ダンジョンに救世主っぽい何かがいるのは間違っているだろうか 作:泥人形
いやすんませんネタが思いつかなかったんです…許せ…
てことで唐突な過去編。むしろこれを大分前から書きたかったんですよねー
白髪の少年は地を蹴り躍動する。臆することなく駆ける少年の手には漆器のように美しい真黒のナイフ。もう片方には半ばから折れたそこそこ質の良い細身の剣。剣を囮にナイフを力強く、しかし浅く切りつけていくその光景は稚拙ながらも見るものを引き寄せて離さない「何か」があった。
少年の敵――人の身に牛の頭をつけたような異形の怪物――ミノタウロスは戦闘慣れしているのか自分より早く動く少年にそれなりに冷静に対応していた。チョロチョロ動く小さな子を叩き殺さんと大剣を駆使していた。満身創痍ながらも紙一重で避けていく少年。少しずつ血に濡れていきながらも意に介さず動き回れるミノタウロス。場は正に消耗戦。どこかで大きな一手を打てなければ少年の負けは目に見えていた。しかし少年の手 元には決定打となり得るだけの力がないのも明白で、だからこそどうするのか楽しみでならなかった。
一言叫び、少年の手から炎が素早く放たれる。しかし炎はミノタウロスの表面を炙るにすぎない。
『速攻魔法』恐ろしく便利で多対一では強力な武器になるそれは今では威力が低いというデメリットばかりが目立っていた。そうして攻めあぐねている内にミノタウロスが大きく動く。隆々とした筋肉でナイフを阻み、大きく振りかぶった大剣は無情にも鋭く落とされた。風を断ち、舞い散る火の粉を吹き飛ばし、深々と凄惨な跡を残すような一撃だ。瞬間トンッと軽い足音が丸太のような腕に小さな刺激を残して消えた。同時に風切り音とともに赤々とした鮮血がミノタウロスの眼から吹き出した。
大きく悲鳴を上げガランと剣を落として後ずさり突如として視力を奪われるという生物としての恐怖にその身を震わせた。そうしてできた隙は、正しく致命的なものであった。少年は素早くナイフをホルスターにしまい、落とされた大きな剣を拾い下から上へ、大きく――引き裂いた。溢れ出る血が少年を濡らし、ミノタウロスは劈くような悲鳴をあげた。しかし少年は止まらない。返すように上から一閃。斜めに落ちてきた剣の重さに引かれるように回転。歯を喰いしばり、足に力を込め、右から左へ一閃。
しかし劣化が激しかったのか体に刃が埋まった所で半ばからポキリと折れた。驚きに目を見開く少年。同時にミノタウロスの拳が唸りを上げる。肉が潰れ、骨が砕ける音が響き、少年はボロ雑巾のように吹き飛んだ。壁に当たりガラガラと岩が崩れ落ちる。
身を血に染めミノタウロスは大きく勝利の雄叫びを轟かせた――瞬間、爆発。雷のような速さで駆けた炎は大きく開いていた口内に、傷口に抉るように入り込み爆発していく。グラリと態勢が崩れると同時に影が走り、跳躍。黒く美しいナイフが脳天に突き刺さった。しかし未だ死なぬ怪物は小さく喉を鳴らし、それを掻き消すかのように爆音が続く、続く、続く。何度も撃ち込まれたそれはついにミノタウロスを内側から爆散させた。血と、骨と、肉と、魔石がごちゃ混ぜになり吹き飛びその場を彩りその最後を示した。
落下してきた少年はおぼつかない足取りで着地し最後にゆっくりと笑みを浮かべそして眠るように意識を失った。
「べ、ベル様ぁ!」
大きく叫び少年のパーティーメンバーである小人属の女の子が飛び出した。
余程大切な人だったのだろう、その顔は悲痛と安堵の二つに彩られていた。
その姿に、ようやく戦いにより張りつめていた空気が弛緩した。
「お見事」
自然と賞賛の言葉が口をついて出てきた。
それに気づくと同時にやはり「冒険」とは良いものだ、と思う。
それが自分よりLv.の低いものであろうが、つたないものであろうが、「冒険」という輝きは何にも勝る。
自分より少し離れたところで今の冒険を見ていたアイズやフィン。彼女に呼ばれたのだろうロキファミリアの最上級冒険者たちの顔をチラリと視界に入れた。
彼らもまた思うところがあったのだろう。
特に狼人のベート何かは分かりやすく興奮を表に出し、アイズは身の内に熱い闘志を揺らめかせているのが見て取れた。
そんな彼らを見て、これは三日間は行方不明コースだなぁと確信して苦笑した。
止めることはできないだろう。彼らは一度火が付くと止められても止まらない性質のひとだから。
ついでに言えば俺は皆に心配かけんな!なーんて言えるような人間でもないのだ。
思い出したようにバックパックを背負いなおす。複数のクエストをこなした帰りだったのだ。
