パキュン、パキュン、トタタタタ。
「く……このっ」
ある日、俺は独特の喧騒を背に、とある場所で熱戦を繰り広げていた。
左手でせわしなくレバーを動かしながら迫り来る弾を懸命に避け、右手で激しくボタンを連射する。
間断無く現れる敵は、投げ捨てるように攻撃弾をばら撒いて行き、俺はその合間を縫って、ある事を狙っていた。
「おし、ここだっ」
ガキィンと言う金属音と共に、ファンファーレにも似た音楽が流れる。
オプション機との合体に成功したのだ。
やぁ、みんな。(誰に言ってるんだ?)
俺は今日ゲームセンターに来ている。
本当はデュエルをしに来たんだけど、デュエルボックスの順番待ちが面倒だから、交代でこうやってヒマつぶしをしているところ。
アキラは親父の会社に自分のデュエルディスクを取りに行ったし、待ってんのも何だからゲームセンターに遊びに来たわけだ。
今やっているのは親父の会社《海馬コーポレーション》が出しているシューティングゲームだ。
元々は軍需産業の会社だっただけに、こう言った戦争を髣髴とさせるゲームの質には定評がある。
合体など従来の同系統ゲームのお約束……つまり定番を残しつつ、リアルとフィクションを上手に編み上げていて……え~と、とにかくその手のファンには絶大な人気があるらしい。
アキラの家で見たインターネットの知識だけどな。俺ん家はパソコン無いからなあ。
「ワタル、ちょっとちょっと」
アチコチで響く電子音の中、聞こえたナオヤの声に反応した俺は、画面から目を離してチラリとそちらを見る。
見れば、ナオヤは何やらただ事ではない様子で手招きしていた。
……はて?
「あんだよ。今ちょうどドッキングに成功してだな……」
「ああ、そんなの良いから早く来い」
じれったく思ったのか、ナオヤは俺の手を掴んで強引にデュエルルームへと引っ張っていく。
おいおい、待ってくれ。散々苦労してようやくノーミスでドッキングに成功したのに……残機だって3機もあるんだぞ。
画面から離された俺は、引っ張られていく途中で空しい爆発音を聞いた。
あああ、せっかくハイスコアが……しくしく。
「で、何だよ。久々に調子良かったのに……」
「それどころじゃないよ。あれ見ろよ」
いつにないナオヤの視線につられて、俺の目はデュエルボックスで闘っている二人に向けられた。
別に普通のデュエルなんじゃ――と思った瞬間、俺の思考が停止する。
デュエルボックスで闘っている一人が、超レアカードの《ブラックマジシャン》を使っていた。
「おい、あれって《ブラックマジシャン》じゃねーか!」
「いや、それも凄いんだけどさ……使っているヤツを見てみろよ」
使っているヤツ?
「あれって武藤遊戯じゃないか?」
「むとうゆうぎぃ?」
おいおい、あの《無敵のデュエリスト》が、こんなところに来てるわけねーだろ。
ま、それでも本物を見た事がある俺としては、一応確認するけどさ。
以前、王国大会に行った時、船の中で仲間と一緒にいるのを見た事がある。
あの時は非公式だけど、あの《海馬 瀬人》を倒したと言うことで特別参加になった、みたいな話を聞いていた。
しかしそれがまさかデュエルモンスターズ創始者のペガサス会長まで倒して完全優勝するとは思わなかったけど。
「どうだ、ワタル?」
ナオヤが不安げに聞いてくる。聞けば、そいつはさっきから連戦連勝らしい。
まあ、この辺りのレベルはそう高くないし、連勝したからと言ってそいつが武藤遊戯とは限らない。
こう言うギャラリーが多い中で実力を発揮するタイプのアキラが闘えば、連戦連勝するのはそれほど難しい事でもないだろう。
でも、そいつは《ブラックマジシャン》を自在に操り、風貌も立ち振る舞いも武藤遊戯に良く似ているときたもんだ。
ううん……確かに良く似ているけど、遠目からだといまいち良く分からんなあ。
のらりくらりと相手の攻撃をいなし、最後に《ブラックマジシャン》で止めを刺し、その男はデュエルに勝利した。
しかし。
「――! おい、ナオヤ。アンティルールなのか」
デュエルに勝利した男は手を出す。
最初、俺は握手でも求めているのかと思ったが、出された手に置かれたのは対戦相手の手ではなかった。
デュエリスト同士の健闘を称え合う手ではなく、置かれたのはためらいがちに出された数枚のレアカードだった。
「アンティ? う~ん、カード渡してるところを見ると、そうなんじゃないの」
……違う。
本物の武藤遊戯ならば、あの差し出された手には、互いのデュエルの健闘を称え合う為に、対戦相手の手が置かれたはずだ。
あの男は、不敵な薄笑いを浮かべて手に入れたレアカードを確認していた。
やっぱり違う……武藤遊戯は、あんな卑しい顔をしない。
おそらくは武藤遊戯の名と、それを証明する《ブラックマジシャン》とで、自分を《無敵のデュエリスト》だと思い込ませ、その人気と地位を利用して賭けデュエルを強要……というところか。
この辺りは小学生も多いし、中学生以上でも強いデュエリストがいない地区だ。
やろうと思えば俺でも、連戦連勝ではなくても、損をせずに勝つことが出来る。
でもそれは――それはデュエリストとして、他より強い者として行って良い事じゃない。
確かにデュエルを含め、勝負の世界は弱肉強食だ。
でも、それは闘いの勝ち負けと言う意味であり、強者が弱者から搾取して良いと言う意味ではないはずだ。
弱者から搾取できるほどの強さと言うのは、知識や経験などによって培われた実力の『結果』であって、決して『目的』じゃない。
