この話は、海馬コーポレーションが立体投影機搭載式携帯型決闘盤……つまりデュエルディスクを使った大会「バトルシティ」の開催より、時間は少し遡る。
まだ世にデュエルディスクが存在しておらず、カードゲームにようやく大型の立体投影機が活用され始めた、そんな頃の話。
一人の少年は、一人の少女を待っていた――。
***
「遅れてゴメ~ン」
潮風の吹きつける中、冷え始めた体を抱いていると、ようやく待ちかねた声が耳に届いた。
振り向けば、非常に見慣れているひとつの影が大きく手を振って駆けてくる。
子供だった顔に少しだけ大人の匂いを含みはじめる、年頃の少女。天然の茶髪を赤いリボンで後ろにくくり、吊られた髪の束が左右に揺れているであろう姿が容易に想像できる。
夜の光が点在する背景から少女の形に切り取られた闇のシルエットしか見えずとも、俺が彼女を見間違うはずはない。
そもそもこんな大事な日に大遅刻などという緊張感の欠けた事が当然のようにできること自体、彼女が幼馴染の腐れ縁、『和泉アキラ』以外にはありえないことを示していた。
俺は腕を組み、眉間に皺を寄せて口をへの字にした静かなる怒りを秘めた顔で向き直り、
「いやいや、全然待ってないよ。俺もいま来たところ。そんな事で気を遣って走ってこなくても良かったのに。疲れただろう、少し休むかい?」
などと歯の浮くようなセリフが口から出る事はもちろん無く、幻想のフィルターを外したセリフは、俺の真摯な訴えを、実に穏便に、絶叫していた。
「おまっ……ふざけっ……つか、集合時刻を何分過ぎてると……ってか、お前ぜってー学校と同じ感覚で、集合時刻じゃなくて出航時刻を目安に出てきただろ……ってか、それよりお前待ち合わせといてふざけんなっ……つーか、お前やる気あんのか、ゴルァ!」
文句を山のように積み上げてやるつもりが、言うべき事が多すぎて興奮している頭では言葉が整理しきれない。
「まーまー、とりあえずサッサと入ろうかね、ワタルくんや」
アキラは、真摯な訴えを右から左に素通りさせ、俺の背中をバシバシたたきながら、元ネタの分からない紳士口調で乗船を勧める。
確かに時間がだいぶテンパってるから、早く乗船するべきなのだが……なんかムカつくので、頭にぶら下がっている尻尾を引っ張ってやった。
「うあああっ、いたいいたい! ごめん、わたしが悪うございましたぁぁぁあああ――って、いたい。いたいって!」
「天罰だ。ありがたく受け取れ。異論は認めない」
「ぎゃあああ、オニっ、アクマっ、デーモンの召喚っ!」
言葉の意味はよく分からんが、非難されていることだけは分かった。よし、もっと引っ張ってやろう。
さらに泣き叫ぶ馬鹿幼馴染の髪を引っ掴みながら、俺たちはようやく乗船を果たした。
「お前信じらんねー、こんな日に遅刻とか」
フェリーが暗闇の海を切り裂いて進む中、俺は潮風が吹きつける甲板にへたり込みながら愚痴った。
「ほんとはね、ちゃんと時間に間に合うよう早めに出てきたんだけど……肝心のデッキを忘れちゃってるのを途中で思い出してネ」
馬鹿だ。こいつは絶対に馬鹿だ。馬鹿以外の何者でもない。生粋の馬鹿に違いない。一億と二千年前から馬鹿が宿命づけられている事をノストラダムスが予言していて、それを某不思議探求団が解明し、団員が「な、なんだってー!」と驚きに立ち上がる様が目に浮かぶ。
「ボクの事はもういいからサ、ワタルの方はどうなの」
「ちゃんと一週間前から準備万端に決まってんだろ。念の為に簡易旅行セットも買ったし、歯医者にも行ってきたし、散髪もしてきた。最後まで悩んだのはデッキだけだよ」
「歯医者と散髪は関係ないんじゃ……」
「罠カード発動、ツッコミ禁止」
「うっ……」
アキラのツッコミが固まった。よし、俺の勝ち。
「うー」
据わった目をして唸るアキラを無視し、俺は周囲のデュエリストたちの顔ぶれをザッと見渡した。
……が、暗くてよく見えなかった。
外に出てるやつ少ねえ。たぶんみんな大部屋の方だな。この間テレビに出てた日本チャンピオン決定戦の二人も姿が見えねえし。
俺はアキラを伴って大部屋へと向かった。背後でギャースカなにかがわめいているが、もちろん気のせいなので無視する。超無視する。
「おおお、結構良い船だネ」
扉を開けたアキラの声が頭の上から聞こえた。
うずくまる。頭がいたい。ちょっと調子に乗りすぎた。さすがにまたポニーテール引っ張って連れ回すのはやりすぎだったか。