ガチャガチャと色々な素材が音を立てて存在を証明し、肩にかけてる布が重みを訴える。
それが少しだけ憂鬱だったがこれが全部お金に代わると思えば気も楽だった。おっかね。おっかね。と己を鼓舞して出口に向かって踏み出した。
「いや何さらっと帰ろうとしてるんだい、この不良児が」
何か良い感じの雰囲気だったし行けると思ったら全然いけなかったでござるぅぅwww
おっといかん、ビビりすぎて思わずオタッキーな口調になってしまった…。自重せねば、と思いつつ目の前にいる美少年――に見える四十過ぎのおっさんを視界に収めた。
150cm程の慎重で金の髪が美しく輝いている――だがおっさんだ。
二つ名は
その二つの蒼の眼は何もかも見透かしそうな怪しげな魅力を放つ――だがおっさんだ。
そう、ロキファミリア団長。フィン=ディムナは紛うことなきおっさんである。
駆け出し冒険者や冒険者でないものにはあまり知られていないことなのだが高レベルの冒険者というのは見た目に反してそれなりに年を重ねている者が多いのだ。
今目の前にいるフィンや現在ノシノシと近づいてくるマッマ…リヴェリアも例に漏れず、だ。
というかエルフやハイエルフはデフォで余裕で百年以上生きたりするとんでもない生命体であり見た目詐欺筆頭だ。
では何故高レベル冒険者は見た目が若々しいのか?といえば答えは『冒険者だから』だ。
より正確に言うならば冒険者であるいという印――イコルを背中に刻まれているからである。
このイコルというものは何も我々にステータスという力を与えるだけではないのだ。
イコルとは常人では無いとうことの証。人という枠を超え、神の領域に踏み込んだというその証明なのだ。
そしてレベルアップ――存在としての器を昇華――をしたものはそれだけ”神”という存在ん位近づいた、ということだ。
基本的に概念そのものである神というのは不老不死だ。だからこそそれに近づく=老いが遅れ、死にづらくなる。という効果がもたらされる訳である。
つまり何が言いたいかっていうと。
そんな超高レベルの方が手首をがっしりと掴まないで下さい振りほどけない上にくそ痛いです(真顔
ああほら手首がメシメシ鳴ってるから!笑顔を深めて力を込めるなぁぁぁ………
この後どうなったかと言えばホームに引きずられた(物理)上にみっちり叱られた☆
説教はママだけでなくフィンも混じったためにどこぞのアマゾネスまで乱入してきてもうほんと…メンタルが削られた、悲しいね。
お前人のこと言えんのかよ、と睨みつければ何か文句でもあるのか?と三方向から言われる俺の立場の無さよ、虚しいね…。
だがしかし、それでも俺は中々興奮が抜けていなかった。
何せ他人が冒険する様を見るのは久しぶりだったのだ。柄にもないことは承知しているがそれでも抑えられずにニヤニヤする。
またダンジョンに潜りたくなってきたなぁ、と思うが自重する。
また迷惑かけたら今度はぼこぼこにされてしまいそうだ。
でも何かしたいし、と部屋を漁りだす。なーんか面白い物でもないかなぁ、と。
その時ガランッバサァッと連続で物が落ちる音が響く。
そろそろ掃除しなければか、と思いながら拾い上げるとそれはもう使い物にならないほど刃こぼれしたナイフと~言語マニュアル~と書かれた一冊の手帳だった。
「これは…」
懐かしい、と口角を上げる。
パラパラ捲れば色々と当時の心境なんかも書いていてとても面白い。
読み進めていくと一つの文字に目が留まる。
『初めてダンジョンに行った、中々にワイルドな体験をしたぜ…(震え声』
「初めてダンジョンに行った時かぁ…懐かしいねぇ」
思い出してみようとすれば案外鮮明と記憶は蘇ってくる。
そうそう、懐かしいなぁ。あの時俺は―――
――目を覚ますと、未だ見慣れない天井が映り込む。四つに区切られた木枠の小さな窓から暖かな日が差し込んできていた。
ベッドがある方の壁に付いているせいで丁度良く…丁度悪く光が顔に当たって鬱陶しい。
二度寝しようかと考えたがどうにもそんな気分になれない。ふと、キョロキョロと周りを見回した。
「…6時か」
早い、早すぎる。この前見方を教えてもらった良く分からんこの世界の時計を凝視しながら思う。
朝食は早くて7時からだ。あと1時間もありやがる。
…寝起きは頭に入りやすいと聞くし少しでも文字を読めるようにしとくか。
ピョンッとベッドから抜けて椅子に座る。机には昨晩面倒になって投げ出した問題集―――現代風に言うならドリルが広がっていた。
ドリルっていうとやる気を失くすな…いややるけどね?