あの男のやっている事は、デュエリストとしての力を間違った方向に使っている、言わば『禁じ手』に等しい行為だ。
しかも俺たち一般人デュエリストの英雄的存在である武藤遊戯の名を騙っての所業……。
「お……おい、ワタル。何するつもりだよ」
デュエルボックスに乗り込んでやろうと身を乗り出した瞬間、ナオヤに肩を抑えられた。
「決まってるだろ、あの偽物にデュエルを申し込む!」
「なにぃ!?」
そう言って、俺は驚くナオヤの手を振り解き、強引に人壁を掻き分けてズカズカとデュエルボックスに乗り込んだ。
「……なんだ? お前も俺に挑戦するつもりか。アンティルールだぞ、良いのか?」
知らねーよ、んなこと。それと偽物に偉そうにされる覚えもねーよ。
「そっちの《ブラックマジシャン》のレアリティに吊り合うよう、こっちもカードを賭ければ良いんだろ」
「そうだ。俺が賭けるのは《ブラックマジシャン》だ。もちろん王国大会のキングとして、むざむざと手放すつもりは無いけどな」
そう言って、男は《ブラックマジシャン》のカードを俺に見せた。
「へー、王国大会のキングねー。それじゃあ何か武藤遊戯みたいだなー」
俺はわざと白々しく男にあてつけるような言い回しをしてやる。
「"みたい"じゃなくて、本物だよ。まあいい。さっさとお前のアンティカードを見せろ」
ふん、偽物のクセに偉そうに。
渋々デッキから一枚のカードを取り出し、それを見せた。
「俺のアンティカードは《ブラックプリースト》だ」
俺の宣言と、出したカードに周囲がどよめいた。
「レアリティは《ブラックマジシャン》と同じくらいだから文句無いだろ」
《ブラックプリースト》は、《ブラックマジシャン》の《最上級魔術師》の称号と対を成す《最高位大神官》の称号を持つ超レアカードだ。
「フッ、良いカードを持っているようだな。オーケー、アンティはそのカードで問題ないぜ」
偽遊戯は、目を細めて薄く笑う。
「しかし本当に良いのか。俺はこれでも王国大会のキングだ。そんなレアカード賭けて、後で後悔しても知らないぞ」
こいつが偽者と分かった上でその言葉を聞くと、どことなく"王国大会のキング"と言う部分を強調しようとしている意識が言い回しから見て取れた。
「偽者に負けるつもりはねーよ」
即答。
同時に、さっきの俺のアンティカードを出した時よりも、ひときわ大きなどよめきが起こった。
「ほう、オレを偽者と言うか。まあ良い。その証明はデュエルがしてくれるハズだぜ」
ふん、咄嗟にフォローしたつもりか。
最初から偽者だと思ってる俺には、勝とうが負けようが、偽者は偽者であると言う事実をデュエルの勝利によって誤魔化そうとしている風にしか見えねえよ。ふざけやがって。
動揺しているようなそぶりは見せないけど、オレは見逃さなかったぜ。『偽者』と言われた時に一瞬だけ肩が竦み上がったのを。
「そうだよなー。デュエルが証明してくれるよなー。あの王国大会のキング武藤遊戯が、俺みたいな地区大会ベスト8ごときのデュエリストに、まさか苦戦するとも思えないしなー。本物だったらなー」
俺は、あえて"本物"を強調し、挑発じみた言い回しをした。
ふふん、これで偽遊戯はただ勝つだけでは自分への偽者疑惑を晴らせまい。
俺だって腐っても王国大会経験者だ。こんなヤツが俺たちのキングなどと思いたくも無い。
「く……いちいちうるさいぜ。さっさと始めるから、席に着け」
偽遊戯の言葉には、若干の苛立ちが込められていた。よしよし、ちょっと動揺してやがる。
俺は軽く返事をして、促されるままに席に着き、テーブルにデッキを置いた。
そしてそのまま目を閉じて、心を静める。
今回は、相手が持っていないからデュエルディスクは使わず、デュエルボックスの中でテーブルを挟んだデュエルとなる。
こいつがデュエルディスクを持っていたら、デュエリストIDがあるから、簡単に偽者であることが分かるだろうがな。
テーブルの向こうには、不敵な薄笑いを浮かべて横柄な態度で椅子に寄りかかっている偽遊戯の目が光っていた。
おそらく、こいつと俺の実力は同じくらい。
こいつが武藤遊戯を名乗る為にデッキも同じにしているのであれば、俺の方がやや有利だ。
王国大会のキングのデッキの内容は雑誌に載ってたからな。その構成は把握している。
ただ……問題は《ブラックマジシャン》だ。
基本的に、攻撃力または守備力が2300を超えるカードと言うのは、一部の人しか手に入らない超希少カードだ。
俺も2300を超えるカードは《ブラックプリースト》の一枚しか持っていない。
たった一枚しか対抗カードがない状況で、ヤツが《ブラックマジシャン》を出してくると、ちょっとヤバい事になる。
やはりデュエルのカギは、黒衣のカード《ブラックマジシャン》と《ブラックプリースト》になるか……。
俺は目を開けた。
「作戦は出来たか」
「そんなことはデッキに聞け」
相変わらず獲物を捉えたヘビのような薄笑いを浮かべ、俺に問いかける。
しかしそれを俺はいかにもデュエリスト的な言い方で返した。
偽遊戯はその言葉に納得したらしく「それじゃあ」とデュエルの開始を促した。
「…………」
俺はそれに沈黙で答える。
ここで偽遊戯に負けたら、俺の魂のカード《ブラックプリースト》が奪われてしまうことになる。
アンティでカードを奪われた人の為にも、俺自身の為にも、そして……本物の為にも、偽者なんかに負けられないぜ。
『デュエル!』