無限書庫の黒柩 D.Gray-man   作:黒樹

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※今後リナリー視点は多いかもしれません。ご容赦を。


5夜 彼と彼女と私と神田

 

 

 

「あ…………」

 

私が息を零した時には、勝敗は既についていた。

腕は、女の子とは違う少年の大きな力強い手に一束、片腕で掴まれ、頭の上で固定された。

足は、太股を、少年に覆い被さられるように足で挟まれイノセンスが届かないようにされた。

 

 

 

―――死を覚悟した。

 

 

 

身じろぎ一つ取れない。身体を捩る事すらままならず、イノセンスも届かない。神田も勝てなかった相手に、私は組み伏せられ、殺すなら殺せと――少年の顔を見据えた。

 

その瞳は蒼く澄んでいて、空のよう。

優しい光を灯した瞳に私は視線を交わらすと同時に、綺麗だな……なんて想い、死を楽観する。

奥底が見えない少年の瞳は深淵のない海のように、果てしない空の彼方を映しているかのように、際限ない死の恐怖を感じさせ。

 

 

 

―――私のトラウマが甦った。

 

 

 

怖い。教団で拘束されていた時のことが、鮮明に脳裏を掠め、私の体を動けなくした。抗わなければいけないのに、体は脳の命令を受け付けず、なす術なく相手の動向を見つめることしかできない。

 

目頭が熱くなる。

頬に涙が伝う。

 

それでも少年は、やさしい瞳を映していた。

 

少年が私を拘束したまま服を脱ぐ。上半身だけその和服をはだけさせる。

途端、私の顔はカァッと熱くなり。相手の体温が温かいことに気づいた。私を拘束しているはずの手は妙に優しく、傷つけることを嫌っているかのよう。動けないながらも、私は視線を彼の身体に合わせる。

月明かりに照らされた肌。その肌は綺麗で、なんとなく何をされるのか察してしまった。

 

『リナリィィィィイイが犯されるゥゥッうう!!!!!!』

 

『ちょっと待って下さい室長、アクマが繁殖できるなんて歴史上聞いたことありませんよッ!?!?』

 

兄さんの声が聞こえる。

リーバーさんが兄さんが起こそうとしている何かを、止めようとして争っている声がした。

城内の慌ただしい音が、耳に装着した非常用インカムから流れ、非常事態に対処しようとする人達の声が矢継ぎ早に聞こえる。

 

そんな私に、困ったような顔で少年は背中を見せた。

 

 

「俺はAKUMAじゃない。――“呪われた人間”だ」

 

 

少年の見せた背中には紅い十字架が、最近出来た傷のように月の光で煌びやかに輝く。生々しいその傷跡は、今にも血が吹き出しそうなほど痛々しかった。

私達が負けたのは、経験差からだろうか。彼は壮絶な人生を繰り広げた上で私達に勝ったのだろうか。

 

「……それで、そのさ。本当に悪気はなかったんだ。下着を見たことについては謝る。不可抗力だったにしても、俺が悪いわけだし……」

 

突然、そんな経験も見られないような困った表情で真剣に謝られる。

気がつけば私の力は抜けていた。

少年もそれを確認すると手を離した――その温もりが離れたことに、私は何故か胸にポッカリと何かを置き忘れたような錯覚を覚え。

 

「……あなた、何しにここに来たの」

 

毒気を抜かれ、そんなことを聞いていた。

んー、あ、そうか忘れてた。そういう少年の苦笑いはどうにも気まずそうで、私は完全に開放され、馬乗りになっていたような少年はもう既に私の前で座り瞳を覗き込むようにして。

 

「実はさ、俺達は何でもいいから仕事が欲しいんだ。そうしないと明日、食べていくものもない。親のいない俺達にはどうにかして働けるところを探さないといけなかったんだ」

 

そう、答えた。

境遇は私に似ている。

だからだろうか、納得してしまうのは。

 

「兄さん……聞こえる?」

 

『なんだいリナリーまだ無事かい、今すぐそっちに行くから待ってるんだ。すぐに他のエクソシストを――』

 