「はいはい、ワタルくーん。あなたも見なさい。うりうり」
うずくまる俺の顔にアキラの膝がグリグリと押し付けられる。痛いけど癪だから抵抗してみたが、顔と足では勝負が見えていた。
「もうやめてっ! 俺のライフはもうゼロよっ!」
どこかで見た動画の真似をしてアキラの足にしがみついてみた。
「は・な・せ!」
頭上にゲンコツという名のひとすじのサンダーボルトが舞い降りて、俺は再び床に顔から突っ伏したのは言うまでもない。
ちっ、俺のターンはすでに終了していたか。
アキラの虐待から復活して大部屋を見渡すと、参加者同士でデュエルやトレードをしている姿が目に留まった。
「どうやら俺たち実績のないデュエリストは、この大部屋でデッキ調整しろって事らしいな」
「そうなの?」
「……見て気付け」
素で驚くアキラに俺はため息をついた。こいつ頭良いくせに、こういうところが抜けてるんだよな。
「ねえねえ、噂の武藤遊戯はどこかな?」
「いや、俺顔知らねえし。背が小さいってのは聞いたことあるけど……」
世界でも名の知れたデュエリスト、あの海馬瀬人を非公式とはいえ倒したという噂のデュエリストか……どんなやつなんだろう。
あの伝説の最強カード《青眼の白竜》三体を前に、それを打ち破って勝ったとか凄まじい話が流れてるけど、さすがにそれはウソくせー。
「あ、背の小さい人発見。もしもしー、武藤遊戯さんですかー」
背の小さい人物を見つけて、アキラは猛然とアタックに飛んでった。やれやれだ。
もう少し落ち着きとか落ち着きとか落ち着きとか……小学校六年間、全学期にわたって通知表の担任コメント欄に「落ち着きがない」と書かれた伝説に恥じない落ち着きの無さだ。
仕方無しに俺も後をついていくと、背の小さい人物が振り向いた。
「あ――」
「え――」
「げ――」
三者三様の声が漏れた。
「あ、あああ……アキラさん!」
さすがのアキラも引きつった顔のまま硬直していた。
地雷を踏んだ。
さすが伝説の落ち着きの無さ……軽率さもピカイチだ。
「むっ……またお前か、松山ワタルっ!」
背の小さい人物の正体は、隣町のチャンプにして、王国大会出場権を賭けたうちのブロック大会の準チャンプ、柊宗太くんだった。
アキラとの決勝戦は、似た傾向を持つデッキ同士、ミラーマッチに近い全くの五分を展開する白熱のデュエルだった。
しかしラストターン、どっちを出そうか悩んでいた二枚の手札から、アキラの手札のカードと相性が悪い方を選択をしてしまったソウタくんが敗れた。
そして互いの健闘を讃えあう握手の際、うれし涙を流しながら微笑んで手を出すアキラにひとめぼれしたらしい。
どこの優良米かと思ったが、以降の彼の行動を見る限り、どうやらマジ話だったようだ。
「じゃ、アキラ。あとは任せた」
俺は神妙な表情を作って重々しくその肩に手を置くと、回れ右をして歩みだす。
まるで命をかけた戦いを前に、戦友へ別れを告げるが如く、悠然と。
「まちなさい」
「うげ」
むんず、と襟首を引っ張る力に喉が絞まった。
「ちょっと、なんとかしてよ。苦手なんだから、ソウタくんは!」
無理やり引きずり込み、絶叫を伝える耳打ちが容赦なく俺の鼓膜を叩く。
いや、俺も苦手なんだよ。いつもアキラと一緒にいるせいか、なんか目の仇にされてるみたいだし。
「ア、アキラさん……こ、今度の地区大会のときに僕が、か……勝ったら、こここ……こう、交際してくれませんかっ!」
引きつった顔をさらに引きつらせ、アキラは視線で俺に助けを求めるが……悪い、俺知らね。
右手を祈るように前に出し、左手を水平にクロスさせ、続いて両耳を指差し、開いた左手に右手のブイサインを重ね、いかにもリラックスしたような素振りを順に行う。
ごめん、今日、耳、日曜日。
即興で作ったブロックサインが伝わったのか、涙目になったアキラは激しく落胆したように頭をガックリと落とした。
「あのさ、ソウタくん。確かキミはまだ小学生でしょ。ボク、そういう話はまだ早いと思うんだ。それにその話は前に断ったじゃん」
人生に疲れ果てて真っ白になる寸前のように返答するアキラに、ソウタくんは徐々に涙目になっていき、
「う……うわあああぁぁぁぁぁぁん! 覚えてろ、松山ワタルっ!」
「なんで俺なんだ……」
決壊したダムのように涙がこぼれだし、ソウタくんは謎の捨てゼリフを残してあさっての方へ走り去っていった。
