無限書庫の黒柩 D.Gray-man   作:黒樹

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長ったらしいがご容赦を。


『金はあちらからやってくるものだ』byクロス

 

 

 

3年間に及び島を渡る方法を発見した。日本をどうにか脱出する手立てを模索し、船を作ることも考えたがそれは得策ではなかった。作ったところでその過程でアクマに見つかってしまえば全ては無駄となってしまう。なら、どうすればいいのか本にて模索した。

 

船についてのワード――数ある造船技術、そのどれでも無く思い出したのは『遥か昔の物語』。

ノアの方舟と呼ばれる、選ばれた人間だけが乗船できる災厄から身を守る神からの贈り物、それとは別にもう一つの物語がある。

 

 

『愛し合う2人の人がいた。自分たちを引き裂こうと伸びくる魔の手から逃げ出すために、逃げ延びるために、2人だけの方舟を造る。その匣は2人の愛には程遠く、2人のヒトを嘲笑うかのように黒き柩を象る。まるで、それは(ここから先は赤く読めない)』

 

 

まるで血が飛び散ったようにその本は先が読めず、2人して首を傾げたがその後、俺たちは歓喜した。

 

――これで外に行けるんだね!

 

少女、フィールティア・トワイライト・クライスヴァインがこういうのも無理はないのかもしれない。その黒柩と呼ばれる愛の方舟はもう既に、先祖代々受け継がれてきていたのだから。

 

 

 

 

 

『黒柩』――幾冊もの本を埋蔵する不思議な匣の中で、何度目かの幸せを噛み締める。

 

「……んん、ふぅ……」

 

目の前では眩く輝く金髪の少女が眠っている。穏やかな寝息を立てる少女、フィールティア。彼女は俺の幼馴染であり恋人だ。結婚したと言ってもいいのかもしれない。

 

黒柩の中は光で満ち、その少女を照らすのは外界から取り込んだ光。照らし出された部屋は室内であり、電気をつけているわけでも蝋燭を灯しているわけでもなく、内装は窺えた。

洋風のベッド、タンス、机に椅子、質素であるのも当然と言えるべきかこれまでの生活からしてこれだけが揃っていても奇跡だと言えるだろう。そして、その奥にはいくつかの本棚が並び貯蔵されている本の数は数千。

 

 

でも、やはり、今は……

 

 

「……んんぅ。ん~……おはよう、結月♡」

 

起きた金色の少女から目が離せなかった。

動いたせいでシーツから少女の肩が顕になり、豊かな胸元までもが露出する。発育途上の大人になりきれていない身体、肌は白く絹のように細やかで、西洋人形のように儚く美しい。

 

「おはよう、フィールティア」

 

「うん♪ おはよう」

 

返事を返すと返事を返され、フィールティアはもぞもぞと動くと抱き着いてくる。

裸。何も纏っていない状態の彼女、フィールティアの胸が露出し、腰がシーツから這い出る。くびれた腰あたりでかかったままのシーツをそのままに感触を確かめるように、ぎゅっとして、

 

「……んっ……」

 

キスをした。軽いキスだというのに、温かく、柔らかく、一瞬の出来事を脳は明確に刻んでいく。

そして離すと、幸せを噛み締めるようにフィールティアは微笑んだ。

 

「大好きだよ」

 

「ああ、愛してる」

 

お互いに抱き締めあいながらそう囁く。

 

――と、隣でもぞもぞと何かが動いた。シーツの中をもそもそと動くそれはずいずいとシーツの外に顔を出し、フィールティアとは対照的な銀色を揺らす。

 

「ユヅキ、私はどうですか?」

 

裸ニーソの女の子がいた。ギュむっと俺に抱き着きながら見上げてくる無表情の幼い容姿を持った娘。雪を思わせるような銀髪と、雪のような肌、緩やかな胸の起伏が眩しかった。

そして、特に目を惹くのが彼女の太ももに装備された黒のニーソ、他は何も纏っちゃいない。

 

「もちろん、愛してるよエスト」

 

「……結月は節操なしだよね」

 

俺の言葉にフィールティアがジト目で言うと、それもお構い無しに裸ニーソのエスト、彼女の頭を撫でることで現実逃避することにした。

くぅ〜〜〜っと目を細めるエストは顎を撫でられた猫のように、身を預ける。

 

そこで、いつものように嫉妬した黒髪の少女が最低限の装備を整えて、裸ニーソに対抗するように俺の腕に体を押し付ける。

 

