決闘者の遺産R   作:びく太

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第十四話:サリューシャ・A……

「《時の魔術師》召喚!」

 引いたカードをデュエルディスクにセットすると、場に千年の時を操る小さな魔術師が具現化された。

「――《TIME WIZARD》!?」

 サラは小さく呻くと、軽く握った手を口元へ持っていく。その仕草から彼女の僅かな動揺が見て取れた。

 そりゃそうだ。

 この賭けに成功されたら、デュエルは終盤にして五分の状態へと戻されてしまう。それでもまだ彼女の方が有利ではあるけれど、互いの次のドロー次第ではボクの逆転勝ちもありうる。さっきまでそんな可能性は、おしるこの隠し味で入れるひとつまみの塩程度しかなかったのに、ね。

 成功すれば、まさに起死回生の一撃だ。

 しかしボクの顔は相変わらず引きつった笑みを浮かべていることだろう。

 だいたいこの引きはナニ? なんて笑える展開。オモシロすぎて、逆立ちしながら鼻でスパゲッティ食べてやろうかと思うくらいだヨ。まあ、そんな食べ方したらパパに怒られるケド……ってか、そんな事したくないし。

 デュエルモンスターズ月刊情報誌増刊号の『決闘者の王国大会特別編集号』に載っていた、孔雀舞、ダイナソー竜崎に勝った城之内克也を思い出させるこのギャンブル的な引き。ワタルとボクが揃って負けた二人を倒した彼には一度会って……いや、デュエルしてみたいネ。無理っぽいケド。

 ま、どうせ負けが決まっていたような展開なのダ。当たるも八卦、当たらぬも八卦、ここはいっちょ城之内克也を見習って、景気良くいきましょ~かネ。

 ボクは大きく息を吸い、そして高らかに宣言した。

「伸るか反るかの最後の賭け――タァーイム・ルーレット!」

 ボクの宣言と共に、《時の魔術師》は時空を越える魔法を使うべく、先端が時計型ルーレットになっているロッドを天高く掲げた。

 ルーレットの針は回転を続ける。さながらゼンマイが場の緊張を巻き取って行くようダ。その緊張が解放される時、ため込んだ力はどこへ向かうだろうか――。

 当たればおなぐさみ、ハズれりゃジ・エンド。

 分かりやすい、ああ分かりやすい、分かりやすい。あまりの分かりやすさに泣けてくるね、ホント。

「……!」

 そうこうしている内に針の回転スピードが目に見えて落ちてくる。ボクは緊張に身を固めた。

 立体映像の向こうに見えるサラの表情からも笑みが消えており、ボクと同じようにルーレットの行方を凝視して身を固めている。

『当・た・れ! 当・た・れ!』

 ブレーキをかけたように針の回転は減速する。緩慢な動きを見せ始めるルーレットに向けて、抑えきれなくなったボクの心のサポーター達(誰?)が、『当たれ』の一大コールをあげた。

 しかし、世の中そうそう甘くない。

 止まった針は、視力二・〇のボクの目で見る限り――ハズレを指し示していた。

「…………まぢ?」

 引きつった表情を浮かべているであろうボクを他所に、タイム・マジックの失敗によってフィールドに生まれた時空の断層が、大きな口を開けて、最後の切り札《時の魔術師》を吸い込まんとする。

「ああっ、行かないでぇ~!」

 ボクの必死の叫びも虚しく、《時の魔術師》はアッサリと時空の穴に飲み込まれて自滅した。

 手を伸ばして叫ぶ中、ライフカウンターだけが冷静に、タイム・マジックの失敗によって失うライフの計算をする。

 

【アキラ:LP400】(-250)

 

「…………」

 てふだぜろ。もんすたーぜろ。ふせてあるかーどは、やくにたたない。

 ――が、

「ターン終了です」

 ボクはサレンダーをしなかった。

 サラはそんなボクのエンド宣言に驚いたのか一瞬だけ目を丸くするが、すぐに表情はデフォルトの微笑へと戻った。

 しかし縁なし眼鏡の奥で緩やかに煌めく碧眼には、かつてない程に闘志の炎が燃え上がったような気がした。

 

