無限書庫の黒柩 D.Gray-man   作:黒樹

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前回のあらすじ

無事?潜入した一行が(力を隠して)志願したのは探索部隊である“ファインダー”。一応、初めての仕事はリナリーと組めるように取り計らうと、エクソシスト庇護下の比較的安全な事を約束されたが、待っていたのは手厚い歓迎でした♪



6夜 剣とざるそば

 

 

 

リナリーに案内された自室でフィールティアとベッドに座りながら、小さく息を吐く。

 

「まさか、いきなり勘違いで攻撃されるとは思わなかったな」

 

黒の教団に入団するため、崖を登った上に侵入者に対しての攻撃を受けた。相手はエクソシスト二人。実力的には確かに人間としては強い部類に入る二人であったが、神田という少年の方は攻撃も洗練され、正しく剣の道を行く剣士としての腕は最高峰。しかし、剣に自信があるのかそれに頼りすぎている節があった。

 

続いてリナリーという少女の方は、イノセンスの力と間合いに関しての把握、認識が甘い。

例えるなら、彼女の戦い方は対人戦闘ではなく、喧嘩に近い一撃必殺を想定とした戦い方だった。

 

「ノアに会ったら……神田は大丈夫だろうけど、リナリーの方がなぁ…」

 

「あら、また女の子の心配?」

 

右隣にひょっこりと顔を出すレスティアが、出てくると同時に右腕を取る。抱き寄せるようにして抱えられた俺の腕は、レスティアの左腕と胸に挟まれた。

 

「んー。アクマも人型や異形がいる、ノアについてはあれは人間に近いものだ。そして、アクマはレベル3に多く人型がいるのを知ってるだろ。もし対人戦闘スキルがあれば、格段に戦闘は楽になる。神田のあれは対人戦闘に近いものだった。いや、そもそも剣というもの自体を極めている神田は対人を想定したものだったから、リナリーだけが心配なんだ。女の子だし」

 

実際、アクマを日本で見て、感じたことだ。

アクマというものはレベル1こそ同じ形を取っているものの、レベルが上がると独特な形、それも人間に近い意思を持つようになる。レベルが更に上がれば完全に人に近い形態を取り、引き続き強くなる。

端的に言うと、まるで、アクマはレベルが上がる事に人間に近い生体兵器へと進化している。だからこそ、もしものノアや人型相手の戦闘の時に対人戦闘スキルが必要なのだ。

 

「じゃあ、なんであの男の子?は結月に負けたの」

 

左隣でフィールティアがそう言い、寄り添うようにコトンと肩に頭を乗せる。

その問に答えたのは、ポンと突如として俺の膝の上に現れたエストだった。

 

「簡単なことです。ユヅキの実力だと言いたいところですが、神田という少年は刀で戦う知識と技術はあっても、あのような刀の弱点について、全ての武器の弱点とも言える武器を封じられることに対処が出来なかったのが原因。対してユヅキは剣、徒手共に実力を兼ね備えています。だから私達を使っていないユヅキでも、簡単に勝つことが出来ました。万が一にもユヅキは負けませんが」

 

自慢げに見上げてくるエストは褒めて褒めてと言わんばかりに瞳を覗かせた。

右手を上げて、なでなでと白銀の少女の頭を撫でる。

くぅ〜〜〜〜っと目を細めるエストはご満悦のようで、更に頭を押し付けるように、背伸びをした。

 

対照的にぷぃっとそっぽを向くレスティア。エストの状況が面白くないのか、待遇の差に不満を感じているのかエストほど甘えるのが上手ではない彼女は不貞腐れる。それはここに来る前からだった。

元々、彼女は反対していた。この黒の教団に関わりを持ちここに来ることも。アクマを倒し、イノセンスを回収し続けることも。

だが、フィールティアの思想を尊重したがために人助けへと、俺も昔の自分を重ねて、人々が昔の自分達と同じだと感じてしまったがためにこうなってしまった。

 

「ごめんな、レスティア」

 

