俺のデッキで《ブラック・マジシャン》を倒せそうな力を持つカードは、ほとんど使ってしまった。
単体攻撃力で勝てるカードが無いから、魔法や罠カードに頼るしか俺に道は無い。
しかし俺の状況を見ろ。
手札も無く、場には《ブラック・プリースト》が一人寂しく守備表示で佇んでいるだけで、伏せカードも何も無い。
あえて言えば、いまさら必要も無い《闇のペンタグラム》がフィールドに描かれているだけ。
もう孤軍奮闘している《ブラップ・プリースト》を援護できる力が今の俺には無い。無い無い尽くしだ。
敗北色濃厚の現状に、心臓が不規則なビートを刻む。
「俺のターン……っと。ありゃ」
俺はデッキに手を伸ばし、山札の一番上のカードを持ち上げる。しかし緊張で手元が狂ったのか、俺は引いたカードをテーブルの下に取り落とす。
落ちたカードを拾おうと、足下に手を伸ばしてかがみこんだとき、俺の耳に奇妙な音が届いた。
山の中を歩いている時に遥か遠くから聞こえる、樹木を突付くキツツキのような音に聞こえた。
なんだ? この音は。
手を止め、瞬間考えるが、それは瞬き三回程度の時間だっただろう。
もちろんこんなところにキツツキなんか居るわけも無く、その音の正体はすぐに気付いた。
靴の音だ。
緊張に静まり返るデュエルボックスに偽遊戯の靴の音がコツコツとやけに耳に痛く反響していた。
本人は気付いているのだろうか。いや、気付いていないな。俺も気付かなかったくらいだ。
カードを取り落として集中力が途切れたからこそ聞こえたのだろう。また、俺はそこまで緊張していたらしい。
『はいはい、カタいカタい。ワタルも腕は悪くないけど馬鹿正直なだけに肝が据わってないのが欠点だネ。もっとリラックスしないと、ただでさえ回転しない頭が余計に回転しなくなるよ』
『うっせーうっせー、ほっとけ。お前の年中リラックス頭と一緒にするなぃ』
俺の頭に、あくる日の記憶が蘇る。それは俺が王国大会の出場権をかけて、隣町の準優勝者との統一三位決定戦をやっていたときの事だ。
ああ、そう言えばあの時も窮地に陥ったせいで、緊張して判断ミスしたんだっけ。これはその後に聞いた言葉だったな。
マッチ戦の第一戦を緊張による判断ミスで取りこぼし、後が無くなってガチガチに硬くなってたっけ。
あの時はプレッシャーでまともな判断が出来なくなってたなあ。なにせ三位と四位の差は、王国大会に出られるか出られないかの差だったからな。勝てば天国負ければ地獄だ。緊張で自分を見失っていたね。一戦目で敗れた後、このアキラとのやりとりで余計な力が抜けたんだよな。
「ふふっ……」
俺は小さく笑いを漏らした。ナイスなタイミングで思い出したなあ。おかげで肩の力が抜けた気がするよ。
緊張から開放された俺は、一息ついて落ちたカードを拾い、その場で確認した。
うわ、いらねー。
あんだよ、《血の代償》かよ。俺のデッキの中で、今最もいらねーカードランキング堂々の一位を誇れるよ。
素晴らしい、素晴らしすぎて泣けてくるよ。なんだよ、この馬鹿ドロー。アホか。
「カードを拾うのに随分と時間がかかったな。自分のカードと今生の別れでもしていたのか」
カードを拾って体勢を戻すと、偽遊戯は自身の緊張に耐えかねたように言葉をかけてきた。
顔面に緊張が張り付いた強張った表情で、気難しそうに俺に視線を向ける。俺の耳には相変わらず靴の音が聞こえた。
ああ、あの時アキラから見た俺は、ちょうどこんな感じだったんだろうな。なるほど、これは確かにカタすぎる。
「なーに、大した事じゃ無いさ。ちょっとした腸捻転と胃潰瘍と肝硬変の合併症でな」
「は?」
なんだコイツ、とばかりに偽遊戯は顔をしかめる。もちろんただの冗談だ。俺はこんな病気なんぞ持っていない。心身至って健康だ。
しかし大事なのは、いつの間にかそんな冗談を飛ばせる余裕が生まれていた事だ。先ほどまでの緊張は無い。
「俺はカードを伏せてターン終了」
このデュエルに勝てたら、今度アキラに何か奢ってやるか。百円……いや、奮発しても二百円くらいだけどな。
「なんだか良く分からんが……オレのターンだ」
俺の不可解な言葉に困惑した偽遊戯は、複雑な表情でカードを引いた、そして小さく舌打ちをする。
「ち、今日は引きが悪いぜ。ターン終了だ」
その引きの悪さは本当にただ運が悪いだけなのか。
もしかしたら武藤遊戯の念力でも来てるとか。あのオニのような引きの強さと、場の状況を一変させてしまう力は常人のそれを超えていたからな。もしかしたら、それとは逆の相手を邪魔する力があっても不思議じゃない。
まあ、あの首から下げてた金色の逆三角形のアクセサリーがオカルトっぽかったしなあ。実は大昔の遺産によって不思議な力を持ったとかだったりして。
「俺のターン!」
……すまぬ、本物よ。
知らないところで俺はあなたを、宇宙人とか異世界人とか未来人とか超能力者とか遺失文明人とかにカテゴライズしちゃってます。
怪しげな設定ついでに、あなたの引きの強さを今だけでも俺に分けてくれ。
このデッキに伸ばした手に、あなたの運命的な引きを!