「私のターン。ドロゥ!」

 サラの声に気迫がこもる。

 そこに、今までの優雅な佇まいとは違う、ウサギ一羽にも全力を尽くす獅子のような、デュエリストとしての研ぎ澄まされた牙を垣間見た気がした。

 引いたカードを手札に加え、自身の場とボクの場を見比べる。

 そして一度カードを摘み上げたが、やはり手札に戻し、

「《鎖鎌の忍者-ドウセツ》、ダイレクトアタック――!」

 最後の賭け――というには、あまりにも分の悪い駆け引き。しかし可能性が残っている以上、最後まで諦めたくはなかった。

「伏せカードオープン。《和睦の使者》!」

 翻ったカードは、囮にして本命の《和睦の使者》。残された可能性は、本命にしてブラフである《属性の特権》。

 しかしサラは、そんなバレバレの稚拙な駆け引きを警戒するほど甘くはなかった。

「《和睦の使者》にチェーン。《鎖鎌の忍者-ドウセツ》のエフェクトを発動。《Kunai with Chain》をセメタリーに送り、トラップカードをブレイクっ!」

 放り投げられた《鎖付きブーメラン》は、翻った《和睦の使者》を切り裂いて、電子の塵となって霧散する。

 そして塵の中から現れた《鎖鎌の忍者-ドウセツ》が眼前に肉薄――しかしボクはそれを恐れたりはしない。

 瞬間、忍者の脇の向こうに見えるサラと目が合った。

 その肉食獣のような鋭い目つきと口端の釣り上がりは、しかし敗者を見下す勝者の笑みには見えなかった。ボクはそれを返すように、ニヤリと不敵に笑ってやる。

 そんなボクにサラは満足したように俯くと、大げさに腕を振り出して最後のセリフを告げた。

「――ATTACK!」

「あうっ……!」

 

【アキラ:LP 0】(-2100)

 

 振り下ろされた鎖鎌は、ボクを袈裟懸けに切り裂き――日米のデュエリストによる国際決闘はここに決着を見た。

 

 

 

「あうう、やられたー。ボクもまだまだだ~」

 負けても悔いはなかったけど、とりあえずこのセリフくらいは言わせてほしい。

「ノンノン、グッドマインド」

 サラは立てた指を軽く左右に振って、ボクの言葉をやんわりと否定した。

「とても楽しかったです。アキラのデュエリストとしてのスピリットも感じました。インダストリアル・イリュージョン社の人間として、あなたのようなユーザーがいる事をとても嬉しく思います」

 差し出された手を取り、硬い握手を交わしてから、ボクはようやくサラの爆弾発言に気付いた。

「い……? いんだすとり……いりゅー……って……ええっ!?」

 なんとサラは、デュエルモンスターズの生みの親たるインダストリアル・イリュージョン社の者だったのだー! な、なんだってぇーー!?

 ……と、どこぞの不思議探求団体のような独りボケツッコミは置いといて、と。全然突っ込んでないぞ、というツッコミも無視だ。

 さらに話を聞けば、サラは母親こそ違うが、あのインダストリアル・イリュージョン社の会長ペガサス・J・クロフォードの妹なんだそうだ。異母兄妹ってヤツだね。

 本名は、サリューシャ・A・クロフォード。通称、サラ。

 驚きは続くようで、なんとサラは十七歳にして、病に伏している兄ペガサス・J・クロフォードの代理をしているとか何とか。

 は、話の舞台が雲の上過ぎてよく分からないゾ。

「ところで、その会長代理が海馬コーポレーションに何の用なの?」

 話が一段落したところで、さっきから思っていた疑問を会話の隙間に突っ込んだ。

 そもそもなぜにそんな偉い人が付き人も秘書も無く来日して、Tシャツ・ジーパン・スポーツバッグの三点セットを装備しつつ、しかも道に迷っているのかが謎すぎる。

「ん? ん~……」

 口に人差し指を当てながら、サラは思案げに目を空に向ける。どうやら彼女は迷った時、指を口に当てる癖があるようだ。

「ん~、企業秘密♪」

 サラは、どこぞの有名ビルディングのエレベーターガールもかくやというような煌めきに満ちた営業スマイルでサラリと質問を受け流した。

「ちぇー」

 ボクはちょっとスネて見せる。でも、企業秘密ってことは、フツーの私的な旅行とかじゃないってことだネ。にひひ、少しだけ謎に切り込めたゾ。

「そういえばアキラのデッキは、確か『SHINING-DECK』でしたよね?」

 話を逸らしたかったかったのか、単に思い付きだったのか、サラはハッと何かを思い出したように聞いてきた。

「しゃいに……ああ、光デッキね。そだよー」

 返事を聞くや否や、サラはスポーツバッグの中をまさぐり始めた。

 そろりと覗くと……着替えらしき服とか、ウォークマンとか、英語オンリーの難しそうなハードカバーの本とかが見えた。

 ファイルケースらしきものもあった。たぶんあの中に海馬コーポレーションとの会議で使う書類とか入っているんだろうナー。

「アキラ、これあげる」

 差し出されたのはキラリと光る三枚のレアカード。なんだろうと身を乗り出して見れば……

「うおぉぉぉぉぉっ!? これはデュエルディスク完成記念のスペシャルプレミアムの限定レアカード! でも、これって広告だけでまだ実際には出まわ――」

 と言いかけて、ボクはそのカードを差し出している相手が誰なのかを思い出した。

 さ、さすが会長代理……市場に出回れば一枚で十万や二十万くらいは普通にしそうな超レアカードを、こんな風にホイっと出してくるとは。

 一枚はプレミアムの限定レアカード、一枚はいかにもボクの光デッキに合いそうなレアカード、残りの一枚はたぶんデュエルには使えない何かの記念特典らしきテキスト欄が空白の英語名のレアカード。

