれ」

 

「えっと、じゃあ、イージスって何ですか? さっきから単語で飛び交っていますけど……」

 

道行く途中、団員達の口からは《イージス》という固有名称が度々聞こえる。それに先程も巨漢との言い争いの時も神田と巨漢は口にしていた。

飛燕を見て、イージスがどうとか。

待ってましたと言わんばかりに飛燕は顔を輝かせ、アレンは少しだけ訊いたことを後悔した。

 

「イージスはだな! 隊長である結月様が創り上げた探索班のための部隊なんだ。戦う力を持たず、防衛のために命を懸ける無力な者達に、犠牲にならずに戦う術を教えるのだ。そうして鍛え上げられた部隊はあのお方の手足のように働く。もちろん、隊長は非人道的ではないし、どちらかというと優しすぎるのだがな。……まぁ、一人だけ風当たりが強いが何の問題はない」

 

グランという男が飛燕やフィールティアにちょっかいを出しているのが原因だが。

 

「ついたぞ」

 

扉の前に立つと、失礼のないようにとの注意だけをして飛燕はノックした。

入れ、という言葉が中から聞こえると、緊張したように彼女は扉を開ける。

整理整頓された部屋。書類を積み上げた机の向こう側にその人物はいた。

 

「結月様、連れてきました」

 

「ああ。ありがとな、飛燕」

 

「いえ、結月様のためならこんなことなんでもないです」

 

頬に熱を帯びたような飛燕が、嬉しそうに受け答えしている。なんだろうこの関係は。アレンには到底理解出来ない。既視感、というよりも何処かで見たのか、記憶の奥底から何故か恐怖が沸いてくる。

 

「イチャイチャしながらでいいから、話を始めてくれ結月」

 

「あっ、リーバーさん」

 

「おう、アレン。早速で悪いんだが仕事だ」

 

どうやら、そのために呼び出されたらしい。

フィールティア、結月が机の向こうのソファーで欠伸をしている中、飛燕が寄り添うようにソファーへと座る。

そこで、二人を両端に挟みながら、結月は説明を始めた。

 

「今回の仕事はとある失われた都市で起きた……というより発見された怪奇現象だ。マテールの亡霊と言われる数百年を生きる人形、そいつの心臓の回収だ」

 

「えっと……どういうことですか」

 

困惑するアレンへと手元の資料を投げ渡す。

わわっ、と慌てながらも上手くキャッチしたアレンはその資料へと目を通した。

 

「生きた人形がいるんだよ。別に不思議なことじゃない。イノセンスは望んだ者に力を与えることもあるからな」

 

相づちを打つリーバーが続ける。

 

「今回は神田とアレンの二人で行ってもらう――ってどうした?」

 

嫌そうな顔の二人が冗談でしょうと、最高級の苦悶を漏らす。ここで思い付いたように神田は、

 

「おい、コムイはどうした?」

 

いるはずの人間を探す。

リーバーは苦笑い。結月は深い溜息を吐く。

 

「あいつがサボってるから俺がお前らに伝令を渡さないといけないんだろ」

 

つまりは、仕事が嫌で逃げ出したコムイの代理人として結月は指令を伝えているのだ。

徹夜で科学班の仕事とイノセンスの情報を整理していた上にこの仕打ちは酷い。もうベッドに倒れ込んで眠りたかった。

 

「んじゃあ……伝えたからな。フィー、飛燕、寝よう」

 

「うん♪ 添い寝してあげるね」

 

「……お、お供させていただきます♡ ところで、朝食はどういたしますか」

 

「起きてからって、みんなに伝えといて。昼には起きるから」

 

のらりくらりと結月は去っていった。

虚空に波紋を残して、姿を揺らがし消えゆく。

 

「待って、扉は!? え、消え――っ!?」

 

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 

景色が移り変わる。

ガタンゴトン、揺れる汽車の中でアレンは資料を読みながら目の前で資料を読む神田と、今回ついてきたファインダーのトマへと視線を移した。

 

「……あの、二人は教団の七不思議って知ってますか」

 

「ウォーカー殿。早速耳にされましたか」

 

トマが説明のひと段落を終えたところで、目を逸らし気味に汽車の窓へと視線を向ける。

 

「あれは……実験フロアから訊こえた音以外は、全て結月殿の所業にございます」

 

「えっ、実験フロアっていうのは?」

 

「室長殿が夜な夜な怪しい実験を繰り返しているのが第一の七不思議です。それ以外、殆ど全てが結月殿による七不思議なのですが……」

 

懇切丁寧に説明をするトマは、少しだけ同情するような瞳で語った。

 

「クロス元帥と行動を共にしていたウォーカー殿はそれだけで要注意人物としてもっぱらの噂です。なにせあのお方はクロス元帥を心底嫌っておられますので」

 

「師匠ですか……なんか風当たりが強いなって思ったの、師匠のせいなんですね」

 

「気をつけてください。もしあなたがあのお方の周りにいる女の子に手を出したり仲良くすれば、教団が壊滅します」

 

「あっ、それジョニーからも訊いたんですけど、どういうことなんですか。いくら何でも壊滅って大袈裟な……」

 

苦笑いのアレンに、慎重にトマは告げる。

 

「昔の話です。彼の周囲には綺麗な女性が数人ほど彼を恋慕しておりました。現在進行形でその方々は結月殿を本当に大好きで、教団では有名です。が、その女性方に飢えた男には綺麗すぎて『付き合いたい』と思う男性も複数いたのです。独占する結月殿を妬んだのでしょう。隠れてその女の子たちにアプローチする輩が増えました。なにせ教団はいつ死ぬかもわからない仕事ばかりが舞い込んできますからね、男達もせめて素敵な女性と付き合いたいっと思ったわけです。あわよくば性欲を満たしたかったのでしょう。ある日、馬鹿な男がハクア殿に……一度でいいからさせてくれと懇願しました。

頼まれたハクア殿は急なお願いに顔真っ赤にして、しかも性的なことだったので涙目、押し切れば行けると思ったらしい男性は彼女を手近な部屋へと無理やり連れ込みました。そうして声も出ないハクア殿の胸へと手を当てようとした瞬間、悲劇は起こったのです」

 

ゴクリ、と喉の乾きをトマは感じながら飲み込む。

 

「男の背後に現れた結月殿はまず男の頭をアイアンクローで掴み上げ、怪しい薬を数本取り出しました。

『十分やるから逃げてみろ。二十四時間逃げ切ったら許してやる』と言って、放したそうです。男は逃げました。それから教団の壊滅劇は始まりを迎えたのです」

 

「そ、それで男は逃げきれたんですか」

 

「いえ……十分の間に、男は自害しておくべきでした」

 

ゾクリと寒気が背筋を這った。

 

「悲惨でした。教団は半分以上が焼かれ、資料は燃えた上に水浸し、機械類は電撃と浸水で全て壊れ、男は何十本もの薬を投与され逃げた時間故に精神崩壊。二十四時間続いた鬼ごっこは男を殺さずして、心を殺しました」

 

トマは続ける。

アレンを見て、さらに哀れむように。

 

「ウォーカー殿。いま、一番近いのは貴方です。結月殿の周りの女性達に接触する場合は注意してください」

 

「……あの、冗談ですよね」

 

ニコニコと笑うトマの顔が冗談ならどれほど良かったのかと物語っている。

マテールへと続く汽車の中で、アレンは早々に帰りたくなくなったのだった。

 

 




舞台設定1
※男に投与した薬の数々はコムイ自作の結月を倒すためだけに作られた薬ですので、命の保証はしかねません
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