「よっこらせ、と」
ふぅ、と息を吐きながら、リンドウは横たわるソレに身を預け、地面に腰を下ろした。
思ったよりも硬い感触を背中に感じ、起き上がろうかと一瞬迷ったが、座り込んですぐ立ち上がるのも面倒だと思ったリンドウは、そのまま一服しようとタバコを取り出す。
すると、そんな彼に一人の女性が歩み寄って来た
「あらリンドウ、もうくたびれちゃったのかしら?」
少しだけ意地の悪い笑みを浮かべ、「もうすっかりおじさんね~」などとリンドウをからかう彼女の名は、橘サクヤ。リンドウの幼馴染であり、一緒に仕事をする同僚でもある彼女は、よくこうして彼をからかっては、いたずらっ子のように微笑むのである。
なので、リンドウもまたいつものように、しかめっ面になりながらも反論するために口を開く。
「バカ言え、俺はまだ若いっての。これはその、あれだよ、ほら……なんだ」
視線を宙に彷徨わせ、必死に言い訳を考えるリンドウを見て、サクヤは思わず吹き出してしまう。
そんな彼女の様子に少々気恥ずかしいものを感じながら、リンドウは手に持ったタバコに火をつけ、一息吸い込んだ。
――と同時に、思わず顔をしかめる。また、タバコの質が落ちていることに気付いたからだ。
しかし、生きるのに必要な食料の質すら落ちているこのご時世、今更タバコの質が落ちただのと食料プラントに文句を言えるはずもない。
仕方なくリンドウは、「やっぱり仕事の合間に吸うタバコは一味違うねぇ」と誤魔化しながら、今自分がもたれかかっている、こんなご時世になった原因であるソレに目を向けた。
ソレは、確かにこの地球上で生まれた生物。しかしそれは、正しい生態系からは決して生まれることはない姿をしていた。
虎のような、それでいてリンドウが子供に見えるほどに巨大な体躯。首元から6枚に広がる、マントのような真紅の体皮。
本来在ってはならぬその生物は、今やこの世界中で様々な姿を取り、人を、町を、そして、森や大地さえも蹂躙し、喰らっている。
そんな異形の生物達は総じて、かつて日本と呼ばれていた極東地区に伝わる八百万の神に例えられ、こう呼ばれるようになった。
荒ぶる神――《アラガミ》、と
「…………おい」
低く、暗い声に呼ばれ、リンドウが振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
声のイメージそのままに、暗い紺色のパーカーに身を包み、フードを目深に被ったその少年もまた、リンドウの同僚である。名前は、ソーマ
「『家に帰るまでがミッションだぞ』って言ってたのはどこのどいつだ? そもそも、まだ討伐目標は全部仕留めてねぇってのに、何休んでんだ」
手厳しい言葉だが、それは仲間の身を案じて言っているということは、付き合いの長いリンドウには分かっている。
しかし、だからこそ、少しばかりからかってやりたくなるものだ
「はっはっは。いいじゃねぇか。お前さんの感覚でも、このあたりにやっこさんの気配は感じないんだろう? 少しばかり休憩してたって、いきなり喰われやしないって」
「チッ……勝手にしろ」
口ではそう言いつつも、突然《アラガミ》が現れた時のために、ソーマは油断なくあたりを警戒する。
そんな彼の様子に、「素直じゃないねぇ」と零しつつ、リンドウが2本目のタバコに手を伸ばした――その時。
3人の感覚が、近くにただならぬ気配を感じ取った。
間違いなく、アラガミだ
「…………おい」
ソーマが休憩していたリンドウに注意を促す。
しかしそれを聞くまでもなく、リンドウは既に立ち上がり、真剣な面持ちで構えていた
「わかってる。……はぁ、ちょっとばかりのんびりしすぎたか?」
「『最初に倒したアラガミを餌に、残りのアラガミをおびき寄せて奇襲する』……って言ってたけど、この感じだともう隠れる暇はないわね。どうするの? リンドウ」
アラガミには、あらゆるモノを“捕食”するという特性がある。
そしてその特性は、同じアラガミに対しても例外ではない。
故に、討伐目標の多かった今回の任務では、アラガミを餌にアラガミをおびき寄せて奇襲してみよう――と、リンドウが提案したのだ。
結果、おびき寄せるのは成功したが、もう隠れる時間がないので、奇襲は出来ない。そこで、何か代わりの作戦はあるのかとサクヤは尋ねたのだが――
「まぁ、こうなったら大人しく正面切って戦うしかないな」
と、リンドウはあっけらかんと言い放ち、自らの武器――チェーンソー状の紅い刀身を持つ大剣を構え直した。
「最初からそのつもりだ……!」
ソーマもまた、ノコギリのような黒い刀身を持つ大剣を腰だめに構えると、気配を感じる方向を睨みつける。
その直後、ソーマが睨んだ方向から、鬼の面のような巨大な尾を持つ獣型のアラガミ、《オウガテイル》が3体姿を現した。
「援護するわ。2人とも、油断はしないでね」
身の丈ほどもある長大な銃を構え、サクヤは前衛の2人に念を押す。
このオウガテイルというアラガミは、単体ではそれほど強くないが、だからといって気を抜くと、人間など一瞬で喰われてしまう。
それが、アラガミという存在だ。
「了解! お前らも、死ぬんじゃねぇぞ!」
「フン……」
リンドウがサクヤに返事をしている間に、ソーマは真正面からオウガテイルへと突っ込んでいった。
その無謀とも言える突進に、驚いたのはオウガテイルの方だった。
ソーマの動きの速さについていけず、一瞬だけ足が止まる。
そしてその隙を、ソーマは見逃さなかった。
「死ねっ……!」
一瞬で先頭にいたオウガテイルの懐に入り込み、手にした大剣を力の限り横に薙ぐ。
とても人のものとは思えぬ力で振り抜かれた大剣は、狙い違わずオウガテイルの首を切り落とした。
首を失ったオウガテイルは、断末魔の叫びすら上げることなく、その場に崩れ落ちる。
「ガアァァァァァァ!!!」
仲間を殺された事への怒りか、はたまた目の前で獲物が無防備な姿を晒していることへの歓喜の雄叫びか。残ったオウガテイルは、大剣を振りきって上体が泳いだソーマめがけ、一斉に飛びかかる。が――
ドンッ! ドンッ!