 さしものボクも一瞬だけ躊躇する――が、人の好意は素直に受けるモンだという事で、脳内緊急会議での反対派を一蹴し、ありがたく戴くことにした。

「ありがとうっ、大事にするよっ!」

「うん。これからもデュエルモンスターズをよろしくね」

 子供のように可愛らしい純な笑顔で、サラは頷いた。会社では、こんな笑顔見せないんだろうなあと、ふと思った。

 そういえばこの人、まだ十七歳だっけ。そう考えると、少しサラが気の毒なように感じた。

 ひとりで日本に来て、こんなところで道に迷ってたのも、そんな困惑がある事を分かった上で、息抜きをしたかったからかも知れない。

「あ……」

 と言う声に思案から舞い戻ると、サラは手首を返して凄く可愛らしいピンク色の腕時計を見つめていた。

 ケータイじゃなく今どき腕時計とは、なかなかに通な。しかも日本の少女向けアニメの抽選で何名様だかに当たってた時計だし。ボクも三年くらい前に応募したから覚えてる。ハズしたけど。

 しかし会長代理が少女アニメのピンク腕時計とは……いったい、どういう感性を持つ人なんだろう? 今になってようやくボクは、サラという人物のアンバランスさに気付いた。

 社会人として『大人』を求められる中、そのバランスを保つため、反対に自身の『子供』な部分を守りたいのかも知れない……なんて、そんな無意味に高度っぽい思考をするボクに、ワタルが冷静に突っ込む幻聴を聞いた気がして思わず苦笑が漏れた。

「ごめん、もう時間があまり……」

 あ、そうだった。そもそもボクはサラの道案内のために一緒にいたんだっけ。うっかり忘れてた。

 自分の役目を思い出したボクは、今度はちゃんとサラを駅まで送り届けた。

 

「それじゃアキラ、元気でね」

「うん、サラも元気で」

 握手を交わし、ボクは改めてサラにカードのお礼を言った。

 彼女は手をヒラヒラ振って「Don't worry」だの「No prblm」だのと言って笑っていた。

 ひと通り別れの挨拶を終えると、サラは自動改札を抜けて行く。そして階段を登ろうとした時、サラは何かを思い出したように立ち止まると、改札横の仕切りまで小走りで駆け寄ってきた。

 なになに、なんか忘れ物?

「ひとつ言い忘れた。アキラ、今度の大会頑張ってね」

 そう言い残すと、軽く手を振ってから、ホームへの階段を改めて上っていった。

「今度の……大会?」

 呆けるボクを取り残し、何番線だかに童実野町へと続く電車が来たことを告げる放送が構内に流れた。

 

「今度の大会ってなんだろう?」

 日も落ちた薄暗い道をそんな事を考えながら歩いていたら、いつの間にか家に着いていた。

「ただい、ま~……あ!?」

 いつものように何気なくドアを開けると、目の錯覚か、背後の電気のせいか、後光が差したママの仁王立ちが巨山のようにたたずんでいた。

「あ~き~ら~ちゃぁぁぁん……いま何時だと思っているのかしら~?」

 うぐあ、しまった……門限を忘れてた!

「ワタルくんのところにいるかと思って電話したら今日は一緒じゃないって言うじゃない」

 おにょれワタル。

 もっと機転を利かせるとか機転を利かせるとか機転を利かせるとか……

「さあ~て、このようなお時間まで、いったいどこにおいであそばされていたのか、お部屋でたぁぁぁ~っぷりとお聞かせ願いましょうか~」

 某スーパー宇宙戦闘民族のごとく髪の毛が逆立たんばかりの迫力と、その整った容姿が作り出す究極的に怖い朗らかな笑みがそこにあった。

 ひぃえぇぇぇ……誰かへるぷみー。

 心境的な意味で『ムンクの叫び』と化したボクは、来るはずのない助けを心の中で必死に呼んだ。たすけてー。

 しかし呼びかけも虚しく、ボクは正座させられながらママのお説教を延々と聞かされ続ける羽目になる。

 ちなみに……

 道に迷った外国人を案内したとか、仲良くなってデュエルしたとか、全部正直に言ったんだけど、「嘘おっしゃい」のひと言で一蹴されたのは全くの余談だったりする。

 

 おしまひ。

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