「……もう、どうなっても知らないんだから」

 

レスティアの頭を撫でる。艶々とした黒髪がさらさらと流れ心地いい。そんな真っ直ぐな髪とは違い、彼女の態度は就寝まで不貞腐れていた。

 

「そう言えば……リナリー泣かせちゃったなぁ。もう一度謝った方がいいよな」

 

「謝るのはいいけど、魔術や呪術をあまり使わないことね」

 

最後の最後まで、結局は心配してくれているレスティアだった。

 

 

 

□■□

 

 

 

黒の教団――修練場。

前日、エクソシストの女の子リナリーに部屋に案内され、他の施設についても軽い説明を受けた俺は“生きるための技術”の再確認をしていた。要は鈍らないための予防策であり来るべき日のため、鍛錬を積むのだ。

そう思えば、何やら変な噂が飛び交い他の団員達に目をつけられる始末、ついにはフィールティアに色目を使う輩まで出て散々と言ったところ。

 

 

『取れ』

 

 

もういないかな。なんて思っていた時期もあった。

しかし、今度は神田という昨日のエクソシストが木刀を突きつけて勝負を挑んできた。

 

『受けちゃダメよ。流石にエクソシスト相手に勝負を受けるとバレかねないわよ』

 

頭の中で響く声はレスティアの、力強い声。

 

『そうだな……。お腹減ったし』

 

レスティアの忠告通り、神田の誘いを断る。

それよりも、昨日から何も食べていないため、空腹が限界突破を起こそうとしていた。

今朝は早起きして、修練へと身を落とし、挙句には団員達の歓迎がもの凄くハードだった。故に断った筈なのに神田はあいも変わらずそこを退こうとしなかった。

 

 

『お前……剣士だろ』

 

 

―――この言葉が出るまでは、興味はさほどなかった。

 

 

『ユヅキ……負けたら、許さないから』

 

呆れたようなレスティアの声が響く。可憐な声は負けるのを嫌がる、彼女の心の声。誰に負けるのも見たくないという本心が宿っていた。

 

 

 

―――気づけば、俺は相手の申し出を受けていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

両者共に、少し離れた場所で対立する。

神田が2本持つ木刀の1本を投げる。

それは、俺に向けられていた。

 

クルクルと回る木刀が取れる範囲まで飛んだ時、それを掴み取った事で、開戦の合図はなされた。

 

俺が木刀を受け取った瞬間、足を踏み込む神田。

一瞬、消えたように見えた――いや、それは見えたであろうと補足しておく。周りの観客達には神田の初速が速く動体視力が追いつかなかったことで消えたように見えた、だけであり俺は神田の姿が振れるのを確認しただけだ。

 

『静』と『動』

流れるような足の動きは彼の実力を示している。

 

「フッ―――!」

 

刀の間合いに迫った瞬間、横薙に構えられた木刀が俺へと振られる。

カツンッ! 乾いた音が鳴り響く。

その音は、互いにぶつけ合った木刀から発せられた音。

周りが驚きに包まれる。あれを、防いだ。エクソシストの攻撃を受けられること自体が凄いのか、防いだことに驚愕し静寂に包まれる団員達は静まり、事を見守ることに徹した。話をしていたものでも、話を止めて目の前の現実に囚われてしまっている。

 

続く剣戟は止まず、神田は流れるような攻撃を浴びせてきた。そのどれもを木刀で受け流し、後退することで衝撃を無効にしていく。

 

途中、いきなり神田が大振りに木刀を振るう。

それを後ろに飛ぶことで回避し、空中で一回転して床へと降り立つ。

 

「テメェ、なんで攻撃してこねえ」

 

質問する間も、神田の構えは隙の無いものだった。

 

『どうしたのよ、ユヅキ』

 

『どうしたのですか、ユヅキ』

 

レスティアとエストが異口同音で聞いてくる。

不思議な気分、と言えばいいのだろうか。何故だか、現状にしっくりこず、違和感が拭えない。

 

