深夜、学院の生徒が寝静まり、静寂が広がる学院の広場に人影が舞い降りる。
フードをかぶった女性、包帯だらけのその姿は痛々しく、血もにじんでいる。
女性の名前は三つある、怪盗フーケ、ミス・ロングビル、そしてマチルダ・オブ・サウスゴータ。
彼女は満月を見ながら学院の広場を歩き、門の前に佇む。
今夜でこの三つの名前は捨てよう、どのみちここには居られない。
苦笑いを浮かべ自分の身長と同じくらいの門に手を触れる。
「よう、お帰りかい?」
「あ、・・あんた!」
門の外の厩の近く、外壁にもたれて銀時は満月を見ながら寝転がっていた。
「・・・あんたには世話になったね、ホントに。」
「俺は巻き込まれただけだよ、ったく、あのジイサンにしろあんたにしろはた迷惑な奴らがこの国にはわんさかいらぁ・・・・まぁ、俺のとこもかわらねぇけどな。」
「そうかい、・・・じゃぁ、そのはた迷惑な女はここでおいとまするよ。」
彼女は銀時に苦笑いとも笑みとも言えない顔をしながら厩に向かう。
「その前にお客さんだぜ。ちょっとは話してみてもいいんじゃないか?」
銀時の視線の先の人物の気配に彼女は振り返る。
そこには白いローブを着た老人、彼も前進包帯まみれでよろよろと足を引きずりながら彼女に歩を進める。
「・・・オスマン・・。」
「もう、学院長とは呼んでくれんのじゃな・・。」
オスマンは銀時に首を垂れると、まっすぐ彼女に向かい脚を引きずる。
オスマンは息も荒げに地面に正座する。
「すまぬ、・・・・許してくれ。」
彼女の顔は驚きとどこか怒りの表情を浮かべ、オスマンの土下座を眺める。
「や、・・やめて・・。」
「君の父君をあの時止めておれば、ワシがあの時選択を誤らなければお主を怪盗フーケなどにせずに済んだ、あの娘にもどうにかしてコンタクトを取りたかったが、すべてが悪い方に転がってしまった。・・すまぬ、この臆病で許しがたい老人の軽い頭で全部が片付くとは思わぬ、じゃが、・・・どうか・・。」
「やめてくれ!!あんた・・・あんたは!」
口を噤み、オスマンのもはやない右腕はローブが不自然に揺れる事で彼女に痛々しく見える。
隻腕の状態での土下座も彼女の胸にオスマンの許しを乞う姿が突き刺さる。
言いたい事はたくさんある、だが、彼女はオスマンに脚を運び、左手を掴む。
「立っておくれ、・・・私はもう行かなきゃならない、言いたい事はたくさんあるけど、もう、何言ってもお互い手遅れさ。」
「手遅れなんかじゃないわよ。」
ルイズが門の中から顔を出し、銀時と目配せをする、銀時は厩へと立ち上がり、ある人物を呼ぶ。
「テファ・・。」
厩の影から子供達とティファニアが月光の光に照らされ姿を現す。
「マチルダ姉さん。どこに行くの?」
「どこって・・・私は。」
気が付けば彼女のローブをまだ幼い子供の一人がぐいっとひっぱる、マチルダと呼ばれた彼女のローブを離そうとしない。
「お前は一人でどこぞに行ってもいい話じゃねーぜ、罪だか罰だか贖罪を乞う前に、目の前のガキ共の世話でもやってみな。」
「姉さん、私、この学院にお世話になることにしたの、子供達もオスマンさんが面倒みてくれるから、私は学生になれ、だって。」
「・・・・。」
言葉が出ない彼女の眼には涙が浮かぶ。
「私は、・・ううん、私達はもう逃げなくていいよ、だから、マチルダ姉さんもここで一緒に勉強教えてよ。」
ルイズはおほんとせき込み。
「あー、ミス・ロングビルがまさかフーケだったとはね~・・・まぁ私しか見てないけど、あ、使い魔もそうか、あとで夢だったって教えとかなきゃ。」
「あ、あとアバズレ部隊と真選組のアホ連中は俺から言うとくか。まぁ全部あのV字にまかせといてもいいな。」
お互い棒読みのセリフを発し、ルイズと銀時がニヤリと笑う。
「さーて、眠れねぇし、一杯ひっかけるか、マルトーのおっさんは起きてッかなぁ。」
「私は眠いから寝るわ・・・んじゃあお休み。」
オスマンの両肩をルイズと銀時が軽くたたき、二人はその場を離れる。
オスマンは俯き、次に自分の元部下の彼女を見る。
「ミス・ロングビル、もう一度ワシの秘書、いや、教師をしてくれんかね。」
オスマンはフーケともマチルダとも言わなかった、ロングビル、・・・今ここに生きているのは彼女が名乗った偽りの名前、だが、今オスマンの眼の前にいる彼女の名前は。秘書改め教師、ロングビルでしかない。
「やれやれ、またセクハラ地獄の生活かい・・。」
気丈にそういいながら子供を抱え、ティファニアの涙をぬぐう。
「まったく、・・・次セクハラしたら左腕ももらうよ!オスマン学院長!」
「う、・・うむ、善処しよう。」
オスマンは若干青い顔でロングビルに頷く。
ティファニアはロングビルに抱き着き、安心からか、彼女の胸に顔を埋め、泣いた。
ロングビルもティファニアを抱き寄せ、強く片手で抱擁する。
子供達も彼女達に寄り添い、ようやく会えたもう一人のお姉さんに甘える。
オスマンはそんな二人の光景を見ながら老いぼれた眼に熱い何かを感じたが、満月をみながらつぶやいた。
「約束は守れたかのう、・・・サウスゴータよ。」
銀時は学院内の広場の中央に脚を留め、佇み、満足気な表情でそらに浮かぶ満月を見る。
「こんな空にサヨナラは似合わねーよ。」
ルイズはその隣で黙って満月を見る。
ルイズは心の中で小さくつぶやく。
さようなら、フーケ。おかえりなさい、マチルダさん。
戦場の跡地にはふさわしいその場所に光り輝くアンドバリの指輪、その荒地に一人の仮面をかぶった男が舞い降りる。
アンドバリの指輪を拾った男はそれを仮面の奥でニヤリと笑う。
男の体はまるで羽毛のように宙に浮き、風に流されるように遠のく。
「次は僕が迎えに行くよ、ルイズ。」
次回よりトリスタニア日常編はじまります。