赤シート欲しいなぁ、と赤シート教の俺は切実にそう思いながら暗記を進めていった。
「取りあえず、こんなところかな」
朝食の時間が近づくにつれて徐々に話し声などが活発になってきた。大分騒がしい。
お陰で集中が切れた。しばらくははかどらないと悟りベッドに飛び込んだ。
もふっとした反動を受け止めもう一度時計を見る。
「7時半か…」
人ははけるのは後30分ぐらいかな、と考え8時過ぎに行こうと決める。
大勢で食事はあまり好きではない…というか何喋ってるかわからん人たちとゆったり食事とかできんのだ。コミュ障をなめるな。
チャームポイントの死んだ目を濁らせてそんな事を考える。要するに暇。本も読めねぇ、娯楽もねぇ、何をしろってんだ。勉強?ああ、あいつは死んだよ(真顔)
それなら誰かと交流すればいいじゃない、とか思ったやつもいるかもしれんがそれは無理。キョどります(真顔)
大体俺がビビらず話せる相手なんてロキくらいだし。こっちきてまだ一週間なんだからそれも仕方ないよね!ね!?
――コンッコンッ
その時木製の扉をノックする音が室内に響いた。
すぐさまベッドから跳ね起き机に置いてある俺作成の言語マニュアルをひっつかむ。これがないと最低限の会話もままならないのだ。
パラパラとページを手繰り、言おうとした言葉とマニュアルにある言葉を照らし合わせ合っていることを確信してから慎重に口を開いた。
「どうぞ」
ガチャリと音をたてて扉が開かれた。
そこから姿を現したのは金髪金眼。蒼を基調とした服から真っ白い肌のすらっとした腕をのぞかせる女のこだった。両手には何故か食事の載ったプレートが持たれている。しかも一人で食べるには少しばかり多そうだ。
「おはよう」
「お、おはようございます」
表情を変えずに口を開く彼女。そんな彼女に動揺しながら声を震わせ応対した。
超ビビってるなう。早く用件言ってくれませんかねぇ…名前すら知らん人と話するとかそれだけで疲れるしメンタル擦れるんだからなっ。
「…………」
で、でたーーー!訪ねてきた側の癖にだんまり決め込むやつぅぅぅぅ!
マジで何なんだよおい貴様何か言えぇ!
「あ、あー、うん、何の用ですか?」
一言も発さずまじまじとこちらを見る彼女に根負けし、ノートを見ながらもたどたどしい発音で話す。なにこれ若干恥ずかしい。
「朝ごはん…」
グイグイッとプレートを押し付けながら淡白にそう返してくる。
「つまり俺に朝ごはんを持ってきてくれた、てこと?」
「それと、私の分もある…」
コクリと頷き続ける彼女。持ってきてくれたのは嬉しいが待て、落ち着け。そうプレートを押し付けてくるんじゃねぇ!痛いから!肩に食い込んでるぅぅ!?てか今自分の分もとか言ったか?何で…!?
顔をしかめながらグイッ、押し返し口を開く。
「有難いけど何で俺に?」
「誰かと食べた方が美味しいよ?」
「そうじゃなくて…何で俺に?」
「皆気にしてるから…」
「え…」
絶 句 で あ る 。お前すげぇアクティブだなとかあんまり近づかれるといい匂いがするから離れろとか思うところはたくさんあるがひとまず皆気にしてるてなに!?
目立たず部屋から出ることはほとんどなく日がな勉強してたまーにロキと話すとかいう完璧に忘れ去られていてもおかしくないニート生活を送っていたというのに何故…
もしや「このただ飯喰らいのクソニートが…」的な注目だろうか。ヤダ、ありえる…。
「どうしたの?」
その一言で一気に思考の海から引き揚げられた。いかんいかん。さらに目が死ぬところだったぜ。
「いや、何でもない…です…」
小さめの机をベッドの前に持ってきて、そこにプレートを置く。
金髪少女は気づいたら隣に座っていた。ホラーかよ。
色々と考え混乱しきった俺は呆けたまま少女と食事を摂りはじめた。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせて良く分からん食材から見知ったものによく似た食材たちに感謝の言葉を紡ぐ。
めっちゃ気まずかったけど美味しかったぜ!
