決闘者のグローブ。その腕輪に空く十の穴は、決闘者の命たるスターチップのためにある。
その命たる星を賭け闘い、奪い取った命の欠片によって全ての穴を満たす事こそが、王城へと踏み入る唯一の資格となるのだ。
星に宿るは、各々の決闘者の誇りであり、想いであり、愛情であり、そして闘志である。
指先で踊る小さな星のかけらが、今王国中に散らばる決闘者それぞれの魂を宿す恐ろしいものであることを、まだ少女は知らない。
決闘者のグローブは、決闘者の心に宿る驕りを、何よりも嫌っている。
***
その場にいた全員が、蛇に睨まれた蛙のように、動くことが出来なかった。
草原35パーセント、森15パーセント、山20パーセント、荒野30パーセントという、複雑かつ、万人向けと思われる多様性あるフィールド設定のデュエルボックスの中には、ひとりの男が、まだ現れぬ対戦相手の席を見つめ、眉間に皺を寄せて座っていた。
「なんやなんや。こないに揃ってからに、ワイに挑もうっちゅー決闘者は一人もおらんのかいな!?」
その男は、耳触りの良い関西弁独特のイントネーションによる苛立ちの声を、ボックス外で立ちすくむ俺達へと向ける。
――ダイナソー竜崎。
インセクター羽蛾と並び、王国大会前哨戦であった日本インダストリアル・イリュージョン社杯デュエルチャンプトーナメント最終決勝戦進出者。
『ダイナソー』の名前が示すとおり、恐竜族の高い攻撃力や守備力を使った単純戦闘による力任せのデュエルを得意とし、インセクター羽蛾が出てくる一年も前から種族統一デッキへのコダワリを見せていたその道の第一人者だ。
今の状況を簡単に言えば、日本でも指折りの大物が出てきて『俺と命を賭けてデュエルしようぜ』と言っているのである。
全力でご遠慮させていただきたい。
俺達のような無名決闘者としては、一番乗りは避けたい上に、しかも最初はどうしたって勝ちたい。
そこに日本準チャンピオン、ダイナソー竜崎の登場だ。
忍法影縫いの術でもあるまいに、そんな感覚の金縛りを食らったのは俺だけじゃないだろう。
優勝候補である竜崎にしてみれば手早くスターチップを集めて王城へと行きたいのだろうが、俺達にしてみれば可能な限り強敵と明らかに分かる者とはなるべく闘いたくない。
早く闘ってみたい、しかし竜崎が居座っている限り、誰かか彼を何とかしてくれないと自分達が闘えない。
そんな答えの出ない葛藤を頭の中でグルグルと考えていたところ、ひときわ大きなどよめきに、俺の意識は再び目の前のデュエルボックスへと戻った。
――て、ちょ……待てや、おい。
「なんだい、みんな揃ってなさけないゾ!」
と、威勢のいい啖呵を切ってボックス内に現れたのは、誰が見間違う俺の馬鹿幼馴染――略してバカナナジミ――和泉アキラその人であった。
巨大怪獣が都心を闊歩するがごとくのっしのっしと歩み、ダイナソー竜崎とテーブルを挟んだ対面の席へどっかりと腰を下ろすと、やおら相手の鼻先へ指を突き出し、こう言ってのけやがった。
「ダイナソー竜崎! ボクはアナタにデュエルを申し込むヨ! 日本の準チャンプだろうが何だろうが関係ないネ。日本チャンプのインセクター羽蛾だって、この島最初の脱落者なんダ。強い人は早めに消えてもらうヨ!」
ポジティブのリミッターを超えた理解不能な超思考で、自分のレベルもわきまえず堂々と言い切るアキラに、むしろダイナソー竜崎の方が面食らっているようだった。
「な……なんや、エラい威勢のエエ娘がきたな。ま、まあエエやろ。元々デュエルは臨むところや。その挑戦受けたったるわ」
これが漫画とかなら、きっと竜崎の頭に巨大な汗がひとつ乗っていたことだろう。
さすがの準チャンプも意味不明なアキラの啖呵に、さすがに引いたようだった。
すごいぞ、アキラ……ある意味でわっ!
「ほんなら、スターチップはお互い全賭けの2個やな」
竜崎の問いかけに、今ごろになって緊張が出てきたのか、アキラは無言でうなづいた。
「話が早おて助かるわ。お互い、勝てれば城へ大きく近づけるやろうし、負けても明るい内に帰れるんなら、その方がエエに決まっとるしな」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
さすが全国大会常連のダイナソー竜崎、大会時のスケジュールの組み立ても良く理解しているようだ。
……今後の俺に、今学んだことを活かせる機会があるかどうかは考えない事にしておく。
そこは考えたら負け、たぶん!