「ズルイわ。私はどうなの?」

 

鮮やかな紫の下着を纏った少女、レスティア。闇のような艶やかな黒髪と黄昏色の瞳を持つ。エストとは違った体の起伏が艶かしい。

彼女が上目遣いで見上げ、瞳を潤ませる。よほどエストに出し抜かれたのが悔しかったのか、泣きそうだ。

 

「レスティアも愛してるよ」

 

「ユヅキは本当に節操が無い御主人様です……」

 

頬を染めるレスティアとは対照的に、面白くなさそうにエストが呟いた。

 

「あらいいじゃない。夜が絶えない魔王であるから私たちは絆が切れることはないのよ?」

 

今日も平和だ。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『黒柩』の外に服装を整えてでると、そこは見たこともない建築技術により建てられた家や建物が並んでいた。街行く人々は皆、足早に通りを過ぎ去っていく。

そして、何よりも驚いたのが人の数だった。まさか、まだこんなにも人が生きていたなんて夢にも思わなかったのだから。

 

「安いよー!」

「あっ、そこの奥さん果物はどうだい?」

「わーい!」

「早くこっち来いよー」

 

色んな人達が未知の言葉で何かを言った。

しかしそれは、聞きなれた言葉だった。

 

「……もしかして、フィールティアの国の言葉じゃない?」

 

「……うん。私、全部わかるよ」

 

「……俺もなんとか。自信ないけど」

 

街行く人はフィールティアと横にいる俺に視線を向けては声をかけずに去っていく。

思えば、奇妙な2人だった。片や美しい誰の目にも留まる少女、片や異国の和服を着た白髪の長い少年なのだ。俺に至っては珍しい服装なのか、見る人がフィールティアに目を向ける分、そこから逸れてこちらに向かう。その中でもフィールティアの視線と俺の視線を奪ったのは、

 

「ねぇママ、あそこに変な服を着た人がいるよ」

「ホントね、違う国から来たのかしら」

「それよりママ、早く行こう」

「今日は何が食べたい?」

「シチュー」

「じゃあ、材料を買いに行きましょうか」

「うん」

 

目の前を通り過ぎていく母娘だった。それを見たフィールティアの表情は優れなく、思い出したように瞳を潤ませていく。

俺は迷わずフィールティアの手を握った。

 

「ニャー」

「キュゥゥン……」

 

慰めるように鳴く2匹の動物。

赤い猫と、白い狐。2匹がスリスリと足下を通り身体を擦り付けてくる。

その行動に、フィールティアは笑った。

 

「ふふっ、ありがとう。スカーレット、ハクア」

 

たちまち笑顔になる少女を見て、俺は自分の不甲斐なさに泣きそうになる。

やはり、俺では彼女の母親のいない席を埋めることは、悲しみを癒すことは出来ないのだろうかと。

そんな不甲斐ない俺の手を、強く握り返しフィールティアは幸せそうな笑みを魅せると、こういうのだ。

 

「ありがとう。ちょっと思い出しちゃっただけだから」

 

……本当に大丈夫なんだろうか。

声に出ていたようで、フィールティアにクスリと笑われてしまい、

 

「大丈夫、私はいま幸せだよ。この娘たちと結月を取り合う日々だけどね……それでも結月が優しくて私たちを大切に思ってくれていることくらい、わかるから」

 

そんな言葉を言われた。

見ればハクアが足下で鳴きながら身体を擦り寄せてはぴょんぴょんと手にタッチをしている。それを優しくキャッチし、手に乗せると首に駆け上がりペロペロと頬を舐めてきた。

 

「ほら、この娘は君が拾ったことをちゃんとわかってるし大好きなんだよ。……人間体になると、どうも積極的になり過ぎるのがアレなんだけど」

 

「ニャー♪」

 

今度は足下でスカーレットが鳴きながら、尻尾をユラユラと揺らし頬ずりをしてくる。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

 

洋風のコンクリートで出来た街並みを進む。

スカーレットは久しぶりの外にトコトコと走り回ると楽しそうにはしゃぎ、ハクアはのんびりと俺の首に巻き付き乗っかっている。

《魔王殺しの聖剣》と呼ばれるエスト、《真実を貫く剣》のレスティア、二人の『剣精霊』は人混みを好かないらしく今は右手と左手の契約紋章の中で寛いでいる。

 