ゆっくりと目を身を開き横を見る。金髪少女はこちらをガン見していた、何これ怖ぇ。
そっと視線を食器に戻し後ろに倒れ込む。もふっとした反動は相変わらず素晴らしい。
「食器は下げとくんで戻っても良いですよ」
というかこれ以上の無言はきっついんでどっか行ってくれ。何て考えていると金髪少女は衝撃の一言を吐き出した。
「一緒にダンジョンに行こう?」
「ハッ、ハァッ、ゼッ、ハァ…」
必死に足を前に出す。早く、もっと早く。己を急かす。既にスタミナは尽きていて、それでも死にたくなくて、上がらない足を無理矢理上げた。
頭から流れる血が目に入ってきて鬱陶しい。横腹はもうずっと痛みがずっと続いている。
それでも走れているのは背中に刻まれたステータスと追ってくる未知の生物への恐怖のせいだろう。
フラつく足を叩いて喝を入れた。
前を見据える。三叉路の左を迷わず選ぶ。少しだけ横幅が広がった。
ふと後ろを見るとすぐそこのやつの姿があった。悲鳴を上げながらかがんで流れるように横に転がり来た道を戻るように駆けだした。
「なにこれ超無理ゲーなんですけどぉぉぉ…」
逃げきれそうにもない、なんて事実を無理矢理飲み込もうとして考え直す。だって死にたくないし、誰か助けてくれるかもって期待をしてしまうから。
だが大抵の場合において希望的観測なんてのは役に立たないごみだ。
故に俺は二つの選択肢を持っていた。
すなわち抵抗して死ぬか、何もせずに黙って殺されるか。
二つに一つのその選択肢を前に少しばかりためらった後に俺は護身用に持たされていた、少しばかり刃こぼれのしたナイフを振り向きざまに振りぬいた。
ザクリ、と不愉快な感触が刃を通して腕全体に広がっていく。しかしそのナイフはそれなりに上物だったのか、振りぬいた勢いは止まることがなく怪物の身体に深く跡を残していった。
想像以上にうまくいったことに驚くと同時に怪物は大きく叫びを上げた。その声音は怒りに満ちているようで、その咆哮は空気を揺るがさんばかりの迫力で、文句なしに自分のような弱者を怯ませるには十分なものだったはずだ。
――しかし、だがしかし、だ。俺にはそんな姿が滑稽にも大きく隙を見せているようにしか見えなかった。
一撃目が上手くいったからなのか、何となくいける気がした。だからこそ俺は、一歩踏み込んだ。
どこを斬れば良いとか、どこを突けば良いとかは知らないが人型なのだし頭を潰せば死ぬだろう。
そう思い、頭が狼のような人型のモンスターの大きく開いた下あご目掛けて勢いよく得物を突き上げた。
同時に怪物は長くはない足を俺の足にめり込ます。未知の衝撃に全身を揺らし声を漏らす。
しかし不思議と痛みは感じなかった。だからもう一歩更に踏み込んだ。
かくして刃はするりと入り込んでいき、硬質な骨は刃とガリガリと削り合い悲鳴を上げた。
溢れる血潮が体を濡らすのを見て”ああ、この服最近貰ったばかりなのになぁ”と的外れなことを考える。
そしてついに刃は全てを切り裂き、モンスターはか細い断末魔をしぼり出し、やがて地に伏した。
頭がぱっくり割れて、未だに血を流し続ける死体を眺めながら荒れた息を整える。
かすかに震える手を見て人では無いとはいえ生物を殺したという罪悪感を抱いている自分に気づき、同時に殺した高揚感に包まれているのにも気づいた。
そんな自分を気持ち悪く感じ、俺はそのことを考えるのは止めてその場に座り込み、死体を眺め続けた。
死体は徐々に煙のような、粉のような何かに分解されていきサラサラと上へ溶けていっていた。モンスターはこうして消えていくのか、不思議だな、と呆けた頭で考える。
しばらく経った頃には死体は消え去りその場には小さな綺麗な石と、大きめの牙が一本残されていた。
どうやらこれは消えないようだ、何となく拾い上げポケットに滑り込ませる。牙がポケットに穴を空けて落ちていった、超痛いし何か恥ずかしい。
若干イラつきながらまた拾い上げ今度は手に持ち続ける。今度なんかいたらひとまずこれ投げつけてやる。密かにそんなことを思いながら隅っこに移動する。
そこでようやく俺は上手く歩けないことに気づいた。何か痛いのだ。いや今の牙の怪我じゃなくて。
恐る恐る片足を見るとひくひく痙攣してた。さっきのキックですね分かりたくありません…。
ビビりながらズボンをめくると真紫になった足が出てきた。うわ超痛々しい…てか超痛い。何で今まで気づかなかったし。アドレナリン?仕事しすぎぃ!