「あっ、そうか、軽いんだ」

 

『失礼ね。私達が重いっていうの?』

 

『いやいや違う違う! そのさ、いつも君達を使っているから木刀に慣れてなくて……ね』

 

『ほら、重いんじゃない』

 

『そうじゃなくて……。レスティアとエストは丁度いい重さだし俺にぴったりだし、相性がいいから手に馴染むというか……うん、君達じゃないと、ダメ、なんだ』

 

普段、持つ武器と違う。そして、レスティアとエストじゃないからだろうか、戦う気になれない。

初めて気づいたことだった。

木刀が無機質に感じられ、今まで持っていた剣がどれだけ性能の良いものだったか、改めて知る。何より彼女達となら何処までも戦えるという、心意が木刀には無い。

 

『冗談よ。あなたいつも素でそんな事言うんだから。それにあなたは基本、二刀流。いくら他の技を得ているとはいえスタイルがあってないわ』

 

茶化すようにレスティアが言い気づく。

槍、刀、徒手と技ならいくらでもある。その中でも得意と言えるのは、二刀流だった。

 

「チッ、見込み違いか……早いところ終わらせる」

 

神田が木刀の淵をなぞるように構えた。

埃を払うような丁寧な指の動きで、研ぎ澄ますように刃をなぞる。

そして、踏み込みからの抜刀のような一撃。

これをまた、木刀で剣の軌跡を逸らすように流した。

 

「なぁ、神田ユウ」

 

「フルネームで呼ぶんじゃねぇ!」

 

「神田」

 

「ファミリーネームで呼ぶんじゃねぇ!」

 

「ユウ」

 

「ファーストネームを口にすんな!」

 

――では、いったいどう呼べと?

あれもダメこれもダメとなると、ニックネームしかない。

 

「ユウジン」

 

「誰が“友人”だ!?」

 

何か勘違いが起こったようだ。

過剰に反応し剣が力任せに――いや、それ以上の鋭さと破壊力で振られる。僅かに流すように両手で木刀を持ち直し、鍔ぜり合うことで睨み合うように相対した。

俺は相手が怒っているのもお構い無しに、神田へと本来聞きたかった事を口にする。ここでようやく本題に入れそうだった。

 

「なぁ、ユージーン」

 

「俺は悪趣味な真っ赤な鎧なんて着ねぇよっ!」

 

―――改めて、本題に入る。

 

「ルールってどうなってる?」

 

「あ゛? 木刀だけで戦え、昨日みてぇな小細工は無しだ」

 

「なら、2本使ってもいいよな」

 

神田の表情が変わる。俺の言葉の意味を知っている故に理解したのだろう。俺が二刀流剣士だという事を。

 

「フィーッッッ!!」

 

「わかってるよ! 受け取って!! 絶対に負けちゃダメだからね」

 

フィールティアに呼び掛けると同時に、後退する。呼ばれたフィールティアは何かを振りかぶり、投げた。

追い迫る神田へと軽く木刀を放り投げると、その放られた木刀を神田はもう一方の手で掴む。

叫び、飛来する、2本の木刀。

それを視界に捉えることも無く、腕を突き出すことでその手へと掴む。フィールティアの投げたものはこれだった。2本の木刀。俺と彼女には、言葉はいらない。

 

「よし、慣れた。いやー、片手が寂しくて死ぬところだったよ。今から――本気で行く」

 

「っ!?」

 

世界が変わる。

意識を極限まで研ぎ澄まし、俺は無音で神田へと迫った。

右手で打ち上げるように木刀を斬り上げる。首を狙った一撃は神田の表情を驚愕に変えると同時、彼へ回避行動へと移らせた。続けて左手の木刀での回避場所への振り下ろし攻撃が襲う。

それを、神田は木刀で受け流す。

 

「テメェ、上等だ。こっちも本気でいってやるよ」

 