「それで、これからどうするの? もうすぐ食料も尽きちゃうし、お金もないし」

 

酒場の前を歩いていると、フィールティアが不安そうに聞いてくるのだが、いつも通りでいいと、思ってしまう。しかしこの服装は目立つようで、俺だけは服を変えなくてはいけなかった。

 

「そうだな……気の向くまま赴くままに、と言いたいところだけど、取り敢えずお金は必要だよな」

 

「私たちを雇ってくれるところなんてあるのかな?」

 

「一応、身なりはちゃんとしてるんだけどね」

 

フィールティアの着ている服は美しかった。

その服とは、レスティアの着ている服を参考に俺が作り出したドレス風のもの。黒を基調としたシンプルなデザインながら、少々のフリルとスカートが目立つ一品だ。

対して、俺はこの国になさそうな和服を着ているわけで、どうしても場違い感が出てしまう。

 

 

――と、最大の懸念を俺は放棄してしまっていた。

 

 

「ちょーっと、いいかなそこの可愛い娘ちゃん」

「うぉっ、すげぇ、マジ可愛いな」

「金髪で真紅の瞳、無茶苦茶イイじゃん」

 

誰かの声にフィールティアと俺は声にかけられたことに気づかず、通り過ぎようとしたが、その者たちはフィールティアの腕を掴んだ。

 

「えっ、私?」

 

「何か用ですか」

 

2人して首を傾げる。よくよく考えたら初めて他の人と話したわけであり、世間というものに無知な俺たちはこの男達がナンパしている、という事実に気づかなかった。

 

「お金が必要なんだって?」

 

「あっ、はい、そうです!」

 

役に立とうと必死なフィールティアは甘い言葉に耳を傾けると、男の声に答えた。

男達の下卑た笑いが、視線が、フィールティアの胸元や足に纏わり付く。顔にも向けられたというのに、彼女は気づかず俺だけが悪寒を感じる。

 

「……フィー、この人達は信用ならない」

 

「大丈夫だよ! 別に心配することなんてあっちに比べたら無いでしょ。それに、結月ばかりに迷惑はかけられないから……」

 

好意に、内心嬉しいと感じてしまう。だから、話だけでも聞くことにした。

 

「それで、話とは」

 

「いや、これは女の子にしか出来ない仕事だから」

「そうそう、男じゃ稼ぎにならねぇよ」

「分かったら小一時間くらい何処かで暇でも潰しててくれねぇか? ヒャヒャヒャ!」

 

ドンっ、と肩を1人に押され弾き飛ばした――と思った男は振り返らずに話を進めていく。

その中で、フィールティアだけが少し不満そうに俺を見つめる中、ピリリッと電撃が走った。

 

「―――いってぇ! な、今、ものすごい静電気が……」

「はぁ? お前、興奮しすぎて下半身ガチガチ何じゃねぇの?」

「昇天するのはまだ早いぜ」

「いやそんなはずねぇって。……気のせいか?」

 

周りを見回す男の1人は自分に雷撃を浴びせたモノを探すも見つかるはずがなかった。

なにせ、それは……

 

 

「キュウ♪」

 

 

首でご満悦に鳴く白狐、ハクアの仕業なのだから。

俺に対しての男達の態度が気に入らなかったらしく、突き飛ばした仕返しにほんの軽い電撃を浴びせた。

顎を撫でるとハクアは身を預け、気持ちよさそうに目を細める。喜びキュウとまた鳴くと、甘えるように身体を擦り付けながら男達を睨むように見る。

 

そして、男の1人――電撃を受けた男がハクアを見る。

 

「キュウ♪(結月に手を出すからだよ)」

 

ざまぁみろ、と鳴く。

 

「……なんだよその目は」

 

「キュウ?」

 

「いま笑っただろ……!」

 

「キュウ?」

 

「テメェの皮を剥いで売り飛ばしてやるっ!」

 

こてんと首を傾げるハクアが自分をバカにしているように見えたのか、男は激昴しハクアの寛ぐ首、即ち俺へと向かう。

強く地面を蹴り、俺が動かないと思ったのか、目の前に居座る白狐へと手を伸ばす。

ハクアは微動だにしない。それは、信頼からだろう。怪訝な瞳を男に向けるが俺はその瞳を上から手のひらで目隠しすることで遮り、手を出さないようにした。

大人しくハクアは頭を擦り付けるように甘えてくる、それに男は顔面真っ赤にしさらに激昴する。

 