あ、ソウタくん足下あぶない。
「ころんだ」
「ころんだな」
顔を抑えてもがくソウタくん。どうやら顔を打ったようだ。
「今の内にどっか見つからないところに行くヨ」
「それには同意するが、頼むからヘッドロックはやめてくれ」
真摯な訴えを完全スルーする構えで、俺の頭を小脇に抱えたまま、アキラは大部屋の中を駆け回るのだった。
俺、こんなんばっかだな。
「あうっ」
無茶な体勢で駆け回っていたのが仇となったのか、俺たちは大部屋の入り口近くでひとつの集団と衝突した。
ようやくヘッドロックから解放された俺は、フラフラの頭ながら、状況も確認せずになんとか謝罪の言葉をひねり出す。
「あああ、すみませんすみません。この馬鹿が馬鹿だから馬鹿でして。馬鹿に免じて、ほんと馬鹿ですみません」
ぐるぐる回っていた視界の中でひねり出した言葉は、しかし意味不明だった。
「ううう、いったーい……」
この馬鹿、痛がってないで早くあやまれ。
アキラと同じく尻餅をついていた相手は、どうやらソウタくん並に背の低いトンガリ頭の人だったことは確認できた。
他に、背の高めの生足がまばゆい女の人と、髪の長い温和そうな男の人、それに角刈りの不良っぽい男の人がいた。
みんな高校生くらいに見えるから、この人も背が低いけど高校生くらいなんだろう。
「いや、よそ見してたボクも悪いんだ。こっちもごめん」
あなたは神か。
あまりにも寛大なご処置に、俺の中の全米が感動に涙した。
「ふえっくしょい!」
涙する全米を打ち破る豪快なクシャミが入り口の扉をくぐる。
現れたのは、少し不良っぽい雰囲気を持つ背の高い人物だった。
「ちくしょー、羽蛾のヤロー……」
「あ、城之内くん。大丈夫だった?」
どうやらクシャミの彼は、ぶつかった人の仲間だったようで、トンガリ頭の彼とその仲間はクシャミの彼の元へと行ってしまった。
そのクシャミの彼は、濡れた頭をタオルで豪快に拭き、水しぶきを飛ばして仲間達に嫌がられている。
「あの人たちもデュエリストなのかな?」
「この船に乗ってるってことは、そういう事なんだろ」
そんな事を二人で話していると、目ざとく俺達を見つけたクシャミの彼は、タオルを頭にかぶったまま、腹に一物ありそうな満面の笑みを浮かべた。
一歩目から最高速で駆け出す走法奥義のように、瞬間的に距離を詰めてきた彼は何を言うかと思えば、
「なあなあ、君たち。俺とトレードしねえか?」
とか言い出した。
「え……ま、まあ良いですけど」
トンガリ頭の彼の仲間のようだし、こちらがぶつかった手前、断りにくいものがある。
その上、有無を言わさないこの迫力はちょっと……断ったら色々な意味で怖い気がした。
トレードでは、俺は《ガードナーの戦士》を出し、代わりに前から欲しかった《魔狼ルーグ》をもらえた。
片割れのカードが無いせいで彼のデッキには合わないらしい。その片割れを持っている俺としては、なんだか得した気がした。
アキラも何か交換したようだが、ちょっと確認できなかった。
「サンキュー、それじゃあな!」
やる事を済ませた彼は、肩をいからせてがに股で仲間の元へ去って行った。
なんか変にバイタリティありそうで、アキラに通じるものを感じるなあ。
「ねえ」
その背を見守りながら、アキラは腑に落ちないような顔をしていた。
「どうしたん?」
そう聞くと、アキラは顎下に指を這わせて何かを考えるようにうつむいた。
「あの背の小さい人……どっかで見た気がしない?」
「全国大会にも行ったことない俺が町内のデュエリスト以外に知ってる奴がいるわけねーだろ」
そういうと、アキラはさらに考え込むように眉間に皺を寄せる。
「でもでも……あの背の小さい人の首から下げられてた金色の逆三角形みたいなアクセサリーをどっかで見た記憶が……」
「たのむぜ。ボケるにはまだ半世紀くらい早いぞ」
直後、視界に掌が迫ってくるところまでは確認できた。
***
この時出会ったトンガリ頭の彼こと武藤遊戯、そしてクシャミの彼こと城之内克也が、この王国大会の優勝、準優勝をかっさらう事になる。
しかしそれはもう少し後の話。
強豪たちの待つ王国への船出は、まだ始まったばかりなのだ。
●オリジナルカード解説
「魔狼ルーグ」(効果モンスター)
ATK1700 DEF1300 4ツ星 地属性 獣族
効果:「深き森の狩人」がフィールド上に存在している時、攻撃力・守備力が500ポイントアップする。