ダンジョンに救世主っぽい何かがいるのは間違っているだろうか 作:泥人形
いやはや本当にありがとうございます。
何か→なにか、ではなく、なんか。ここ重要!
―居合三閃―
獲物が間合いに入った瞬間居合の構えから放たれる三連斬。それが彼女アイズ・ヴァレンシュタインの必殺技を打ち破った奥義である。
この奥義を躱す、または破るのは容易なことではない。
しかし彼女もまたそんなことは理解していた。そしてそれを今の自分では破ることが出来ないのもまた理解していた。
では何故彼女は攻撃を行ったのか? それはこの奥義の真髄にある。
元々居合切りとは≪いかにして近間から短刀で迫ってくる相手に普通の刀で勝つか≫という極限状態を想定して作られたものである。
そしてその極地が目にも見えないほどの速さで斬る、ということだと思われているがこれは極地ではない。
それでは居合の極地とは何なのか。
それは極限まで達すれば相手に抜かせる隙すら与えないということであり、その極地は剣を抜くことすらせず相手に敗走させる、ということである。
つまりこの奥義の真髄とは≪気迫で戦意を折る≫ということなのだ。
これは神気を発勝する、とも言われ神々の威光にも近いものである。
故に完成させかけられていたそれに彼女は呑まれかけた。
戦意を折られ、無意識に頭を垂れ降伏すらしそうになった。
しかし彼のそれは未だ完成には至っておらず、それ故に彼女は寸での所で意識を保った。
かろうじて保った彼女が味わったのは感じたことのない恐怖。
―このままじっとしていたら殺される―
模擬戦であるのにも関わらずそう感じた彼女は無意識に自分の全力を撃ち放ち、そして地に伏した。
レベル6になり器は昇華し強さも次元を超えたはずだというのにこの抜刀術は未だ完成には至らない、極めるにはもう少しかかりそうだ。
やはり鍛錬あるのみなのか…やだなめんどくさいずっとゴロゴロしてたい…
「ふぅ…」
柄から手を離して息を吐き、緊張を解いていく。
途端に精神的疲れがどっとやってきその場に座り、倒れこんだ。
ズキズキと痛む左手を持ち上げ回復魔法を行い体中を光で包むと痛みが嘘のように消えていった。
そうしてゆっくりと腕を降ろしてもう一度大きく息を吐き心の中で叫ぶ。
コ、コッワカッタァアアア…何なんだってばよ、いきなり魔法全力全開でぶっぱしてきやがって…あれ直撃すると身体が粉々になると思うくらい痛いんだから模擬戦で使うなよマジで…
こっちなんて左手に剣が刺さった瞬間にもう痛い思いしたくない…って涙目になったもんだからこれ以上はやめようぜ、と刀をしまったら何を思ったのか全力で突っ込んでくるし…
馬鹿お前空気読めよ風使いだろぉおおおおと心で叫びながら無理やり居合に移行して刀振った俺の気持ちが分かるか! あの風が俺の頬を撫でた瞬間死ぬ…! って確信したんだかんな…
まぁそれでも俺の居合切りの方が上手だったみたいで何とか打ち破れたから一安心である。
そこまで考えたところであることに気付く。
やっべ、アイズ放置してんじゃん、正に切り捨て御免しちゃってるぜ…
「よっ、と」
やべやべ、と自分をせかしながら身体を起こしてアイズの方へ向かう。
アイズは壁に激突した衝撃で意識を失ったのかぐったりと倒れこんでおり、その場には居合による傷から大量に流れた血が池を作っていた。
や、やっべぇ、完全にやりすぎちゃってんじゃん…これ手遅れになったら他の奴らに殺されるどころか罪悪感で自殺するまであるぞ。
魔法ではもう間に合わないと察し急いでポーチをまさぐりエリクサーを探す。
数秒程かけ見つけた二本のエリクサーを惜しむことすらせずバシャバシャと振りかける。
するとあら不思議、彼女の傷が目に見えて消えて行きやがて傷は完全に消えさり白くきれいな肌が残った。
ふぅ、何とかなったな。途中からダラダラと流れ始めていた冷や汗を拭う。
そうしてほっと一息吐いた瞬間周りの景色が急にぶれ、頭を地面に打ち付けた。