「……この娘に手を出さないでいただけませんか。それと、そんな怪しい話、却下です」

 

「なっ、テメェ!?」

 

白狐を掴もうとした直前に男の手は掴まれた。ギリギリと力を込めながら言う。

それに対し、振り解こうと腕を振るおうとして、男はやがて信じられない事実に動揺する。

 

「おいおい、早くやっちまえよ」

「こっちは待ちくたびれてんだよ」

 

そう仲間が急かす中、腕を掴まれた男だけが自分が置かれた状況に混乱していた。

 

「ふ、振り解けねぇんだよ!」

「そんなガキ1匹相手にかよ」

「俺が一番もらっちまうぞー」

 

腕を振るおうとして力を込めるが微動だにしない俺を見てか、焦り始めた男は左手を振り上げる。

 

「こ、のぉ生意気なガキがーっ!」

 

「止めておけばいいのに……人はこんなにも浅はかで愚かな生き物だったなんて……」

 

殴りかかってくる男は止まることを知らず、殺気を出してまで警告していたというのに、身の危険を感じてまで無謀にもその拳を顔面に向けてくる。

 

――千年伯爵、彼を相手に縋ることもまるで同じように見えてしまう。アクマを造り出した人間たちが殺され、やがては国が滅ぶほどの軍勢となり得たように。

 

相手の迫り来る拳を前に一度目を閉じると、目を開きハクアの目を抑えていない手で、軽く捌く。

そして、体勢を崩した男の無防備な顎に膝の打ち上げ攻撃をくらわせた。

 

「…………は?」

「おいおい、何寝てんだよ。こんなちっこい奴の攻撃で一撃でダウンか……?」

 

倒れた男を揺さぶる男達、2人は倒れた男の意識が完全にないことを理解する。

 

「くそっ、やるぞ!」

「おう!」

 

2人がかりで殴りかかってくる男達、羽交い締めにしようとしたのか後ろへ周り込み、もう片方が正面から威嚇する。正面の男が注意を逸らし後ろの男が羽交い締め、そしてフルボッコにしようと考えていたのだろうか。

かかってくる男達は自分たちの勝利を確信したまま同時に目配をして襲いかかった。

 

「まだ、アクマの方が統率がとれてるよ」

 

前方に地を蹴り正面の男に迫る、驚いた男は同時に攻撃するのが遅れて、その隙を突き俺は男を掴み、後方の男へと投げ放った。

 

「ごフゥっ!?」

「ギャアアア!?」

 

倒れた男達を俺は見下ろす。辛うじて、2人の意識はまだこちら側にあるようだった。

 

「ひっ!」

「ゆ、許してくれ、悪気は無かったんだ! だいたい言い出したのはアイツで!」

 

「じゃあ、有り金全部置いていってもらおうか。あと、この国のお金について教えてくれる?」

 

一番最初に意識を失った男を差し出す男達を見て、正当な交換条件を差し出す。

 

「……あはは、やっぱり結月って怒るとカッコイイけどなんか怖いよね」

 

「ニャ、ニャー……」

 

フィールティアはスカーレットと戯れながらそう言った。

 

 

 

 

 

「美味しい……こんな美味しいもの食べたの、久しぶりかも♪」

 

騒動の後、近場の酒場で先程得たお金で食事をしながらフィールティアの表情が綻ぶ。日本にいた頃はまともな食事などなく、全てその日得られた食料で賄っていたため、食事をできない日もあった。まして、美味しいものを求めるなど言語道断、許されない行為だ。

 

それが今や初めて見る食べ物に目を輝かせ、目の前に鎮座する料理を黙々と食べ続ける彼女。その笑顔を見れただけで、すごく嬉しかった。

笑顔を浮かべたままの彼女は、俺の行動に不安を感じたのかいつものように聞いてくる。

 

「結月は食べないの?」

 

「あぁ、少し食べたし、もういいかな」

 

「……もう我慢しなくていいんだよ」

 

日本にいた頃はまともな食事にはあり付けない。

2人分となると尚更確保するのが難しく、量が少ない時はお互いに譲り合った。

フィールティアは優しい。だから、得た食べ物を俺に譲ろうとする度に毎回、言うことがある。

 

「気にするな。俺は君が倒れてしまうことの方が心配だ」

 