三連撃、先程の攻撃に続いてもう一度右手の木刀での斬り下ろしが神田のもう一方の木刀で防がれた。そして、同時に神田から接近と同時に突きを放たれる。

捌き、続く攻防。流れるような連撃が激しさを増し、速度を増していく。もはや、周囲の誰もが見張るものであったのは言うまでもないだろう。修練場には剣戟の音だけが響き、息を呑む音すら聞こえてこない。

 

雪月華・月の章――《月詠》

雪月華と呼ばれる古剣術、その幻影とも言える御業、その中で最も難しいとされる“月の章”。

五感を研ぎ澄まし、第六感、感覚を最大限引き出した状態で世界を俯瞰する月の秘技。相手の先読み、周囲の状況を多量の情報として取り込むことが出来る。

そしてその欠点は、目が真紅に染まること、感覚を最大限引き出した代償として、痛みや熱、冷感、特に痛みが二倍近くに引き上がること。

 

剣戟が鋭さを増していく。

速度、威力は比例し上昇していく。

次は相手がどこに攻撃してくるか、自然と手に取るようにわかり、誘導していく。

 

そうして拮抗していたかと思われた攻防は数分にも渡り、突然、終を告げた。

 

『遊んでないで早く終わらせなさい。もう時間稼ぎはいいでしょう?』

 

レスティアの声が響く。透き通った声。

 

『本気でやってるよ』

 

『あら嘘つきね。月詠以外使ってないくせに。わざと拮抗してるように見せかけて、圧倒して勝たないよう調整して本気を隠してる。本来なら、一撃で決着はついてるはずよ』

 

剣戟を続けながらレスティアと会話する。

そして、彼女の口から紡がれたのは俺の予想だにしない言葉だった。

 

『もしそのせいで負けたら、嫌いになるわ』

 

『……えっ?』

 

一瞬、脱力する。

その瞬間、神田の木刀が俺の木刀の1本を弾き飛ばし、隙が出来てしまった。

 

――まずいっ!

 

そう思った時には、神田の振り下ろす木刀が目前に迫り、周囲の人々が声を漏らしたのが聞こえた。

フィールティアとリナリーが俺の名前を叫び……。

 

「結月君!」

「結月!」

 

その時には、勝敗は決していた。

木刀を振り下ろした筈の神田は目の前の自分に起きた事に呆然とする。何せ、振り下ろし当てたはずの攻撃が空を切り、斬ったと思った対象は幻影となり、自分が持つ木刀は全て手の内には無かったのだから。

 

カランっ、と乾いた音が鳴り離れたところで木刀が跳ね、やがて静まる。

それを合図に、周りは歓声に包まれた。

新人がエクソシストに勝った。神田に勝った。

熱狂が嵐のように歓声を沸かせ、神田は自分の手にない木刀を見るとチッと舌打ちをし、居心地が悪そうに去っていく。それを見てから、リナリーとフィールティアが走り寄って来た。

 

「結月君! 大丈夫、怪我はない!?」

 

勝ったのに本当に心配そうに顔を覗き込んでくるリナリーは、腕や手、色んなところにペタペタと触りながら聞いてくる。

 

「あの……リナリー?」

 

リナリーの柔らかい手の感触が新鮮な上、彼女の表情がどうにも綺麗で見惚れてしまう。普通の男なら、勘違いしかねない。彼女の慌てた様子に苦笑しながら俺は聞いてみた。

 

「どうしたんだ、リナリー」

 

「だって、神田の一撃受けたでしょ! しかも手加減なしだったから、怪我してたら、ちゃんと手当しないと」

 

そこまで言われて理解する。

神田の一撃を受けた。それは、エクソシストが故に目が良過ぎたリナリーだけが目撃できたことだ。対して普通の人達は攻防の殆どが見えておらず、俺が勝ったということだけを認識している。

そして、リナリーの見たことも間違い。

あれは技の一つ。

 

「ああ、その事か。実は――」

 

雪月華・月の章――《空蝉》

相手に斬った、攻撃が当たったと錯覚させる。夢幻を残し回避する技。

 