何だ何だ頭がとてもいてぇ、一体何が起こった、とてんぱっていたら
「なにをやっとるんやぁあああ!」
美しい声音の関西弁が響き渡った。
つーかてめーかよロキ、ぶっ殺すぞ無乳神…
痛む頭を押さえながらギロリと睨むと彼女はフンスッ、と鼻息を吐き言葉を続ける。
「何うちの可愛い可愛いアイズたん傷つけとんねん!?」
ふっとばしたろか!と叫ぶロキ。
いやこれ模擬戦だから多少傷つくのは仕方ないやんけ…いや今回は多少なんてレベルじゃなかったけど傷は治ったから無問題無問題(震え声)
そこで今まで俺の神気に気圧されていたフィンが口を開く。
「確かに模擬戦だとしても今のはやりすぎかな、まあ、アイズにもそれは言えるんだけどね」
「ん…すまん」
むしろアイズが大技使わなきゃ使ってなかったよ!とも思うが結果が全てなのだから仕方ない。
というか俺自身絶賛後悔してるので素直に謝っておく。後でアイズが目覚めたときにも謝らないとな…じゃが丸君でも奢れば許してくれるだろうか。
「つーか今やったのは何なんだよ…」
必死に許してもらう算段を考えていたらフィンと同じように気圧されていたベートが聞いてき、それに同調するようにロキもフィンもこちらを見てくる。
「あれ?見せるの初めてだっけか、ただの居合切りだよ」
「ただの、だぁ?しっかり答えやがれ、あんな気を放つなんて人じゃありえねぇ」
珍しく深く聞いてくるな、そんなに気になるかね? ん?
「全く、仕方ないなぁ。今のは―」
そう言うと皆ゴクリと息を飲みいっそう集中して俺の続きを待つ。
何これ無駄に緊張するんだけど、あんまこっち見んじゃねぇ…
大したことでもない上に恥ずかしくなってきただろうが!
「―と思ったけどひ・み・つ!さらばっ!」
良く分からない羞恥心にかられた俺はそう言いその場から全力で逃げ出した。
背後からは待てやこらぁああああ…と反響するように聞こえてくるがスルーである。
というかロキならまだしも同じ冒険者のお前らに自分の手の内をばらすとでも思っているのだろうか、知らなかったかもしれないが俺は結構秘密主義者なんだ。
このまま今日はどっかの宿にでも泊まって追及を逃れてやんぜ!
そう心中で呟き俺は街に繰り出した。
…あ、宿に泊まったらアイズに謝れない…ま、まあ帰ってきてからでも良いよね!
翌日、黄昏の館では数人の幹部にぼろくそに言われ、土下座して謝っている目の死んだ男の姿があったという…
カツ、カツ、と薄暗いダンジョン内に二人分の足音が静かに響く。
一人は金の髪を持ち、青と白を基調とした露出度高めな服を身に着け腰には美しいサーベルが、もう一人は死んだ眼を持ち、藍色を中心に寒色で染められたパーカーを羽織っており、その腰には黒い鞘に収まった刀がぶら下げられている。
その二人組は片方が見る者の心を奪うほどの麗人であるのに対しもう片方は見る者に心配される程の死んだ眼の持ち主。控えめに言っても恐ろしくミスマッチな二人であった。
というか、剣姫ことアイズと俺である。
俺がレベル3辺りの頃には超危険人物判定を出していたアイズと二人でダンジョン内にいるのにはそれはもう、大層な理由があるのだ。
逃亡した翌日、俺はじゃが丸君持参でアイズに土下座して謝った。ええ、そりゃもう必死に謝りましたとも。軽く涙目で何でもしますから許して下さぃいいいと声を震わせながら謝ったらアイズは困ったように少しの間だけ考え、ゆっくりと口を開きこう言った。
「それじゃあ、明日一緒にダンジョンに行こう?」
ぶっちゃけそれだけは嫌です!と言おうとも思ったが話を聞きつけたアマゾネス姉妹に睨まれていたためそんなことは出来なかった。いやいなかったとしてもヘタレだから多分言えなかったけどね?
まあ、そんなこんなで昼間っから潜り現在二十五階層である。結構潜ったと思うが分け目も振らずグングン進んで行く。そんなアイズに連れてかれてる俺は一体何をされるのだろうか、まさか…暗殺!?