本心からの言葉だった。

けど、昨日までとは違う状況からかフィールティアはからかうように言う。

 

「……私が倒れるとエッチぃことができないから?」

 

「あ〜、んー」

 

考えたことがなかった。

その問題自体を覆す回答をフィールティアは言うのだが、慌てかけた俺に微笑み、火猫と白狐、右手と左手の紋章に目を向ける。

 

「まぁ、結月には他にも女の子がいるんだけどね。最初から答えなんてわかってるよ」

 

そして、今まで溜め込んでいたことを、秘めた想いを初めて口に出した。

 

「あなたは私を気遣ってくれてたんだよね。私もよくわかるよ。大切な存在だから守りたい。結月は優しいから私にはあまり戦わせたくなくて、平穏が続くようにっていつも外の気配に気を配ってる。私が傷つかないようにしてる」

 

だけど、とフィールティアは続ける。

 

「あなたが私を思ってくれるのと同じくらい、私はあなたが大切だから、こっちだって一緒に戦いたいんだよ。あの時は言えなかったけど、私は一方的に守られてるなんて嫌だから」

 

そうして、フォークに一切れの肉を突き刺して突き出してくる。

 

「あーん♡」

 

「…………」

 

「もうっ、これ結構恥ずかしいんだよ。あーん♡」

 

人目をはばからずしているフィールティアからすれば気にすることなかれ、というようにはいかず、周りを気にしながらも俺を優先する。

恥ずかしそうにしながらも、一生懸命にフォークで肉を突き出してくる、ならば受け入れろと思った。

周りの視線を気にしながらも差し出される食事に顔を近づけ、

 

 

 

―――刹那

 

 

 

「あ、危ない結月!」

 

フィールティアが叫ぶより先に後ろの気配を感じとっていた俺は、右手を上げて振り下ろされる何かを掴み取った。

 

「へぇ……いきなり酒瓶で殴ってくるとはいい度胸ですね」

 

「ほー、いい反応だ」

 

後ろから男の声が聞こえた。感心したように呟きながら振り下ろした酒瓶の逆の手で持ったグラスの中の液体をグビリと煽る。

 

振り返った俺は、その奇妙な服装というよりもいきなりの行動に頭がついていかず呆然とする。

 

赤い神父――真っ赤な髪に奇妙な仮面を付け、これまた仮面同様胸に十字架のような刺繍をつけた服を身にまとっていたのだ。観る限り装飾は金、豪華な服装に身を包んだ黒ずくめの男が、俺を見ている。

 

そして、先程酒瓶を振り下ろした人物でもあった。

 

「何か用ですか?」

 

「いやなに、お前らがガキのくせに昼間っから盛やがってたからな。ついカチンときちまった」

 

「そういう貴方は昼間っから酒ですか。呑気ですね」

 

皮肉に皮肉を返し掴んだままの瓶をお互いに離さず、こちらが力を入れると、相手も離さず――その腕力に感心した。

 

「ふん、人間にしては凄い力だ」

 

「そちらこそ、修道士とかそんな類じゃないですね」

 

十字架のような刺繍を入れた服。

確か、宣教師のような文献が一部残っていたはずだ。十字架を首からかけ、日本に来た宗教師が神を崇めるという突飛で陳腐な話。

その神を、俺は信じちゃいない。

生まれ故郷は、今も地獄の詩篇を奏で続けているのだから。もしレスティアとエストが神様というのなら、崇め奉り後生大事にするが、彼女達曰く自分たちは神ではないのこと。

 

そのレスティアについて考えていた時、レスティアは今まで大人しくしていたのに話しかけてきた。

 

『目の前にいる男、こいつエクソシストよ』

 

『エクソシスト?』

 

『ええ。あなたと同じく力を得たアクマ退治専門の“聖職者”。その役割は千年伯爵を倒すために、世界を平穏へと導く人達……とは言われているけど、“黒の教団”にはあまり関わらない方が賢明ね。もし関われば、またあの時のような日々が続くわ』

 

あの時――俺達が逃げ惑い生き延びた生存逃走、生き残りをかけたかくれんぼと鬼ごっこ。

それは、嫌だな……。

隣でフィールティアは心配そうにこちらを見つめ、俺は一つの疑問を抱いた。

 

『闇精霊、あなたは何故そのようなことを知っているのですか』

 

『外には飛んでいけるもの。情報収集をするのは当たり前じゃない』

 

『ユヅキ、闇精霊は不倫をしていたようです』

 

