ノリで書く東方短編ss集   作:洗剤@ハーメルン

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暗闇の鵺

 深夜、提灯の灯りだけが頼りの闇の中で、おどろおどろしい鵺の鳴き声を聴いた。耳にした途端に脚がすくみ、続く鳴き声が自分の背後から聞こえたことに気づいて奥歯が震える。

 

「人の子か?」

 

 鳴き声と同じように、老人から大人へ、そして子供へと揺らぎ変わる鵺の声。噂に聞く獣を継ぎ合わせたような風貌と同様に、性別すら不明なその声もまた鵺であった。

 

「どうしてこんな夜中に山に居る」

 

 恐怖で振り向くどころか瞬きすらできぬのだ、返答などできるわけがない。夜の山で妖怪と出会ったのだ、その結末は目に見えている。

 手の力が抜け、提灯が地面に落ちてぼわりと燃えた。

 

「おい、答えねば今すぐ取って食うぞ」

 

 今すぐと鵺は言った。それに向かって、死の恐怖に四肢も脳も魂も縛られていた自分は飛びついた。少しでも、ほんの一秒でも一瞬でも刹那でも生きたい。喰われたくない。

 その一心で、どもりながらも、忘れ物をして取りに来たと言う。

 

「こんな夜更けにか?」

 

 母が大切にしていた父の形見だ。無くしてしまえば、母は父が死んだときと同じぐらい泣くかもしれない。

 

「妖怪に喰われるとは思わなんだのか? お前ほどの年齢だ、肉はやわこくて血はうまい。においを嗅ぎつけられれば、妖怪は自然と集まるぞ」

 

 でも、もしかすれば見つからないかもしれない。母が悲しむのは、怒られるのはこわい。

 

「ガキめ、童め。小童め」

 

 鵺はそう、怒ったように矢継ぎ早に言う。

 

「何を無くした?」

 

 父の形見を。

 

「ほら、鈍くさい。具体的な名前を聞いている」

 

 呆れた声でそう言われれば、妖怪相手だとて自然とムカムカとしたもの湧いてくる。

 脇差だ、と少し声を張った。

 

「脇差か。見覚えがあるな、そのままにしてろ」

 

 突然。空いた脇にするりと両手が差し込まれ、「あっ」と思った時には足が地から離れていた。

 降ろせ、降ろせと喚いてみると、頭のつむじあたりを小突かれた。脇に手が入っているのなら、もしかすれば顎なのか。

 

「騒ぐな」

 

 差し込まれた手に、脇を通された手で触れる。暖かい、母の手に似たやわらかさ。

 

「……何さわってんのよ」

 

 気が付けば、耳をくすぐるは少女の声。脇を通すは少女の腕。顔を後ろに向けてみれば、ほおずきのような明るい目をした少女の顔。鵺の頭は猿だと言うが、これのどこが猿だというのか。

 

「ほら、あそこに落ちてるの」

 

 仕方なさそうに、眉をひそめて鵺は言う。

 明朝、明ける太陽が空を照らす橙色の中で、さえずりのような鵺の声を聴いた。耳に入る声に意識を傾け、それが頬が当たるような距離から聞こえることに気づいて心が震えた。

 

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