「ううん。大丈夫。この人達、私や神田を殺すならとっくに殺せてると思うの。それをわざわざ、拘束を解いたりする理由があると思う?」

 

今までの戦いを見て分かったことがある。

あの時、神田にトドメを刺せば。或いは、今の私に彼なら何でもできたはずだ。

……それに彼は温かった。

人間のそれを、彼は持っていた。

 

「ごめんね、早とちりしちゃって。神田がやられちゃったから、私が守らないとって思って――」

 

立ち上がろうとして、ペタリと地面に腰を突く。

腰が抜けて、私は立つことすら出来なくなっていたようだ。

 

 

 

□■□

 

 

 

ゴゴゴ――!! 門番の開門という慌てた言葉と同時に、教団への道が開かれる。

かくいう私はというと、少年にだらしも無く抱き抱えられて教団に入った。胸が熱い。顔も熱く羞恥に悶えながらも厚意に甘え、私は彼のお姫様抱っこを受け入れたのだが――

目の前の兄さんは彼を邪険にするような目で威嚇しながらいつもの笑顔を私に向けた。

 

「大丈夫だったかいリナリー! そこの男に変なことされてないかい!」

 

「大丈夫。ちょっと腰が抜けちゃっただけだし、むしろ彼は優しくしてくれたから」

 

「優しく、し…た……? ねぇ君、まさかリナリーにカメラの死角で如何わしいことをしたんじゃないだろうね」

 

邪推にも程がある。兄さんはいつもこうなんだから、そう説明された彼は苦笑いで私を降ろして引き渡そうとする。

 

「ダメ。私には……最後まで君を見守る義務がある」

 

もし兄さんが変なことをしたら、そう思うと放っておけなかった。それを阻止するために提案したことに、私自身驚きながら、実は判っていたりもする。

彼や少女がどうするのか、この黒の教団内で働けるのかどこに配属されるのか。

 

「でもねリナリー、もし怪我してたら……」

 

「兄さんは黙ってて。今、兄さんとこの人を二人にするととんでもない事になりそうだから」

 

兄さんの情を切って捨てる。私の言葉に兄さんはガーンと落ち込み廊下の隅に蹲った。

 

「まぁ……あれは気にするな。んじゃあ、取り敢えず念のため検査行くか」

 

リーバーさんが代わりに言った後、私は彼に運ばれたまま研究室へと彼らを案内するのだった。

 

 

 

そうして検査を終えて、科学班のいる彼を最初に見た部屋へと戻る。

検査結果は、“人間”。

それも“呪われた人間”だということも判った。

 

「悪いな。一応、人間かどうか調べないといけねぇんだ。疑って悪かった」

 

開口一番に謝罪を口にするリーバーさん。

継いで、自己紹介を軽く行った。

 

「んで、東洋人。名前は鈴白結月。歳は14くらい。呪われていて、強くて仕事を希望ね……」

 

カルテを読み上げながら、面談のようにリーバーさんは話を続けていく。

身体検査ついでに検査を受けた私は、彼――結月君にコーヒーを出していた。フィールティアさんにもコーヒーを出し、二人がどうもと言ってコーヒーを飲む。

 

私は、彼に視線を向けて、それに一瞬で結月君が反応しこちらを見る。

 

「美味しいよ。ありがとう」

 

「あ。……うん」

 

別に感想を急かしたつもりはなかった。ただ、仲良くなれればいいなー、なんて思っていた視線に誤解を生ませてしまったようで彼は笑顔で返してくれる。

それに、私は盆で口元を隠しながら、応えた。

普段はしない行動に戸惑いつつも、自分自身温かくなりながら、リーバーさんの言葉に私は現実に引き戻された。

 

「それで何が出来る? 見たところ、適合するイノセンスがあればエクソシストとして活動できるんだが……。一番危険な仕事なら、軽く雇えるんだけどなぁ」

 

ファインダー。最も危険な最前線へと駆り出される、危険な職業。普通はエクソシストになれなかった人達が配属される、適合するイノセンスを待つための職業。

 

「どうする? 確かにファインダーにはある程度の年齢があればなれる。でも、いくらあれだけ強いとはいえ死ぬかもしれないぞ」

 