エストがとんでもないことを口に出す。

ザックリと何かが胸に突き刺さった気がした。

 

『違うわよ! なに適当なこと言ってるのよ剣精霊。私はユヅキ一筋なんだからっ!』

 

慌ててレスティアが誤解を解きにかかる。

さらっと凄いことを言い、頬を染めながらも続ける。

彼女の姿は俺だけに見えていた。契約者のみが密談する際、他のものには不可視の状態で姿を見せることが出来る能力の恩恵。それを使い、姿を現したのだ。この目の前の男に見られることを危惧して。

 

『私はユヅキが心配なのよ。よく無茶をして怪我をするし情報も自分で集めちゃうし、なにか助けになればなーなんて思って何日も飛んで外の世界を見てきたんだから』

 

『……だから、数日連絡が取れなかったのか?』

 

思い当たる節はあった。何度かレスティアがいなくなりエストが上機嫌になっていた事もある。

『ユヅキが心配しています。いつまで帰ってこないのですか、あの闇精霊は』

などとツンデレ気味に心配もするのだが。

 

『逃げた先でまたアクマなんて笑えない冗談も嫌でしょう? まぁ、この国にもアクマは潜んでいるようだけど。あちらに比べれば安全よ』

 

確かにこの国は日本よりは安全だ。

それでも、俺はかなり心配性なのかもしれない。

 

『レスティア、もうどこにも行くなよ』

 

『え、ええ……』

 

『絶対に君を守るから』

 

何度送った言葉だろうか、何度聴いてもレスティアはカァッと頬を染めて、怒るように大きな声を出す。

 

『も、もう……! 私がいないと何も出来ないでしょ!』

 

『もし闇精霊が裏切れば、私がユヅキに力を貸します。ユヅキ、私はあなたの剣――あなたの望むままに』

 

『レスティアがいなかったらエストが力を貸してくれるんだってさ。まぁ、エストもいなければ徒手で戦うけど』

 

もしもの話、なのだが。それが気に食わないようでレスティアは慌てた。この世の終わりを見たかのような表情でかすれた声を出す。

 

『冗談だ。レスティアがいないと寂しいよ』

 

泣きそうな少女の瞳、レスティアは涙ぐむと俺を睨むように見て大きく息を吸う。震えながら、絞り出すように一言だけ呟く。

 

『……冗談は嫌いよ』

 

 

閑話休題。

頭を撫でられたレスティアは機嫌を治し、目の前の赤毛の神父へと視線を戻す。

 

 

『それで、言っておくけど。もしエクソシストになろうものなら自由は殆どないわ。エクソシストは“黒の教団”と呼ばれる組織に所属、いくつもの部隊に分かれ偵察班や探索班、科学班といったいろいろな部門にわかれているわ。そして、エクソシストは1人1つのイノセンスと呼ばれる結晶で作られた武器を持っている――その人間の数は、100にも満たない。どれもユヅキとフィーの格下ばかりよ』

 

溜め息をつき、目の前の赤毛の神父に怪訝な視線を送るとまた俺に視線を戻した。

 

『私は……嫌よ。あんな事はもうゴメンだわ』

 

『ユヅキ、私はあなたの剣――あなたの望むままに』

 

これからどうするのか、問われ。

赤毛の神父へと、俺も視線を向ける。その赤毛の神父と言えば――フィールティアに言い寄っていた。

 

『決めた。関わらない。ろくなことが無い。というか、殺意すら湧いてきた』

 

ドス黒い感情が心をじわりじわりと染めていく。迷惑そうにしているフィールティアが、俺に助けを求めるように視線を向けてきた。

 

『単純ね。独占欲が強いところも好きだわ』

 

『珍しく意見があいます、闇精霊』

 

2人が呟くが早いか、赤毛の神父が放置していつの間にか握られていた酒瓶を手に俺は立ち上がる。

そして、赤毛の神父の脳天へと振り下ろす。

迷いなく、戸惑うこともなく、うわぁ…などの声が2人の少女から発せられたが止まることは無い。

 

「そんな見え透いた攻撃が当たると――ガッ!」

 

脳天への攻撃を避けられると同時に、顔面へと酒瓶のスイングをくらわせる。ほぼタイムラグなしの攻撃に、赤毛の神父は反応できずまともに食らった。

仮面に罅がはいり、血が流れる。

が、赤毛の神父はこめかみをひくつかせながら俺を睨むとドスの効いた声を放つ。

 

