ー待って!待ってってばお兄様!
金髪の少女が、必死に声を出しながら少年に手を伸ばしていた。
しかし、後ろの母親らしき人物が抑えていて、伸ばした手は届いていなかった。
ー待って!ねぇ!お兄様!
それでも少女は、手を伸ばし、叫んだ。
その真紅の瞳からは、大粒の涙が多く流れていた。
辺りに、少女の悲痛な叫びが響いた。
しかし、叫ばれている兄である少年は、返事をしなかった。
まるで、少女の叫びなど耳に入っていないかの様に。
ーねぇ、なんで!?私を一人にするの!?
ー絶対に一人にしないって言ったよね!?ずっと・・ずっと隣に居てくれるって言ったよね!?
それでも、少女は叫ぶ事をやめなかった。
兄に遠くへ行ってほしくない、その一心が彼女を叫ばせていた。
しかし、
ー・・・・・・・・・・
少年は、何一つ言葉を発さず、見向きもしなかった。
ー嫌・・行かないで・・・待っ!?
それでも尚も叫ぼうとする少女にしびれを切らしたのか、
近くにいた衛兵が、少女を城へと引っ張って行った。
ーちょっ、離して!!お兄様が!
少女は抵抗する様に、衛兵の手を振り払おうとしていた。
だが、衛兵は微動だにせず、引っぱて行くのが面倒くさかったのか、少女を担いだ。
ーお兄様!お兄様あぁぁぁぁぁぁぁ!!
その声を最後に、少女は城に連れてかれ、門は閉じられた。
ー・・・・・・・・・・
少年は、閉じられた門を見つめた。
そして、
ー・・・ごめん
謝罪と共に少女の名前を呟いた。
その声が、少女に届く事は無かった。
ー・・・リーズシャルテ
「・・・きて!・・・起きて!」
「・・・んぅ?・・・」
体の揺れと声を感じて、少年が眼を覚ました。
「やっと起きた・・・声かけても全然起きなかったよ。」
「あ・・・あぁ、悪い。」
どうやら、少年は寝ていたらしい。
悪い夢でも見たのか、顔が少し暗かった。
ダメだ。早く切り替えないと。
少年は、眼を数度手で擦り、声をかけた。
「準備はいいか?」
誰もが寝静まる真夜中の時間に、その声は響いた。
腰まで伸ばしたのを一つにまとめた金色の髪。
青空を映すような蒼眼、そして、この国では珍しい袴という着物を羽織っていた。
「うん、大丈夫だよ。」
そう答えたのは、もう一人の、さっき金髪の少年を起こした少年だった。
まだ幼さが残る童顔、綺麗な銀髪に銀色の瞳。
まぁ、本人に童顔って言ったら怒るけどな。
そんなことを考えてると、銀髪の少年が声をかけてきた。
「ごめんね、こんな事に巻き込んじゃって。」
「なぁに、気にするこたぁねえよ。俺からやるって言ったんだから。」
「そっか、ごめん。」
「フッ、謝ってばっかりだな、お前。」
「え!?そ、そう?ごめん・・・」
「ハハッ、ほら、また謝った。」
「あ・・・・」
二人の間に短い沈黙が流れた。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「「フフッ・・・アハハハハハ!!」」
そんな空気が可笑しかったのか、二人同時に笑った。
皆が寝静まった夜の空間に、二人の笑い声が響いた。
今日はもう笑えないぐらいに笑った。
そして二人の笑いが収まると同時に、金髪の少年が真面目な顔に戻った。
それに伴い、銀髪の少年も気を引き締める。
二人同時に、腰についた剣を鞘から抜いた。
「さぁ、行くぞ、ルクス。」
「うん。ハルト。」
そう、互いに声を掛け合う二人の眼には、大きな街が映っていた。
「ゼアァァァァァ!!」
気合と共に繰り出された愛剣が、敵の機竜の幻創機核を貫いた。
そして、すぐにそれを引き抜き、次の相手を迎え撃つ。
上段から降られた剣を冷静に身を引いて避け、振り下ろされた瞬間に幻創機核を貫く。
すぐに愛剣を抜き、落ちて行く敵に見向きもせず、次の敵に行く。
この高さから落ちても、最悪骨折だけで済むであろう。
そんなことを考えながら、次々と敵の機竜を落としていく。
そして、敵の数が一定の数になった時、前方から黒い機竜が来た。
俺はその黒い機竜の後ろにいた敵の幻創機核を貫いた。
剣を抜き、黒い機竜を纏ったルクスと背を合わせる。
「このぐらいならイケるよ、ハルト。」
疲れているのか、肩を上下に揺らしながら息をしていた。
「じゃあ、俺は手筈通りに奴隷の開放に行く。無茶はするなよ!」
「それはこっちのセリフだよ!」
そう会話を交わし、互いに次の敵に行った。
「どけぇぇぇぇぇ!!!」
立ちふさがる敵を一突で追撃しながら、最高速度で進む。
その姿は、まるで流星の様だった。
狙うは、城壁にある窓。
「うらぁぁぁぁぁ!」
ガッシャァァァァァン!!