「だから死なないですって。アクマくらいなら、徒手で殴り飛ばせます。そして、俺は呪われているが故に、アクマの気配を感知することが出来る」

 

「! 本当か?」

 

「ええ。範囲は限られますが」

 

そう言う彼の言葉に嘘はないのだろう。

曇のない晴天のような、蒼の瞳。

それを無条件に私は信じられる。なんだか、そんな気がする。気がつけばそうリーバーさんに主張していた。

 

「じゃあ、そうだな……まだ何も言えないけど、リナリーの専属のファインダーとして仕事ができるように掛け合ってみるか」

 

「……いいの、リーバーさん?」

 

「ああ。歳が近い方が気兼ねないし、その方がメンタル的にも楽だろう。多分、すぐ通ると思うぞ。それにエクソシスト付きのファインダーってのはある程度、経験を積んだやつがやるものだが……どうせ指示するのは室長なんだ」

 

その事に一番喜んでいるのは私だった。

この時、兄さんが落ち込んでここにいなかったのには本当に感謝している。もし兄さんがここにいたのなら、悪い虫がつくとか言って許さなかっただろうから。

 

「よろしくね、結月君。フィールティアさん」

 

先走るように二人に挨拶する。

すると、二人は笑顔で返し、私も笑みが溢れた。

 

「……友達ができて良かったですね」

 

リーバーさんが私の耳元でボソリと呟いた。

 

 

 

□■□

 

 

 

それからの時間、私は二人に教団の中を案内をした。

研究室、科学班フロア、大聖堂、食堂、図書室、修練場、そして二人が住まう個室。下から順に教えていったところで、私はまだ聞きたいことがありながら、二人分の部屋を用意しようとしところで、

 

「あ、俺とフィールティアは一緒の部屋でいいよ」

 

「え……?」

 

結月君の言葉に驚いた。

トクン――心臓の音が聞こえ、何故か納得出来なかった。

年頃の男女が二人、同じ部屋に同棲、そんな経験のない私は意味に戸惑う。

 

「フィールティアさんはいいの?」

 

「うん。今でも一緒だし、いつもの事だよ。それに私自身、結月が隣にいないと不安になっちゃうし」

 

いつもの事、二人からすればなにげないことなんだろう。私はなんとか納得しながら、疲れたと言って“おやすみ”と述べる二人に言葉を返した。

そうやって扉を締めようとしていた時、その筈の結月君が扉をふと止めて首から先をドアの隙間に出す。

 

「部屋まで送ってかなくて大丈夫か?」

 

きっとそれは彼なりの心配なのだろう。唐突に掛けられた声に私は、微笑み返す。

 

「大丈夫。それに結月君は来たばかりなんだから迷子になっちゃうでしょ」

 

「いや、ならないよ。場所は覚えたし。それより俺は無意識に変な技使ってしまうから君に使ったんじゃないかと思ってな」

 

「ううん、ありがとう。大丈夫だよ」

 

これ以上は厚かましいと思ったのだろう。結月君は今度こそお休みと言って、部屋に戻っていく。

その後ろ姿を見つめ、消えた背中に少し寂しく感じながら私は科学班フロアへと戻っていくのだ。

それは、夜の時間帯だった。

 

 

 

翌日、黒の教団の空気がガラリと変わっていた。

そう気づいたのは朝起きて、いつも通りに朝食を食べようと思い、二人の部屋に向かった時だ。

部屋についた私は扉をノックし、中から二人の返事が来るのを待った。それなのに、数十秒、一分待っても誰も出て来なかった。その部屋の扉を開け、私は遠慮気味に中を覗き込むももぬけの殻。二人の姿がない。

 

「……結月君、フィールティアさん。あれ? いない」

 

どこに行っちゃったんだろう。

そう口にした私は、考えて、昨日の二人の様子を思い出す。凄く眠そうで、教団を案内した時は食堂や図書室、修練場に興味を示していた。更には、科学班フロアや研究室などにも興味を示し、特に彼の方が修練場に興味があるようだった。

 

そんな私の耳に、とんでもない噂が届く。

 