銃声とともに、2体のオウガテイルは空中で弾き飛ばされた。
何が起きたかなど、考えるまでもない。間違いなく、サクヤによる援護射撃だ
「言ったそばから危ないわね。いくらなんでも突っ込みすぎよ、ソーマ」
弟を叱る姉のような口調で言うサクヤに対し、ソーマは見向きもせず剣を構え直して、
「あれくらい、援護なんかなくたってどうにでもなる」
とだけ言うと、サクヤの射撃で倒れ込んでいるオウガテイルにトドメを差すべく、地面を蹴った。
そんなソーマに対し、既に最後の1体を仕留めたリンドウは、「やっぱり素直じゃないねぇ」と呟きつつ、手に持った大剣の切っ先を、目の前に横たわるオウガテイルに向けた。
次の瞬間、リンドウの剣が生き物のようにうねり、“何か”がせり出して来た。
深い闇のような色をしたソレは、刀身を包み込むように肥大化し、やがて龍の顎のような形状に変貌を遂げる。
細かく脈動するその顎は、まるで極上の餌を前にし、舌なめずりをする獣のよう。
そして次の瞬間、剣より生まれたその顎が伸び、オウガテイルに喰らいついた。
既に活動を停止したオウガテイルの肉を裂き、吹き出る体液を浴びながら、貪るようにして喰らうその様は、まさしく、人類の天敵たるアラガミそのものだ。
そう、この武器こそ、人類が世界の捕食者たるアラガミに対抗しうる、唯一の手段。
神から生まれた、神を喰らう武装。その名も――《神機》
やがて、体の半分ほどを喰われたオウガテイルは、力尽きたかのように黒い塵となって消え、顎は元の形へと戻っていく。
元に戻った神機を軽く持ち上げたリンドウは、柄の部分に備えられたオレンジ色の球体を確認し、苦虫を噛み潰したような顔になる
「こりゃまた微妙なのが出たなぁ……」
いつも帰るたび、「何かいい素材は取れたかい?」と、自らの研究材料をせびりに来る男の顔を思い浮かべ、リンドウは頭を掻く。
アラガミからレア物の素材が取れた時はいいのだが、そうでないときは、時々何食わぬ顔で追加の任務を与えてくるような男なので、今日のような日は少々帰るのが億劫になるのだ。
「今日の戦果はイマイチかしら? 予定ではもう1体いたはずだけど」
サクヤがあたりを見回しながら、言う。
確かに、観測班からの情報では、最初にオウガテイルを引き寄せるのに利用したアラガミ――《ヴァジュラ》がもう1体いたはずなのだが、もうこのエリアから逃げたのか、リンドウは付近にアラガミの気配を全く感じられなかった。
「お前はどうだ? ソーマ」
何気なく水を向けると、ソーマはやや面倒くさそうに舌打ちし、ぶっきらぼうに答えた
「……俺も同じだ。なんの気配も感じない」
「なるほどな……よし、じゃあ帰るか」
3人の中で最も鋭い感覚を持つソーマですら気配を感じられないのだから、もうアラガミは逃げたのだろう。そう結論づけたリンドウは、2人を伴って帰路についたのだった。
――ここは、アラガミによって全てを喰い荒らされた世界。
死と絶望とが地上を満たし、人々は生きる希望すら失いかけている。
しかし、だからこそ彼らは戦場に立つ。
残された僅かな光を守るために。
神に抗い、神を喰らう者達。
彼らこそが、《ゴッドイーター》である。
主人公出ず!
……はい、次回こそは出ます。小説の神薙ユウ君ほど格好良くないですけどね←おい