「ほんならスターチップは2個賭けでデュエルスタートや」
アキラは草原を、竜崎は荒野の地形を自陣として始まったデュエルは、当初の予想を大きく裏切り、パワーバランスは意外にもアキラへと大きく傾いていた。
序盤から手札に恵まれたアキラは、その後の引き運にも恵まれ、主力カードや切り札を惜しげもなくバンバン呼び出し、竜崎のデッキを切り崩していく。
一方、竜崎は引きが悪いのか、得意の恐竜コンボや切り札カードは鳴りを潜め、アキラの得意コンボや必殺パターンを前に、手持ちカードを駆使して、なんとかそれを凌いでいるといった状況だ。
「…………」
……と、俺も最初はそう思っていたよ。
でも何かおかしいという事に気付いたのは、アキラの切り札《天使王カタストロフ》が、竜崎の《真紅眼の黒竜》によって相打たれた時だ。
アキラの《天使王カタストロフ》や、俺の持つ《ブラック・プリースト》は、俺らが唯一持っている激レアカードで、これだけは全国でも通用するというデッキの最終兵器とも言うべきキラーカードだ。
武藤遊戯ですら切り札にしている《ブラック・マジシャン》と唯一タメを張れる全国級の切り札だ。
それなのに、そんな上級切り札である《天使王カタストロフ》が、ただ守備モンスター1体を破壊しただけで退場させられた。
しかも、それを破壊した《真紅眼の黒竜》は、ドローカードではなく竜崎が『数ターン前から手札に持っていたカードだった』という違和感に、俺は何やら得体の知れない混沌を飲ませられた気がした。
「なんか……変だ」
デュエルが進むごとに、その違和感が胸の中でムカムカしてきて、いつの間にか俺の喉はカラカラに渇いている。
何か取り返しのつかない事を見逃してしまったような、そんな嫌な予感が俺の首にまとわり付いてきて、思わず生唾をゴクリと苦しげに飲み込んだ。
結論から言うと、俺の嫌な予感は最悪の状態で的中してしまった。
「そろそろ弾切れのようやな」
「……え?」
優勢のようでいて、その実なかなか押し切れないという煮え切らない展開のデュエルに、アキラが苛立ち始めた時だった。
椅子に浅く腰掛け、上体を沈めた行儀の悪い座り方でデュエルを続けていた竜崎は、ボソリとつぶやいたかと思うと、急に居住まいを正し、深くかぶっていた帽子をちゃんとかぶり直して、改めてデュエルテーブルの状況と墓地に行ったカードを確認し始める。
その時、俺が思ったのは「寝ていた竜が起きた」という、まさに言い得て妙な一言だった。
そして俺もまた一瞬で状況を理解してしまい、身体中に電撃のような痺れと怖気が走った。
すぐに思い返す。
序盤から手札や引き運に恵まれたアキラは、切り札も得意コンボも使い果たしたという事を。
そしてもう、これから出てくるであろう竜崎の主力カードを打ち破るだけの力が残っていないという事を。
「さ……最悪だ」
あまりの現実の痛ましさに、頭を抱えずにはいられなかった。
これから始まるのは、力尽きたアキラをただ蹂躙していくだけの、闘いと呼ぶにはあまりにも悲惨な――
「アキラっ!」
デュエルの勝負がつくや否や、俺は間髪入れずデュエルボックスへ飛び込んだ。
「ほんなら、スターチップ2個はいただいていくで」
デュエルテーブルを凝視したまま、その背を小さく震わせているアキラの前で、竜崎はそういってスターチップを無造作に取っていく。
「くっ……あんな勝ち方……」
「あん?」
「あんな……あんな勝ち方しやがって! お前、人をなんだと思ってやがんだ!」
竜崎のあまりの戦い方に、俺は無意識に咆えていた。
わざわざ相手を調子に乗せておいてぬか喜びさせ、最後にそれを全て嘲笑うかのような最初から狙っていたであろう大逆転劇……人を馬鹿にするにも程がある。
「はんっ、言っとることが全然ズレとるな。確かにこれはゲームやけどな……ゲームでも勝負となれば戦場も同じや。命を賭け合った闘いにあんなもこんなもあるか、アホ。勝てなければ生き残れん。その結果が全てや。生き残りたいなら勝つしかあらへん。あんさんは、こういう場所の初心者やろうから言っとくがな……」
そういうと、竜崎は俺の胸倉をつかんで捻じりあげ、最後の一言を発した。
「言いたい事は勝ってから言え」
「ぐっ……」
「デュエルの流れも読めんトーシローのオノレが、外野でギャーギャー咆えるな。なんなら今ここでオノレのデュエルの相手したってもエエんやで?」
その言葉に、俺は不覚にも固まってしまった。
弱者の遠吠えどころか、咆えることさえ出来なくなってしまった自分に半ば愕然としてしまう。
「はんっ、しょせんは口だけのハッタリくんかいな。オノレのほっぺにぐるぐる描いて青頭巾でもかぶせたら、さぞ似合うとることやろうな」
そういい残して高笑いをしながら去っていく背に、俺は一言も発する事も出来なかった。
震える拳を握りつつも、背後から聞こえる小さなすすり泣きの声だけが、俺の理性をかろうじて踏みとどまらせていてくれた。
これが……これが全国区かよ!
***
夢想から一転、これ以上ない現実を突きつけられ、少女は屈辱に涙する。
ここは決闘者の王国。
挑戦者の証たるグローブを身につけた者たちが、カードを剣として、命たる星を奪い合う戦場。
そんな当たり前だったはずの事を、これ以上なく辛く、強制的に理解させられる。
勝者の腕には輝く栄光の星々が並び、敗者の腕からは栄光の輝きが失せ、命の星が消える。
ここはそれが必然の、互いに命を奪い合う凄惨な闘いの王国である。
挑戦者の証は、命を奪われたとき、その役割を失う。
敗者に挑戦者たる資格は無いのだ。