一番上にあるカードに力を。運命すら引き寄せる強さを、今だけでもこの俺の腕に――
「……ドロー!」
親指と人差し指で挟み、俺は祈りを込めて武藤遊戯の引き方を真似てみた。その強さが俺の中に宿るように。
瞬間、人壁の隙間から何かが光ったような気がした……が、確認できるか出来ないかの間にそれは消えてしまっていた。本当に光ったのかどうかも疑わしくなるくらいの、ごく短いものだった。目の錯覚か?
俺は気を取り直して引いたカードを確認、そしてあまりの驚きに卒倒しそうになる。
……アリエナイ。なんだこの引きは。
「俺は……カードを一枚セットしてターン終了」
動揺を抑えながら、静かにターンの終了を宣言した。
「オレのターンだぜ、ドローだ!」
今度こそとばかりに、偽遊戯も気合を込めてカードを引いた。
「ふふふ……ようやくか。これでオレの勝ちだな。魔法カード発動《守備封じ》だ!」
「――っ!?」
あまりにもタイミングの良過ぎる偽遊戯の行動に、俺は声にならない驚きをもらした。
防御体勢を取っていた《ブラック・プリースト》が、構えを解いて錫杖を傍らへと突き立てる。
……アリエナイ。なんだよこの展開。
「これで終わりだっ。行け《ブラック・マジシャン》!」
構えた杖に魔力が宿り、それが放たれる。
「黒・魔・導!」
闇色の衝撃がフィールドに奔った――しかし。
「リバースカードオープン、《ピラミッドの反転》!」
伏せていたカードが風に舞うように翻った。俺はあまりにも自分に都合が良過ぎる展開に身震いした。
これは俺のデッキ最後の切り札とも言うべき……まさに最終兵器とも呼べるカード。ライフポイントを10分の1にする事で、戦闘のルールを根本から逆転させてしまう力を持っている。
それをこんなタイミング良く引けたのは、俺の祈りが通じたとしか思えない。俺の腕にキング・オブ・デュエリストの力が宿ったとしか思えない、運命すらも引き寄せる力を持つドロー……これが武藤遊戯の見ている世界なんだ。
ジャラン!
錫杖が唸る。《ブラック・プリースト》のカウンター攻撃――
「滅せよ、黒い祝福!」
漆黒の輝きが、目の前に迫り来る同じく漆黒の閃光を迎え撃ち――
そして斬り裂いた。
「ば……ば……ば……馬鹿な。そんな……オレの《ブラック・マジシャン》が……」
ゆっくりと倒れる黒衣の魔術師は漆黒の祝福を受け、電子の塵となって天に召された。
偽遊戯は全てのライフを失い、そしてデュエルは終了した。
デュエルボックスに投影された全ての映像は、ライフカウンターの数値のみを残し、霞のように消えていった。
消えていく《ブラック・プリースト》の瞳は、どこか悲しげな揺らぎを見せていたような気がした。
【ワタル:LP 75】(LP10分の1)
【偽遊戯:LP 0】(LP -400)
俺は急いで立ち上がり、さっき人壁の隙間から見えた気がした光の出所をデュエルボックスの中から壁に張り付いて食い入るように確かめた。
つま先で立ち、人壁の裏を探すが、それらしきものは見当たらない。やはり……俺の気のせいだったのか?