しかしここから動かないわけにもいかないので片足で立ちピョンピョン跳ねながら移動した。牙の怪我が超痛いが我慢である。
どかっと壁に背を付け座り込む。認識してから足の痛みが気になって仕方がない。
そんな自分への苛立ちを抑え込み冷静に現状を把握する。
現在位置:ダンジョン?階層
身体状況:超最悪
持ち物:ナイフ、ハンカチ、言語マニュアル、小さいバッグ
周囲の状況:薄暗く、それなりに広い。モンスターは見受けられないが見る限りここに繋がる道が六本もあるのでいつ何かが出てきてもおかしくない。
まあ正直階層は俺がモンスターを倒せたことからそこまで深い所ではないと予想できる。
だがこの体では移動もままならない。助けがないと死ぬしかないまである。
ど、どうすればええんや…碌に回らない頭を悩ませると同時にこんな状況に陥った己の不運を嘆く。
そう、事が起こったのは今から一時間ほど前なのである。
別に俺も好きでこうして異形の怪物とランデブーしていたわけではないのだ。
ただ初めてのダンジョンってことで若干テンションが上がってしまっていた故に起きてしまった不幸な事故なのだ。
…訂正しよう。若干ではなく滅茶苦茶テンション上がってた。
いやだって仕方がないじゃん、男の子は皆ダンジョンとか剣とか魔法とかに憧れるものなんですぅぅ。
こ、ここがダンジョン…!的な感じで目を輝かせて(比喩)も良いじゃないか。
とまあそんな感じで私から離れないで…みたいなこと言ってた金髪少女からホイホイ離れて俺はあちこちに駆けだしたのだ。
結果が今のこの状況。調子に乗ったが故の結果ですねん…
具体的に言うなら穴が開いてボッシュートー!と言わんばかりに落ちてった。
いやぁ本気で死んだ思いましたね。瓦礫とか俺の顔横数センチのとこにゴォン!とかいって落ちたしな。
無傷だった自分を褒め称えたレベル。
しかしまあそこから更に調子に乗ったのがいけなかったね。お陰でめっちゃ追いかけまわされたわ。
怪我もするしもう散々だ…あぁ、もう…
もう取りあえず神でも悪魔でもなんでも良いから俺を救いたまぇえぇぇぇ!」
えぇぇぇ…ぇぇえぇぇ…ぇぇぇぇ…
何か声が反響していく。思わず声出しちゃった感じかなーこれは。しまったな、不味いやらかした☆
自分のお茶目さを全力で恨みつつこの場から移動しなければと這いずりだす。
足が痛すぎて最早切り離したい。
「いやマジいってぇな本気で切り落としてくれようか」
若干苛立ちながら身体を進めていく。こんな経験初めてなもんだから全然進まないし端から見れば相当無様だろうなぁ、と思う。
だけど今更そんなん気にしてらんねぇぜ!とズルズル進む。恥などとうに捨てたわと言わんばかりにズルズルと。
しかし不運は続くものだ。
いや、不運ではないか。ダンジョンにいる以上、当たり前のことなのかもしれない。
ダンジョンは異形の怪物の住処だ。
目の前でゆったりと徘徊するそれは――紛うことなき先ほどと同一のモンスターであった。
逃げようとしても足は痛みを訴えるばかり。
俺は直感的に思った。
あ、俺死んだわ。と。
それから世界はいやにスローに見えた。
こちらに駆けだしてくる二足の怪物。
獲物を見つけたと言わんばかりにその鋭利な爪を光らせる。
最後の抵抗だと俺はポケットから牙と石を投げつけるがかすりもせずに落下する。
そんな俺をあざ笑うように鳴きながらそいつはたどり着いた。
そして横たわる俺にそいつはゆっくりと爪を振り下ろした――――
そこで俺の第二の人生は終わりを迎えるはずだった。
何ともあっけなく、何もできなかった人生だった、そう思った。
けれども運命とはかくも奇怪なものらしい。
俺の耳に届いたのはぐちゃりと俺の身体が裂かれる音ではなく――ゴバァ!と全てを吹き飛ばすような音だった。
およそ優しくはない、凄まじい勢いで風が体を撫でていく。
「大丈夫ですか?」
瞑った瞼を開き見上げると、そこには尖った耳の金髪碧眼、緑衣を纏った美しい、それはもう大層美しい女性がいた――