恐らく、神田には斬った感覚があっても違和感を感じただろう。体はそこにあったのに、確実に斬ったのに手の感覚は朧げで、実体のような幻影が見えた。

 

「――という理由で、俺は掠りもしてないよ」

 

説明を聞いたリナリーは、意味がわからないという顔だった。それもそうだろう、自分で信じられない光景を見て、信じられる人間はそうそういない。

 

「ほら、結月はこういう意地悪でヒヤヒヤさせるような技ばっかり使うから。私も心配でね、よく心配して止めるように言うんだけど大丈夫、結月は嘘くらいは選ぶよ」

 

フィールティアの援護も聞いてか、リナリーは勢いを無くし徐々にしおらしく収まった。

 

「でも……本当に、当たってないの?」

 

「ああ。この通りピンピンして……あれ」

 

ふらっと足下がぐらつき、倒れるようにしてフィールティアの胸元へ。ぽふりと受け止めてくれるフィールティアは優しく抱きとめてくれた。

 

「結月君っ!?」

 

「大丈夫、多分、そろそろエネルギー切れなだけだから。リナリーちゃんは気にしないで」

 

……そう言えば空腹だったの忘れてた。

 

 

 

 

 

「あらぁまぁまぁー! もしかして新人さん? んもぉこれまたカワイイ子が二人も増えたわね♡」

 

連れてこられた場所は、食堂だった。

目の前では長身の、おにい、いや、オネェさん?が中華鍋と菜箸を手に話しかけて来た。グラサンがトレードマークのその人はリナリー曰く料理長らしい。和洋中、全てにおいて調理できる凄腕だとか。

 

正直言って、この国で和食が食べられるなんて夢か何かだと思っていた。

その凄腕の料理長、ジェリーさんはマシンガントークを連発し続けている。

 

「そう結月ちゃんにフィールティアちゃんね♡ ここは何でも揃っているわよ。和洋中、アタシが何でも作ってあげるんだから」

 

「それじゃあ……。海老とホタテ多め、ナスに山菜の天丼と、ざるそばお願いします。デザートに三色団子を3本で」

 

「あら、珍しいわね。ざるそばを頼むなんて。好んでざるそばを注文する人なんてこれで二人目よ」

 

和食はそこまで人気がないらしく、慣れない人がしばしばいるのだとか。そう言って、ジェリーさんがある方向を見て見るように促した。

 

「ほら、あの子もざるそば好きなのよ。毎日三食ざるそばを頼んでるわ」

 

その視線の先にいたのは、神田だった。

ざるそばを食している神田が一人ポツンと座っていた。

 

「それで、フィールティアちゃんは何にする?」

 

「はい、私もざるそばで」

 

注文を取ったジェリーさんはリナリーへと視線を向けた。

 

「えっと、その……私も、…ざる…そば…?」

 

「あらリナリーちゃんも初めてよね、ざるそば? ふふふへぇそぉー。気になるってところかしら。若いっていいわねー!」

 

全員分注文を取ったジェリーさんは厨房の奥へと消えていく。何故だか上機嫌に見えたのは、きっと元からのハイテンションのせいだろう。

 

調理が終わり渡されたトレーを持って、各々の品を落とさないように運んでいく。

そして、俺は一つの椅子と、少年の前で止まった。

 

「さっきぶりだな神田」

 

「あ?」

 

「邪魔するぞ」

 

「邪魔するなら帰れ、って座ってんじゃねぇか!」

 

俺は神田の正面の位置に座り、ちょっとキレ気味の神田を無視して朝食を食べ始める。

隣にはフィールティアとリナリーが俺を挟み込むようにして座り、箸を手にしていた。それもおぼつかない奇妙な動きをした手で。

 

「……チッ、五月蝿くしたら殺す」

 

俺のトレーとフィールティア、リナリーのトレーを見て神田が自分の食事に戻っていく。

物騒な言葉を吐き捨てられたが、どうやら許容したようで目の前のことには意識を割かないことにしたらしい。

ずるずると蕎麦を啜り、噛み、飲み込む音が聞こえるだけの空間が即座に出来上がる。その中で、約二名だけ馴染めていない二人がいた。

 