妄想とは考え始めると止まらなくなってくるものでガクブルしながら色々と考えていたら不意に声をかけられる。
「カンラ?」
「ふぇぇっい!?何でありんしょう!」
「?震えてたから、どうしたのかなって」
「あ、ああいやここら辺ちょっと寒くない?少なくとも俺は寒いんだ、うん」
そっか、と話を終わらせ前を向くアイズ。
全くいきなり話しかけてくるんじゃないよ変な声出ちゃったでしょうが、アイズは華麗にスルーしてくれたから良いけど他の奴らだったら爆笑されてたぜ…ああ、顔が熱い…
紅潮した顔を冷やすようにペタペタと頬に手を当てながら歩を進めているとバキリ、と不快な音が耳に届く。
瞬間二人同時に背中合わせになり自分の相棒をスラリと引き抜く。
「巨大蜂に蜥蜴人、数は各三体程度か。蜂は俺が下ろすわ、蜥蜴頼んだ」
「ん、分かった…」
彼女も成長したしこんくらいの役割分担なら可能だろう…! そう願いながら自分の獲物を睨む。
巨大蜂、真っ黒な鎧を着ているかのような甲殻を持ちその全長は2M近くあり、本来なら針と呼ばれる部位には身体に見合うだけの巨大な杭が存在していた。
三体の内一体が弾けるように飛び出しその杭を突き出してくる。
高速で放たれたそれは、しかし瞬時に細切れと化した。
いくら強いと言ってもここは25階層、上級冒険者と呼ばれる者たちが狩りを行うような階層でレベル6に達している彼には遠く及ぶものではなかった。
本能的に勝てないと察した蜂たちに冷酷とも言えるような眼が向けられる。
蜂たちが逃げようとした時には、既にその体はバラバラになっていた。
「ふぅっ…」
一仕事終えたぜ、と言わんばかりに息を吐いた直後にツンツンと肩を突かれる。
振り向くと安定の真顔のアイズがいた。
「粉々にしちゃったら、魔石回収できない」
「あ、あー…すまん忘れてたわ」
そういえば魔石回収しないとダメだったな、お金大切ネー。
つってもこの程度の魔石なら回収する必要もなくねぇか? と思ったがそういやアイズは装備を良くボロッボロにするから常にお金は貯めてないとなのか、納得。
そんな感じでモンスターを蹴散らしながらズンズン進んで行きついに36階層にまでたどり着いてしまった。これは暗殺説が濃厚ですねぇ…
というかまだ進むんですかアイズさん、これ以上は二人でも結構危険だぞ?良くエイナさんが言ってるだろうに、冒険者は冒険してはならない、って。俺は冒険者になった日から今日まで全力で破ってるけどな。お陰で毎日死にそうな思いしてる。
毎度毎度エイナさんには迷惑かけっぱなしだぜ、今度何か奢って差し上げよう、と考えていたらアイズがこちらに振り向き真剣な表情でこちらを見る。
「カンラ」
「ん?何?」
「カンラは、どうしてそんなに強いの?」
強い、強いか、これまた難しいこと聞いてきたな。何で? とか聞かれてもそれこそ頑張ったから、とかたまたま才能があったから、としか言えない。
しかしそんなことを聞きたいのではないのだろう。彼女自身とんでもない資質を持っているしドMかってくらい努力してるしなぁ。
まあ強いていうならば俺の場合は何か夢を見つけないと三年で強制蒸発だったもんだからあらゆることに手を尽くしたからな。レベル4になった時から人助け(強制)まで始めたし。
その反動なのか今は結構怠惰なのだが。
「強いって言われてもなぁ、んーありきたりに言うなら夢を見つけるために全力だったから」
「夢を、見つけるため?夢のために、じゃなくて?」
「おう」
「そっか…見つかったの?」
「もちろん」
「どんな夢なの?」
「それは秘密」
聞きたい聞きたい教えて教えてという意思を込め、こちらをジッと見つめてくるが教える気はない。それどころか照れてしまって更に話しづらくなるだけである。いやホントこっちそんなジッと見んな妙に照れちゃうだろうが。
「それじゃ、いつか模擬戦で勝ったら教えて?」
「ええ…まあ良いか、良いよ」
マジかよ超嫌だ、と思ったが模擬戦受けなければ良いだけじゃね?と思いついたため承諾。ふははっ、これで貴様が俺の夢を知る術はなくなってしまったな!