「おい、修練場でエクソシスト倒したって新人が模擬戦やってるらしいぜ」

「昨日の侵入者の?」

「そうだよ。ファインダーになるらしいんだけど、無茶苦茶速いらしい」

「肉体自慢の奴が全員やられたってよ」

「俺が帰ってきた時は座禅組んでたぞ」

「その後だよ、新入りに焼き入れようとしたバカが一瞬でやられちまった」

「でも、アクマ相手にゃ意味ねぇよな。イノセンスが無けりゃ破壊できないんだから」

 

そこに新しく走ってきた人が、大声で叫ぶ。

 

「おーい! 神田が例の新入りに突っかかってったらしいぞ!」

 

見に行こうと走り出す人達。下層にある修練場へと駆けていく姿に、私は嫌な予感がした。結月君は挑発するような性格ではなく、神田も売られた喧嘩は買う性格だとは理解しているつもりだけど……それなら火種は?

そう考えて、私はもしものために走り出す。

神田は抜刀しかねない。イノセンスを使ってもし本気を出したら……きっと昨日の繰り返しはない。

 

階段を駆け下りる。団員の個室から修練場へはすぐそこで私が着いた時、見たのは意外な光景だった。

私の目の前で他の人達が不安な声を出す中、人々の視線の中心には木刀を持った神田が座禅を組む結月君に木刀を二本持ちながら片方を向けていた。

目を閉じている結月君、それを近くで見守るフィールティアさんに私は声を掛ける。

 

「なんでこんな事になってるの!?」

 

「あっ、リナリー、だよね。それがね」

 

今朝のことからフィールティアさんは話し始める。

起きてから、結月君は修練場へと向かい様々な鍛錬を行い体を鍛えていたそうだ。走り込みから筋トレ、更には座禅と精神的なトレーニングをしていたらしい。

そして、座禅をしていた時だったらしい。ドリンクとタオルを用意して待っていたフィールティアさん、そろそろ修錬も終了するかと思った時、どうやら昨日の噂を聞いて他の力自慢のファインダー達が彼に目をつけたようだ。そのまま流れのまま断らなかった彼が模擬戦を受け付け、全てを倒してしまった。

また座禅をやり直す彼――そこに神田が同じく座禅を組むために修練場に降りてきて、『そこは俺の場所だ』と喧嘩が始まってしまったらしい。

 

「また変なプライドで……。神田!」

 

視線だけ、私を見つけた神田はチッと舌打ちをしたように見えた。

 

「イノセンス使っちゃダメだからね!」

 

「……んな卑怯な真似するかよ」

 

ボソリと何かが聞こえた。

 

「取れ」

 

神田が結月君に向き直り木刀を向ける。

その姿は、教団では見ない、初めて見る光景だった。

 

「……俺はやりたくないんだけど」

 

彼の言うこともまた正論で、彼には受ける義務がない。既に倒されたファインダーの人達を考えると、神田の模擬戦の誘いを受けないことが気にかかるけど、直前のことを言っても仕方がなかった。

 

「お前……剣士だろ」

 

「ははっ、そうだな、確かに俺は異種の剣士だよ。イノセンスのないアクマ相手には戦えない普通の人だ」

 

「御託はいい。さっさとやるぞ」

 

初めて闘争心をむきだしにする神田。

周囲で観ていた教団の人間でさえも、目を疑った。

あの神田が自分から他者と関わろうとする、それ自体がこれまでとは大きく違うのだから。

 

「……いいよ、やろう。じゃあ、はい」

 

結月君が神田に手を差し出す。握手のつもりなんだろうけど、神田はいつもの如く嫌そうな顔をした。

 

「呪われた奴なんかと握手なんてするかよ」

 

「えー。他の人たちはしたんだけどね」

 

そう言われて神田が渋々と結月君の手を取った。

教団内でも、驚愕と唖然にその場は凍りついたのだった。

そして、私は一生忘れない。

彼の舞う剣舞の強く儚い姿を。




次回、神田に絡む。
むしろ絡まれてる。
若干、神田がつんつんしてないですがお慈悲を……!
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