「あ、あれ…れ、む、難しいな…」

 

「うぅ……掴めない」

 

リナリーとフィールティアだった。二人は箸とざるそばを相手に奮闘するものの、慣れない故か蕎麦を掴む前に箸すらまともに掴めていない。不安定な動きを見せる箸をバラバラと落とし、二人してアワアワと拾っている。

それもそのはず、フィールティアは日本育ちと言っても過去に輸入され、製造されたフォークやスプーンばかり使っていたため箸を使ったことがない。

リナリーに関しては全くの不明。むしろ、何故、普段は食べないというざるそばを頼んだのか。

 

「仕方ないなぁ……フィー」

 

奮闘するフィールティアのざるそば、それを自分の箸で丁寧に掴むとつゆにつけ、彼女の口元に持っていく。

 

「はい、あーん」

 

「あ、あーん……んぐ…ん……」

 

咀嚼し飲み込むフィールティアは食事を、親から餌をもらう雛鳥のごとく続けていく。

俺もまた、彼女が咀嚼している間に自分の食事に戻り、彼女が食べ終えたところで、ざるそばを差し出した。

 

「じー…………ふぁぁぁぁ」

 

頬を赤くして見悶えているリナリーが、隣で観測されたのだが理由は単純だろう。

彼女に“同じ箸で食べさせる”、“次に自分がその箸で食べる”という行動。つまるところの、関節キス。それが延々と同じサイクルで繰り返されていく。

目の前の二人を見て、リナリーは顔の赤いまま奮闘することも忘れ、その光景に見入り始めていた。

 

『くっ……! こんな場所じゃなければすぐに出ていくのに』

 

『闇精霊、ここはガマンです』

 

『ええ、ユヅキはあとでたっぷりと焼いてあげるわ。この苦しみを味わえばいいのよ』

 

『……妬いているのではないのですか』

 

『いいえ、ユヅキを焼くわ』

 

何やら脳内で物騒な議論が生じたが問題はなさそうだ。

レスティアなりのデレとツンだ。問題ない。

と、せっせと行動している間にも、やはりリナリーはざるそばを食べれてはいなかった。

 

「リナリー、あーん」

 

自分のざるそばをリナリーの口元へと差し出す。

ビクリッ、肩を震わせリナリーは驚いたように瞳を見開きその箸を見つめる。

 

「ゆ、結月君、か、かかか……っ!?」

 

何やら奇声まで発し始めた。

そして、吊られるように周りを包んでいた和やかな雰囲気が瓦解する。

背中に突き刺さる視線が、さっきよりも痛い。和やかな空気半分、殺気のような視線半分だったのが、次第に哀れみと同情の視線へと変わった。

息を呑む音。周りのカチャカチャというスプーンやフォークの音ですら、聞こえなくなってしまった。

 

(あれ、俺なんかした……?)

 

「チッ、ウザってぇ! 静かにしろって言っただろうが、目の前でイチャついてんじゃねぇ! 目障りだ」

 

そう言うと、神田は食べ終えたトレイを持って席を立つ。

数々の視線にギロリと睨むと、周りは殺気に当てられてサッと視線を外した。

 

 

 

翌日、また神田と修練場で遭遇した。座禅を組み離れたところで瞑想をする様は、日課のようで違和感などない。

俺も日々の鍛錬を終えて、風呂に入ってから朝食をとるために食堂へとフィールティアと行った。

 

「あっ、ユウジン。奇遇だな」

 

「奇遇だと? テメェ、ならなんでこっちに来るんだよ」

 

「えー、自意識過剰なんじゃない? ごめん、俺は男には興味無いから」

 

至って普通のノーマルだ。変な性癖は持ってないし、アブノーマルな一面も持っていない。

挑発を一通り、挨拶を一通り終えたところで俺は神田の前の席に座る。フィールティアも同じように俺の隣に座る前に一度だけ、神田に会釈してから座った。

 