心の中で高らかに笑っていたら不意に強烈な頭痛が俺を襲った。
『助けてくれぇぇぇ‼!』『いやだ、いやだぁぁぁあああ!』『こんなとこで死んでたまるかよぉおお!』『何でこんなことになったんだぁああ!』『逃げろ逃げろ逃げろぉおお!』『くそっくそっくっそぉおおお!』『誰か、誰か助けてくれよ…』
流れ込んでくる人々の怨嗟の声。瞬間俺の視界に俺にしか見えない、助けるべき人に繋がる魔力のラインが現れる。
「ちょっくら人助けしてくるわ」
もう慣れるほどに感じた痛みに耐えながらアイズにそう伝え俺はラインにそって全力で地を蹴った。
レベル6になった自分の敏捷値が限界まで唸りを上げる。視認することすら難しい程のスピードで助けを求める者たちの所へ駆ける。
痛みが薄れていくにつれて、悲鳴が直接耳に届くようになってきた。
唇を噛みしめ足に一層力を入れる。
ようやく彼らを見つけたのは37階層。背後に50はくだらないモンスターに計8人の2パーティーと思われる男女はあちこちから血を流し、必死に逃げていた。
レベルを上げるために無理してモンスターを集めたか、それとも
そう判断し地を踏み急加速。
最後方にいた冒険者とモンスターの間に入り込み横薙ぎに一閃。
それだけで三体のリザードマンエリートを地に還す。
「もう安心していい、助けに来た」
何があったのかとこちらを見る冒険者たちに振り向くことはせずにそう言い刀を振るう。
もし顔見せてげんなりされるのはテンション的につらくなっちゃうからな。
基本的に対人が得意な俺にとって戦士系のモンスターが多く出現する37階層は相性が良く、瞬く間に灰へと変えていった。
しかしそれとほぼ同じスピードでモンスターたちが生まれてくる。
数分程でそれに気づいた俺は魔法を唱える。
「バースト(解き放て)」
瞬間魔力が刀を包む。更に腕自体から魔力を放出し、一振り。瞬間その一線にいたモンスターたちは真っ二つになり消え去って行った。
俺の使うこれは
珍しいことに風や炎、氷などに変換するのではなく魔力そのものを使うものだ。
これがまた使い勝手がかなりよい。今のように振りぬきざまに斬撃のように放つこともできれば体中の至る所から放出することが可能なのだ。
これのお陰で今の俺は通常時の何倍もの速さで刀を振るっていた。
しかしそれでも少しずつしか減らないモンスターたちに辟易した時、一陣の風が吹いた。
それは視界に映っていた無数のモンスターたちの一部を完全に斬り飛ばし、金の髪をなびかせその場に制止した。
「アイズ…」
「置いていかないで…」
少しだけ目を細くしアイズがそう言う。
「すまんな、今度じゃが丸君奢るから許してくれ」
「うん、約束」
俺の財布がもつだろうか…と軽く心配になったが今はそんなこと考えてる場合ではない、とモンスターを屠っていく。
一人で狩っていると少しずつしか削れなかったがアイズのお陰で目に見えてモンスターは灰に姿を変えていく。
数年前はばんばんフレンドリーファイアをしてくれたアイズも今ではそんなことをすることなく、それどころか二人は完全に息の合ったコンビネーションを発揮していた。
ああ、成長したんだな…と軽く涙がこぼれたのは秘密である。
十数分後、生きることを諦めさせるようなモンスターの大群は全て塵と化し、激しい戦闘音が鳴り響いていた広間には静寂がおりた。
灰の山となったモンスターたちを少しだけ眺め、後ろで呆然と見ていたはずの冒険者たちの怪我を直そうと振り返ったが彼らの姿はどこにもなかった。
…逃げたのか、礼くらい言ってくれると嬉しいんだが、まあ無事に逃げてくれたのならなによりだな、うん、うん…
ふとアイズを見ると彼女も少しだけ悲しそうな目をしていた。まあ人助けってのはただの自己満足だからこんなこともあるさ、元気出そうぜ。
「あー、すまんな、付き合わせちまって。さ、先に進もうぜ」
「うん、行こう」
気まずい空気の中そんな会話をして彼らはさらに下に降りていき、鬱憤を晴らすように三日間籠って戦い続けたらしい。
ホームに帰ってきたアイズは清々しそうな顔をしており俺はもはや腐ったような目をしていたそうな。