「オマェ、人が気持ちよく口説いている時に……」

 

「ちょっ、師匠どうしたんですか!?」

 

その時、酒場へと一人の少年が現れた。白い髪に特徴的な刺青を顔に入れた少年が、師匠と呼ぶ赤毛の神父へと駆け寄る。グルグルと目まぐるしく視線をさまよわせ、状況が分からないといったところだろう。

 

さて、ここで俺が持っている破れた酒瓶と血みどろの師匠とくれば、馬鹿でも状況がわかるだろう。

少なくとも、俺が加害者であることが――

 

「……何やってるんですか師匠。まさか、他の男の女に手を出してやられたんですか」

 

――大方正解だった。大正解だ。

どうやら赤毛の神父にとっては女に手を出すのはよくある事らしい、そして弟子の方もいつも見ているからかこういう予感はしていたようだ。

 

 

 

 

 

「すみませんうちの師匠が」

 

状況を理解するなり、先ほどの白髪少年が頭を下げて謝ってくる。

悪いとは思っていないのか、赤毛の神父はフンと鼻息荒く酒を煽ると、

 

「今日の稼ぎはどうした」

 

「あっはい、これです」

 

弟子から金を巻き上げる。白髪少年は大して気にした様子もなく封筒を差し出すと、俺達に向き直った。

 

「それで、君たちは……?」

 

「吾輩は猫である」

 

「……それ名前ですか?」

 

訝しげに少年が首を傾げるも無視する。

しかし、大して気にしていないのか少年は勝手に自己紹介を始めた。

 

「僕はアレン・ウォーカー。この赤毛の人がクロス師匠で僕の師匠です。師匠の下で経験を積みエクソシストとなるための旅をしているところです」

 

赤毛の神父――クロスは話すこともなく酒をただただ煽ると俺を見て、フィールティアに目を向ける。

会話が続かない。

と、フィールティアが率先してクロスの視線から逃れるように口を開いた。

 

「私はフィールティア。そして、こっちが――」

 

「結月。鈴白結月。フィールティアの護衛兼恋人」

 

クロスを威嚇するように、牽制のために関係を暴露するのだがクロスはというと。

 

「あのガキはお前には似合わない。どうだ、もし良ければ俺の弟子に……いや、妻にならないか」

 

「ごめんなさい。私が好きなのは結月だけだから」

 

口説くもフィールティアに拒否され、顔色一つ変えずに何度も口説こうとする。

 

「なら、弟子などはどうだ? お前らは見どころがある。もし適合するイノセンスが見つかれば、タダ飯にありつけるぞ。食にも困らないし、住む場所も、半永久的に手に入るぞ」

 

「えっ、それって……」

 

好条件なんじゃないか、フィールティアは本気で思ったようで考え込み始めた。

俺は安く返事をしないように、フィールティアの腕を掴むと耳を引き寄せる。

 

「騙されるな。仕事内容について聞いてないだろ」

 

「あっ、そっか……じゃあ、仕事内容を聞いてから――」

 

「ダメだ」

 

「えっ、でも、チャンスなんだよ」

 

内容を知らないからそう言えるのだ。とは、フィールティア相手には言えず、クロスに聞こえない声音で彼女の耳元に囁くように伝える。

仕事内容というのが、アクマと関わるということ。

それを聞いた瞬間、フィールティアはしゅんと落ち込み気味に視線を伏せた。

 

「……結月はどうしたい?」

 

「どうしたいって、どうもこうも俺は皆一緒で幸せならそれでいい。でも、危険なことはさせたくないな」

 

「じゃあ、決まり。でも、もしも私たちが生きる術を持てなかったら、その時は――」

 

「そうだな。その前に俺達の目的は安息の地を求めて旅をすること。フィールティアが優しいのは知ってるし見過ごせないのもわかっているけど、まずは俺達が幸せになれるよう努力をしよう」

 

フィールティアという女の子は、目の前に困っている人がいれば誰彼構わず助けようとするほどのお人好しだから。だからこそ、好きになったんだと思うけど。

やはり、彼女の自己犠牲の上で他人を助けようとする心を見過ごすことは出来なかったのかもしれない。




因みに、これはいちゃつくだけのものだ。
裸ニーソ精霊love
レスティアlove
精霊サンドイッチlove
チート無双になるかもしれない……。
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