「あっ――!」
その先、デュエルルームの出入り口から、背の低いツンツン頭の人物が扉の影に消えていくのを見た気がした。
人壁で頭しか見えなかったから顔までは確認できなかったが……まさかな。
「約束のアンティカードだ、持っていけっ!」
テーブルに戻ると、偽遊戯はヤケクソ気味にカードを差し出した。
しかしそれを受け取るつもりは最初から無い。
俺が闘った理由は、皆を騙したあげく本物のプライドを汚すような行為をやめさせたかっただけだ。レアカードが目的だったわけじゃない。
「んなレアカードもらえるわけねーだろ。そんな事より……みんなに対してやっておく事があるんじゃねーのか?」
別に俺はアンティルールを否定するつもりはない。公式で設定されている特殊ルールのひとつだしな。
だけどそれを他人の、しかも俺たち一般人デュエリストの英雄的存在である武藤遊戯の名を餌にアンティを半強要するような真似は卑怯だと思う。
あまり頭が良いとは言えない俺だけど、世間一般における普遍的マナーくらいはわきまえているつもりだ。だから俺はコイツを止めた。
「……そうだな。分かった。アンティで受け取ったカードはみんなに返そう。皆を騙していた事も正直に言う」
「当然だろ」
正直、超有名カード《ブラック・マジシャン》を使っているコイツをうらやましく思う。
自分を偽ることもなく、アンティなんかも無い普通のデュエルをしていたら、同じ黒衣のカードをデッキのエースとしている者同士、良い好敵手になれたかもしれない。そこが残念でならない。同じ真剣勝負でも俺がやりたいのは、もっと楽しい緊張感の中で闘えるデュエルだ。こんなんじゃない。
デュエルボックスの中でしかめっ面をしている俺の目には、皆に謝罪し、レアカードを返している偽遊戯の姿が映っていた。
レアカードを返してもらった者の反応は様々だった。肩を落として帰って行く者、あるいは偽遊戯に殴りかかろうとして止められる者……。
やっぱり後味が良くない。どうせならデュエルは面白おかしくやりたいよな。
なんでこんな事をしようと思うヤツが出てくるのか……同じデュエリストとして情けないやら悲しいやら。
そんなモヤモヤを胸の中で感じながら、俺はナオヤを連れてデュエルルームを出た。なんかココに居たくねえ。
「おい待て」
ゲームセンターから出ようとする俺たちを背後から呼び止める声があった。
振り向けば、そこに偽遊戯の姿があった。ああ、こいつ改めて見ると本当に本物に似てるなあ。背は本物よりも高いけど。
「やはり持ってけっ!」
そう言って差し出されたカードは、さっき俺がアンティを拒否した《ブラック・マジシャン》だった。
なんだ、償いのつもりか。気持ちは分かるが、それはできねえな。
「ふざけんな、俺を見くびるなよ。そんなことで許されようとか思ってんじゃねーよ。それにな、やっぱデュエルしてると分かっちまうんだよ。お前がどれだけそのカードを大切に思っているのか、誇りに思っているのかが。残念だが、俺にはお前の《ブラック・マジシャン》は重過ぎて受け取れねえな」
おお、何か良いこと言ってるな俺。一体どっからこんな言葉をスラスラと出せたのやら。
俺の言葉を聞いた偽遊戯は、驚いたように目を丸くした。そして目を伏せ震える体で何かを堪えるように下唇を噛んだ。
「じゃあな。もう、あんな事するなよ」
そう言い残して外に出た。しかし背後で自動ドアが開く音がして、偽遊戯が俺の前に立ちはだかった。
「《ブラック・マジシャン》が受け取れないなら、このカードを受け取れ。レアリティは大きく下がるが、お前のデッキにはレアカード以上の力になれるはずだ。拒否はさせないぜ、これはアンティじゃないからな。オレがお前に渡したいから渡すんだ」
一人でまくし立て、俺の手に数枚のカードを強引に渡すと、偽遊戯は拒否される事から逃げるようにサッサと走り去ってしまった。
おいおい、ちょっと待て……と思った時には、すでに偽遊戯の姿は手の届かないところまで行ってしまったあとだった。
ちょ……おい、マジで?
俺の手に残されたカードは、《ブラック・マジシャン・ガール》、《ミラージュ・カウンター》、《魔力遮断防壁》の三枚だ。
それぞれレアカードではあるが、特に《ブラック・マジシャン・ガール》のレアリティが高い。何せパック未入の限定カードだ。
「良いのかなあ……」
返そうにも、もはやその当人が居ないんじゃどうにもならない。
何か結果的に相手にすごーく悪いことをしたんじゃないかと思ってしまう。
ナオヤが傍らで「見せて見せて」と騒ぎ立てているが、どうにも俺の心には釈然としないものが残った。
ま、いっか。もう偽遊戯もいないし、向こうが俺に"渡し逃げ"したわけだし……そう割り切るしかないな。
「ふぅ……」
俺は空に向かって溜息を漏らした。今日も天気だ空が青い。
とりあえず、明日アキラのアホにでも自慢してみるかな。
●オリジナルカード解説
「ピラミッドの反転」(通常罠)
効果:●このカードを発動した時、発動ターンのみモンスター同士の戦闘のルールが以下のように変更される。
・モンスター同士の戦闘では攻撃力・守備力の数値が下回っている方が戦闘に勝利する。
・戦闘ダメージの発生する条件は通常と同じだが、数値が下回っている場合、
その数値だけ戦闘に敗北したモンスターのコントロールプレイヤーが戦闘ダメージを受ける。
●このカードを「ピラミッドの反転」にチェーンした時、その効果を無効にし、破壊する。