俺は窓をぶち破り城内へ入った。
「侵入者が城へ入ってったぞ!!至急捕まえ!?」
指示を出そうとした男が、ルクスによって落とされる。
あの様子だと、城内の機竜使いは全て城外にいるのだろう。
「接続解除。」
そう呟くと、纏っていた黄金の機竜が一瞬で消えた。
それを確認すると、持っていた剣を鞘に戻して走り出した。
「ハァ、ハァ、」
城内の廊下は酷く入り組んでいたが、城内の地図は頭に入ってる。
(ルクスが力尽きる前に、早く終わらせないと・・・。)
数秒間隔で起こる地鳴りや、機竜同士の戦闘で出て、城内に燃え移った火をくぐり抜け、俺は走った。
(ここを右に行って、三本目の廊下を左に!)
暫く走っていると、牢屋が見えた。
「ここか!」
そう呟くと同時に俺は愛剣に手をかけた。
「シッ!」
短い声と共に剣を振り抜く。
すると、牢屋の檻がバラバラに切れた。
そして、ポカンとしている奴隷達に、逃げるよう言った。
「もうすぐここにも火の手が回る!逃げたいやつは裏口から逃げろ!」
そう言うと、現状を理解した奴隷達が我先へと、裏口へと向かった。
(よし、これで奴隷解放は終わった。後は・・・)
そう思考しながら、廊下を走った。
奴隷解放の次は、城内にいる人の避難誘導だ。
この城は、此処、アーカディア帝国の城である。
此処を襲撃したのは、この国を変える為だ。
この国では、強い男尊女卑の風潮があった。
それがおかしいと思った為、ルクスが計画していたこの作戦に乗った。
その際にルクスには、人を殺めないでほしいと頼まれた。
その為、出来るだけ人は死なせないようにと、俺が城内の人の避難誘導を申し出た。
「ハァ、ハァ、」
廊下を走り、一番近くにあった部屋に入った。
「誰かいるか!・・・・・ッ‼?」
そこには驚きの光景が広がっていた。
吐き気がする程の血の匂い。
部屋中の床を染める量の血。
沢山の死体の山。
「誰がこんな酷い事を・・・・。」
一応生存者がいないか、部屋を探しているとその中には
「え?・・・・母さん‼?」
俺の母さんがいた。腹を血で滲ませて。
どうやら、多量の出血で死んでしまったようだ。
「クッソ‼・・・・・。」
俺は、悔しさをぶつけるように床を殴った。
大切な母が、義妹と出会うきっかけを作ってくれた母が、
義妹の世話をしてくれた母が、行き場を失った俺を拾ってくれた母が、
殺されたという事実に、俺は母を守れなかった悔しさと共に、犯人への強い憎悪を覚えた。
ふと、血に染まった剣が眼に入った。
俺はそれを手にとった。
見る限り、これが凶器と見て間違いないだろう。
「こんなものが、俺の母さんを・・・・・」
そう考えると、怒りが込み上げて来た。
ものにあたっても仕方がないのはわかっていたが、どうにも抑えられなかった。
「ッ!・・・・・」
剣を砕く勢いで床に叩きつけようとした。
その時
「お・・・お兄様・・・?」
透き通った声が部屋に響いた。
「リーズシャルテ?・・・リーズシャルテなのか!?」
横で纏めた綺麗な金髪、真紅の瞳。
別れた時より、少し成長した体。
まさしく、俺の義妹のリーズシャルテだった。
俺は義妹に駆け寄ろうとした。
しかし、
「来るなぁっ!!!」
義妹の口からは、拒絶の言葉が出てきた。
「えっ?」
「なんで・・・なんでリーナを殺した!!」
「そんな・・・俺は殺して・・・ッ‼?」
その時、今の光景が眼に入って来た。
横たわる死体の数々。
その中の一つに母の死体。
そして、
血に染まった剣を握っている自分。
この光景を何も知らないリーズシャルテが見たら?
答えは言うまでも無かった。
俺は誤解を解こうとした。
「待ってくれ!俺が殺したんじゃ」
「うるさいっ!!!」
しかし、リーズシャルテは応じてくれなかった。
「お前なんか・・・お兄様じゃない・・・この
人殺し!!!」
リーズシャルテはそう言うと、廊下に出て行った。
俺はその背中を追わなかった。否、追えなかった。
頭が真っ白になった。それぐらいに「人殺し」という言葉が心に深く刺さった。
燃え移って来た火や落ちてくる瓦礫が、どこか遠い世界の事とまで思った。
(人・・・殺し・・・か)
「ごめんな・・・・・。」
誰に当てたかもわからないその言葉は、
崩れて来た天井の音に掻き消された。
この日、たった二機の装甲機竜によって、アーカディア帝国は滅びた。
そして新たに、アティスマータ新王国が建国した。
国民は、帝国を滅ぼしたたった二機の装甲機竜をこう呼んだ。
「黒き英雄」と「金色の救世主」と・・・・・。