「……そういやテメェ、あの技はどうやりやがった」

 

それから数分後、ざるそばを食べ進めていた俺に神田が話しかけてくる。

俺は思わず手を止めてしまった。

リナリー曰く、神田から話し掛けてくることは滅多にないらしく貴重らしい。その神田が話し掛けてきている、まさに奇跡と言えるかもしれない。

 

「技、か……《空蝉》のこと?」

 

「一発しか使わなかっただろうが。斬ったと思った瞬間、目の前から消えやがった。いや、正しくは残像だけ残して殻を斬ったような感触だった。それだ」

 

「それが空蝉だ。俺が愛用している技の一つ、視覚情報から斬ったと思わせることで感覚的にも斬らせたと錯覚させる『雪月華――雪の章』幻影の術。まぁ、本物を見たことないし書物から得た情報で修得した技で半分オリジナルみたいなものだけど」

 

説明を終えると、納得したのか神田は食事に戻っていく。因みに今日もざるそばなのは、何故か親近感がありながらとても複雑でもある。

はい、あーんが出来なくて、フィールティアが少しいじけていたりするのだが、やはりそれでもざるそばは止められない。

 

「そういや神田、知ってるか?」

 

「…………」

 

無言だが聞こえてはいるのだろう。

俺は小鉢を机の上に置き、神田から見える位置に移動させる。このざるそば、圧倒的に何かが足りない。神田の皿にもそれらしきものは見当たらない。いやそれどころか、ジェリー料理長の出した一括りの料理として足りなかった。

なら、知らないのではないのだろうか。

この最強の調味料とも言えるスパイスを。

 

「俺はざるそば、全てのそば、焼きそば以外のそばを最強の麺類だと考えている」

 

神田が俺の言葉と小鉢に反応した。

それを見てから、俺はようやく実演を始める。

小鉢の中にある、あらかじめ摩り下ろしておいた山葵様をつゆに入れ、ゆっくりと溶かすようにかき混ぜた。

これには驚愕の神田、いきなりざるそばを麺類最強とか言っておいて裏切ったな! というような表情だ。

 

「まぁ待て、騙されたと思って試してみろって。刺激が強いけど美味いから」

 

と、俺はざるそばを掬いあげると先程の山葵様を溶かしたつゆへとつけ込む。つゆがついたのを確認すると、すぐに引き上げ口に流し込んだ。

 

「……ほら、やらなきゃわからないぞ。って、神田、その量は!」

 

余韻に浸る間もなく、神田が目の前で訝しげに箸を緑の山へと差し込むと、大さじ一杯分持っていく。

つゆへと溶かれた山葵、初めての人はとくにつけすぎるととんでもない事になる。そう注意する前に、神田はざるそばをつゆへと付けて口にし、

 

「〜〜〜〜〜っっっ!?」

 

悶絶する。

数分の沈黙、いや悶絶が続いたところで俺は茶を差し出すわけもなく観ていると、漸く神田は机に倒れ込むように伏せていた顔を上げ、つゆへとざるそばをつけ込んだ、そして食べるを先程より早く進めていく。

……数分、俺は夢中で食べ進める神田を見守った。数秒かもしれないが、食べ終えた神田は箸を食べ終えたことに気づくことなくざるへと突き立て、何も掴めないことからハッと顔を上げた。

 

「……おい、付き合え」

 

「なんだ気に入ったのか。そうだな、物足りないし、どうせ任務もブリーフィングや研修が終わるまで無いからな。フィーはどうする?」

 

「私は見てる、仲良くすることはいいことだから。食べさせてくれるんだったら食べるけど。一口でいいから」

 

こうして、俺達はざるそばの名のもとに仲良く?なったのであった。




ざるそばは世界最強です。
えっ、違う? ラーメン、パスタ、うどん?
神田だって言ってるんだ。
ざるそばは世界最強だ。……うどんも捨て難いが。
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